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もしエチオピアが1920年代に共産化していたら

  1. 1924年以前の共産化なら、ソ連に次いで世界2番目の共産国、1924年以降のそれなら、ソ連、モンゴルに次いで世界3番目の共産国になっていた。
    • この時点で帝政が廃止されているので、エチオピア皇室と日本人女性の結婚が検討されることはなかった。
    • この当時のモンゴルが世界中に独立を認められていなかった事から、1924年以前・以後を問わず、世界に認められた世界2番目の共産国になっていた。
  2. 第二次エチオピア戦争は起きたかどうか…
    • 史実通り起きた場合でも、ソ連やコミンテルンの支援を受けたエチオピアが勝っていた。
      • この場合、ソ連とイタリアなどの枢軸国の仲が史実より悪くなり、ソ連は第二次世界大戦では枢軸国寄りにならず、日ソ中立条約や独ソ不可侵条約が結ばれることはなかった。
      • ソビエト連邦軍の支援で戦争に勝てたのなら、実質的にソビエト連邦の植民地と化している。
    • 史実通りイタリアが毒ガスを使っても、ソ連の支援を受けたエチオピアが、ソ連から供給された毒ガスを使っていた。
    • 場合によってはこの戦争にソ連が参戦・介入していたかもしれない。
    • よってこの地図でもエチオピアはヨーロッパ列強に植民地されていないことを示す灰色で塗られていた。
    • ソ連とイタリアの代理戦争となっていた。
  3. 第二次世界大戦後は東側陣営の一員として、ソ連と中国に対し、均等な外交を取っていた。
    • ソ連からの食料支援があったため、1980年代の飢餓は起きなかった。
      • ロシア式の食事も同時に普及してた。
  4. ソ連崩壊前後に民主化を果たし、共産主義は放棄され、資本主義に移行していた。
    • だがこの時に混乱が起こり、下手したら史実の1980年代並の飢餓が起こっていたかも。
    • 場合によってはこの時に帝政復古していた。
    • 場合によっては旧ソ連のベラルーシやカザフスタンやウズベキスタンのような社会主義ではない独裁体制が続いていた。
      • 独裁的な考えの大統領による政治が行われてた。
  5. 2018年現在ではボツワナやモーリシャス並のアフリカの優等生となっている。
    • 鉄道や道路や教育や医療などのインフラは共産主義時代にソ連の支援で整備された。
      • そのため、ロシアとの関係はかなり良好。
      • 中央アジア諸国やモンゴルとの関係も深い。
      • 中国とも関係が良く、現実のカザフスタンのような外交政策を取っている。
      • と言う訳で旧ソ連の国や一部の共産圏とは友好的だった。
    • 日本とエチオピアを結ぶ航空便も現実より早く就航。
  6. 国旗は緑・黄・赤の横三色旗の真ん中に赤い星が描かれていた。
    • 共産主義放棄と同時に赤い星を取り除き、緑・黄・赤の横三色旗に戻るか、現実同様にソロモンの紋章が描かれていた。
  7. 国名は「エチオピア人民共和国」あたりになっていた。
    • 共産主義放棄後は「エチオピア共和国」になっていた。
      • あるいは連邦制を導入し、現実通り、「エチオピア連邦民主共和国」になっていた。
  8. アディスアベバにはソ連様式の建物が多く建てられていた。
    • レーニンやエチオピアを共産化させた人の銅像もあったが、共産主義放棄時に撤去された。
    • やけに深い地下鉄も走っている。
      • ロシアや北朝鮮の地下鉄の様な雰囲気の地下鉄が未だに走ってた。
    • ロシア風の建築物があった。
  9. 場合によっては、アムハラ語などのエチオピアの公用語はキリル文字表記になっていた。
    • この場合、共産主義放棄後にアムハラ文字の復活が検討されていた。
    • ソ連のすぐ隣のモンゴルならともかくソ連から遠く離れたエチオピアでキリル文字はさすがに不自然。
  10. エチオピア人の宇宙飛行士はソ連から旅立っていた。