もしドイツ史が○○だったら
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ここではドイツ帝国成立以降を扱う
独立項目[編集 | ソースを編集]
- もし第一次世界大戦で中央同盟国が勝っていたら
- もしヒトラーが○○だったら
- もしドイツ・イタリアが第二次世界大戦で勝っていたら
- もしナチスドイツの政策が○○だったら
- もしドイツが東西分断されなかったら
- もし東西ドイツの統合が無かったら
ドイツ帝国が○○だったら[編集 | ソースを編集]
オーストリア主導で統一されていたら[編集 | ソースを編集]
史実では普墺戦争・普仏戦争に勝利したプロイセンが小ドイツ主義で統一しましたが、もしもオーストリア主導でドイツが統一されていたら。
- 中欧帝国構想で統一した場合、ハンガリーやチェコもドイツになる。
- でも独立運動が激化するので三重帝国に。
- 神聖ローマにおけるドイツ人の王国、という観点で統一した場合、史実のドイツ帝国に加えてオーストリア、チェコ、スロヴェニアあたりまでが領土となる。
- この場合ハンガリーはスロヴァキア、クロアチア、ボスニアを含む大国としてリリースされる。
- 首都はプラハ。
- オーストリア地方のドイツ語名が、エースタライヒ(東の帝国)からエースタラント(東の土地)に変わる。
- 中世に使われた「オストマルク」じゃないかと(ちなみにあの政権でも使われていた)。
- たぶん、オーストリアに野生のカンガルーやコアラがいると思う人は激減する。
- オーストリアの解体が遅れた。
- 第一次大戦敗北でドイツも解体される。今の州単位で国家が林立。
- その代わりベルリンの壁が築かれない。
- となると第二次大戦は無かったんだろうか。
- 中欧帝国の現出は欧州の統一を裏付ける。世界統一の可能性。政体を統合させた欧州連合であり、二重帝国といった国家連合が成立する。
- 世界覇権国がアメリカ帝国でなく中欧帝国になってた可能性。欧州連合は今でも欧州統一を目指しており、ECB[欧州中央銀行]などユーロランドが前身になる。
- 突然の圧倒的な超大国の出現に英国がパニックになる。
- オーストリア・ドイツ・ハンガリー三重帝国かな
- ヨーロッパ最強格の大国の出来上がり。
- 史実通り、英仏露と対立。また、当然南チロルを領有しているのでイタリアとの関係も悪い。
- 強すぎるが故に警戒されて孤立かな
- 史実以上の強国となったオーストリアだが、史実で独墺が協力して第一次世界大戦に負けたのでこの世界でも敗戦。結局帝国は解体されてドイツは史実より細かく分割される。
北ドイツ連邦のみで成立していたら[編集 | ソースを編集]
史実ではオーストリアを除く全ドイツ諸邦がプロイセンを中心に統一したドイツ帝国ですが、当初ビスマルクはカトリック教徒が多い南ドイツ諸邦を統一ドイツに編入する意思は無く、北ドイツのみでドイツ帝国を成立させる予定でした。
プロイセンが普仏戦争でフランスを破ったため、南ドイツ諸邦を統合させる障害が無くなったのですが、仮にドイツ帝国が北ドイツのみで成立していた場合どうなっていたでしょうか?
- ドイツの代表的な高級車と言えばメルセデスベンツではなくホルヒだった
- 史実のA4やA8がホルヒの頭文字を取ったH4やH8となる
- ポルシェの本社はベルリンかハンブルクになっていた
- 史実でドイツ南部に本拠地を置くバイエルンミュンヘンはマイナーなクラブになっていた
- 「南ドイツ連邦」があればそこの強豪クラブになっていたかと。
- 第一次大戦で南ドイツの諸侯同士で協商連合に分かれて戦う。
- 普仏戦争はフランスが勝ったのだろう。
- その場合、フランス第二帝国は存続。
- その場合、プロイセンは敗戦国なので大日本帝国憲法はプロイセン以外の憲法が元になるかもしれない。
- その場合、フランス第二帝国は存続。
- 独墺伊の三国同盟はなかった。
統一されていなかったら[編集 | ソースを編集]
プロイセン・フランス・オーストリアに3分割されていたら[編集 | ソースを編集]
ビスマルクがドイツを統一しなかったらドイツはプロイセン・フランス・オーストリアの3カ国で分割されていた可能性があるそうです。
- オーストリア南ドイツを併合し実史以上に欧州に強い影響を持ち続ける
- ダイムラーベンツ、BMW、アウディはオーストリアの自動車会社になっていた
- シュタイア・ダイムラー・プフは現在でも純粋なオーストリア資本の会社として存続、史実のフォルクスワーゲンに代わってアウディを買収していた
- アウディの前身となったアウトウニオン社は本社は当時北ドイツ(厳密に言うと現在のザクセン州:ケムニッツ)にあるのでアウトウニオンがそのまま単独会社として存続しているのでは
- ドイツ車と言えばオペルのみに・・・
- よってドイツの自動車文化は史実と違ったもになっている
- フェルナンド・ポルシェもオーストリアの会社で設計を担当、フォルクスワーゲンタイプ1も開発されず、フォルクスワーゲンは大企業に発展出来ない
- フランスはライン川以西の一部、プロイセンは北ドイツの大部分を併合
- ナチスがオーストリアと連合する形で大ドイツ国が誕生するが連合軍によって解体されれてしまう。
- 戦後西側占領区にライン連邦共和国(首都:ハンブルク)が成立
- この世界ではボンはフランス領となってる
- 戦後西側占領区にライン連邦共和国(首都:ハンブルク)が成立
- 戦後オーストリアはサッカーの強国に
- バイエルンミュンヘンなどはオーストリアのチームに
- 戦後のドイツ統一はおそらくない
- 東西ドイツならぬ南北ドイツに分かれるが壁がなくても統一はできそうにない。
- おそらく史実の北ドイツ連邦が南ドイツ諸邦を含まない形で「ドイツ帝国」が成立している
- よって現実世界のドイツは北ドイツのみを指す名称になっていた
プロイセンが普仏戦争に負けていたら[編集 | ソースを編集]
- 史実ではフランスに勝利し、ドイツ帝国を成立させたプロイセンですが、もしプロイセンがフランスに負けていたらどうなっていたのでしょうか。
- 北ドイツ連邦は解体させられていた。
- ドイツ帝国は建国されず。
- 当初北ドイツについたプロイセン以外の諸侯は勝手に降伏。
- オーストリア、デンマーク、ロシアなどもプロイセン不利とみるやプロイセンに侵攻。
- シュレースヴィヒ=ホルシュタインはデンマーク領に。
- オーストリア継承戦争で奪われていたシレジアをプロイセンから取り戻し、ボスナン大公国はロシア領に。
- ヴィルヘルム1世は「これでドイツ皇帝にならずにすんだ」といって、息子のフリードリヒに王位を譲渡、同時にビスマルクにも引退勧告させて二人で退陣。
- フリードリヒはもうすこし在位日数が増えていた。
解体されていたら[編集 | ソースを編集]
- オーストリア=ハンガリー二重帝国と同じ運命をたどる。
- 史実では領土の削減や帝政の廃止はあったもののオーストリア=ハンガリー二重帝国のような解体はされなかった
- ドイツ統一前の小さな王国や諸侯の領地が乱立している状態に戻る。
- リヒテンシュタインやルクセンブルク並みの小国の集合地帯に。
- プロイセン王国の領土は首都ベルリンを含むブランデンブルク選帝侯領+東プロイセン+ホーエンツォレルン州(ブランデンブルク選帝侯領獲得以前からのホーエンツォレルン家の元々の領土)のみに。
- ブランデンブルク選帝侯領より西の地域はプロイセン王国から独立。
- 史実のプロイセン王国→プロイセン自由州のうちデンマーク戦争で併合したシュレースヴィヒ公国とホルシュタイン公国、普墺戦争で併合したヘッセン選帝侯国・ナッサウ公国、ウィーン会議で併合したベルク公国・アーレンベルク公国など。
- ドイツ人ではなくバイエルン人、ザクセン人といった民族意識が目覚める。
ワイマール共和国が○○だったら[編集 | ソースを編集]
帝政が復活していたら[編集 | ソースを編集]
- 最後のドイツ皇帝ヴィルヘルム二世はドイツ革命以後オランダに亡命していました。
- 最初は連合国監視下の立憲君主制だが、次第に実権を握ろうとする。
- 皇帝が議会を超越した政治を行っていれば、たとえ議会を握ろうともナチスの暴走はなかった。
- ヒンデンブルクは皇帝のもとで宰相として活躍した。
- シナリオとしては、史実では頓挫した1932年のドイツ大統領選挙でビンデンベルクとヒットラーで分散する保守票をまとめあげる右派統一候補に元皇太子のヴィルヘルム・フォン・プロイセンを擁立する計画が実行され、当選。しばらく大統領職を務めた後に国民投票で帝政への復帰が可決といったところか。
- しかもヒンデンブルクは元皇太子と取引して、どちらが大統領に成っても君主制復活の公約して、ヒンデンブルクは首相の地位を獲得。
- でも、ヴィルヘルム2世がしゃしゃり出た場合は、ヒンデンブルクの出番はない(V2は、「俺がオランダに逃げるのを余儀なくなったのは、はお前(ヒンデンブルク)のせい!」と文句を言っていたぐらい、ヒンデンブルクとはあまりいい関係ではなかった)。
共産党が権力を握っていたら[編集 | ソースを編集]
第一次大戦後のドイツでは、ナチスと共産党が勢力を伸ばしていました。史実ではナチスが権力を握って共産党を弾圧しましたが、逆に共産党が権力を握っていたらどうなったでしょうか?
- ナチスは共産党政権に弾圧されて壊滅する。
- ゲッベルスはヒトラーに出会うまでは共産主義者だったので生き残る
- ドイツはソ連と同盟を結び、東欧を分割する。
- さらに人民戦線政権のフランスとも同盟。
- かくして第二次世界大戦を待たずに共産圏が誕生。
- スペイン内戦ではドイツが人民戦線側を支持するため、人民戦線が勝利し、フランコは処刑される。
- その結果共産圏に包囲されたイタリアでも共産革命が勃発し、ムッソリーニも処刑。
- イギリスはチェンバレン政権なので、共産圏とは宥和政策を取る。
- アメリカはルーズベルト政権なので、容共政策を取る。
- 結果落選して反共のヒューイ・ロング辺りが就任。
- 中国では、国民党に影響力があるドイツと共産党のバックであるソ連の仲介で、国共合作が行われる。
- 国民党左派の汪兆銘が頭角を現す。
- そうなると日本も反共政策を改めるしかなく、治安維持法が改正され、共産党は合法化。
- かくして世界は共産主義で覆われていくのであった。
- 満州も共産主義の実験場に・・・・・・
- このように共産主義の優位が確定しようとしたとき、ドイツとソ連が共産主義の盟主を巡って対立する。
- フランスは反独感情からソ連に味方する。それに対してイタリア、スペインはドイツ側に付き、ここに第二次世界大戦が勃発。
- イギリス、アメリカ、日本では共産主義離れが置き、反共政権が成立。
- 独ソの勝利した方と、米英日同盟との間で、冷戦が開始される。
- 冷戦が熱戦に変わり、米英日同盟が勝利。弾圧によって散り散りになっていたナチス残党がドイツを統治する。