もしあのラジオ番組が今でも続いていたら

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  • 終了からある程度時間が経っているラジオ番組について。

TBSラジオ(JRN)[編集 | ソースを編集]

伊集院光 日曜日の秘密基地[編集 | ソースを編集]

  1. 史実で予定されていた「おバ歌謡」CDの第二弾が発売されていた。
  2. 「伊集院光とらじおと」はなかった。

歌うヘッドライト[編集 | ソースを編集]

  1. 「夜明けの仲間たち」の代わりにいすゞのCMソングがテーマ音楽として流れていただろう。
  2. 最末期の土曜の準レギュラーだったチェウニがメインパーソナリティーに昇格。
  3. 2005年ごろから週6日放送に。
  4. 麻生しおり(詩織)は、ラジオパーソナリティとしては、青森ローカルの人という認識にはならなかった。(実史では2006年3月にNHK名古屋FM放送の番組を降板後、在青放送局のローカル番組にしか出演していない。)
  5. (実史上の)冠スポンサーだったいすゞの業績悪化により、スポンサーより撤退。番組名から「いすゞ」が取れて、番組継続。

コサキン[編集 | ソースを編集]

  1. パローレネタも怪光線ネタも封印。
  2. 2014年春に、宇津井健の追悼大特集があった。
  3. 星野源をゲストに呼ぶことができた。
    • 新田真剣佑も。
  4. 「小堺一機と渡辺美里のスーパーオフショット」はなかったか?

ザ・欽グルスショー[編集 | ソースを編集]

  1. キャイーンがDJをやっていた。
  2. 「SURF&SNOW」も開始されず、松宮一彦アナが「スーパーDJ」として知られることはなかった。

全国子供電話相談室[編集 | ソースを編集]

  1. 山本シュウがTBSに来ることはなかった。
  2. 当然ながら、(実史の)2015年3月のリニューアル版の終了報道時は、大きく取り上げられるという事も無い。
  3. 2020年10月からTBSラジオ(関東地方)「伊集院光とらじおと」内で、「伊集院光とらじおとこどもでんわそうだんしつと」と言う形で、実質復活したが、これより以前に平日午前のワイド番組に内包されていた。

中村尚登ニュースプラザ[編集 | ソースを編集]

  1. 中村尚登が「日曜サンデー」の「ラジオサンデージャポン」のコーナーの担当になってない。
  2. 現在でも土曜午前5時30分から6時は全国ネット枠になっていた。

パック[編集 | ソースを編集]

  1. (実史で)1982年春の番組打ち切り表明時にTBSへはがきなどでの抗議が殺到することが無かった。
  2. 一部のJRN系列局で、本番組からNRN系『オールナイトニッポン』へのネット切り替えが無かった?
  3. 野沢那智が死去した時には、(実史でかつて担当した)金曜日の放送で、パートナーを組んだ白石冬美をメインに大規模な追悼番組が放送される。
    • 「野沢那智パック・イン・ミュージックFOREVER」みたいなタイトルでしょうね。
  4. 2010年春に土曜日(日曜パック)が復活していた。

宮川賢の誰なんだお前は[編集 | ソースを編集]

  1. 「アクセス」も「Dig」も始まらなかっただろう。
  2. 「宮川賢のパカパカ行進曲」は存在しなかった。
    • 一部の企画はこの番組内に組み込まれていた。

ラジオはアメリカン[編集 | ソースを編集]

  1. 『林原めぐみのTokyo Boogie Night』の放送時間は長年土曜25時30分スタートになっていた。
  2. テイルズシリーズやアイマスシリーズのミニドラマも組まれていた。

ラジオマクロスみんなデ・カルチャー[編集 | ソースを編集]

  1. 桜井智がDJとなり、タイトルも「ラジオマクロス7」に変更。

若山弦蔵の東京ダイヤル954[編集 | ソースを編集]

  1. 荒川強啓はTBSラジオに進出しなかった。よって「デイキャッチ」も存在せず、TBSラジオの雰囲気は維持された。(現在のようなサブカル中心の路線にはならない。)
  2. 若山弦蔵は「バッググラウンド・ミュージック」は担当しなかった。
    • 福島弓子の後釜は他のTBS局アナか俳優・声優が担当していた。
  3. 若山弦蔵氏の死去まで続いていたかもしれないもしくは別の人物が引き継いでいたかもしれない。

ニッポン放送[編集 | ソースを編集]

オールナイトニッポンDX[編集 | ソースを編集]

  1. 現在は平日22時から約2時間放送している。
    • ナイターオフシーズンのみ放送という可能性が高い。
  2. 史実より早くネット局での放送を始めていた。
  3. LF+R時代は英語表記になっていた。
  4. ニッポン放送が野球中継から撤退する噂が出ていた。

欽ドン[編集 | ソースを編集]

  1. テレビの方の欽ドンも健在。
  2. 欽ちゃんもリタイヤすることなく、今でも第一線で活躍。

LF+R[編集 | ソースを編集]

  1. ニッポン放送はさらに低迷していた。
  2. 現在もニッポン放送の深夜番組に「ニッポン放送LF+R - 」の冠を付け続いている。
  3. 2003年4月以降も英語表記を続けていた。

内海ゆたおの夜はドッカーン![編集 | ソースを編集]

  1. ゆたかは今も22時の時報で苦しんでいたかもしれない。
    • その為「OHデカナイト」は存在せず、伊集院光がANN1部昇格していてナインティナインと共にANNの2大巨頭となっていた。
    • もちろん伊集院光のTBS移籍は無く「深夜の馬鹿力」も無い

伊集院光のOh!デカナイト[編集 | ソースを編集]

  1. 宮本との揉め事もなく、LFとの喧嘩別れもTBSへのトレードもなかった。

朝からたいへん!つかちゃんでーす[編集 | ソースを編集]

  1. 塚越アナはフジテレビに左遷されることも、自殺することもなかった。
  2. ANNは今でも5時終了だった。
  3. 山本剛士、いまに哲夫、山口良一、上柳昌彦らがこの時間帯を担当することもなかった。

文化放送(QR)[編集 | ソースを編集]

セイ!ヤング[編集 | ソースを編集]

  1. 「セイ!ヤング21」は存在しなかった。
  2. 土曜日の「さだまさしのセイ!ヤング」が誕生したのは強固な裏番組対策の為だった。

吉田照美のやる気MANMAN![編集 | ソースを編集]

  1. 吉田照美がその後、朝の番組を担当する事はなかった。
  2. 文化放送が誇る長寿番組となっていた。

毎日放送(MBS)[編集 | ソースを編集]

ごめんやす馬場章夫です[編集 | ソースを編集]

  1. 上泉雄一の台頭はなかった。

朝日放送(ABC)[編集 | ソースを編集]

こころ晴天(帯番組時代)[編集 | ソースを編集]

  1. 妹尾和夫、桑原征平、兵動大樹が曜日別パーソナリティーになっていた。

誠のサイキック青年団[編集 | ソースを編集]

  1. 北野誠とABCの関係が今も切れることなく続いていたであろう。