もしあの女性アイドルグループがブレイクしていたら/あ~さ行
鳴り物入りでデビューした女性アイドルグループがもしブレイクしていたら?
- 新規追加は50音順でお願いします。
- 後に(別の形で)ブレイクしたグループについては「史実より早くブレイクしていたら」の妄想とします。
- 実際にそこそこブレイクしたグループについては「史実以上にブレイクしていたら」の妄想とします。
独立項目[編集 | ソースを編集]
あ行[編集 | ソースを編集]
EARTH[編集 | ソースを編集]
- 同じ事務所のSPEEDの後継者になっていたはず。
- Z-1をライバル視していた。
- ムースポッキーのCMをモーニング娘。に奪われることもなかった。
赤マルダッシュ☆[編集 | ソースを編集]
オスカープロモーションに所属するアイドルグループ。現在でも活動しているものの、史実以上だったらということで。
- 玉城茉里と川村彩花の脱退はなかった。
- マルちゃんのCMを降板させられることはなかった。
- ももクロの仕事を奪っていた。
- オスカーのアイドルグループは成功しないというジンクスを打ち破っていた。
AeLL.[編集 | ソースを編集]
篠崎愛が在籍していたアイドルユニット。
- 社会派アイドルとして制服向上委員会といい意味で比べられていた。
- 同じく社会派路線を売りにする欅坂46の存在も薄れていた。
- 健康を売りにするアイドルグループとしても成功しており、シェイプUPガールズの二の舞になることもなかった。
- 健康を売りにするアイドルグループは売れないというジンクスも崩れていた。
- AeLL.監修のダイエットグッズも発売されていた。
- 篠崎愛はグラビアアイドルという認識で終わることもなかった。
- あの発言をすることもなかった。
- 篠崎愛だけの人気に留まることもなかった。
ICHIGOちゃん[編集 | ソースを編集]
朝日放送『YOUごはんまだ?』からデビューしたアイドルグループ。おニャン子クラブ並みにブレイクしていたら?
- 2枚目以後のシングルやアルバムが発売されていた。
- 『YOUごはんまだ?』自体、史実以上に長く放送されていた。
- 「大阪はアイドル不毛の地」というイメージがこの時点で覆されていた。
- NMB48やたこやきレインボーよりも前に「つぼみ」がブレイク出来ていた。
S.E.S.[編集 | ソースを編集]
もし日本でも韓国並みにブレイクしていたら?
- 日本におけるK-POP歌手の知名度はBoAがデビューする以前からあった。
- この時点で「韓国人歌手=演歌(トロット)」という日本におけるイメージが破られていた。
- 日本での韓国芸能界に関する関心も高まっていた。
- 『シュリ』などの韓国映画への日本での期待は史実以上だった。
- 二匹目のドジョウを狙い日本デビューするK-POP歌手が続出していた。
X21[編集 | ソースを編集]
- =もし吉本実憂が卒業していなかったら、である。
- というか、吉本実憂が卒業することはなかった。
- 吉本実憂が卒業したことでグループそのものが空洞化してしまうこともなかった。
- AKB48の仕事を確実に奪っていた。
- 同じレーベルに所属しているIDOL Street(特にSUPER☆GiRLS)にも何らかの影響があった。
- グラビアの仕事までも確実に奪っており、浅川梨奈がグラビアで席巻することもなかった。特にAKB48は18歳未満メンバーが水着NGとなるので尚更だった。
- AKB48はルックス重視ではないのでむしろ差別化し、住み分けを図っていた。
- となると、AKB48と乃木坂46の中間となるポジションになっていた。
- そのポジション故に存在が浮いていたかも。
- となると、AKB48と乃木坂46の中間となるポジションになっていた。
- いくら仕事を奪ってもAKB48の足元には及ばないと思われる。
- 乃木坂46の存在が薄れていた。
- X21からもファションモデルを務めるメンバーが現れていたかもしれない。
- そもそも、AKB48はおろか、乃木坂46の台頭がなければこうなっていた。
- いや、乃木坂46もAKB48と同様に仕事を奪われていたかもしれない。
- 欅坂46にも何らかの影響があった(こちらは1top体制という共通点もあるので)。
- むしろ日向坂46の存在が薄れており、結成すらされなかった。
- 美少女クラブ31の二の舞になることはなかった。
- オスカー所属のアイドルグループは成功しないというジンクスを打ち破っていた。
- 尾碕真花がリュウソウピンクにならなかったかもしれない。
- 大西亜玖璃は女優になっていた。
- E-girlsの解散が早まっていた。
乙女塾[編集 | ソースを編集]
- コースが統合されることもなく、募集が打ち切られることもなかった。
- モデルコースが現在に至るまで続いていた場合は乃木坂46の存在が薄れていた。
- 平成のおニャン子クラブと評されていた。
- =もしパラダイスGoGo!!が大ヒットしていたら、といえる。
- ここから発祥したCoCo、ribbon以外のメンバーの知名度も上がっていた。
おニャン子クラブ[編集 | ソースを編集]
「ブレイクしていなかったら」にもありますが、ファン層は男子中高生に偏っていたため、束の間の人気で終わりました。もし、国民的アイドルの地位を確立するほどだったら?
- アイドル氷河期は起きなかった。
- =「夕やけニャンニャン」の低迷がなかったら、といえる。
- 解散することは当然なかった。
- 解散するとしても、多かれ少なかれバブル崩壊後までは続いていそう。
- フジテレビは乙女塾を立ち上げることもなかった。
- そもそもファン層が男子に偏ることがなかったら国民的アイドルとしての地位を確立することができていた。
- 女性アイドルグループが男子にしか支持されないというジンクスも生まれなかった。
- 未成年メンバー喫煙事件さえなければ軟派路線に転じることもなかったので女子の支持も高まっていた。
- 弟分である息っ子クラブもブレイクしていた。
- 映画「おニャン子ザ・ムービー 危機イッパツ」は史実以上の成功を収めていた。
オレンジ・シスターズ[編集 | ソースを編集]
ジャニーズ事務所の歴史上存在した極めて珍しい女性アイドルグループ。
- ジャニーズ事務所は以降も女性アイドルグループを手掛けていた。
- 売れ方次第では他事務所の女性アイドルにも圧力をかけていたかも。
- 社長の×××××疑惑も出てこなかったか?
か行[編集 | ソースを編集]
GALETTe[編集 | ソースを編集]
福岡を拠点に活動していたアイドルグループ。後に活躍の場を東京に移すも本格的なブレイクには至らなかった。
- HKT48、HR、Rev.from DVLをライバル視していた。
- 活躍の場を東京に移すことはなかった。
- 保坂朱乃の卒業もなかった。
- もし史実通りに東京進出なら地下アイドルの仕事を奪っていた。
- エビ中、でんぱ組の仕事も奪っていた。
- しかし、AKBや乃木坂の足元には及ばなかった。
- あるあるCityはアイドル事業から撤退することなく、解散に追い込まれることはなかった。
カントリー娘。[編集 | ソースを編集]
里田まいの一時的な人気に留まることがなく、グループとしてもブレイクしていたら?
- メンバーチェンジが度重なることもなく、活動が迷走することもなかった。
- 里田まいと他メンバーとの格差も起きなかった。
- あさみとみうなの卒業もなかった。
- オーディションで合格者ゼロになることもなかった。
- 里田まいの人気だけで支えられたグループという認識で終わることもなかった。
- そもそも柳原尋美が事故死しなかったらこうなっていたかも。
- 里田まいと他メンバーとの格差も起きなかった。
- 助っ人としてモー娘。メンバーだった石川梨華や藤本美貴、紺野あさ美に頼り切ることもなかった。
- TOKIOと同様に農業アイドルとして名を馳せていた。
- 愛の葉Girlsの活動にも影響を与えていた。
- 農業アイドル=TOKIOの印象が薄れていた。
- 北海道がアイドル不毛の地になることもなかった(泣)。
- AKB姉妹グループの北海道進出が実現していた。あるとしたら間違いなく札幌。
- そもそもAKBの運営は北日本進出をためらうこともなかった。
- むしろ「北海道はハロプロの領土」のような感じになり、そのせいで北海道ではよそのアイドルは人気が出ない…という形になっていた。
- 同じく北海道を拠点としていたアイドルであるZONEに次ぐ成功例として挙がっていた。
- そのZONEとは何かと比べられていた。
- ホワイトベリーの二の舞になることもなかった。
- AKB姉妹グループの北海道進出が実現していた。あるとしたら間違いなく札幌。
- 花畑牧場との関係が薄れることもなかった。
- 田中義剛がプロデュースから手を引くこともなかった。
- そもそも活躍の場を東京へ移すこともなかった。
- 花畑牧場のハロプロショップが閉店することもなかった。
- 田中義剛がプロデュースから手を引くこともなかった。
- 2014年に活動再開が実現していた。
- 里田の計らいでカントリー・ガールズとして再出発することもなかった。
- 里田は田中将大と結婚していたかどうか怪しい。
- 北海道日本ハムファイターズの選手と結婚していたかもしれない。
- 「名前の縁」でカントリーマアムのCMに出演していた。
- ハロプロは現在でもコンセプト重視のグループを結成させていた。
KEY WEST CLUB[編集 | ソースを編集]
中谷美紀がかつて所属していた2人組ユニット
- ビーイングに残留していた。
- 中谷美紀は坂本龍一からプロデュースを受けることはなかった。
- 相方である東恵子の知名度が上がっていた。
- 早いうちに脱アイドル化し、KIXS、MANISHの仕事を奪っていた。
- 中谷美紀は女優業に力を入れることはなかった。
- 「夢はマジョリカ・セニョリータ」が「ムーンライト伝説」に使い回されたことが史実以上に有名になっていた。
キララとウララ[編集 | ソースを編集]
- うしろゆびさされ組のライバルとして張り合っていた。
- キララは小室哲哉と結婚することはなく、ペットビジネスに手を出すこともなかった。
- ウララは天野歩美として再出発することもなかった。
- BeBe、Winkの影が薄くなっていた。
- 80年代のピンクレディーと呼ばれていた。
- テクノ系アイドルはこの時点で市民権を得ていた。
- Perfumeは平成のキララとウララと呼ばれていた。
GO!江!ガールズ!![編集 | ソースを編集]
参照:公式サイト。滋賀県に留まらないほど大人気になっていたら。
- 以降「八重の桜」「花燃ゆ」といった女性が主人公のNHK大河ドラマが製作されるたびに作品にちなんだローカルアイドルグループが結成されていた。
- NHK完全公認グループとして番宣に起用され続ける。
- 大河ドラマに関係なく歴史上の女性にちなんだローカルアイドルがブームになっていた。
- 大奥にちなんだグループだと突然メンバーが脱退したり、ステージ裏でのいじめがファンの間で話題になることに。
CoCo[編集 | ソースを編集]
デビュー初期は人気があったものの瀬能あづさ脱退後は次第に人気が低迷した。
- 瀬能あづさ脱退後のメンバー補充計画が白紙になることはなかった。
- その後もメンバーの脱退と加入を繰り返し、5人体制を堅持し続けていた。
- CM出演本数も史実より多かった。
- 名前の縁でココスのイメージキャラクターも務めていた。
- なお、史実ではココストアのイメージキャラクターを務めたことがある。
- CoCo壱番屋のイメージキャラクターになっていた可能性もある。
- 名前の縁でココスのイメージキャラクターも務めていた。
- おニャン子クラブ解散→モーニング娘。誕生までのアイドル冬の時代を埋める存在になっていた。
- 「らんま1/2」の主題歌を歌っていたアイドルという認識で終わることもなかった。
- 少なくとも最低1本くらいは冠番組を持っていた。
ココナッツ娘。[編集 | ソースを編集]
ハロプロの一員でハワイ出身のメンバーで構成されたアイドルグループ。
- メンバーが次々と脱退することはなかった。
- ミカはミニモニ。のメンバー程度の知名度と認識で終わることもなかった。
- アヤカが女優に転身することもなく、アップフロントを辞めることもなかった。
- 日本でもハワイ系歌手がブームになっていた。
- その縁でハワイにAKB姉妹ユニットが結成されたかも。
- =アニメ「キョロちゃん」が大ヒットしていたら、といえよう。
- ハロプロは海外進出をためらうことはなかった。
- 少なくとも最低1回くらいはスパリゾートハワイアンズとコラボしていた。
さ行[編集 | ソースを編集]
桜っ子クラブさくら組[編集 | ソースを編集]
- 菅野美穂・中谷美紀などは路線が変わっているか、今の路線に入るのが遅くなっていた。
- 持田真樹は史実でも所属期間中に「高校教師」の出演があったのでさほど変わらない。
- 中条かな子も緒方孝市選手と結婚していなかったかも。
- テレビ番組である「桜っ子クラブ」も全国ネットになった。
- この番組のゲームでSMAPのリーダーを決めたというエピソードはもっと著名だった。
- 「鈴木奈々」と言うメンバーがいたので後世に登場した鈴木奈々はその事でも話題になった。
- 史実でもクレヨンしんちゃんのエンディングテーマやセーラームーンのミュージカルの曲を歌っていたので、アニソンを歌う事が増えたかも。
- 少なくとも「『クレヨンしんちゃん』のEDテーマを歌っていたグループ」という認識で終わることはなかった。
- 美少女クラブ31やラストアイドルが世に出たかは微妙。
- おニャン子クラブといい意味で比べられていた。
- アイドル氷河期は彼女達のブレイクによって終息していた。
- モーニング娘。の存在が薄れていた。
ザ・リリーズ[編集 | ソースを編集]
『好きよキャプテン』以外はヒット曲に恵まれなかった。
- ザ・ピーナッツの仕事を確実に奪っていた。
- キャンディーズ、ピンクレディーの存在が薄れていた。
- キャンディーズは史実より早く解散し、ザ・リリーズは渡辺プロから独立することもなかった。
Sea☆A[編集 | ソースを編集]
- 日本でシンガポール歌手がブームになっていた。
- S-POPという用語が定着していた。
- K-POPブームは史実ほどにならなかった。
- シンガポールでもAKB48系のグループがデビューしていた。
- 親日の外国人歌手が日本で大ブレイクする機会はもっと多かった。
- スウェーデンのYOHIOもVOCALOID含めて日本でも大ブレイクしていた。
シェイプUPガールズ[編集 | ソースを編集]
C.C.ガールズ並みにブレイクしていたら?
- 健康を売りにするアイドルは成功したとみなされていた。
- 健康系アイドルとして地位を確立していた。
- C.C.ガールズ同様、二番煎じグループの結成が乱立していた。
- シェイプUPガールズ監修のダイエットグッズが発売されていた。
- セクシーアイドルの退潮が史実より早かった。
- 女性からの支持が高まっていた。
9nine[編集 | ソースを編集]
- 川島海荷が卒業することはなかった。
- メンバーが1人抜けたことで成功したももクロやMAXといい意味で比べられていた。
- CoCoの二の舞になることもなかった。
- 西脇彩香はPerfumeの西脇綾香の妹であることが史実以上に知られていた。
- BABYMETAL、SUPER☆GIRLS、bump.y、エビ中、でんぱ組などの仕事を奪っていた。
- 欅坂46の存在が薄れていた。
少女隊[編集 | ソースを編集]
アジア各国では人気を得ていたが、日本でも同じくらい人気を得ていたら?
- 写真集「少女隊の逆襲」も発売されなかったか、タイトルが変わっていた。
- アジア展開はなかったかもしれない。
- 特に韓国では日本語楽曲の解禁は別の歌手になっており、時期も遅れていた。
- ボンド企画の倒産も免れたか、したとしても史実より遅れていた。
- 元メンバーが脱ぐこともおそらくなかった。
- メンバーチェンジを繰り返しながら存続した場合、2代目少女隊は存在せず、そのメンバーが加入していた。
- ネーミングが似ている少年隊との関連が疑われていた。
- アイドル性の強い路線への路線変更はなかった。
- メディア露出に消極的なアイドルはこの時点で市民権を得ていた。
- その分、秋元康はおニャン子クラブに力を入れることはなく、メディア露出を積極的にすることはなかった。
- ビーイングといい意味で比べられていた。
推定少女[編集 | ソースを編集]
2000年代前半に活躍した2人組アイドルユニット。
- 和製t.A.T.uとして人気を博していた。
- t.A.T.uがあの事件を起こした時には仕事を確実に奪っていた。
- 仕事を確実に奪っていたのでシングルはDVD中心になることはなかった。
- t.A.T.uがあの事件を起こした時には仕事を確実に奪っていた。
- RinoはAldiousのボーカルになることはなかった。
- Lissaはオーストラリアへ移住することはなかった。
- 秋元康はアイドルに過激さを追求することはなかった。
- SDN48も史実以上に人気があった。
- 「『ONE PIECE』のEDテーマを歌っていたグループ」という認識で終わることはなかった。
- 推定少女といえば桜庭一樹のライトノベルではなくこちらの方を指していた。
- 秋元康がプロデュースしたソニー系レーベル所属のアイドルユニットは人気が出ないジンクスは出なかった。
- AKB48もデフスター時代にブレイクすることができていた。
スーパーモンキーズ[編集 | ソースを編集]
安室奈美恵とMAXメンバーが所属していたユニット。「TRY ME 〜私を信じて〜」がヒットするまではヒット曲に恵まれなかった。もし、それ以前にブレイクしていたら?
- ユーロビートへの路線変更はなかった。
- 史実の荻野目洋子(事務所の先輩)やSPEED(事務所の後輩)と同じ路線のアイドルとして活動していた。
- そもそも路線変更で迷走することもなかった。
- 中西圭三プロデュースも成功していた。
- 中西圭三はプロデューサーとしても名を馳せていた。よって、小室哲哉、つんくの存在が薄れていた。
- 安室奈美恵の1top体制になることはなかった。
- 安室以外のメンバーが引き立て役になることもなく、↓の通りになることもなかった。
- 1トップ体制のアイドルグループは人気が出ないジンクスも生まれなかった。
- よって、SDN48もREV.from DVLも渡り廊下走り隊もブレイクすることができていた。
- それ以前にCoCoやribbonは?
- SPEEDの活動に際しては2top体制にすることもなかった。
- 現在でも平手友梨奈の1top体制である欅坂46が心配されることもなかった。
- 安室奈美恵と他メンバーとの確執も起きなかった。
- 「しくじり先生 俺みたいになるな」でMAXがネタにすることもなかった。
- 安室奈美恵とMAXに分かれることもなかった。
- 安室奈美恵の小室ファミリー入りもなかった。
- SAMとの結婚もなかった。
- MAXもR&B路線に転向することなく、R&Bブームは起きなかった。
- 宇多田ヒカルや倉木麻衣は違った路線でデビューしていた。
- UAやMISIAは?
- 小柳ゆきも追加。あと男性だけれどCHEMISTRYも。
- 史実で男性R&B歌手の平井堅は松田聖子ファンでもあることから「POP STAR」のようなアイドル時代の聖子の曲を意識した楽曲ばかり歌うようになり「楽園」のようなR&B路線の曲や「瞳をとじて」のようなバラードは歌わなかった。
- 宇多田ヒカルと倉木麻衣の関係は住み分けする存在になっていたのでダウンタウンが「パクリやん」ということもなかった。
- 和製R&Bと言えば和田アキ子のままだった。
- 宇多田ヒカルや倉木麻衣は違った路線でデビューしていた。
- 前記した通り、確執がなければ分裂することもなかった。
- 安室奈美恵の小室ファミリー入りもなかった。
- 牧野アンナが脱退して沖縄アクターズスクールチーフインストラクターに転じることもなかった。なので、SPEEDなどが世に出たかどうか怪しくなる。
- もし2曲目の「ダンシング・ジャンク」(忍たま乱太郎初代エンディングテーマ)でブレイクしていたら、アニソンを歌う事が増えていたかもしれない。
- 「toi et moi」以前にも何曲かあったか。
SweetS[編集 | ソースを編集]
現在女優で活躍している瀧本美織が所属していましたが、ブレイクは果たせず2006年に解散しました。
- エイベックスのアイドルグループはブレイクしない、というジンクスは破られていた。
- SweetSが瀧本美織の黒歴史となることはなかった。
- 解散後女優転向は史実通りでも、朝ドラヒロインを務めることはなかっただろう。
- あるいは瀧本美織が途中でグループを脱退しももクロにおける早見あかりのような感じになっていた可能性も。
- LAGOON結成は史実通り?
- 解散後女優転向は史実通りでも、朝ドラヒロインを務めることはなかっただろう。
- 瀧本美織以外のメンバーも解散後芸能界引退することなく活動を続けていた。
- 当時メンバー5人全員中学生で地方在住で週末や学校の長期休業期間に上京し芸能活動していた、ということを考えると解散時期は結局史実通りだったかも知れない。
- 当時、彼女たちがエンディングテーマを担当していた『幻星神ジャスティライザー』も作品的に大ヒットしていたら、2クール目以降も引き続き「SKY」が使われていただろう。
Springs[編集 | ソースを編集]
- スペースクラフトの女性グループは、Kalafina以前に力を入れていた。
- スペースクラフトは史実以上に声優に力を入れなかっただろう。
- 平野綾は声優に本格的に進出することはなかった。
- 「涼宮ハルヒの憂鬱」や「らきすた」といった人気アニメのキャスティングに大きく影響を及ぼしていた。
- 声優が顔出しでテレビに出るという風潮はなかったかもしれない。
- それでも解散後は史実通りに舞台を中心に活動していただろう。
- 問題発言も史実通り?
ZOC[編集 | ソースを編集]
シンガーソングライター大森靖子がプロデュースし、自身も参加するアイドルグループ。
- 大森靖子が大好きなハロプロのアイドルと共演することが出来るかもしれない。
- 大森靖子がソロ活動を休むかもしれない。
- メンバー全員で番組に出演することが多くなる。
Z-1[編集 | ソースを編集]
上戸彩が所属していた4人組でしたが、ブレイクは果たせず活動停止に至りました。
- 上戸彩の黒歴史が一つ減っていた。
- ソロ転向後は歌手活動が史実以上に充実させ、複数回紅白出場も果たしていた。
- ポニーキャニオンではなくZ-1と同じEMIだった。
- アイドルであったことを否定することもなかった。
- 上戸以外の3人も史実より長くオスカーに残っていた。
- 「快進撃TVうたえモン」復活スペシャルには上戸以外のメンバーも出演していた。
- それでもSPEEDには負けていた。
- オスカーとライジングの関係は史実以上に悪化し共演NGに。
- むしろSPEEDの仕事を奪っていた。
- SPEEDはZ-1に仕事を奪われて解散に追い込まれたとみなされていた。
- 現実以上にZONEと混同していた。
- 「BakkAみたい」という曲が史実以上に叩かれていた。
- 最悪、発売禁止され、回収騒動に。
- そもそも「Bakkaみたい」を歌っていなかったらNHKの怒りを買うこともなく、伸び悩むことはなかった。
- グループとしての活動期間が長くなっていた場合、上戸彩が「3年B組金八先生」に出演することもなくその後の女優活動も違ったものになっていた可能性も。
- そもそも上戸彩が女優としての地位を確立していなかったらメンバー間格差が顕在化することなく、活動停止することはなかった。
セイントフォー[編集 | ソースを編集]
- 当初はそこそこの売れ行きはあったがその後人気が伸び悩んだ。
- 体を張ったアイドルグループは、ももいろクローバーZ以前に作られていた。
- ももクロは「21世紀のセイント・フォー」と呼ばれていた。
- いわお潤(現・岩男潤子)は加入すらしていない。
- もし加入していた場合、声優に転向していなかった。
- 加瀬邦彦の評価は落ちることはなかった。
- 所属事務所の日芸の経営状態が史実ほど悪化しなかったというのが前提。
- その上で、所属レコード会社や事務所との契約上のトラブルが発生しなかったら、ほぼこのようになっていたかもしれない。
セブンティーンクラブ[編集 | ソースを編集]
工藤静香や後に清原和博夫人となる木村亜希が所属していた3人組でしたが、ブレイクは果たせず短期間で解散しました。
- 工藤静香がおニャン子クラブに加入することはなかった。
- ソロデビューは史実とは異なる形で行われていた。
- 木村拓哉との結婚もなかった。
- 木村亜希もB・C・Gに加入することはなかった。
- 清原和博と結婚することもなかった。
- もう一人のメンバーである柴田くに子も森丘祥子に改名しなかった。
sendai☆syrup[編集 | ソースを編集]
- 東北がアイドル不毛の地の印象は薄れた。
- 石川紗希(咲本美桜)がLuceTwinkleWink☆に加わったか微妙。
ソフトクリーム[編集 | ソースを編集]
- 80年代のキャンディーズと呼ばれていた。
- おニャン子クラブ以前にも軟派な路線が受け入れられていた。
- 大塚真美と遠藤由美子が売れないことを嘆くことはなかった。
- 遠藤由美子はビーイングに移籍することはなかった。
- 改名もなかったので遠藤久美子との混同も起きていた。
- ソフトクリームの曲より遠藤のソロ曲「もしもタヌキが世界にいたら」のほうが有名とはならなかったかもしれない。
関連項目[編集 | ソースを編集]
もしWiki/アイドル | |
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女性アイドル | ブレイクしていなかったら ブレイクしていたら:女性アイドルグループ(あ~さ行/た~わ行) |
AKB48 | ブレイクしていなかったら/ジャンル/結成時期/制度/活動拠点/卒業後の進路/賞/所属レーベル メンバー :移籍/もっと長く在籍していたら/こんな人がいたら イベント :選抜総選挙 (開催年別) ユニット :渡り廊下走り隊7 姉妹ユニット :SDN48/あの地域に結成されたら (関東/西日本) 事件 :2013年以前/2014年以降 |
坂道シリーズ | あの地域に結成されたら/結成/メンバー |
モーニング娘。 | メンバー入りしていたら/解散していたら/もっと長く在籍していたら |