もし韓国の軍事政権が現在も続いていたら
(もし韓国の大統領が○○だったらから転送)
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- 脱北者のみならず脱南者が続出する。
- 実際に脱南者はもう出現しています。主にアメリカへ政治亡命。
- 日本へ亡命しようとする者も。
- 日本行きを目指す脱南者も数多いです。主に離婚した寡婦、ホストまたはホステス・風俗嬢、出稼ぎ希望者、武装スリ団など。
- なぜか北に亡命しようとする者が(ry
- インターネット大国はおろかインターネットの普及率はほぼ0%。
- いや、ネットをプロパガンダに多用。もちろん某国のように完全な検閲をする。
- おそらく現実の中国のような感じだったと思われる。
- 資本主義国では最強のネット検閲となっていた。
- 韓流ブームはおろか韓国ドラマが日本で放送することもない。
- それらドラマが制作されることすらなかった。
- 但し韓国人歌手の日本進出は行われている(史実でも李成愛・趙容弼・羅勲児らの日本デビューは韓国の軍事政権時代のことである)。
- 某新聞社は今でも北朝鮮を地上の楽園だと評している。
- 冷戦終結後米国は南北双方に属さない「第三の政府」を支持していた。
- サウジアラビアやフィリピン(マルコス時代)、チリ(ピノチェト時代)への姿勢を見るに平然と韓国軍事政権を支持していたのでは。
- しかし後述するように北朝鮮が崩壊してからは掌を返すと思われる。
- 史実よりもさらに嫌韓、嫌朝が多くなっていた。
- 朴大統領の巨大銅像が韓国各地に作られる。国民は毎年参拝を命じられる。
- 対馬から日本侵略を始めようとするが・・・。
- 日本とはむしろ親日ぶりが増す可能性が・・・。
- まああくまで反共路線である以上、日本やアメリカには強く出られないだろう。
- 実際慰安婦問題が表に出たのも90年代に入ってからだし。
- 反共法も健在。KCIAが権勢を振るっている。
- 2000年代の金大中・盧武鉉政権も当然の如く無く、この二人は今も反体制の闘士として活動している。
- 金大中はどこかの時点で日本かアメリカに避難する羽目になっていた。
- よって韓国人ノーベル賞受賞者は未だに0人。
- 日本とは未だに国交が無い。
- それはありえない。日韓国交正常化は軍事政権下の1965年だから。
- アジア通貨危機の時の展開が変わっていた可能性あり。
- 国家主導で大宇財閥が救済され生き残れていたかもしれない。
- 太陽政策などなかった。
- 場合によっては南北首脳会談より米朝首脳会談のほうが先に実現している可能性さえある。
- 盧泰愚の悪事がいくつか闇に葬られていた。
- 検索エンジンで「光州事件」など特定のキーワードで検索すると接続不可能になる。
- 当然中国は共産党政府ではなく国民党政府を支持。
- モンゴルは中国領扱い。
- ただし天安門事件に関する対応はスルー。
- ただし、李登輝政権&民進党政権に対しては徹底批判。
- 「民進党は共産主義の手先」というトンデモ理論を展開し共産党政府と国交を樹立。あれ?
- 国連の加盟は2000年代あたりにずれ込んでいた。
- 今なお漢字教育を継続していた。
- いわゆる「3S政策」が未だに続いている。
- スポーツではハンドボールやラグビーもプロ化されていた。
- プロ野球のKBOリーグも2リーグ12球団化された。
- ただしチームの本拠地はソウル界隈に集中。全羅や済州はプロスポーツの空白地帯になっていた可能性も。
- 映画では検閲がまだある代わりにポルノ映画やB級アクション映画が現在も大量に制作されている。
- 一定の日数以上韓国映画の上映を義務付けるスクリーン・クォータ制も強化されていた。
- スポーツではハンドボールやラグビーもプロ化されていた。
- 政権交代はクーデター→新政権は前政権とその側近の徹底粛清、が横行していた。
- 北朝鮮の世襲政権や人権侵害には目をつぶっていた。
- 報道や教育でも金日成一族への賞賛は無論、批判にも厳罰を課していた。あれれ?
- 「自由朝鮮」は韓国も批判し半島全体の民主化を主張していたかも。
- 昭和末期以降の日本の情勢が史実と様変わりしていた。
- 中曽根康弘政権は憲法改正を達成させていた。
- 憲法9条を改正し陸海空軍を正式に保持している。
- 帝国復古も成し得たかも知れない。
- バブル景気はなかった。
- 韓国が軍事政権を維持できるくらいの情勢だと日本でバブル景気が起きるとは思えない。
- 55年体制が崩壊することはなかった。
- 中曽根康弘政権は憲法改正を達成させていた。
- もしかしたら金日成の死がきっかけで北朝鮮が崩壊していた可能性もある。
- これにより民主化運動が再燃し、アラブの春と同じくらいの頃に軍事政権が崩壊していた。
- 日本もその余波を受けていた。(中曽根政権の頃に権威主義化している前提だが)
- 日本のネトウヨは親韓派が殆どだった。
- 全斗煥の次の独裁者は朴槿恵、その次の独裁者は尹錫悦になっていた。