コンテンツにスキップ

もしあの鉄道車両が○○だったら/阪急電鉄

1000・1300系

[編集 | ソースを編集]

先頭車が電動車だったら

[編集 | ソースを編集]
  1. 付番規則は6000・7000系と同じだった。
  2. 恐らくVVVFは2両ユニットの大阪側の車両に搭載され、神宝京側の車両には補助電源のSIVやCPが搭載されていた。
    • 7000・7300系のVVVF化更新車と同じ機器構成になっている。
  3. 大阪側先頭車はダブルパンタとなっていた。
  4. それでも増結仕様にはなっていない。

2000系・2100系

[編集 | ソースを編集]

複巻電動機を維持していたら

[編集 | ソースを編集]

昇圧の際に回生制動が廃止され、更に電動機も直巻化されましたが、複巻電動機のままだったらどうなっていたか考えてみる。

  1. 主電動機出力は188kWと125kWに改められている。
  2. ユニット方式となり、回生制動は一旦廃止されたが、制御器交換で界磁チョッパ制御に改造され回生制動が復活した。
  3. それでも能勢電鉄には譲渡されたが、後の7200系の編成構成に影響を与えていた。

電装解除されなかったら

[編集 | ソースを編集]

電動機に問題だらけで電装解除されましたが、これがなかったらどうなっていたか考えてみる。

  1. 2両ユニットとなり、3個永久直列×2ユニット(端子電圧500V)の構成とされた。
    • 編成構成は実質1.5M1.5Tに変更された。
    • 関西では珍しい6M1C制御となっていた(関東では小田急2600形や京成3200系がある)。
    • 余ったT車は史実通り3000系や5000系に組み込まれていた。
    • 具体的には6連、3連、2連で揃えられ、6連2本と4連・2連各5本が6連2本、3連3本、2連7本となった
      • 本線が8両が基本になってからは8連×4本と3連×1本に再編成され、3連は甲陽線と今津南線専属となっていた。
  2. 2200系の実績を踏まえ、電機子チョッパ制御に改造されていた。
    • あるいは京都線の2300系と同じく界磁チョッパ制御に改造され、方向幕取り付け改造なども行われていた。
      • 2300系と同じく先頭車が2パンタとなっていた。
      • 改造後は宝塚線所属となっていた。
  3. 3000系や5000系の中間車が現実よりも多く製造されていた。
    • 当初から冷房車の車両も存在した。
  4. 廃車は21世紀になってからだった。
    • 2300系と同時期に行われていた。
    • 能勢電譲渡はなかった可能性が高い。

量産化されていたら

[編集 | ソースを編集]

電機子チョッパ制御の実用試験車として1975年に1編成だけ導入され,その後様々な経緯があって1995年に形式消滅した2200系ですが,もし量産化されていたら

  1. 神宝線では電機子チョッパ車が普及することとなる。
    1. 京都線用(2400系?)も導入されたかもしれない。
    2. むしろ京都線では2300系・5300系が電機子チョッパ制御に改造され、7300系が電機子チョッパ制御で導入された。
      • 2300系の電機子チョッパ制御改造車は史実でも1両(2311号車)が存在していた。
  2. 神宝線に界磁チョッパ車の導入はなかった。
  3. 史実の8000系は7000系として登場していた。
    • むしろ量産化に伴いこちらが6000系か7000系を名乗っていた。
  4. 南海8000系(初代)や近鉄3000系も量産化されていたかもしれない。
    • 京阪6000系や阪神8000系も電機子チョッパ制御車になっていたかもしれない。
      • 京阪2200系や阪神2000・3000系なども改造で電機子チョッパ制御車になっていたかも。その場合阪神3000系のモーターは交換されなかった。
      • そのかわりジェットカーは界磁チョッパ制御か界磁添加励磁制御となっていた。
    • その結果、複巻モーターは現実よりも早く衰退していた。
  5. 2000系、3000系、5000系や5100系も電機子チョッパ制御に改造され、2000系については回生ブレーキが復活していた。
  6. 6300系は電機子チョッパ制御に統一され、近鉄の特急用車両および京阪8000系・南海10000系・31000系・30000系は全て電機子チョッパ制御に統一されていた。しかし通勤用は事実通り界磁チョッパ制御のまま。
  7. 281系や283系も電機子チョッパ制御だったかもしれない。
  8. 2020年代に入っても特急車限定で電機子チョッパ制御車が導入されていた。

阪神・淡路大震災で被災廃車が出なかったら

[編集 | ソースを編集]

形式消滅の最大の原因はこの被災による2721の廃車と思われますが、ここで被災廃車が出なかったら?

  1. ルートはいくらかあるのですべて記載する。
能勢電鉄譲渡ルート
  1. 異端車のため4両とも1997年に廃車となり、そのまま能勢電鉄に譲渡、2200系となっていた。
    • 代わりに3100系の譲渡はなかった。
  2. そして7200系導入前後に機器更新を伴う大幅なリニューアルを受けた。
7000系編入ルート
  1. 2007年頃に7000系7090F(7090-7040-7140-7190)に形式変更、2015年頃に機器更新された。
  2. 2024年には史実通り伊丹線ワンマン化改造を受けた。

当初の先頭車が電動車だったら

[編集 | ソースを編集]
  • 後の6000系の製造時のように2200系も先頭車が電動車だった場合を考えてみる。
  1. 編成構成は2200-2701-2750-2751-2752-2753-2700-2201とされた。
  2. 1985年のVVVF試作車としての増備分はアルミ車体の先頭車2両(2210と2211)で、2両固定編成が組まれた。
    • 当初は7000系7030Fと4両固定編成を組んだが、後に増結用に転用された。
    • あるいは7000系の1両がVVVF試作車だった。
  3. 1992年にはチョッパ編成がVVVF化され、電装解除は免れた。
  4. 1995年の阪神・淡路大震災で被災廃車となったのは6000系のうちの1両だった。
  5. 2008年には8連がリニューアルを受け、7000系7007Fと同様の前面になり、同時に7000系7040F(7040-7640-7790-7791-7792-7793-7540-7140)に編入された。
  6. 2024年に2210Fの2連は7000系鋼製車と編成を組み能勢電鉄に譲渡され、形式消滅していた。

一切電装解除されなかったら

[編集 | ソースを編集]
  • 1992年にチョッパ車が、1995年にVVVF車がすべて電装解除されましたが、この際にそれぞれ電装解除がなかったらどうなっていたか考えてみる。
  1. 1992年のチョッパ制御の試験終了後、2700・2701・2710・2711の4両は5200系の廃車発生品を流用して抵抗制御に改造された。
    • ユニットの組成方法が異なるため、2701-2700・2711-2710に組成変更された。
    • 形式名も6200系に変更され形式消滅した。
  2. 1995年に被災したのは6000系だった。
  3. 2018年に入りVVVF車2両はリニューアルされ、この際にようやく電装解除された。
    • あるいは被災廃車された3109と2087の名目で製造されたのが2200系先頭車で、8020Fが6連のままだった。

当初から3扉車だったら

[編集 | ソースを編集]

2ドアから3ドアに改造した結果老朽化を早め2300系よりずっと早く全廃になりました。

  1. 晩年は2300系と共通化されていた。
  2. それでも高速走行により数年ほど早く2300系より全廃されていた。
  3. 6300系は3ドアとなっていた他、9300系で置き換えられたのが2800系だった。
  4. 117系も3ドアで、近鉄2600系は転換クロスシートだった。
    • 場合によっては京阪旧3000系も3扉車になっていた。
      • その場合8000系も3扉車になり、8000系登場に伴いこちらはロングシート化が行われていた。
    • 近鉄5200系電車も4扉転換クロスシートになっていた。
  5. 地鉄への譲渡は検討されなかったかもしれない。(地鉄が2扉にこだわったため。)

3扉化改造されなかったら

[編集 | ソースを編集]

6300系がそもそもなかったあるいは1,2編成しか導入されなかった場合

[編集 | ソースを編集]
  1. 史実の9300系が登場するまで京都線特急の主役。
  2. 引退は史実の6300系と同じく2010年頃。ただし老朽化から京とれいんに改造されることはないと思われる。
    • 1980年代に入って前面・側面方向幕取り付けや2300系同様の界磁チョッパ制御化などの更新が行われていた。
    • 京とれいんには7300系7321Fあたりが改造されていた。

史実通り6300系が導入された場合

[編集 | ソースを編集]
  1. 2扉クロスシートのまま急行を中心に運用につく。
    • 結果急行の遅延を招く。
  2. 結局史実並に早く廃車になっていたかもしれない。

宝塚線での運用が継続していたら

[編集 | ソースを編集]

5000系は神戸線に集中配置されいたので、1編成を宝塚線に転属しましたが、運転上、扱いにくいということで宝塚線での運用は中止となりました。もし運用が継続していたら、

  1. そもそも5000系の全編成が宝塚線に転属していたらあり得た。
  2. 5000系は史実より多く増備されていた。
  3. 5100系は史実より少なかったかもしれない。
  4. 3000系と同様に9000系、1000系の増備により、今津線、伊丹線、箕面線に転属された。
    • 6000系の転属は史実より遅れた。

T車がもっと製造されていたら

[編集 | ソースを編集]

5000-5040に将来T車2両が組み込まれることが考慮されておりました。その際に新造された場合、5580、5590になる予定でした。もし、製造されたら…

  1. 2000・2021系の付随車が組み込まれることはなかったかもしれない。
    • ひょっとしたら、5040形と5550形と同様に製造数は少なかった可能性もある。
    • 2000・2021系は5200系に組み込まれていた可能性が高い。
    • そもそも2021系が電装解除ではなく1C6M仕様に改造されていたらあり得た。
  2. 5200系電車は製造されなかったかもしれない。
  3. 2001年~2007年に行われたリニューアル工事の際に、車番が変更されていた。

6000Fの状態不良車が6600のみでなかったら

[編集 | ソースを編集]
  • 6000Fのうち6600のみは車体の変状がひどかったのか、6614に差し替えられ2011年に廃車されましたが、別の車両が状態不良を起こしていたらどうなっていたか考えてみる。
6550 - 6580のいずれかだったら
  • 組成されていた付随車の場合。
  1. 1両のみ6760に差し替えられた。
  2. もちろん、6114は6614とともに正式に電装解除され6164となった。
6600に加え6500も状態不良だったら
  • 中間電動車両方全滅の場合。
  1. 4連化されて早々と箕面線の主と化した。
  2. 6560と6570は7000系に組み込まれた。
6500のみだったら
  • もう片方の中間電動車がやられていた場合。
  • 当然6514が転用された。
  • 6614は電装解除され暫定Tとなり、6760は6514の空いた部分に充てられた。
6000・6100のいずれかだったら
  • 最悪のパターン。先頭車のいずれかの場合。
  1. 6124または6014の運転台が撤去され、6514は6000の場合電装解除、6594に改番された。
    • 6014の運転台が撤去となる場合は電装解除も実施された。
  2. 6760は6124または6014のいずれかの空いた部分に組成された。

リニューアル時に標識灯を角型化されていたら

[編集 | ソースを編集]
  1. 阪急8000系と同一の標識灯が使用された。
  2. 外観が5000系とほぼ同一になり、後の7007Fのような窓の大型化はなされなかった。
    • ただし、貫通扉もそのままだった。
  3. 施工は史実通り、6007Fと6015Fのみに留まった。

一部先頭車が制御車だったら

[編集 | ソースを編集]
  • 5100系準拠で先頭車はすべて制御電動車ですが、仮に2200系や6300系と同様の編成構成で先頭車が制御車だった場合を考えてみる。
  1. 2200系の電機子チョッパ制御は史実より早く試験終了となった。
    • 先頭車は6090・6190に区分された。
  2. 先頭車が電動車の編成は6020 - 25Fと6016Fに限られた。
    • むしろ当該編成が6010 - 16Fと連番になった。
  3. 甲陽線・今津南線への転用は検討されなかった可能性がある。
    • この際は伊丹線への転用が進み、3000系が甲陽線・今津南線向けに転用された。
    • 2018年以降は仮称新1200系が甲陽線・今津南線に投入された。
  4. 7000・7300系以降も先頭車は制御車が基本になっていた。

6000Fの状態不良車がなかったら

[編集 | ソースを編集]
  1. 6600号車が6614号車に差し替えられることはなかった。
    • 代わりに元2200系の6760号車が廃車されていた。
  2. 6000FはいずれVVVF化されていた。
    • 改造内容は7000系VVVF改造車と同じだが、7000系への改番は行われなかった。

3扉車として登場していたら

[編集 | ソースを編集]
  • 転換クロス車として、例に漏れず2扉です。
  1. 基本的な車体構造が後の7300系に準じていた。
    • 窓割りが合わないため窓のみ設計変更を強いられた。
  2. 特急離脱後はロングシート化改造を受けた。
  3. 嵐山線転用は5300系で行われた。

10両編成での運行が実現したら

[編集 | ソースを編集]

実際に、計画されていました。

  1. 早くても、1980年代に増備され、1985年11月18日頃に運用され始めた。
  2. 10両固定編成の場合、9300系も10両編成で登場していた。
    • この場合、京阪プレミアムカーに続く形で指定席車を導入していたかもしれない。
  3. 2連による増結の場合、車番は6320番台となり、3扉ロングシートになっていた。
    • むしろ7300系になっていただろう。
      • 7300系の10連増結車と共通運用されていた。
    • あるいは転換クロスシートながら6340番台となり、界磁チョッパ制御の1M1Tとされた。
  4. (2連による増結の場合)9300系の登場後も、2両編成の6300系は、増結用として利用された。
    • 6340番台の場合、離脱後に即座に9300系タイプの車体更新への対象となり、次いでVVVF化された。
  5. (2連による増結の場合)通勤ラッシュ時だけではなく、行楽シーズンの時でも増結されていた。
    • 6340番台の場合も同様。

「京とれいん 雅洛」が6300系の改造による導入だったら

[編集 | ソースを編集]
  1. 6356Fか6330Fが改造された。
    • 6330Fは他車と仕様が異なるので6356Fあたりじゃない?
  2. 2011年5月頃に運行され始めた。
    • 2008年5月に「京とれいん」が運行され始めて、2010年3月に「京とれいん 雅洛」が運行され始めた。
  3. 十三駅に停車していた。
    • 2019年3月にホームドアが導入された時には、通過となっていた。

6330Fが機器流用されていたら

[編集 | ソースを編集]
  • 車齢25年程度で車体・機器ともに解体廃棄されましたが、機器流用・車体新製しないと勿体なかったようにも感じるので考えてみる。
  1. 新製車体は9300系と全く同じになっていた。
    • ただし、車内はロングシートとなり、形式は7300系に区分された。
  2. 運用開始から数年後、1300系と同様の機器に更新された。

6330F以外も先頭車が電動車だったら

[編集 | ソースを編集]
  • 6330Fのみ先頭車が制御車ですが、これが6350Fから続いていた場合を考えてみる。
  1. 当然、6300F以降を名乗り、編成構成は6000系を踏襲した。
  2. 嵐山線編成に6330Fが含まれ、4本体制となっていた。
    • 6330Fを含めて転用の際は付随車全車解体、河原町方2両の電装解除を伴う、6000系伊丹線向けレベルの大改造を強いられた。
  3. 1000系・1300系以降も先頭車は電動車だった。

7300系7310FのようなVVVF試作編成が出ていたら

[編集 | ソースを編集]
  • 神宝線系統のVVVF試作車は2200系の増備での対処となりましたが、これが7000系の落成だったら?
  1. 史実の7022Fが該当した。
    • 7522は当初電装を考慮し7592として落成した。
  2. 2750と2751は2250Fから抜かれず、代わりに6672と6682が製造された。
  3. 2200系のチョッパ試験は1992年に終了したが、電装解除されず、5200系の廃車発生品で抵抗制御に改造された。
    • この際に6200系に形式変更されている。
    • ついでに7022Fは7031Fと、7310Fは7325Fと先頭電動車を振り替えられていた(7022と7031、および7310と7325で振り替え)。
      • 更に、7592と7990はこの時点でいずれも電装され、7522と7910に改番されていた。
  4. 1995年の阪神・淡路大震災では6000系が被災し1両廃車された。
  5. 新7310Fはリニューアルで新7325Fに組み込まれ電装解除、代わりに7324Fが8311Fと組成された。
    • 8311Fのリニューアルの際は、8311に1C4M×2が搭載、7324Fが中間に組成された。
  6. あるいは新7310Fが早期にリニューアルされ、8311Fと半固定編成になり後に機器更新の餌食となった。
    • この場合7325Fはリニューアルで7851を組成し7連化された。
  7. 新7022Fは7616-7516を組み込みリニューアルを受け、この際に7022が電装解除され7072に改番された。
    • もちろん、7616のユニットもVVVF化された。

7007Fや7008F以外のリニューアル時に標識灯を角型化されていたら

[編集 | ソースを編集]
  • 角型されたのは7007Fと7008Fのみですが、他の編成にも普及していたらどうなっていたか考えてみる。
  1. 7001F・7003F・7006Fには史実通り一切波及しない。
  2. 7000F・7002F・7004Fについては阪急8000系と同じクリアレンズでないタイプが採用された。
    • 窓の大型化や扉交換はおこなわれなかった。
  3. 7009Fから7007Fと同じクリアレンズタイプが採用された。
    • もちろん、窓の大型化は行われなかったが、7010F以降では扉の交換もなされた。
    • アルミ車のVVVF化のほか、能勢電鉄譲渡車にも波及した。

阪神・淡路大震災における6050Fへの車両供出が別の編成に対して行われていたら

[編集 | ソースを編集]
  • 史実では7005Fと7016Fが対象になりましたが、別の2編成だったらどうなるか考えてみる。
7001F・7020F
  • 当初6両だった鋼製車編成で、7001Fは同様にアルミ車を組み込んだ7003F・7006Fでも良いが、ここでは7001Fで考える。
  1. 7021Fは早々と7551と7581を組み込まれた。
    • 6671と6681は6050Fに組成された。
  2. 7090Fの中間車は7620・7520となった。
  3. 7561と7571は7003Fの7553・7583の捻出と玉突きで7017Fの早期の8連化に活用された。
  4. 7760と7770は7006Fの中間に組成され、7556と7586は7027Fの8連化に用いられた。
  5. 7024F・7014Fは当初の編成を維持。
  6. 能勢電鉄に7016F・7025F・7026Fが譲渡されるのは史実通りだが、7016Fの中間は7561と7571に差し替えられた。
  7. 7501と7601は最後7030Fに組成され、7601が電装解除され7691となった。

7850・7880・7851・7881がすべて鋼製車体だったら

[編集 | ソースを編集]
  • 増結用中間車ですがアルミ車です。
  1. 7320・7321は登場時点で7300・7301と連結器を交換し、当初の編成形態を維持していた。
  2. 7326Fは7連で落成したが、7881を組み込まず7856を抜き取られ6連化され、7323Fとペアを組んだ。
    • 7856は当然長期休車へ。
  3. 7300Fと7301Fは早期にリニューアル工事の対象となった。
  4. 7320・7321・7302Fは7856とともに7連を組成した。

7310が増結用2連の先頭車と差し替えられていたら

[編集 | ソースを編集]
  • 界磁チョッパ制御・VVVFの混在の解消を早々と行った場合を考えてみる。
  1. おそらく7325と交換されていた。
  2. 7310-7455は8311Fとペアを組むが2008年頃リニューアルされ、前面も7320と同様になっていた。
    • 8311Fのリニューアルの際に機器更新も同時に行った。
  3. 新7325Fは3M3Tだったが、10両増結廃止で7851を組成し4M3Tの7連にリニューアルされた。
    • 代わりに7300 - 02・23Fから4連2本が嵐山線向けに仕立てられた。
    • 当然、7401と7452の差し替えはなしだが、7321Fのペアが7324Fになっていた。

全車オールロングシートだったら

[編集 | ソースを編集]
  • 8002 - 07Fの神戸方2両が転換クロスシートとなりましたが、これがなくてオールロングシートだった場合を考えてみる。
  1. 8200系はただのオールロングシート車両として当初から登場した。
    • この関係で8000系の8040番台は存在しなかった。

40番台性能の8連が存在したら

[編集 | ソースを編集]
  1. 3M5Tとなり、10番台(8010F以降)に区分されていた。
    • 編成構成は8010-8590-8560-8760-8580-8660-8510-8110とされた。
  2. 8300系8連にも3M5Tの40番台性能が存在し、20番台に区分された。
    • こちらは東洋3レベルIGBTの1C2M×2を採用し、更に主電動機は京阪7200系で実績のあるTDK6151-Aを採用した。
  3. それでも流石に8200系の8連版は登場していない。
  4. 機器更新で4M4Tに変更された。

8020Fが8両化されなかったら

[編集 | ソースを編集]
  • 震災廃車の代替新製名目で当初6両だった8020Fは8両化されましたが、これがなかったらどうなっていたか考えてみる。
  1. 8200系8202Fが代替新製車として登場した。
  2. 8020Fは8031Fあたりと8両固定編成を組んだ。
    • 8031Fの10両増結運用の穴埋めを8202Fで行った。
    • PMSM試験車は8001Fではなく8031Fにて実施された。一方で、試験車が8001Fだった場合はひどいと8001が試験終了後8031と差し替えられた。
  3. 8020Fは1998年の山陽乗り入れ廃止まで須磨浦公園に乗り入れていた。

8001Fの8001がPMSM試験終了後他編成と差し替えられていたら

[編集 | ソースを編集]
  • PMSM試験終了後は他の3両もまとめて機器更新に至りましたが、この時点で8001と別の先頭車が差し替えられていた場合を考えてみる。
    • 8020Fの8両化は史実通りなされたものと仮定します。
  1. 8032と差し替えられ、7003Fとペアを組んだ。
  2. 新8032Fは別途機器更新を実施。

京都線でも運用されたら

[編集 | ソースを編集]
  1. 車両番号は、8230、8280になっていた。
    • 京都線用なので8340・8490かも。
  2. 早くても、1996年3月頃に登場していた。
  3. やがて、2008年頃にロングシートに変更されていた。
  4. 電機品は京都線用のため東洋電機製で、車体寸法も8300系と同じだった。
    • それでも堺筋線への乗り入れは行わない。
      • 下記の10両廃止後にようやく乗り入れるようになった。
    • 京阪800系と同じ、東洋3レベルIGBTが採用される。
    • 主電動機は京阪7200系で実績のあるTDK-6151A(200kW)を採用された。
  5. 嵐山線でも運用されていた可能性もあり得る。
    • 嵐山線用6300系は京とれいん編成と同時に淘汰された。
  6. 10両廃止後は8300系6両固定とペアを組んだ。
    • その分7325・26Fが嵐山線に転用された。

宝塚線でも運用されたら

[編集 | ソースを編集]
  1. 8000系40番台は登場しなかった。
  2. 恐らく日生エクスプレスの増結用として運用されていた。
  3. やはり神戸線用と同時期に普通のロングシートに改造されている。
  4. 今頃は2+2で箕面線でも運用されている。

L/C車両に改造されていたら

[編集 | ソースを編集]
  1. 神戸線特急は今でも10両運用だが、神戸寄りに設置されて座席指定列車になっていた。
    • 宝塚方面でも今津線経由で運行されていた。

増結用車両が製造されたら

[編集 | ソースを編集]

8300系も8000系の8040Fのような増結車が導入されていたら

  1. 10両運転による快速急行が増発していた。
    • 特急の10両運転が実現していたかもしれない。
  2. 新大阪線(十三~新大阪~淡路)が開業していたらあり得た。
  3. 車両番号は、8340、8460になっていた。
    • 史実通り30番台で登場しそれが増結用も兼ねた可能性も。
    • あるいは8340、8490を採用。
    • 最悪、8320・8470とされた。20番台が飛ばされておりここで使用するのも不可能ではなかったため。
  4. 主電動機は京阪7200系で実績のあるTDK-6151-A、制御方式は東洋3レベルIGBTの1C1M×3とされた。
    • 8315Fに次いで機器更新の対象となった。
  5. 10両廃止で真っ先に嵐山線転用となる。
  6. 7325・26Fのほうが増結に回され、代わりに2編成が8311F・8304Fとペアを組んだ。

ロングシート車が製造されたら

[編集 | ソースを編集]
  1. 側面や車内は神宝線の9000系と同じような感じになっていた。
    • 但し寸法は異なる。
  2. 恐らく堺筋線直通仕様になっていた。
  3. 車番は9311F~になっていた。
    • 9319Fの中間車に「9999」というナンバーが現れて有名になる。
      • そして、9320Fの登場時に中間車の車番の付け方のことで途方に暮れる。
        • むしろ9320F以降は2連や3連で登場していた。
  4. 2300系の引退が早まっていた。
  5. 1300系の製造はなかったか遅れていた可能性も。
    • もしくは3300系の引退も前倒しになっていた。
  6. 6300系6330Fも同様の車体に更新され、7300系に編入された。
  7. 2024年に2代目2300系が登場したのに伴い本当にロングシート化改造されることが決定した。