もしあの人が地方選挙で当選していたら
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節の名称は「候補者名(出馬した選挙の開催年・種類)」とし、年代順でお願いします。複数の候補者を扱いたい場合は開催年・種類だけで節をつくること。
1970年代[編集 | ソースを編集]
石原慎太郎(1975年東京都知事)[編集 | ソースを編集]
- 都政が革新から保守に代わるため、革新都政に終止符が打たれた。
- 環境庁長官や運輸大臣には就任していない。
- 史実で美濃部亮吉の後に都知事になった鈴木俊一は都知事にならなかった。
- 都知事は1991年頃まで務め、その後は国政に復帰した。
- 新党でなく、自民党に戻った。
- 総裁選に出馬し、ひょっとすると首相の座についていたかも。
- あるいは1992年に結成された日本新党に入り、細川護熙と共同代表になっていた。
- 翌年の総選挙で国政に復帰し、首相に就任した。
- 新党でなく、自民党に戻った。
- 後任の都知事は舛添要一あたり。
- 恐らく内田裕也かと。
1990年代[編集 | ソースを編集]
1991年東京都知事[編集 | ソースを編集]
- 磯村尚徳
- 鈴木俊一(史実での当選者)は、4回目の当選を阻まれる格好となっていた。
- 1995年の都知事選でも当選していた場合、青島幸男はいじわるばあさんという認識で終わっていた。
- いや、実際青島幸男っていったらみんなまず出てくるのはそれじゃないか? 「次の都知事選で落ちたらまた意地悪ばあさんやるだろ」って言ってたら、ホントにやったし。
- その場合世界都市博覧会は予定通り開催されていた。
- 後任は史実通り、石原慎太郎。
- 小沢一郎は自民党幹事長を辞任することはなかった。
- 後に離党することもなく、自民党所属の政治家であり続けただろう。首相就任もありえたかも。
- タレント知事(磯村はNHKキャスター経験者)が早く誕生したので95年都知事選で石原信雄が立候補しなかった。
- 内田裕也
- ゴミ収集者の待遇を改善するために努力していた。
- 「自分の意思が通らない時はカッとなりやすい!」、「権力、上からの強制にはすぐに反抗してしまう!」という欠点があるのでいろいろなトラブルを起こしてしまった。
石原信雄(1995年東京都知事)[編集 | ソースを編集]
- 世界都市博覧会は予定通り開催された。
- 石原慎太郎は1999年の知事選には立候補しなかった。
1999年東京都知事[編集 | ソースを編集]
- 舛添要一
- 2001年の参院選に自民党から立候補することはなかった。
- 2007年から厚生労働大臣を務めることもなかった。
- いわゆる「消えた年金」問題の展開がもっと悪い方に転がっていた恐れあり。
- 2007年から厚生労働大臣を務めることもなかった。
- 2020年の東京五輪誘致に力を入れた。
- 2014年の都知事選には立候補していない。
- その代わり東大の同級生であった鳩山邦夫が立候補していたかもしれない。
- 小池百合子が出馬していた可能性もある。
- この地点で増田寛也が自民党推薦で出馬していたかもしれない。
- おそらく石原良純かと。
- 鳩山邦夫
- 兄の由紀夫と対立する事は無かった。
- 自民党復党も国政復帰も無かった。
- 退任後だったら有り得たかもしれない。
- 仮に2007年に任期満了を以て退任していたら、2007年参議院選挙に出馬していたかもしれない。
- その場合は民主党復党か?
- 次男の二郎が国政入りする事も無かった。
2000年代[編集 | ソースを編集]
田嶋陽子(2003年神奈川県知事)[編集 | ソースを編集]
- 参院議員を辞職し立候補するも、4位に終わる。もし当選していたら?
- もちろん、神奈川県初の女性知事になっていた。
- 女性の地位向上に努めていた。
- 同日に北海道知事に当選の高橋はるみと連携を深めていた。
- 寧ろ対立していたのでは?
- 県職員採用の半数を女性にするなど、ジェンダー平等重視の政策を行っていた。
小谷豪純(2003年大阪市長)[編集 | ソースを編集]
- いわゆる「橋下流」改革が史実よりも早く行われていた。
- 直接民主制の発想が「支持政党無し」よりも早く導入されていた。
- 政界再編のキーマンとなっていた。
森雅子(2006年福島県知事選挙)[編集 | ソースを編集]
- 福島県初の女性知事になっていた。
- 大竹作摩以降の福島県知事は会津、中通り、浜通りの順番で選出されていたいた。
- 大竹作摩(会津)→佐藤善一郎(中通り)→木村守江(浜通り)→松平勇雄(会津)→佐藤栄佐久(中通り)→森雅子(浜通り)の順番になるから。
- 次は会津地方から選出されるという噂が出ていた。
- 内閣府特命担当大臣や法務大臣には就任していない。
- 退任後に国政入りしていたら就任も有り得たかもしれない。
田中康夫(2006年長野県知事選挙)[編集 | ソースを編集]
- 東国原知事や橋下知事と仲良くなっていた。
- いや、東国原はともかく、橋下とは政策の根本で違いがあるから無いんじゃないか。
- 新党日本は結成されなかったかも知れない。
- 新党日本は2005年に結成されたんですけど。
- 2007年参議院選挙では議席が取れず解体。
- 2009年の衆院選に兵庫県尼崎市から立候補することもなかった。
- TBSラジオで平日夜に放送される『アクセス』のSBCラジオのネットもしばらく続いていた。
- リニア中央新幹線のルートでもめることはなく、開業も早くなってるかも。
- 『そこまで言って委員会』のテレビ信州でのネット開始が遅れていた。
石田芳弘(2007年愛知県知事選)[編集 | ソースを編集]
- 2009年衆院選には出馬しなかった。
- 2007年県議選では民主党が過半数を獲っていた。
黒川紀章(2007年東京都知事選)[編集 | ソースを編集]
- 少なくとも、この年に亡くなることはなかったかも。
- カプセルマンションの問題で早く辞任していたかも。
- 2016年の五輪の誘致活動に参加していた。
- この時に国立競技場を建て替えることになれば、黒川建築になっていたかも。
横尾誠(2007年長崎市長)[編集 | ソースを編集]
※義父・伊藤一長の後継者として出馬するも、僅差で落選。
- 志半ばにして凶弾に倒れた伊藤に、良い供養ができていただろう。
- 優子夫人の『父・伊藤一長は、この程度の存在でしたか』発言もなかった。
- 史実の選挙で当選した、田上富久氏の運命も変わっていた。
- 在任中に長崎のことにあまり詳しくないことが露呈され、再選はできなかったかもしれない。
- 上記の田上氏が(2011年の長崎市長選で)リベンジ当選を果たしていた可能性も有り得る。
小坪慎也(2008年行橋市議選)[編集 | ソースを編集]
- 市議になっていたこともあって、史実ほどはブロガーとして活動できなかったかもしれない。
- ただ、政権交代を迎えてからは活動を広げ、もしかしたら衆院選に出馬していたかもしれない
長塚智広(2009年茨城県知事)[編集 | ソースを編集]
- 歴代最年少の記録を大幅に更新していた。
- 民主党推薦でありながら現職と対決していたことから、後に民主党を離脱していた可能性が高い。
2010年代[編集 | ソースを編集]
重徳和彦(2011年愛知県知事)[編集 | ソースを編集]
- 2012年衆院選には出馬していない。
- 史実で当選した大村秀章はどうなっていただろうか?
- 日本維新の会公認で愛知13区から出馬していたかも。
- 河村たかしの後継の名古屋市長になっていた可能性も。
- 重徳和彦も減税日本と組んでいた可能性も。
- 2015年、2019年と連続3選していたら、2019年あいちトリエンナーレは一体どうなっていただろうか?
- 即刻中止して謝罪会見を開いていたか、そもそも開催されていなかったかも。
- 中根康浩が岡崎市長になって、市民全員に5万円給付という公約の不履行でたたかれることはなかった。
- 2014,17衆院選では当選するが、21衆院選で立憲に移籍した中根は落選していたか比例復活していた。
2011年東京都知事[編集 | ソースを編集]
- 東国原英夫
- 「他道府県での知事経験者は都知事になれない。」というジンクスは破られていた。
- 史実で当選した石原慎太郎は高齢を理由に政界を引退していた。
- 引退しなかった場合、史実より早く太陽の党が結成されていた。
- 2020年夏季五輪に東京は立候補しない方針となっていた。
- 築地市場の移転は白紙撤回されていたかもしれない。
- 東京で宮崎の観光キャンペーンが盛んに行われていた。
- 震災もあいまって就任会見では「東日本をどげんかせんといかん」と発言していたかも。
- 無論、2012年の衆議院選挙には出馬していない。
- 猪瀬直樹や舛添要一は都知事になることはなかった。
- 渡邉美樹
- 東京都の公務員が大幅に削減され、公務員の残業が日常化する。
- もしかしたら過労死が出ていたかもしれない。
- ブラック企業大賞に東京都がノミネートされる。
- 氏の会社同様多角化に乗り出していたかもしれない。
- 都政全般としては大きく財政が回復していたか…?
羽柴秀吉(2011年夕張市長)[編集 | ソースを編集]
- 都バスの車両が夕張鉄道に譲渡されることはなかった。
- 羽柴グループが夕張に進出。
- ギリシャ危機の時の政情は夕張とよく比較されていた。
- 石原都知事派が調子にのらなかった。
- 当然、この選挙で当選した鈴木直道は北海道知事にならなかった。
2012年東京都知事[編集 | ソースを編集]
- 宇都宮健児
- 五輪は無かった。
- かわりに広島かイスタンブールでやっていた。
- 史実で当選した猪瀬直樹は参院選に出ていた。
- それでも徳洲会の事件で失脚していたのは史実通り…か?
- 維新の会から出馬していた。
- それでも徳洲会の事件で失脚していたのは史実通り…か?
- その後の選挙でも社民党、共産党が一緒の候補を応援していた。
- 山本太郎が調子に乗ることはなかったのか・・・。
- もっとひどくなっていたと思う。
- 2014年の都知事選はなかった。
- 舛添要一は都知事にならなかった。
- 選挙演説時に某アニメキャラのコスプレをした人が参加したことを大問題として追及されていた。
- ネット上では麻生太郎並みの人気があった(ネトウヨを除く)。
- 岩手県の達増拓也知事と似たような感じになっていたかも。
- ネット上では麻生太郎並みの人気があった(ネトウヨを除く)。
- ギャンブルに批判的な立場から、年末ジャンボ宝くじの抽選会に出席しなかった。
- 松沢成文
- 「他道府県での知事経験者は都知事になれない。」というジンクスは破られていた。
- 翌年の参院選には出馬していない。
- 黒岩氏との関係はどうなっていた?
- みんなの党が都政与党になっていた。
2014年東京都知事[編集 | ソースを編集]
- 田母神俊雄
- 自民党が推薦していたら間違い無く当選していた。
- 言うまでもなく韓国、中国は猛反発。
- 北朝鮮も国営メディアで非難。
- 当然2014年衆院選には立候補せず。
- 「いいとも」出演は安倍首相ではなく彼がしていた気がする。
- 猪瀬氏が当選時に出演したのと、同じ「タモさん」繋がりで。
- 世間の反応は別として、某バラエティで早朝バズーカのオファーを喜んで引き受けた事もあるからTVでのイメージ作りには結構積極的に励んでいただろうね。
- 2ちゃんねる等のネット上では当確の瞬間に勝利宣言が上がるも、政策によっては速攻で掌を返す気がしなくもない。
- 史実である会計責任者の私的流用が厳しく追求され僅か1年で辞職に追い込まれていた。
- 猪瀬氏の経緯により百条委員会設置は免れない。
- この場合猪瀬、田母神と短命な都知事が続いたことから都政は大きく混乱する
- 2009年の民主党への政権交代のように、左派の都知事(宇都宮健児氏あたりか?)が誕生していたかもしれない。
- 舛添要一の問題より早く発覚するので、在任期間は猪瀬より短くなり最短記録をさらに更新していた。
- 細川護煕
- 「他道府県での知事経験者は都知事になれない」というジンクスは破られていた。
- 「反原発」を主張し、東京電力の大株主として積極的に活動していた。
- 高齢のため1期で引退していたかもしれない。
- 都庁を始めとする複数の都の施設に自ら製作した陶芸作品を飾る。
- 自らの作品を無償で飾るのは寄付行為になるので断念していたかも。
- 「総理大臣→都道府県知事」という意外すぎる転身が後世まで伝説として語り継がれる。
- 正確には「県知事→総理大臣→都知事」にはなるが、総理大臣経験後の知事就任は異例だろう。
- 宇都宮健児
- 「2度目の挑戦」で遂に当選。
- オウムの後継組織等カルト宗教団体に解散勧告を出していた。
- 都議会民主党は間違い無く分裂していた。
樋渡啓祐(2015年佐賀県知事)[編集 | ソースを編集]
- 佐賀県立図書館もTSUTAYA図書館になっていた。
- 以後選挙で候補者問わず留守番電話攻勢が激しくなっていた。
小谷野薫(2015年広島市長)[編集 | ソースを編集]
2016年東京都知事選[編集 | ソースを編集]
- 鳥越俊太郎
- 都政は前任や前々任よりも悪化するのは確実。
- 「都市外交」がさらにエスカレートする。
- 「前任や前々任のほうがまだマシだった」とまで言われる。
- とりあえず民進・民進(旧維新の党系)・共産・生活者ネットワークを都議会の与党とするも、この各党で揉め出す気がする。
- 文春に例の騒動をスクープされてなかったら可能性が高かった。
- あるいは、当選少し後に発覚し、都政の悪化もあってか前任、前々任よりも早く辞任させられる。
- 何れにせよ任期満了を待たずに辞任していただろう。
- 韓国学校がさらに増設させられていたかも。
- 新宿区のほか杉並区あたりにも増設されていた。
- いわゆる「一条校」に格上げされていた。(ちなみに東京韓国学校は現在各種学校扱い。)
- 「主要候補の中で最後に出馬表明した人が当選する」というジンクスは継続していた。
- 副知事に宇都宮健児氏を起用するかどうかが注目されるが、結局本人は辞退しそう。
- 一部から「任期満了までもつのか」と健康状態を危ぶむ声も出ていた。
- 2017年の都議選では民進党か共産党が第一党になっていた。
- 自民党も10議席程度の減少にとどまっていた。公明党は自民と選挙協力をし続けていた。
- 民進党はその後も分裂せず国政でも野党第一党であり続けた。
- もしかすると支持が回復し、衆院解散後再び政権を獲ったかも…
- 鳥越都政が難航すればそれは難しい。
- もしかすると支持が回復し、衆院解散後再び政権を獲ったかも…
- 豊洲市場の問題は現実通り。
- 15歳までと65歳以上の医療費、シルバーパスの無料化を財政事情など無視して断行。
- 都知事による関東大震災朝鮮人犠牲者追悼文の送付は継続されていた。
- 増田寛也
- 小池百合子および彼女を応援した都議を徹底的に冷遇していた。
- 小池百合子は自民党を追放させられ、新党を結成していた。
- 史実で実現していない日本維新の会との連携が実現していたかも。
- 政党名は以前所属していた政党名から「保守党」か?
- それこそ「希望の党」では。
- 当然ながら若狭勝衆院議員も自民党を追放されていた。
- 東京10区の自民党候補はこの地点で鈴木隼人になっていた可能性が高い。
- 千代田区の石川雅己区長や豊島区の高野之夫区長も徹底的に冷遇されていた。
- 2017年の千代田区長選に石川区長は出馬せず引退していたかもしれない。
- 出身地であり以前の選挙区でもあった兵庫に帰り、翌年の兵庫県知事選に出馬していた可能性も。
- 井戸敏三は小池百合子にダブルスコアで敗れ、5選は果たせなかった。
- 小池が兵庫県知事になっていた場合、兵庫県議会の自民党は「小池派」と「五党協派」に分裂し、「小池派」が民進離党者や維新の一部とともに地域政党「県民ファーストの会」を結成していた。
- 兵庫県知事になっていた場合、小池は松井一郎大阪府知事、大村秀章愛知県知事とともに「名阪神改革知事連合」を結成し、日本維新の会の役員にも名を連ねていた。
- とすると、「希望の党」は誕生せず、当然民進党が分裂することもないため立憲民主党や国民民主党も誕生しなかった。
- 民進党はどっちみち分裂していたのでは?
- 小池百合子は自民党を追放させられ、新党を結成していた。
- 都議会自民党の勢力は史実より強くなっていた。
- 都議会のドンと言われる内田茂都議が全国的に有名になることもない。
- 「かがやけTokyo」や音喜多駿都議も全国区の知名度にならなかった。
- 当然ながら「都民ファーストの会」も存在しない。
- 内田都議は引退に追い込まれなかった可能性も高い。
- 音喜多氏の北区長選出馬や参院選出馬もなかった。
- 北区長選だったら有り得るだろう。
- 都議会のドンと言われる内田茂都議が全国的に有名になることもない。
- 韓国学校・豊洲市場の問題はほぼなかったことにされていた。
- 普通に建設がすすめられた。
- 「他道府県の知事経験者は都知事になれない」というジンクスを打ち破っていた。
- 増田氏が発表した「消滅可能性都市」が、史実よりも話題になっていた。
- 2017年の都議選では公明党は自民党と選挙協力を続けていたため、自民党が第一党になっていた。
- 民進党も議席を大きく減らすことはなかった。
- 当然、日本郵政の社長には就任していない。
- 逆に小池百合子が就任していた?
- 官僚出身の桜井俊氏が就任していたかもしれない。
- 逆に小池百合子が就任していた?
- ひょっとしたら、東京都知事としては鈴木俊一以来となる全国知事会会長に就任していたかもしれない。
- なお増田氏自身は岩手県知事時代の2005年にも知事会会長選挙に立候補しているが、この時は麻生渡福岡県知事(当時)に敗れた。
- 桜井誠
- 韓国学校の建設は即時に停止されていた。
- 学校法人森友学園が東京に進出する形で教育機関を予定地に建てていた。
- 一部マスコミは「極右旋風」「ナチスの再来」などと煽り立てる。
- 特定アジアは2020年のオリンピックをボイコットする可能性も。
- ドナルド・トランプの当選などとともに右傾化の流れとしてとらえられていた。
- 実際に本人もトランプを強く意識していたため大統領当選時には祝福の談話を出していた。
- 当選が決まった瞬間しばき隊やSEALDsなどは激怒、都内各地で抗議デモを行う。
- 就任当日からリコールを呼びかける署名運動が始まってしまう。
- いくら桜井でもいきなり在日コリアンを追い出すのは不可能だと思うので、まずは簡単な問題から解決していくと思う。
- いやいきなりやると思うよあの人は。全力で都議会が阻止すると思うけど。
- 外国人への生活保護費支給を停止を実施。
- 結果外国人による区役所襲撃事件が続発。
- 桜井誠自身が政党を結党し、翌年の都議選では候補者を擁立していた。
- 各地の地方自治体の首長選挙も同様。
- 日本第一党が国政にも進出していたかも。
- 外国人の東京転出が多くなっていた。
- 新大久保に閑古鳥が鳴く。
- リベラル派でも逃げ出す人が続出していた。
- 共産社民なども本部を都外に移転していた。
- 桜井誠を批判していたチャンネル桜も都外に移転せざるを得ない事態に。
- 桜井都政に批判的なマスコミの一部が転出者を「国内避難民」と表現していた。
- 普通に考えればありえない気もするが、あの石原慎太郎が長年都知事を務めたぐらいなので、何かのきっかけ(例えば自民党や野党が激しく内輪揉めする等)でトランプみたいに台頭、当選したのかもしれない。
- 左派陣営の鳥越・宇都宮・蓮舫、右派陣営の増田・小池が誰も譲らず都知事選へ→桜井が台頭、とかかな。
- 左派陣営には上杉隆もいる。
- どのみち都議会の全政党を敵に回す事になるので、長く都知事を務めることは無理。石原は自民系のバックアップがあったがこいつに関しては…。
- 左派陣営の鳥越・宇都宮・蓮舫、右派陣営の増田・小池が誰も譲らず都知事選へ→桜井が台頭、とかかな。
- 「桜井俊氏と間違えて投票したんじゃないか」と揶揄される。
- 都庁の食堂には鯨やイルカのメニューが並んでいた。
- 当然ながらキムチは徹底排除。
- 石原慎太郎の夕張市のように太地町などの捕鯨イルカ漁スポットや領土問題を抱える石垣市といった市町村と協定を締結し職員を派遣しまくっていた。
- 都の施設やウェブサイトからハングルや中国語表記が消えていた。
- 北京・ソウルとの姉妹友好都市関係も即座に断絶。
- 旭日旗を引き合いに中韓国旗の掲揚も厳禁になっていた。
- 勿論北朝鮮の国旗も。
- TOKYO MXは韓国ドラマの放送を止めざるを得ない事態に。
- 自身の選挙ポスターにモザイクを掛けたことに噛みつく形で潰しにかかっていた。
- 外交問題にも大いに口をはさみ日本のイメージを悪化させていた。
- 特に釜山の慰安婦像問題あたりがもっとややこしいことになっていた。
- 前任の舛添氏とは異なった意味で「都政そっちのけの独自外交」が問題視される。
- 記者会見などの発言に対し多くの訴訟が起こされる。
- 会見には記者が一人も来なくなって独演会になっていた。
- 青林堂のような出版社しか来なくなっていた。
- ニコ生、abemaなどからもネット配信をボイコットされていた。
- 石原やトランプどころじゃないメディアとの対立が起こるため、それだけで都政が機能不全になっていた。
- 会見には記者が一人も来なくなって独演会になっていた。
- 橋下徹が出馬していた場合、選挙戦で橋下を激しく非難していた。
- 都知事による関東大震災朝鮮人犠牲者追悼文送付は就任初年から取り止められていた。
- それどころか朝鮮人犠牲者追悼式典の開催も許可されなかった(会場管理は東京都のため)。
- 都知事になっても、ディスった奴を襲うことはやめなかった。
- 保健・医療・福祉活動なんてやらなかった。
- 海外の極右政党などの事例を見るにそこそこやっていたと思われる。ただ「日本国籍を有するものに限る」と強調し、外国籍の住民は冷遇されていた。
- 桜井は障害者に暴言を吐いたり、桜井の仲間がお年寄りに暴力を振るったことがあるのでやらないと思うんだけどな・・・。
- 戦後日本では初の、現職中に暗殺された知事として悪名を残す。
- あのレベルなら、テロをやってでも止めなければならないと確信する人たちが間違いなく現れる。
- 立花孝志
- NHKでの都知事関連のニュースの扱いが悪くなる。
- NHKが東京都外に移転する。
- 翌年の都議選ではNHKから国民を守る党の候補者を擁立していた。
- 後藤輝樹と同様政見放送で好き勝手な話はさせないなど規制強化が図られていた。
- 「N国フィーバー」が一足早く到来していた…かも。
- 「NHKをぶっ壊す!」が一足早く流行語に。
- 上杉隆
- TOKYO MXの「週刊リテラシー」を降りることなく就任後も毎週出演していた。
- 「敦と都知事の週刊リテラシー」にリニューアルされていた。
- 東京都第10区の補選にはTOKYO MXでお馴染みのタレントが上杉都知事の支援で出馬していた。
- 良い刺激として田村淳の政界進出も現実味を帯びていた。
- まさか10区の補選に出馬とか…?
- 上杉隆が運営していたニュースメディアは小池百合子が引き継いでいたかもしれない。
- NHKから国民を守る党に入党する事は無かった。
- 後藤輝樹
- 会見で放送禁止用語を連発し、結局解職されていた。
- 仮に新党を結成した場合、党名は何になっていただろうか?
- 「国民ファーストの会」(史実2017年都議選)、あるいは「後藤輝樹と世界を変える党」(史実2021年葛飾区議選)あたりが妥当だろう。
- その場合、2017年に新党結成、2021年に改名だろうか。
- 「国民ファーストの会」(史実2017年都議選)、あるいは「後藤輝樹と世界を変える党」(史実2021年葛飾区議選)あたりが妥当だろう。
- YouTuberにはなっていない。
- むしろ選挙活動をアピールしたり自らの政治思想を広めたりする目的でYouTubeチャンネルを開設していた。
- 2022年に長野県に移住する事は無かった。
- 場合によっては石原慎太郎を超える超保守系知事として一定数のネット右翼の支持を得るかも。本人は「愛国左翼」を自称しているが。
- 都知事よりも総理大臣の方が向いている、と言われる事も。
- 横田飛行場や赤坂プレスセンターを始め都内の在日米軍基地、更に本人の対米姿勢発言を巡ってアメリカと大揉め。
- 下手すりゃニューヨークから姉妹都市関係を切られ、ロサンゼルスからも交流・協力合意を破棄される。
音喜多駿(2019年北区長選)[編集 | ソースを編集]
- 7月の参院選には出馬しなかった。
- あたらしい党は維新の会に事実上合流しなかった。
- 2023年時点で再選していたかは不明。
- 落選した現職はこの時点で政界引退を表明していた。
青島健太(2019年埼玉県知事選)[編集 | ソースを編集]
- 首都圏1都3県の知事が全員タレント知事になっていた。
- 当然、2022年参院選に日本維新の会から出馬することもない。
2020年代[編集 | ソースを編集]
2020年東京都知事選[編集 | ソースを編集]
- 小野泰輔
- 維新の会推薦で出馬するも、落選。もし当選していたら、
- 熊本県副知事からの転身の為、熊本県から大層祝福されていた。
- 2021年衆院選には出馬していない。
- 都議会では都民ファーストの会から東京維新の会への移籍ドミノが起きていた。
- 平塚正幸
- 新型コロナ対策見直しを訴えたものの、落選。もし当選していたら、
- 新型コロナ対策見直しを巡り、都内の各市区町村長と対立を繰り広げていた。
- 任期中に未成年との援助交際&隠し子の存在が発覚し、辞任していた。
末永啓(2022年春日井市長選)[編集 | ソースを編集]
- 翌年の愛知県知事選には出馬していない。
- 新型コロナ対策見直しに最も成功した地方首長として注目されていた。
東国原英夫(2022年宮崎県知事選)[編集 | ソースを編集]
- 「知事の返り咲き」という戦後初の現象が起きたとして世間から注目されていた。
- 北野重雄群馬県知事(1947-1948、1952-1956)、川村和嘉治高知県知事(1947-1948、1951-1955)のケースがあるので戦後初ではない。
- 再び、宮崎県の注目度がアップしていた。
- とはいえ、第一次政権時代よりかは幾分トーンダウンしていた可能性も?
前田雄吉(2023年小牧市長選)[編集 | ソースを編集]
- 史実では4選した山下史守朗はこの時点で政界引退を表明していたか、翌々月の県議選に出馬していた。