明治時代
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- なぜか髭をたくわえた政治家が多い(板垣退助、伊藤博文など)。
- ひげは「ヘアフォーライフ」
- 伊藤博文のひげはナニを舐めるための防御としてとの説がある。とにかく明治時代一・二を争うヤ○チン男。さすが初代総理大臣だけはある!
- 伊藤博文にはこの手のネタが山のようにある。「明治天皇に女遊びを教えた」「初モノ大好き」「カー×××××を初めてやった」等々。
- ヒゲを武器に反政府軍と戦っていたと噂アリ。
- 政治家としては大正以降になるが、その髭で世界的にも知られる長岡外史は必見である。
- 後に紙幣の肖像に採用されることを願って髭を蓄えた人はいないはず。
- 首都が 京都→江戸(のちに東京に改名)へ。
- 天皇は東京に「滞在」してるだけだそうで、遷都をしたわけではないんだそうだ。少なくとも京都の人はそう考えてる。
- そのとき『遷都の儀』をやらなかった役人どもの不手際のせい。
- 『遷都の儀』をやるための大前提となる『遷都の勅令』を出してもらわなかった明治新政府の責任。『王政復古』だとかなんだとか口ではいいながら、実は自分たちで適当に決めちゃえば何でもオッケーと考えていたのが見え見え。
- じつはこのとき、大阪が首都になっていた可能性も。
- 最初は新首都は大阪がいいんじゃないかなぁと思われていたが、京都の保守派が大反対で合唱してるうちに話が流れてしまった。そうこうしている内に「京都大阪は歴史あるから大丈夫だけど、将軍いなくなった江戸をほっといたらまた武蔵の田舎に戻っちゃうじゃね?」論がでてきて結果東京へ行くことに。これはお公家衆の自爆じゃないかなぁ。
- ぶっちゃけ「世の中が変わったんだ」ということをアピールしたいので遷都を考えたが、京都とかで混乱が起こったら抑えるだけの力がない。とりあえず既成事実だけを作って問題は先送り・・・今の政治家とあまり変わっていない。
- 日清戦争中には一瞬だけ広島に移っていた。
- 天皇は東京に「滞在」してるだけだそうで、遷都をしたわけではないんだそうだ。少なくとも京都の人はそう考えてる。
- みんなが西洋かぶれし始める。
- パツキンモノの×××××が大流行。
- 文明開化度の目安は牛肉が食べられるかどうか。
- 日本の誇るべき文化であるチョンマゲが無くなる。
- 旧武士も民衆も抵抗したようだが法権力に屈した。合掌。
- ちなみに、断髪令は「髪を切れ」という命令ではなく「髪型を自由にしても良い」というお触れ。
- 「髪を切れという命令」という誤解は、おそらく歴史漫画や某アニメが原因と思われる。
- 当時は男性の頭を叩くと因循姑息、王政復古、文明開化など様々な音がしていた。
- 勘違いで男髪にする女の子が続出したため、「女子はダメ!」という条例が出たりもしている。中性的ショートヘアは早すぎたんや・・・。
- かまとおばあちゃん誕生。
- きんさんぎんさんも誕生。
- 磯野波平氏も原作漫画ではこの時代の生まれ。
- というより今生きている人物での最高齢者はこの時代に生まれた。
- ヒトラー・スターリン・毛沢東・東条英機・ムッソリーニ・蒋介石・フランコなどの一般的にイメージする独裁者もこの時代に生まれた。
- 昨今の二字熟語は大抵この時代に生まれたものばかり。
- ヨーロッパの概念を、何とか日本語に訳そうとした当時の識者の苦労の跡が見える。
- 漢語の本場である中国に輸出されたものも多い。
- たいてい福沢諭吉か西周が訳している。
- 「~ぞな、もし」や「吾輩は?である」が密かに流行る。
- 警察官は「オイコラ」と言って注意する。
- 明治の警官には薩摩出身者が多く、薩摩の言葉で「オイコラ」は威圧的な意味ではなく、むしろ親しみをもった呼びかけであった…が、郷に入っては郷に従おう
- 「文明”開化”」した。”開花”ではない。”開架”でもない。
- 「快感」でもない。
- ♪ザンギリ頭を叩いてみれば、文明開化の音がする。
- 薩摩か長州の出身と偽ればあっという間に出世できた。
- 西南戦争で政府軍が勝利した理由は、出陣前に薩摩芋を食べることで薩摩一帯に悪運を垂れ込めさせたため。
- 西海道が廃止となる。
- 緋村剣心が悪人退治をする。
- 山田浅衛門は失業。
- ちなみに、山田浅衛門は死刑の人間の首を切る役人。
- 志々雄真実が高笑いしながら焼け死ぬ。
- 大物政治家や新撰組もかんでいたりいなかったり。
- 山田浅衛門は失業。
- 日清・日露戦争に勝利
- 戦争中に、「自分は新撰組の生き残りだ」と告白する者が現れた
- 朝鮮・台湾を領有併合
- 100年経ってもこのことが未だゴネられ続ける。
- 但しごねているのは朝鮮だけ
- 日朝の立場が逆だったら日本人もしつこく根に持ち続けていたであろう。
- 海洋深層水の商品化が始まる
- 「板垣死すとも自由は四面楚歌」が流行語大賞に。
- 「板垣死すとも銃は使用せず」の間違いでは………。
- 本当はものすごく格好悪いことを言った。
- 「い、イテェよ、死んじまうよ、早く医者をよんでぇ・・・うがっ」
- ちなみにこの時来た医者の名は後藤新平。のちの日本政治史に燦然と名を残す人物だったりする。医者なのに。
- 「い、イテェよ、死んじまうよ、早く医者をよんでぇ・・・うがっ」
- ついでに、その言葉を言ったときは死ななかった
- 「話せば分かる」「問答無用」
- それ、昭和の初め頃です。
- 「板垣死すともビーアンビシャス」
- 板垣「板垣死すかな~?」群集「死すとも~!!」
- 「あきはる」ではない。
- 選挙が始まる。当時は税金を1円(今の1万円くらい)納めないと投票できなかった。
- それが払える人はかなり少なく、せいぜい数%くらいだったとか。ちなみに女性は金持ちでも選挙権がない。
- 投票所には大勢が押しかけたそうな。ただしほとんどが見物人
- 当時のヨーロッパでも、女性の投票権を認めてるところ何て殆ど無かったし、致し方ない。
- 最初の選挙の時はなんと直接国税15円以上。今風に言えば所得税を何十万も払っている人だけが投票できた。
- 投票時には誰が投じた票かを書かされた。
- 榎本武揚外相、「将来は農業の時代」とコメント。自らの過去については多くを語らず。
- 実は旧幕府側の人間だったため、喋ると処刑される危険性があった。
- それでも閣僚になれたくらい有能。
- 絹の法被がもらえると喜んで役所に行ってみたら、憲法発布だった。何それ?
- さすがに苦しくないか?
- 実話かどうかはともかく、高校の日本史の副読本には、掲載されていた話ではある。
- 「絹布の法被」(けんぷのはっぴ)
- 憲法発布時、市民はお祭り騒ぎだったが大半は憲法って何?状態だったとか。
- でも憲法自体は聖徳太子の時代にはすでにあったり(もちろん近代的な憲法ではない)。
- さすがに苦しくないか?
- ハレー彗星接近。地球滅亡のデマが流れる。
- その年の十大ニュースの第三位に入る。ちなみに、一位は韓国併合、二位は伊藤博文暗殺。
- 中学校以上の学校では授業で使う言語が英語やドイツ語であることが普通で、入試の問題が日本語で行なわれたときは「問題文を英語に訳す」→「英語で答えを考える」→「答えを日本語に訳す」という手間を掛ける者もいた。
- 現在の高校入試の五科目(国語、社会、数学、理科、英語)は、明治時代に殖産興業のリーダーたちに要求された知識だった。明治時代(幕末もだが)のエリートの特徴は、翻訳の達人だからね。言い換えると、輸入した物をすべて解釈できる人物だった。
- 世界初のコンピューター「コンピューターおばあちゃん」が生まれる。
- 「コンピューターおばあちゃん」って何ですか??
- NHK「みんなのうた」のひとつだ。
- そろばん婆さんとは犬猿の仲。
- 「コンピューターおばあちゃん」って何ですか??
- 「日本人は古代エジプト人であり、古代ギリシャ人であり、古代ローマ人である。」等と言い出した人がいた。
- その論証(?)では時間の流れが逆転していようがお構いなし。
- 明治村オープン。子どもは無料で入場できますYO!
- 街角に設置された郵便ポストに小便する奴が続出。警官に怒られるが、「『垂便』て書いてあるじゃん!」と逆ギレ。
- 電線に風呂敷をぶら下げる奴も続出。一部感電死したとかいう噂。
- 弁当をぶら下げる人や「キリシタンバテレンの魔術だ!」と言って電柱を切り倒す人もいたそうな。
- 森永、ロッテ、雪印ではこの時代は存在しなかったことになっている
- 1代前の慶応天皇以降、天皇の名前に由来する大学が作られるようになった。
- ただし、平成だけは設立した某大学の冠名がついてしまっている。
- 天皇じゃなくて年号な。
- ついでに慶応天皇はいない。孝明天皇ね。
- 孝明天皇は元号を6回も変えた。弘化→嘉永→安政→万延→文久→元治→慶応。
- ちなみに慶應義塾ができた慶応四年は後に明治元年だったということになったため、法的には明治の創立である。
- ただし、平成だけは設立した某大学の冠名がついてしまっている。
- 秋山兄弟や正岡子規など多くの人々が坂の上の雲を目指していた。
- 全国各地に鉄道が開業したが、「鉄道ができると街が滅びる」などという理由で建設を拒んだ地域があった。
- と思いきや実際はそうでもなかったとか。
- 食道楽という恋愛小説兼料理ガイドが流行った。
- 建築物が無駄に豪華。
- というより彼らが見た欧米がそういう場所ばっかりだったんじゃないかと。
- 明治天皇にはじめてアンパンを食べさせたのは山岡鉄舟こと山岡鉄太郎。美味しんぼの山岡士郎の祖先。ちなみにアンパンは武士の木村安兵衛が始めたパン屋「木村屋」のアンパンだった。
- 山岡鉄舟は初代茨城県令で、木村安兵衛は茨城出身だったりする。
- 明治10年代には「生意気新聞」「多真戯(たまげ)新聞」「腰抜新聞」などが創刊された。
- 残念ながらどれも短命に終わってしまったらしい。
- いわゆる体育会系的なものはだいたいこの時代に形成された。
- ラーメン戦争始まる。
- のちに征露丸戦争も。
- 初詣、夫婦同姓、横綱の地位など現在では日本の伝統とされているもののうち少なからぬ数がこの時代の生まれ。
- 安倍首相は長州と縁があることもあってかこの時代が好きな様子。
- 地味に旧暦と新暦が混在している。
- 新橋-横浜の鉄道開業時はまだ旧暦だった。
- 改暦のせいで五節句の季節感がなくなってしまったし、謎の「建国記念日」が生まれてしまった。
- もちろん公文書や企業活動は新暦を使うにしても、旧暦ベースの年中行事は残しておくべきだった気がする(現代も地域によって旧暦でお祝いしているところもあるが)
- 有名な「明治は遠くになりにけり」の句は作者が31歳のころ、20年前の明治時代をしのんで詠まれた。
- 2024年現在であれば「昭和は遠くになりにけり」というにはもう遅すぎ、「平成は遠くになりにけり」というにはまだ早すぎるということになる。
- 「20世紀は遠くになりにけり」がこの当時の雰囲気に近いか。
- これが詠まれた時は、金ボタンの外套を着た小学生を見て明治当時の小学生が着物と下駄だったことを思い出して詠んだらしい。つまりこの時代までは着物と下駄が小学生まで一般的だったが、その後は変わっていったということになるか。
- 大正時代にモダンガール、モダンボーイが流行る前だったということも大きいか。
- 2024年現在であれば「昭和は遠くになりにけり」というにはもう遅すぎ、「平成は遠くになりにけり」というにはまだ早すぎるということになる。
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