ざんねんな政党事典
ナビゲーションに移動
検索に移動
日本[編集 | ソースを編集]
日本社会党[編集 | ソースを編集]
- かつて、自民党の宿敵として君臨。1989年には、土井たか子委員長(当時)が率いて、参院選で自民党に大勝したこともあったが・・・。
- 1993年の総選挙で、新党ブームの煽りを受け、惨敗。その後、よりによってライバルである筈の自民党と手を組む羽目に。
- 村山首相を誕生させるも、阪神大震災とオウム問題の煽りを受け、短命に終わる。
- 村山首相を誕生させるにあたり、自民党と連立するために自衛隊を違憲から合憲に方針転換したのも痛い。30年以上自民党と対決してたのは何だったの?
- 村山首相を誕生させるも、阪神大震災とオウム問題の煽りを受け、短命に終わる。
- 自民党の宿敵として君臨するために、あえて第2党となることで批判するのがウリだったので、自民党が傾きそうなときはあえて社会党の立候補者数を減らしてまで第2党にしていたのだが、出しゃばって政権を取りたくなったのが崩壊の原因。
- 1993年の総選挙で、新党ブームの煽りを受け、惨敗。その後、よりによってライバルである筈の自民党と手を組む羽目に。
- 結果、日本社会党はほぼ解体状態、日本社会党の流れをくむ社会民主党は2015年以降選挙のたびに党の成立要件を満たすか満たさないかの戦いを強いられることになる。
- 旧社会党ビルからも立ち退き、雑居ビルのワンフロアに移転したそうな。
- 社会党の衰退は支持母体となっていた労働組合の衰退も大きい。
- 国鉄分割民営化がそのきっかけだった。
- かつて国鉄の労働組合がまだ力を持っていた頃、公共企業体におけるストライキ権奪還を目指したいわゆる「スト権スト」に協力した。
- いくら自分の支持母体とはいえ順法闘争の際に国民が国鉄のストライキをどう見ていたか全く理解していなかったようである。
- よく、分裂すること数知れず。
- 社会民主連合(社民連)や民主社会党(民社党)は、元々社会党から分裂したものである。
- 北朝鮮による日本人拉致問題について、一貫して「あれは捏造である」と主張し続けた。
- 『朝鮮労働党の日本支部』と揶揄されたほど、北朝鮮にべったりだった。
社会民主党[編集 | ソースを編集]
- 社会党の正統な後継政党として誕生したが、今ではもはやミニ政党並みのパワーしか無い。
- 議席数で言えば衆議院、参議院共に共産党より少ない。
- なお地方議会(都道府県、市区町村)でも似たような傾向である。
- 共産党とは似たモノ同士の左派政党と言われることが多いが、共産党と比べても現実離れした考え方が目立つ。そのため比較的左寄りの有権者でも社民党の支持者は非常に少ない。
- 例えば共産党は自衛隊と敵対しつつも存在自体は認めているが、社民党はそもそも自衛隊そのものを否定したい考え方であると言われている。
- コアな支持者が一定数存在する共産党との決定的な違いである。
- 地方議会であれば共産党が力を持っている自治体は少なくないが、社民党が力を持っている自治体は殆ど無い。
- 旧社会党が北朝鮮にべったりだったことで、党籍から離脱した議員は数知れず。
- 参議院議員時代の田嶋陽子などはその典型。
公明党[編集 | ソースを編集]
- ・・・といえば、なんといっても創価学会。
- テレビ東京の選挙特番で、ネタにされた。
- 選挙の際には、いわゆる「電話攻勢」が恒例行事。
- かつては、日本社会党と日本共産党と共闘したことがある。
- でも、すぐに解散した。
- 一回、解散したことがある。
- 衆議院だけ新進党に合流していた(参議院は「公明」として残していた)。
- 実は支持母体がアレであることを除けば、政策自体はマトモだったりする。
- 特に福祉政策に関しては自民党よりだいぶマトモとすら言われている。
- 自民党政権で不祥事が起こると、何故か「あれは公明党の仕業だ!」と喚くネット右翼が多い。
- 2024年から2025年にかけて、自民党の不祥事に巻き込まれる形で選挙で連敗。
- 2025年の都議選では、お膝元の信濃町がある新宿区で敗戦。
- 2025年10月には、自民党とほぼケンカ別れの形で連立を解消。
- ただ、自民党支持者からは『ようやく肩の荷が降りた』と言う声も。
新自由クラブ[編集 | ソースを編集]
- 1976年に、当時自民党だった河野洋平らが自民党を飛びだして、作った新党。
- しかし、1983年の総選挙で自民党が過半数割れを起こしたら、あっさりと連立した。
- これが、日本初の連立政権となる。
- そして、結成から10年で吸収合併され、自民党の軍門となる。
- 一言でいうと「自民党から離れて、自民党と連立を組んで、自民党に吸収された」政党である。
- しかし、1983年の総選挙で自民党が過半数割れを起こしたら、あっさりと連立した。
民主党[編集 | ソースを編集]
- 自民党に次ぐ第2党になるべく、新党ブームでできた党を中心に結成された。
- 2009年に与党になるも、所詮は寄せ集めで政治はグダグダ、自民党政権に戻ることに。
- その後安倍一強の長期政権を許すことになってしまった。
- 民主党設立の目的が、寄せ集め集団で政権を取ることだったので、与党を取れただけマシと思へ。
- 2014・2019年の消費増税を提案したのも民主党政権。
- その後維新の党と合流し民進党に党名を変えるも、低迷。一部が立憲民主党として分離し、自身は国民民主党と名を変えた。
- 自民党の項で議員の失言が取り上げられているが、民主党の議員も自民党に負けず劣らずひどい失言をしている。
- 中川正春元文部相「安倍首相(当時)の睡眠障害を勝ち取ろう」、故・松本龍元復興相「書いたら、もうその社は終わりだから」など。
- 自衛隊を「暴力装置」とか言ったのは故・仙石由人氏じゃなかったっけ。
- ぶっちゃけこの党が失敗したのは左翼にすらなりきれない中途半端な姿勢が原因だと思う。所詮、左派と右派を寄せ集めただけの烏合の衆に過ぎなかった。
- 所詮は自民党の分かれにすぎない。
- もし完全な左翼政党または右翼政党のままだったら、政権は取れなかったとしてもここまで国民から嫌われることにはならなかったのではないだろうか…。
- 「左から右までいろいろな考えの人間がいる」という点では自民党も同じだが、自民党はいざというときは一致団結してくれるのに対し、民主党は反自民という目的以外で一致団結することが少ないため、混乱が起こりやすい。
- ユッケ食中毒事件を受けて牛肉のレバ刺し提供を一律禁止にしてしまった。
- まあ腸管出血性大腸菌はただの食中毒菌じゃないし、赤痢のように人から人に伝染するので仕方ない。
大阪維新の会・日本維新の会[編集 | ソースを編集]
- 橋下大阪府知事が作った大阪の地域政党。その兄弟分にあたる国政政党。
- やはり大阪ならびに関西の地域政党にしか過ぎない。
- 地方選挙で出馬しても、関西以外では議席を取れない。国政選挙もしかり。
- やはり大阪ならびに関西の地域政党にしか過ぎない。
- ○○維新の会という政党や政治団体が各地にあるが、この両者とは無関係のものもある(例:西宮維新の会)。
- 2度も大規模な分裂を経験している。
- 石原慎太郎率いる太陽の党と合流したが2年ほどで分裂し、その後も党内の親民主党派(後の「民進党」)と分裂し今に至る。
- かつては自民党を散々目の敵にしてたクセに、2025年に公明党と別れた自民党とあっさり連立を組んでしまった
希望の党[編集 | ソースを編集]
- 小池百合子東京都知事が作った国政政党。当時、都政ではイケイケだっただけに国政も行けるかと期待されたが・・・
- 民進党(当時)との合流を巡るすったもんだで、立憲民主党が誕生。
- 小池知事の失言が仇となり、直後の総選挙で大失速。自民党どころか立憲民主党にも敗戦する始末。
- 民進党(当時)との合流を巡るすったもんだで、立憲民主党が誕生。
幸福実現党[編集 | ソースを編集]
- ・・・と言えば、幸福の科学。
- 国政選挙に候補者は出したはいいけど、当選者はいまだに0。
- 支持母体が宗教団体であることを除けば意外とマトモな政党であると言われている。外国人参政権に反対していたり、自衛隊の強化に積極的だったりなどの面もある。
- …が、天皇制を廃止し、代わりに大川隆法氏を大統領にしようと画策している。やはりマトモじゃない…。
- そもそも共産党や立憲民主党などと違って左に偏っていないから右寄りな方々からはマトモに見えるだけで、この党も右に偏っているという意味では中道の人間から見れば「どっちもどっち」。
- なんだかんだで社会から認められている創価学会と異なり、こちらはなかなか社会に溶け込めず、お世辞にも成功した新興宗教とは言い難い。
- 創価大学の真似をして大学を作ろうともしたけど失敗しているし…。
NHKから国民を守る党[編集 | ソースを編集]
- 受信料制度に反発して結党、議席も獲得したが…
- その議席を確保した党首の立花孝志が議席を蹴って他選挙区の補欠選挙に出馬、落選し自らの議席を落とす結果に。
- でも比例繰り上げで1議席は残っているから計画通り。予算委員会での発言権を得たことを考えると、幸運なモノだろう。
- 所属議員が嫌がらせ行為を多数回(大量のパンフレットを送り付けるなど)行う、党首がスラップ訴訟を行うなどしている。
- 党首が設立した株式会社の出資金を貸付金として扱っている(詐欺罪の疑いあり)、政党助成金を借金の返済に充てようとする(記事後半参照)など、カネがらみの問題も多い。
- 「ホリエモン新党」という、NHK受信料とは全く関係のない団体になってしまった。なお、NHK解体や受信料制度の改定は一切できていない。
- その後も名称がコロコロ変わる。次いで「ゴルフ党」→「古い政党から国民を守る党(通称:古い党)」→「嵐の党(略称:あらし)」。
- 「荒らし」と誤字ったのではないだろうか。
- 「古い党」だと、まるでこちらが古臭いかのニュアンスになってしまう。
- その後も名称がコロコロ変わる。次いで「ゴルフ党」→「古い政党から国民を守る党(通称:古い党)」→「嵐の党(略称:あらし)」。
- そもそも設立者自身がかつてNHK社員だった。
新進党[編集 | ソースを編集]
- 細川・羽田政権の社会党を除く連立政党が反自民というだけで合体してできた政党だった。
- それゆえ民主党よりリベラル系が少ないのに民主党以上に烏合の衆とかし離党と入党が頻繁に行われるようになる。
- 結果、党首選をやった数日後に分裂。大半が民主党に一部は自民党に流れる。
自由民主党[編集 | ソースを編集]
- まるでこの指止まれのごとく入党希望者を受け入れてくれる。
- かつて民主党にいた人も関係なく。地元の都道府県連はたまったものではない。
- まあ安倍晋三が総裁をやっているときに多い。第一次政権の時はあっさり郵政造反組の復党を認めたし。
- 2020年現在の国対委員長が造反組の一人である。どう捉えるか。
- しばしば「旧民主党や維新にはタレント議員が多い」と言われるが、自民も大概である。
- 党内有力者または関係者の失言(主に差別発言)が目立つ。
- 例えば杉田水脈は「LGBTは生産性がない」、麻生太郎は「女性は子供を産む機械」、安倍晋三は「こんな人たち」などなど。
- 「産む機械」発言は麻生太郎じゃなくて柳澤伯夫。
- 「同性愛は精神障害」などといった差別的内容を含む冊子を党内に配布していたとか。
- 少子化を気にしすぎるあまり、「女性はもっと男性に寛大に」と言ってしまう。ナチュラルに性差別をするおっさんどもに寛大になれと申すか。
- 例えば杉田水脈は「LGBTは生産性がない」、麻生太郎は「女性は子供を産む機械」、安倍晋三は「こんな人たち」などなど。
- やたらと古い因習に拘泥する議員が多い。
- 例えば上記のようにLGBTの権利や選択的夫婦別姓制度を認めようとしなかったり。
- 民主党政権や細川・羽田連立政権で幹部だった人間もここの出身者が多い。
- 小沢一郎氏や鳩山由紀夫氏、細川護熙氏、羽田孜氏、岡田克也氏などもかつては自民党員だった。
- 実際には思想的には社会党や民主党に近い左寄りな考えの人間も少なくないのだが、多くの日本国民は自民党を保守政党だと思っている。
- かつては宮澤喜一氏、河野洋平氏、野中広務氏も在籍していた。
- というかむしろ本物の右翼は自民党が嫌いだと思う。
- 小渕恵三政権以降は公明党がいないと生きていけない政党になっている気がする。
- まあ逆も然りだが…。
- 何よりざんねんなのは、ここが日本でマトモな政権担当能力を有する唯一の政党であるという点である。
- ここの派閥が他国で言う二大政党みたいなイメージ。清和会がアメリカでいう共和党、経世会や宏池会がアメリカでいう民主党ってイメージか。
- 清和政策研究会
- 小泉純一郎政権以降の党内最大勢力。保守派の方々からの人気は比較的高いが…。
- 歴史を紐解くと保守本流ではなく保守傍流。
- 「アメリカの犬」とか「新自由主義者の集まり」などという批判の声も多い。
- 平成研究会(経世会)
- かつては党内の最大勢力を誇っていたが、小渕恵三氏が亡くなってからは急速に衰退し、さらに橋本龍太郎氏が亡くなったことで完全にトドメを刺されてしまった。
- 宏池会と共に保守本流と呼ばれたが、今は見る影も無い。
- かつてリクルート事件に関与していたことから、お金に汚いというイメージが強いと言われている。
- 竹下登が師匠の田中角栄を裏切って立ち上げた派閥。そのため、角栄は経世会の人たちをあまり快く思っていないらしい。
- 平成時代初期にはここから飛び出して新党を立ち上げる人が沢山いた。
- その中には後の細川・羽田政権や民主党政権で幹部だった人物も少なくない。
- 宏池会
- ここの出身者で総裁になった人はだいたい不運に見舞われると言われている。
- 池田勇人氏は末期癌を理由に退陣し、翌年死去。大平正芳氏は首相在任中に心臓病で急逝。
- 宮澤喜一氏、麻生太郎氏は下野を許してしまった。
- 自民党総裁でありながら首相になれなかった河野洋平氏や谷垣禎一氏も宏池会所属だった。
- 大平政権の頃までは良かったが、それ以降は外交面で批判されることが多い気がする。
- 保守派の方々曰く、中国に媚びを売る議員が多いらしい。
革新自由民主党[編集 | ソースを編集]
- 保守合同で自民党ができると多くの1958年総選挙で一部の候補者が公認漏れとなった。
- このため自民党公認漏れとなった候補が中心となって急遽結成したのが革新自由民主党。党名だけ見ると革新なのか保守なのか分からないがおそらく保守政党だったのだろう。
- しかし当の自民党が激怒。入党した者は除名、当選しても入党させない方針を示したことで辞退者が続出。
- 結局15名を擁立したものの票が全く伸びずほとんどは法定得票未満で全員落選し、そのまま消滅した。
- 落選者は後に自民党から選挙で立候補した人もいた。
日本女性党[編集 | ソースを編集]
- 中絶禁止法に反対しピル解禁を要求する女性解放連合(中ピ連)代表だった榎美沙子が、1977年参院選に国政進出を目指して結成した政党。
- 「世界初の女性だけの政党」を謳い、男性は入党できなかった。
- 100人擁立すると豪語するが一部の候補者は他党にとられ辞退が相次ぎ何とか確認団体の10人をやっと集めるのが精一杯。
- しかも肝心の榎美沙子は立候補せず。
- 当初、各候補者は地域にあわせ「榎・東京」といった名称で立候補させようとしたが選管から拒否される。
- ピンク色のヘルメットをかぶって選挙運動、「内閣や公務員を全員女性にする」とか露骨に女性受けを狙ったマニフェストも有権者から引かれた挙句ふたを開ければ全員が落選・供託金没収。
- 他の女性解放運動家からは「榎のせいで日本の女性解放運動は大きな誤解を受けた」「男性を排除しようというおかしな運動のせいで私達の主張が有権者に伝わらなかった」と厳しく批判され、開票日から二日後に解散した。
- その後榎は「夫に尽くします」と普通の主婦となり、さらに夫と離婚した後現在どうなっているか誰も知らない。
日本愛酢党[編集 | ソースを編集]
- 元は有限会社つかれ酢本舗の社長である長田正松が1980年の参議院選挙に立候補(結果は71位で落選し供託金没収)した際に推薦した団体である「日本愛酢会」。
- その日本愛酢会を母体として結成されたのが日本愛酢党であり、つかれ酢本舗の社員や販売店の店員などを中心とした10名を比例代表として送り込むも・・・。
- 全員落選したのは言うまでもない。当然長田含めて供託金は返ってこなかった。
- 元々政見放送でのアピールも「酢の効用のすばらしさ」「酢で不老長寿」「自分の酢の研究はノーベル賞を狙える」といった感じで、申し訳程度に「憲法を守って平和を実現」「薬害の防止」という公約を出した。
- のちに長田は書籍で「広告の方法として参議院選挙を利用した」「当選できなかったが広告になった」と公言している。
- なお、最初に立候補した際に『宣伝目的の虚偽立候補』で公職選挙法に違反したことで公民権を停止されている。
- のちに長田は書籍で「広告の方法として参議院選挙を利用した」「当選できなかったが広告になった」と公言している。
- 供託金の増額や無料広告を出した場合でも得票率1%未満の場合は負担という感じで泡沫候補に不利な制度改定の契機となったのはこの党の影響が強い。
- ちなみに今も日本愛酢会は続いており、つかれ酢本舗も株式会社となって今も継続している。
革新自由連合[編集 | ソースを編集]
- 1977年の第11回参議院選挙を前に、永六輔・大島渚・田原総一朗・手塚治虫・野坂昭如など、非自民・護憲の知識人・文化人・タレントが結成した政党で、略称「革自連」。代表は中山千夏。
- 第11回参議院選挙では鈴木武樹・俵萌子・ばばこういちらを擁立するも横山ノックを当選させたのみ、1980年の第12回参議院選挙では中山千夏を当選させたのみで、それ以上党勢は伸びなかった。
- 1983年の第13回参議院選挙を前にして路線や名簿順位をめぐって対立が生じ(中山が当選後矢崎泰久との間で交わしていた『1983年の参議院選挙で当選させる』という約束を盾に、名簿1位は矢崎以外認められないと強硬に主張した(この選挙から全国区制が廃止、厳正拘束名簿式比例代表制が採用)ことが主たる理由)、青島幸男・横山ノック・八代英太が離脱、さらには双方を和解させようと苦心していた秦豊が和解は無理と判断して離脱したことから、事実上空中分解してしまう。
- そのため比例代表選挙の名簿団体として無党派市民連合を結成するも、議席を獲得するには至らず。
- この経緯については山本七平が『人望の研究』において詳しく述べている。
日本共産党[編集 | ソースを編集]
- 未だに破壊活動防止法による調査対象団体になっている。
- かつて武装闘争を実行した事実があり、警察庁から「未だに暴力革命を否定していないため」という理由で監視されている。
- まあ元々コミンテルンの日本支部として設立されたことを考えると仕方ないのかもしれない…。
- 簡単に言ってしまうとオウム真理教などと同じ扱い。
- かつて武装闘争を実行した事実があり、警察庁から「未だに暴力革命を否定していないため」という理由で監視されている。
- 最近は立憲民主党や社民党などと協力することもあるが、独自路線が目立つため基本的にはそれらの党からすら「独善的体質」「セクト体質」として距離を置かれている。
- 党員数は年々減少傾向。
- 機関紙であるしんぶん赤旗の購読者数も減っている。
- 支持者の高齢化が止まらない。辻立ちしている共産党員の横でビラ配りをしてるのが老人ばかりだったりする。
- 実はネット右翼が好みそうな考え方も多い。
- 北方領土の4島全ての返還を唯一要求している政党である。また、日教組やパチンコ利権、統一教会などと敵対しており、TPPにも反対している。
- だが設立の歴史的経緯から共産党を支持するネット右翼は少ない。
- ただし創価(公明)と敵対していることから共産党を支持するネット右翼もいなくは無い。
- だが設立の歴史的経緯から共産党を支持するネット右翼は少ない。
- 他の左派政党よりは現実的な考え方も多いのだけれど、どうしても他の左派政党と同類と見做されがち…。
- 北方領土だけでなく千島列島全部の返還を要求している。理由は千島列島は侵略ではなく樺太・千島交換条約によって平和的に日本領になったから。
- 政党要件を満たす政党で千島列島全部の返還要求を主張しているのは共産党のみである。
- 軍事以外の政策はけっこう現実的でまともだったりする。この辺が社民党との大きな差。
- 都知事だった石原慎太郎が銀行税を導入しようとしたときに賛成に回ったりしてた。
- 北方領土の4島全ての返還を唯一要求している政党である。また、日教組やパチンコ利権、統一教会などと敵対しており、TPPにも反対している。
- 政権を与えたくは無いけれど、かといって完全に消滅されてしまっても困るという絶妙な立ち位置の政党である。
- 現状、野党としての責務を果たしている数少ない政党なので…。
- 議席数が多すぎるのも困るが、かと言って全くのゼロになってしまっても困るため、アンサイクロペディアでは劇薬と言われている。
- 世論調査で「投票したくない政党」では50%近くでダントツ1位。2位の公明党を20ポイント以上引き離した数字を出したこともあった。
- 政党助成金を一切受け取っていないためクリーンな政党というイメージが強いが、実は赤旗などを販売して事業収入で稼いでいるので、資金力は自民党に次いで強い。
- ぶっちゃけ下手な地方新聞社よりも稼いでいる。
- それでも近年では収入が減少している。
- 販売員が超絶ブラックなのは有名。ほぼボランティアなので人件費が発生しないため収入源として優秀。
- この党のポスターが沢山貼ってある地域は、どうしても貧困層が多いイメージになりがち。
- 実際には富裕層のコアな共産党支持者もいるんだけどね。そういう人からの寄付金も共産党の収入源の一つ。
- 党首批判や党員による党首選挙を本に書いて発表しただけで党から除名(永久追放)される。
- 党から見れば「党則違反」(党の見解と異なる意見を党外に公表するには党の許可を得なければならない)がその理由。
- 申請しても党の許可が下りることはないだろう。
海外[編集 | ソースを編集]
アメリカ[編集 | ソースを編集]
- どちらが政権を獲ったかによって国の方針が大きく変わってしまいやすい。
共和党[編集 | ソースを編集]
- アメリカを代表するタカ派(右派)の政党だが、ここが政権を獲ると福祉政策が先進国とは思えないほどお粗末になりがち…。
- 銃規制に反対している議員が多い。
- 何故か日本人からは親日政党だと思われている。実態は別として。
- まあ確かに共和党の人が大統領だと日本の内閣総理大臣も相手をしやすいのだろうが…。
- 女性の人工妊娠中絶に関して否定的な議員が多い。
民主党[編集 | ソースを編集]
- こちらはハト派(左派)の政党で福祉政策は結構マトモなのだが、外交面での失策が目立つ気がする。
- ベトナム戦争を泥沼化させたのは民主党のジョン・F・ケネディとリンドン・ジョンソン。(ちなみに終結させたのは共和党のニクソン大統領)
- 第二次世界大戦を始めたのは民主党のフランクリン・ルーズベルト。そして日本への原子爆弾投下を命令したのはハリー・トルーマン。
- ちなみにF・ルーズベルトの前の共和党のハーバート・フーバー大統領は日本との戦争(太平洋戦争)に反対していた。
- 日本に年次改革要望書を突きつけたのは民主党のビル・クリントン。
- 福祉政策は結構マトモなのだが、これを(共産主義的だとして)快く思わない国民も多い。
- 富裕層はおろか貧困層ですら民主党のアンチが少なくない。
- アメリカは先進国で唯一、国民皆保険じゃなかった国であった。ようやくオバマ大統領が社会実験として導入した(≒オバマケア)のだが、未だに批判の声が少なくないらしい…。
イギリス[編集 | ソースを編集]
イギリスファシスト党[編集 | ソースを編集]
- イギリスで最初に出来たファシズム政党。1923年にロウサ・リントーン=オーマンという女性が設立。
- 党則も主張もイタリアのファシスト党の劣化コピーに過ぎなかったが、それでも第一次世界大戦の退役軍人等一定の支持層を集め、少しずつ存在感を出していったかのように見えた
- が、1932年にオズワルド・モズレーがイギリスファシスト連合(BUF)を設立すると党員達の多くはそちらに流れてしまう。ドイツのナチス政権を支持したり反ユダヤ主義を主張するが衰退はとどまらず、1935年5月にリントーン=オーマンが急死した5ヶ月後にイギリスファシスト党は解散した。
イギリスファシスト連合[編集 | ソースを編集]
- オズワルド・モズレーが1932年に設立したファシズム政党で略称はBUF。こちらも最初からナチスやイタリアファシスト党の真似ばかりしており、ナチスから資金援助を受けていたともいわれる。
- 世界恐慌による不況の中で、上下問わずそこそこの支持は得ていたが一度も国会議員選挙に候補者を出したことはなく、また暴力的なデモ活動を多く起こした結果、支持層の多くを失い、政府からの取締が厳しくなった。
- ウィリアム・ジョイスら過激派の分離、国内の対独感情の悪化など逆風の続く中、第二次世界大戦が勃発した後の1940年5月に敵国への協力者を無期限で拘束する法案が施行されBUFは活動を禁止させられ、モズレー達党員は戦争が終わるまで当局に拘束された。
- ウィリアム・ジョイスは戦争中に地下ラジオによる親独の宣伝放送を行った結果(ホーホー卿と呼ばれた)、戦争後に大逆罪で絞首刑となっている。