ブータン
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- チベットと同じ雰囲気。
- そりゃそーだ、同じチベット系民族だし。チベット仏教の宗派は微妙に違うけど。
- チベット本国が中国に支配されているため、実はブータンが世界唯一のチベット人独立国家である。
- 王妃が本を書く
- 第4代王后ドルジェ・ワンモ・ワンチュック陛下著「幸福大国ブータン ~王妃が語る桃源郷の素顔~」です。
- 国王の専用機は「雷龍」である(嘘)
- ナショナルフラッグキャリアはドュルックエア(Drukair)。
- 煙草を吸ってはいけない。持ち込みも禁止。違反したら国外追放。
- 国外からの持ち込みは禁止されていない。ただし100%の関税がかかる。
- 民族衣裳が日本の着物そっくり。
- 男性用はゴー。女性用はキラ。
- 着物に似てるのはどちらかというとゴの方で、キラはインドのサリーにも似てる。
- 布地が繊細でカラフルな色使いと編み方。ヒマラヤ圏一の着道楽。
- 着物に似てるのはどちらかというとゴの方で、キラはインドのサリーにも似てる。
- ゴーは「呉」。日本と同じく「呉服」である。
- 男性用はゴー。女性用はキラ。
- ティンプーが首都
- でも国際空港はパロにある。
- パロは旧首都で、長らく王宮があったところ。京都のような存在で、ブータン国民の心のふるさと。
- 古い地図では、プナカが首都と書かれていた。実際、1955年までは冬季のみの首都とされていた。
- ここは冬でも暖かく国王の避寒地の別荘で、昔の外交使節はここでしか謁見できず、こっちがメインだと勘違いしていたらしい。。
- 南北の高度差がおおきい。
- ブタがたくさん飼育されている。(嘘)
- 豚のタンがたくさん生産されている。(嘘)
- 質素で素朴な気質の国民。貧しいけれど幸せな国。
- 国民総生産(GNP)に代えて国民総幸福量(GNH)という概念を国王が提唱した。
- なお調査では自分が幸福であると答えないと学校や行政サービスが受けられないカラクリ、90%を超える幸福率の理由
- アンフェがミソジニーな社会を維持する理由に都道府県の幸福度を引用していたり、リベラルが北欧の幸福度を絶賛するのも、保守派が伝統的な生活のためにブータンの幸福度を使うのもそうだが、幸福度っていうもの自体あいまいで自分の都合のいい主張のために牽強付会に使えるものとしか思えない。
- なお調査では自分が幸福であると答えないと学校や行政サービスが受けられないカラクリ、90%を超える幸福率の理由
- この国の在り方を見ていると、先進技術のみが人間に幸福もたらすものではないと思えてくる。
- でも国民年間平均所得は日本円にして17万円でインドの2倍ある。環境教育と水力発電(インドへの売却目的)の普及に熱心である。
- 先進技術と旧来の生き方を天秤にかけて両極端な結論に誘導してしまうのはよくある間違い。
- 市民、あなたは幸福ですか?
- 実は地上の楽園のパチモンであるという説も、あるにはある。
- 南部では反乱が起こった事もあるし、日本のマスコミが言うほど良い国とは思えない。
- 日帝ならぬ英帝が引っ張り込んだヒンズー教徒のネパール系移民の末裔が難民となって国外流出中、国連で問題化。
- ちなみにブータンが定義するところの平均幸福量の数字では、実は日本の方が上だったりする。先進技術だけが全てではないにしても、現状でみんなが特別幸せというわけではない。あくまで国の目標が幸福の追求だといっているだけである。
- 某政党とか某ボカロ曲のイメージで、幸福度って指標自体にディストピアのイメージしかない。
- 国民総生産(GNP)に代えて国民総幸福量(GNH)という概念を国王が提唱した。
- 国旗の中央にでかでかと龍の絵が描いてある。
- 2002年サッカーのワールドカップでモントセラトと最下位決定戦で争った。平地がほとんど無く、サッカーの練習があまりできないから弱いらしい。
- その最下位決定戦はブータンの高地で行われたため、最下位を免れた。
- 当時のブータン代表監督は後に大分トリニータのコーチに就任。
- でもこれってW杯とは別にオランダ人が考え出した大会じゃなかったっけ?
- ちなみにサッカーは世界一弱い国。
- あの最下位決定戦以降、2014年現在はFIFAランキング最下位に逆戻りしたがそれでもサッカーは国内で最も熱いスポーツらしい。
- ただし当時のFIFAランキングはたくさん対外試合を組める先進国に有利であった。そのため、必ずしも実力が最下位だったかはわからない。2018年に統計的根拠のある実力ベースの計算方法にランキングが変更され、2023年年末の現在は210の国と地域で184位、最下位はサンマリノである。
- あの最下位決定戦以降、2014年現在はFIFAランキング最下位に逆戻りしたがそれでもサッカーは国内で最も熱いスポーツらしい。
- 2008年4月、新たに日本人が代表監督になるとか
- その後、2012年より1年半ほどFC岐阜監督を務めました。
- その最下位決定戦はブータンの高地で行われたため、最下位を免れた。
- 日本の昭和天皇が崩御した際、国民全員が一ヶ月間喪に服した。
- あと、日本人で近代農業をブータンにもたらし、今なお「ブータン農業の父」とあがめられる人がいるとか。彼が亡くなった時は国葬。国王も喪に服した。
- 西岡京治氏だな。ブータンのワンチュク国王から「ダショー」というブータン最高爵位を授かっている(唯一の外国人受爵)
- 国民の大半が農業で生計を立てている為、西岡氏の存在はとても大きかった西岡氏自身は「実直で忍耐強く、温厚」と、日本人のいい所の塊みたいな人だったという。彼の葬儀はブータン史上最も盛大に行われたと言われている。
- 大喪の礼に参列したワンチュク国王は、寒い2月なのにブータンの民族衣装のままだった。宮内庁がコートを薦めたけど、陛下に失礼だからとお断りしたそうだ。
- あと、日本人で近代農業をブータンにもたらし、今なお「ブータン農業の父」とあがめられる人がいるとか。彼が亡くなった時は国葬。国王も喪に服した。
- 旅行者の税金がべらぼーに高い。
- 一人当たり一日200ドル(?)を払わなくてはいけないので、必然的にそれなりの「質」を備えた観光客しか行くことができない。この制度は、分別を弁えないバックパッカーなどにブータンの自然や文化を壊されないようにするために設けられている。
- 南部のネパール系の多い土地が反政府運動を起こしている。
- 急速な西洋化を憂えた政府が、ブータンのアイデンティティとして、チベット系の民族衣装着用の義務付け、ゾンカ語の国語化、伝統的礼儀作法(ディクラム・ナムザ)の順守を求めた結果、ネパール系が反発した。
- ネパール系の難民が流出し国際問題化してる。人権問題にも発展かなー?
- 君主制だが、国王自身が2008年の譲位と立憲君主制移行を表明。現在、成文憲法の制定を準備中。
- 前倒しで2006年に譲位完了。2008年には国民議会の選挙と新国王の戴冠式が行われる予定。
- 王室の人気が高いため民政移行に消極的な国民も多かったが、国王自ら国中を回って国民に呼びかけた。
- 説得の殺し文句は、「今日の国王は良き君主でも、もし悪しき君主が現れたらどうするのだ?」
- タイではここの王様の女性人気がすごい。タイ国王60周年記念式典に参加したブータン国王のハンサムっぷりがその秘密らしい。
- 王女様もなかなかの美人です。
- 山岳民族は弓矢の名手が多い。遮蔽物が多い岩山でもなんなく獲物をしとめる。アーチェリーなどは"的が近すぎて"当たらないらしい。
- 弓術が国技。ただしアーチェリーとは異なる。
- つい最近テレビの本放送が始まったとか。
- 信号機も21世紀になって付け始められたという。その台数、現在に至るまで国じゅうで数台だけらしいが。
- 和歌山のすさみ町が「イノブータン王国」というパロディ国家を作った時クレームを付け「イブ王国」に変更させた。
- 30年位前に外貨獲得のためにレコード切手を発行した。レコードプレーヤに掛けると本当に聴けるが、当時の日本では蒐集する価値が無いと言われていた。
- しかし実際に郵便に使用でき、ブータン発信の航空便の使用例のものとかは人気がある。
- 数字の数え方が、ところどころ日本の数え方と似ている。1(チュチ) 2(ニ) 3(スム) 4(シ)・・・。
- ひとつ、ふたつ、みっつ、よっつ……ってのが日本語。いち、に、さん、し……ってのは音読みだからね
- 多妻多夫制。初めて結婚した配偶者の許可があれば何人とでも結婚できる。あと、家業は女が継ぐから男性が追い出されるケースが多い。
- 21世紀に入るまで、きちんとした憲法が制定されていなかったらしい。
- というより絶対君主制国家だった。ただし、ワンチュク前国王がネパール系の一件を除き、いい政治をしたので、ネパールと真逆の結果になった。
- 摂氏-0.5℃で蒸発するらしい。
- 融点は−138℃らしい。
- 磯ブータンという異性が存在する。
- 上記イノブータン王国とは関係ない。
- バターと関係あるらしい。
- 小学生の時、肥満児だった自分はよくブータン出身者だと揶揄された。
- ブーたん…。
- 料理がめちゃくちゃ(一説には世界一)辛いらしい。それは韓国料理やメキシコ料理がマイルドに思えるほどに…
- 東京の代々木上原に日本唯一のブータン料理店「ガテモタブン」がある。
- 2011年ワンチュク国王がペマ王妃とともに被災後初、国賓として来日。フクシマの影響を顧みずに駆けつけてくれた姿に、多くの日本人が感銘を受けた。
- 二つの中国問題で、両方の中国とも国交を結んでいない。だが、本音は台湾(中華民国)寄りで、反支(人民共和国)である。
- イメージに反し、英語がよく通じる。
- かつてイギリスの保護国だったこともあり、英語は教育言語として盛んに用いられているらしい。ブータン国王来日時の演説も英語で行われた。
- 鎖国の印象が強いため閉ざされた神秘の国という感じだが、歴史的には結構したたかな国で、英国領インドがなんだかんだ言って発展したこと、中国などへの牽制という点からイギリスと組むのは普通にありという方針。それでいて内政不干渉はきっちり盛り込んでるあたり中々である。