もし日本がもっと早く世界遺産条約を批准していたら
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世界遺産条約は1975年に発効し、1978年から世界遺産の指定が始まりました。しかし日本の条約批准は大幅に遅れ1992年になりました。もし日本がもっと早く世界遺産条約を批准していたら?
- 世界遺産の件数がもっと増えていた。
- 史実より早く世界遺産登録されたものが多数あったと思われる。
- 都市レベルでは京都・奈良以外にも鎌倉や金沢などが登録されていたかも。
- 「古都京都の文化財」が1986年以前に登録された場合、金閣寺がリストに含まれていなかった可能性がある。
- 釧路湿原の保護のためにとられた手段が「世界遺産登録を目指す」というものになっていた。
- その場合ラムサール条約の知名度が低くなっていた可能性が。
- 危機遺産リストに載る物件があったかもしれない。
- 登録見送りもおそらく史実より多い。
- それでも原爆ドームが登録された時期は史実と変わらない。
- 富士山が世界遺産に登録されていた可能性がある。
- 2013年、本当に登録されました。
- 文化遺産ではなく自然遺産か複合遺産で登録されていた可能性も。
- 当初自然遺産として登録→文化的価値が認められ複合遺産に変更、なんて可能性も。
- いずれにせよ、史実より早く登録されていたのは間違いないと思う。
- バブル期に「○○を厳密に復元して世界遺産登録を目指そう」という動きが全国各地で見られた。
- 厳密な復元のみでは世界遺産にはなれないが、各地の城郭や古建築の復元ブームは起きていたかも。
- 高速道路建設の優先順位に変更があったかもしれない。
- 世界遺産へのアクセス道路となる路線の建設が優先されやすくなっていた。
- 「アメリカ横断ウルトラクイズ」では必ず複数の世界遺産を経由していた。
- テレビ東京が「世界遺産」という制度の認知度が上がる前から世界遺産関連の番組を放送していた。