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もし衆議院解散があの時に行われていたら

  • 当時の羽田内閣は社会党の連立離脱により少数与党に陥りました。この時、辞任ではなく衆議院解散を選んでいたら…
  1. 中選挙区制の下で行われていた。
  2. 1979年・1980年以来の2年連続総選挙となっていた。
  3. 記号式投票が行われていた。

羽田内閣与党が過半数をとっていたら

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  1. 第二次羽田内閣が成立していた。
  2. そのまま新進党政権に発展していた。
  3. 史実の橋本龍太郎のポジションを担うことになりそう。

自民党が過半数をとっていたら

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  1. 河野内閣が成立していた。
    • 1年後に橋本内閣が成立、あとはだいたい史実通り。

羽田内閣与党も自民党も過半数をとれなかったら

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  1. 結局自社さ政権が誕生していたか、それを阻止するために海部俊樹が首相に再登板していた。
  1. 解散名は「日朝解散」。
  2. 9月の日朝首脳会談で北朝鮮が拉致を認めたことで自民党が圧勝する。
  3. 与党の公明党と合わせて総議席の3分の2を占める。
  4. 民主党は100議席を割る。
  5. 自由党は20議席を確保する。
  6. 共産、社民は議席を大幅に減らす。
    • 社民党は党のホームページに「拉致は日本の創作」という記述を選挙中にも掲載し、慌てて削除する羽目になる。
  7. 議員辞職した加藤紘一や田中真紀子が当選し、政界に復帰する。
  1. 選挙で民主党が勝ち、自民党が負けるにせよ、実史ほどの大差は付かなかった。
  2. 「高速道路1000円均一」や定額給付金の給付は実施されなかった。
    • その代わり「高速道路無料化」の実験が既に終了。こども手当が支給されている。
  3. 渡辺喜美は自民党を離党せず、みんなの党も結成されなかった。
  4. 西松問題も表に出てこなかったので、民主党の代表交代もなく、小沢一郎が首相に、鳩山由紀夫が外相になっていた。
    • ただし、陸山会問題でどうなっていたか・・・。
    • 少なくとも「権力の二重構造」ではあるまい。
  5. 児童ポルノ禁止法改正案が施行され、漫画・アニメ・ゲームがほぼ全滅
    • そこは何とか出版業界のロビー活動で回避できたかも。

福田康夫が辞任せずに解散していた場合

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  1. 自民党が敗れた場合、総裁は麻生太郎ではなかったかもしれない。
  2. 「あなたとは違うんです」発言は無かった。

麻生太郎が総裁就任直後に解散していた場合

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  1. その後の閣僚の失言も無い為、国民の反発も実史ほど強くなかった。
    • 中川昭一は最悪でも比例で復活当選していた。
      • 復活当選しても、約1ヶ月後の10月4日に死去したからなぁ。
      • 1年1ヶ月後ね。
        • むしろ、当選していたら亡くならなかったかもしれない。
  2. 解散時期によっては、「金融危機解散」という別名が付いていた。
  3. 確実に自民党は議席を減らしてはいたが、2009年のような惨敗にはならなかった。
    • その場合、民主党政権は誕生しなかったかもしれない。
    • 自公で過半数ギリギリの場合、民主党に大連立を持ちかけていた。
  1. 衆参ダブル選挙が行われていた。
    • その場合ここで民主党政権は終焉していたかも。
      • だが2012衆議院選挙のような大惨敗はなかった。
        • その後の選挙日程が史実通りだった場合は2014衆議院選ではそこそこの議席は取れていたかもしれない。少なくとも海江田氏は落ちることはなかった。
  2. 「高速道路無料化」は実現されることなく破談。
  3. 自民党が政権を取り戻し、「谷垣総理」が誕生していた。
    • すなわち、安倍総理は復活せず、「アベノミクス」もなかった。
      • 総裁選によっては安倍総理の復活もありえたかもしれないが、経済政策に本腰が入るのはやや遅れていたか。

菅直人内閣が総辞職せずに衆議院を解散していたら、

  1. 当然だが、民主党は敗北していた。
    • 維新が無いだけ史実通りの議席数とまでは行かないにせよ大敗、民主党政権は終了。
    • 野田佳彦内閣は誕生しなかった。
  2. 自公政権・谷垣首相というのは上と同じ。
  3. 解散時期によっては、「復興解散」という別名が付いていた。