もしあの相撲界の不祥事が○○だったら
(もし相撲界のあの不祥事が大騒ぎになっていたらから転送)
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あの不祥事が大騒ぎになっていたら[編集 | ソースを編集]
近年大相撲では不祥事が相次いでいますが、かつてもあまり大きく報道されなかっただけで不祥事は起きています。もしそれらの不祥事が大騒ぎになっていたら?
1947年・璽光尊事件[編集 | ソースを編集]
- 双葉山は角界を追われていた。
- 時津風理事長は誕生せず。
- 「時津風一門」は存在しなかった。
- 東京農業大学から角界入りする力士の入門先が分散されていた。
- 当時の出羽海理事長(元横綱常ノ花)が自殺していたかもしれない…
- 貴乃花「洗脳騒動」の比ではなかったろう。
- 当時はいまほどマスコミがやかましくなかった。
- 現役力士や親方が新興宗教に入信していた場合、マスコミがこの事件を引き合いに出し非難していた。
- 明武谷がもっと早く廃業したかも。
1965年・角界拳銃密輸事件[編集 | ソースを編集]
- 大鵬・柏戸は引退に追い込まれた。
- 北の富士も。
- 角界の勢力図は一変していた。
- 佐田の山は優勝回数二桁に到達。
- 玉の海の横綱昇進が早まっていた。
- 大鵬の45連勝がないため戸田の知名度は低かった。
- 2度目の34連勝もないため淺瀬川は「番付運の悪かった平幕止まり」程度の認知度だった。
- 麒麟児(大麒麟)や藤ノ川が伸び悩む。
- 後者は協会に残れなかった可能性がある。
- 角界最大の汚点になっていただろう。
- 若羽黒の存在が黒歴史になった。
- その後長い間大相撲の海外巡業が行われなかった。
- 大鵬や柏戸はアメリカ巡業の際に拳銃を受け取っていた。
1971年・北の富士祝儀事件[編集 | ソースを編集]
- 北の富士がNHKのスポーツニュースに解説者として登場することはなかった。
- 相撲と暴力団とのつながりが明るみに出た。
- 八百長の真相が70年代に明らかになっていたか?
- 北の富士が引退していた場合、しばらく横綱不在の期間があった。
- 初日の横綱大関戦が実現することはなかった。
- 25代木村庄之助は1974年名古屋場所に停年退職。
1975年・輪島ゴルフ事件[編集 | ソースを編集]
- 出場停止処分は必至。
- 75年夏場所後、休場続きの輪島が再起に向けて努力すべき時に、カメラマンの前にゴルフウェア姿で出てきては…
- どのみち名古屋場所は史実でも全休、処分を受けても図太い性格の輪島にはこたえない?
- 押尾川事件の扱いが小さくなる。
- 秋場所から黄金色の廻しに変えることもなかったかもしれない。
1976年・陸奥嵐、白田山、暴力団員口論事件[編集 | ソースを編集]
- やはり暴力団排除徹底の契機となる。
- 白田山の連続出場が不名誉な形で止まった。
- 安治川部屋は存在しなかったか、旭富士が大島部屋から独立する形で誕生した。
- 九重部屋は慢性的な部屋付き親方の不足に悩まされていた。
- 千代櫻か巴富士のどちらかは年寄として協会に残っている。
1981年・「さよなら貴ノ花」かわいがり映像放送事件[編集 | ソースを編集]
- この年に角界入りを取りやめる人はもっと多かった。
- 二子山親方への処分は避けられない。
- 2代若乃花・隆の里・大寿山のイメージが悪くなっていた。
- 若乃花は夏場所を全休したかもしれない。
- 部屋全体がしばらくNHKの取材を受け付けなくなった。
- これを機に稽古場から竹刀が姿を消した。
- 若貴兄弟は角界に入門していなかった。
1988年・九重部屋序二段力士自殺事件[編集 | ソースを編集]
- メディアが真相究明に力を入れる。
- 北の富士の九重親方が報道陣の前で深々と頭を下げる。
- 北瀬海と北勝海を間違える人が続出した。
1995年・金剛麻雀賭博事件[編集 | ソースを編集]
- 金剛は理事になれなかった。
- 最悪の場合廃業に追い込まれていた。
- そうなったら麒麟児か大徹が二所ノ関部屋を引き継ぐ。
- あるいはこの時点で松ヶ根部屋と合併し、若嶋津が二所ノ関親方になっていた。
- 最悪の場合廃業に追い込まれていた。
- 逆に後年の賭博問題はなかった?
春秋園事件[編集 | ソースを編集]
起きていなかったら[編集 | ソースを編集]
1932(昭和7)年1月6日(昭和7年1月場所の番付が発表された翌日)、東京・大井町の中華料理屋「春秋園」に、32名の出羽海一門の力士が集まりました。
首謀者・天竜三郎、大ノ里萬助は、当時の相撲協会の閉鎖性・封建性を憂慮し、春秋園で相撲協会に10ヶ条の改革項目をまとめ上げ、協会に提出しました。
協会からは回答がありましたが、この回答に不服を漏らした天竜・大ノ里らはなんと日本相撲協会から脱退し、独自で「大日本新興力士団」を結成するに至りました。
詳細はこのサイトを参照→http://www.fsinet.or.jp/~sumo/event/0106a.htm(アーカイブ)、または春秋園事件
そこで、もしこの事件が起きなかったら、日本相撲協会及び力士(当時及び師匠や後世の力士でも構いません)はどうなっていたか。ifの世界を想像してみて下さい。
- 玉錦三右衛門が横綱になることは無かった。(実際、玉錦がこの事件で日本相撲協会に残留したおかげで、「ケンカ玉錦」の悪いイメージを払拭できたと言われている)
- その代わり現役中に命を落とすことはなかった。
- 1957年に衆議院文教委員会が、この問題について議論することはなかった。
- 天竜,大ノ里など脱退した力士の何人かは、引退後も日本相撲協会の幹部になっている。(もちろん部屋も継いでいる)
- 大ノ里はおそらく史実より長生きしていた。
- 大ノ海や青ノ里が出羽海部屋所属と勘違いされる。
- ラジオ東京の解説者は別の元力士が務める。
- 後年「天竜(天龍)」の四股名が復活するとしたら出羽海一門の力士に与えられるだろう。間違っても二所ノ関部屋の関取には命名されない。
- 大ノ里はおそらく史実より長生きしていた。
- 双葉山の横綱昇進が遅れる。よって、69連勝はありえない。
- 本場所は戦局悪化まで11日制のままだった。
- 双葉山人気で入場券が入手困難になり11→13→15と日数を増やして対処した経緯があるため。
- 本場所は戦局悪化まで11日制のままだった。
- 玉錦・双葉山の連勝・優勝は半分くらいの数字になり双葉山が「常勝将軍」と称されることもなし。
- 太刀山の56連勝が連勝記録として残っていた。
- 天竜は少なくとも大関にはなっている。
- 天竜らが壁となり、男女ノ川は横綱になっていない。
- その場合、男女ノ川は名大関、と言われたかも?
- 武蔵山も横綱昇進を果たせずに引退するが、裏切り者呼ばわりはされずに済み、ボクシング転向の話も出なかった。
- そもそも男女ノ川の四股名が「朝潮」のままだった。
- 戦後に同名を継いだ横綱・大関はそれぞれ4代目・5代目ということに。
- 昭和以降で十両未経験の幕内力士など存在するわけがない。
- 史実で「春秋園事件に伴い幕下から一気に幕内へ→幕内在位のまま引退」という経過をたどった瓊ノ浦は普通に十両を通過して入幕していた。
- 沖ツ海の死を惜しむ声が現実より少ない。
- 出羽ノ花の十両・幕内昇進が遅れた。
- 出羽海部屋継承・理事長就任どころか協会に残れたかも微妙。
- ヌケヌケを達成しなかったかもしれない。
露鵬カメラマン暴行事件[編集 | ソースを編集]
起きていなかったら[編集 | ソースを編集]
- 当然3日間の出場停止処分はない。
- 不戦勝をもらえなかった栃東が7連勝→8連敗で大関を陥落していたかもしれない。
- その分大麻所持発覚時の騒がれ方が大きかった。
露鵬の受けた処分がもっと重かったら[編集 | ソースを編集]
- 千秋楽まで出場停止だったら
- 4勝しかできなかったため秋場所は平幕中位に番付を落とした。
- その分史実(10勝)より好成績だった可能性もあるが、どのみち三賞は受賞できない。
- 秋場所も出場停止だったら
- 九州場所で十両に陥落していた。
- 幕内にはすんなり返り咲くものの三役には復帰できなかった。
- 貴公俊の付け人暴行事件で引き合いに出されていた。
- 引退勧告を受けていたら
- 大鵬が悲しむ。
- 白露山が気落ちしていた。
- 後年の大砂嵐と比較された。
- 一部のファンは処分軽減や千代大海への処罰を求めていた。
- 一方で解雇ないし除名にすべしという意見もあった。
千代大海も処分を受けていたら[編集 | ソースを編集]
史実では厳重注意のみでした。
- 8日目の対戦相手だった白露山は不戦勝に。
- 兄が捧げた白星と言われる。
- 史実以上に入門前の×××××ぶりが話題になる。
- 角番の回数が1回増えており、魁皇に並ばれることはなかった。
- 関脇に陥落しても現役を続けることはなかった。
大相撲力士大麻所持問題[編集 | ソースを編集]
本場所中に発覚していたら[編集 | ソースを編集]
2008年から9年にかけて、力士の大麻所持が相次いで発覚しましたが、いずれも本場所開催中ではありませんでした。もしこれらが本場所中の発覚だったら?
全般[編集 | ソースを編集]
- 日本相撲協会には現実以上の批判が寄せられ、中継を担当しているNHKにも多くの批判が寄せられた。
- 多分、NHKには「相撲中継やめろ」のクレームが多発したか。
- 掲示板『2ちゃんねる』あたりに相撲協会やNHKに対する批判の書き込みが現実より多くされていたかも。
- そこに更にアンチNHKのNet右翼が乗り込んできて炎上する。
- 上記の事の加え、NHKの一連不祥事もあり、「受信料不払い」の増加か…。
- 相撲中継の中止が早まった。
- どのみち場所中には検査しない。
- スクープした出版社に対し、相撲協会は「本場所中にこのような報道をするな」と抗議していた。
- 相撲協会へのバッシングはもっともっと強くなっていた。
- 警察との関係も悪化する。
- 番付に空白が生じることはなかった。
若ノ鵬寿則・露鵬幸生・白露山佑太の場合[編集 | ソースを編集]
- 2008年秋場所の立会い正常化があまり話題にならない。
- そもそも場所前の理事長交代(北の湖→武蔵川)がなくなる為そのような方針自体打ち出されないのでは。
- 交代するのは早くて同場所中、遅ければ野球賭博問題後まで持ち越される。
- そもそも場所前の理事長交代(北の湖→武蔵川)がなくなる為そのような方針自体打ち出されないのでは。
- ロシア人VSグルジア人の取組が注目された。
若ノ鵬の大麻所持が2008年名古屋場所中に発覚していたら[編集 | ソースを編集]
若ノ鵬は露鵬・白露山と同じく2008年秋場所前に解雇されましたが、大麻が入った財布を落としたのは同年6月でした。もし翌7月の名古屋場所中に若ノ鵬の大麻所持が発覚していたら?
- 出場停止になれば2年前の露鵬が引き合いに出される。
- 発覚した日付次第では安馬戦での八艘跳びもなかった。
- 露鵬や白露山の検査も早まり、秋場所の番付ではこの2人分空白が生じたかもしれない。
- 北の湖理事長は秋場所の番付発表前に辞任した。
- 武蔵川晃偉への交代が早かった分立合いの手つきもより徹底され、秋場所での混乱は史実ほど大きくならなかった。
若麒麟真一の場合[編集 | ソースを編集]
- 事実上2009年初場所で復帰した横綱朝青龍の熱のこもった応援も無くなったか…。
- 春日国の新十両があったかもしれない。その場合白鵬の付き人は…。
- 千代白鵬も巻き添えを食らい2年早く角界を追われた。
大相撲八百長問題[編集 | ソースを編集]
大麻所持問題の時に発覚していたら[編集 | ソースを編集]
大麻所持で処分を受けた力士が週刊誌で八百長を告発しましたが、この時は発覚しませんでした
- 相撲協会の人事は総入れ替えを余儀なくされる。
- 貴乃花の理事就任が早まり、二所ノ関一門を離脱することもなかった。
- 2009年大相撲が開催されなかった可能性もある。
- 少なくとも夏場所で千代大海が把瑠都を「空気投げ」で破り角番脱出を決めることはない。
- さらにこの時点で野球賭博問題も発覚し…。
- NHKの相撲中継はこの時点で終了。
- 協会解散はないとしても公益法人移行はなかったかも。
発覚しなかったら[編集 | ソースを編集]
- 2011年の春場所は中止にならなかった。
- 初日の2日前になって開催の是非が議論されるが昭和天皇崩御直後の1989年初場所同様、幟や懸賞、優勝パレードなどを取りやめる形での実施に落ち着く。
- 5月も技量審査場所にならず通常の本場所として開催された。
- ただし震災の影響で照明は減光され、懸賞が出ても災害支援のための寄付に充てられる。
- 史実で引退勧告処分を受けた力士はそのまま現役を続けていた。
- 名古屋場所以降に大量の新入幕・新十両力士が出ることはなかった。
- 隆の山は関取になれなかったが、幕下の名物小兵力士として史実より長く現役だったかもしれない。
- 入間川部屋、陸奥部屋、尾上部屋などの勢力が衰退しなかった。
- 恵那司の知名度は低いままで、同郷の恵那櫻が再注目されることもなかった。
- 白馬は上手くいけば関脇に昇進している。
- 2015年時点で現役だった場合、霧馬山は陸奥部屋に入門していない。
- 霧の若のプロレスラー転向はなかったか遅れていた。
- 山本山は史実以上に人気が出ていた。
- 2012年初場所で把瑠都が優勝した際の旗手は天鎧鵬ではなかったかも。
- 尾上部屋の関取が多いので、把瑠都が2013年に28歳で引退せずに済んだかも。
- 星風や保志光も処分されなかったため、彼らの引退後に尾車部屋や八角部屋が新たな外国人力士を入門させたかもしれない。
- 徳瀬川も朝日山部屋の力士として土俵に上がり、三役昇進を果たしていた。
- 既に年寄となっていた春日錦、海鵬、霜鳳も協会を去っていない。
- 春日錦の「竹縄」は借り株だったので、栃乃洋引退後に退職した可能性もある。
- 北勝力は2011年5月の引退時に「谷川」を襲名しなかった。
- 2021年の時津海退職後に霜鳳が時津風部屋を継承したかも。
- 失礼、霜鳳は当時年寄「錦島」を保有していたが現役だった。
- 名古屋場所以降に大量の新入幕・新十両力士が出ることはなかった。
蒼国来が受けた処分が○○だったら[編集 | ソースを編集]
解雇されなかったら[編集 | ソースを編集]
- もちろん相撲協会に地位確認と給与支払いを求めて訴訟を起こすことはない。
- 2年間の空白もないので、大きな故障がなければ2012・2013年ごろには平幕上位へ番付を上げていた。
- 琴欧洲や把瑠都との対戦が見られたかも。
- 1場所くらいは三役に昇進できた。
- 三賞や金星の初獲得(いずれも2017年)が数年早まっており、回数も増えていた。
- 遠藤聖大はおそらく本名を名乗らずに四股名を襲名していた。
- その場合人気力士にならなかったかも。
解除されなかったら[編集 | ソースを編集]
- 弟弟子にあたる荒篤山、若元春、若隆景の昇進が遅れていた。
- 荒汐部屋は大豊が停年を迎えた2020年3月をもって閉鎖された。
- 順当にいけば時津風部屋に吸収合併か?
- 道路に面する側をガラス張りにした稽古場が造られなかった。
日馬富士暴行事件[編集 | ソースを編集]
起きなかったら[編集 | ソースを編集]
別の時期に発覚していたら[編集 | ソースを編集]
史実では九州場所途中に発覚し、3日目の午前から報道されましたが、もし別のタイミングで事件が明らかになっていたら?
- 発生直後(10月下旬)
- 秋巡業は途中で打ち切られたか?
- 最後まで続くとしても、事件現場にいたモンゴル出身力士たちは参加できなくなっていた。
- 九州場所の開催を危ぶむ声も出ていた。
- 開催されても筥崎宮での奉納土俵入りや前夜祭などの関連行事が中止された可能性がある。
- 少なくとも日馬富士は初日から休場することになる。
- 貴乃花親方が事件を直ちに相撲協会に報告していれば恐らくこうなっていた。
- 報告の遅れを咎められ理事を解任されることもなかった。
- 同時期に発生した座間市連続殺人事件の扱いが小さくなっていた。
- 九州場所終了後(11月下旬)
- それでも2連敗スタートだった日馬富士が皆勤できたか微妙。
- 水面下で捜査が進めば、史実とほぼ同時期に引退することになる。
- 2010年初場所中に知人への暴行疑惑が浮上し、場所後に引退した朝青龍の事例が引き合いに出されていた。
- 水面下で捜査が進めば、史実とほぼ同時期に引退することになる。
- 千秋楽の優勝力士インタビューで白鵬が「日馬富士と貴ノ岩を土俵に上げたい」と発言することはなかった。