もしあの国の対面交通が○○だったら

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日本[編集 | ソースを編集]

右側通行に転換していたら[編集 | ソースを編集]

GHQ占領下時代、日本全国をアメリカにならって右側通行へ転換する計画があったそうです。結局費用の問題からアメリカ施政下に置かれた沖縄県以外では破談となりましたが、もし日本がアメリカにならって右側通行・左ハンドルへ転換していたら…

  1. 車が輸入車中心になる。
    • それはなかった。ただ、輸入車が史実より増えていた可能性はある。
    • 日本人が持つ「外車」への特殊な感情は、善悪いずれも実際より軽くなっていた。つまり、極端な外車信奉者は実際より少なくなっていた。一方で外車に乗っているというだけで×××者扱いするような風潮も実際ほどではなかった。
    • 右ハンドルの英国車にこだわる偏執マニアがごく少数存在した可能性はある。右ハン自体が禁止にならなければの話だが。
  2. 国産車も当然すべて左ハンドル。
    • 当然ながら、ウィンカーレバーとワイパーレバーの左右関係も国際標準どおり。
    • その場合ウィーン条約に少なくとも署名はしていたかも?
  3. 車両の輸出が実際ほど伸びなかった可能性も。
    • 却って輸出が伸びていた可能性もある。
      • 「輸出が伸びなかったかも」と書いたのは、輸入車が史実より増えれば国産車の生産が史実より減り、相対的に輸出量も減ったと思われる為。
  4. 右折禁止ではなく左折禁止が多くなる。
    • 逆に、右向きの青矢印(常時右折可)の標識も見られる。
  5. 鉄道は韓国と同様に国鉄・旧来の私鉄が左側通行のままの一方、地下鉄や新線が右側通行で建設されていた可能性がある。
    • 鉄道はそのままだった。韓国の新線が右側通行なのは、韓国人が左側通行を「日帝残滓」として嫌ったため。
  6. かつて米国に占領され、右側通行していた沖縄県の人はスラスラ通っていた。
    • 当然730もなく、ゆいレールも右側通行で開業していた。
  7. 日韓海底道路トンネル構想が立ち上がる。
    • 開通したら壱岐・対馬は韓国人だらけになる。
  8. GHQによる占領が終わった後も、おそらく日本は右側通行のまま。そして現代に至っている。
  9. 「左側通行=イギリス連邦」となる。
    • タイ王国は?
      • タイも現実通り左側通行だが、「イギリスの影響で左側通行になった」とみなされていた。
  10. 右側通行に変更する際のドライバー教育が問題になっていた。
    • 下手したら左側通行時代に取得した免許は一斉に無効にして右側通行の講習を受けたドライバーに新たな免許を交付する感じになっていた。
  11. バスの扉位置が変更になるため、変更後のバス車両の調達をどうするか揉めていた。
    • 実際に対面交通を変更した沖縄ではバスの調達を補助金で導入したが、全国規模で実施の場合天文学的な費用がかかっていた。
    • 一部地域では乗客を道路の真ん中で下ろす光景が見られたかもしれない。
    • バスもそのほとんどが運行できなくなった。
    • アメリカ本土などの中古バスを持って来れば費用はそこまでかからなかったと思われる。
    • 停留所や信号などの改造も必要な路面電車はもっと大変なことになっていた。
      • 不採算路線がどさくさ紛れに廃止される事例もあった。
      • 呉市電の中の人は後悔した。
    • 従前の車両をそのまま使う場合、停車のたびにスピンターンし、バックスピンターンで発車する、という荒業をバス車両で難なく決め、しかも乗客にそれを感じさせないという腕前が運転手に要求されていた、
  12. 決定当初、GHQに対する大規模な抗議デモが度々行われた。
    • 長年蓄えてきた預金を封鎖されても抗議できなかった当時の日本国民がそのようなデモを起こせた気がしない。
    • GHQのことなので変更前にはあらかじめラジオや新聞などを用い「対面交通を変更するのは当然のこと」という空気を醸し出しておいたのでは。
  13. ある村は、右側通行が実施された場合には、車両の通行を禁止していたかもしれない。
  14. 混乱を避けるため初日から数日間を休日にしたり、制限速度を引き下げやアルコール類の販売を数日禁止する措置をとっていた。
    • 当時はまだ自動車の普及率は低かったためそこまで気を配っていないような気がする。
  15. 変更実施の前後1週間くらいに掲載された『サザエさん』は全て対面交通関連のドタバタを描いていた。
  16. エスカレーターは全国で左側を開けるようになっていたかも。

混在したままだったら[編集 | ソースを編集]

道路・鉄道共に混在
  1. GHQが占領していた影響で東京を中心に戦後は東日本・沖縄県は左側通行、西日本は右側通行とはっきり分かれる。
    • 東京都内の鉄道は国鉄と大半の私鉄・地下鉄は右側通行、都電や一部の私鉄・地下鉄、モノレールや新交通は左側通行と台湾やフランスのような形態になっていた。
    • 沖縄は右側通行じゃないの?
  2. 自動車メーカーは左ハンドル車、右ハンドル車が半々になる。さらに助手席兼用の両ハンドル車が作られる全世界に普及していた可能性もある。
  3. バスの車両は東日本と西日本で流通がほぼ分断される。しかし、通行区分を問わないため世界中に中古車、新車ともに日本産バスが流通する。
    • あるいは、両方に対応できるように両サイドにドアを備え、運転席が真ん中にあるバス車両が登場していた可能性もある。
  4. 地理的な意味でも右側・左側に対応しやすい為、トヨタ自動車の優位性が史実以上に高まっていた。
鉄道が左側通行、道路が右側通行
  • ここでは戦後に建設された新線も左側通行が徹底されていたと考えてください。
  1. 鉄道とバスが同一ホームで乗り換え可能な場所も登場する。
  2. 事故になりかねないので路面電車の廃止や専用レーン化が史実よりも早まっていた。
  3. 名古屋ガイドウェイバスは建設されなかったかもしれない。

沖縄だけ右側通行だったら[編集 | ソースを編集]

沖縄では米国占領下において右側通行だったが、日本復帰から6年経ち、本土と同じ左側通行に合わせることになった。もし現在も右側通行だったら?

  1. 現在でも国内メーカーは左ハンドルの「沖縄特別仕様車」を出している。
    • また沖縄では左ハンドルの外車が他県に比べると多かった。
  2. 道路交通条約では「一国一交通」を定められているが、その例外ということになっていた。
    • あるいは、沖縄県だけ1国2制度みたいな特別自治区みたいになっていた。
  3. 運転免許も「沖縄限定免許」、下手すると「沖縄以外限定免許」が存在したかも。
    • あくまでも沖縄だけ特別扱いなので、沖縄の自動車学校には左側通行用の教習レーンやシミュレーターが必ず設けられるようになる。
  4. 沖縄に来る本土の観光客のレンタカー使用がやや減っていた(特に前述の「沖縄以外限定免許」がある場合)。
    • 運転できてもかなり混乱する観光客も多い。
    • 結果的に沖縄のバス会社がやや増収する(本土にない左ハンドル車を導入する必要があるが)。
  5. 沖縄の道路信号機の色の並びは左から赤・黄・青のまま(本土では順番が逆)だった。
    • もしかしたら混乱を防ぐ為に沖縄の信号は縦型が主流になったかもしれない。

アメリカ[編集 | ソースを編集]

左側通行だったら[編集 | ソースを編集]

世界の対面交通の主流は右側通行ですが、嘗てイギリスの植民地だった国、及び強い影響を受けた国(一部例外除く)の対面交通は左側通行です
しかしアメリカはイギリスの植民地だった歴史を持ちますが対面交は右側通行です。仮にアメリカの対面交通がイギリスと同じ左側通行だったらどうなっていたでしょうか

  1. 日本で左ハンドルの外車が導入される事は無かった
    • 当然、左ハンドルの外車を購入する金持ちは史実に比べて大幅に少なくなっていた
  2. 日本でドイツ車の台頭が遅れてた
    • 日本で外車の売り上げNo.1はフォルクスワーゲンではなくシボレーかフォードの時期が長かった
    • 高級車もベンツやBMWよりキャディラック、リンカーン等のアメ車もそれなりの地位を得てた
      • 場合によってはキャディラック、リンカーンのディーラーが親会社の車種ブランドでまとめられず独立したディーラーで営業していた
    • ドイツ以外のヨーロッパ車のディーラーは史実よりも少ない
      • ランチアは史実より早い時期に日本での販売が打ち切られてた
  3. アメリカの強い影響を受けた国も左側通行になるので中米諸国(パナマまで)やカリブ諸国(キューバ等)も左側通行となっていた
  4. カナダの右側通行への変更は無かった
    • その代わりアメリカと隣接するメキシコが対面交通を左側通行に変更していた
      • メキシコが左側通行になった場合はベリーズが右側通行になることはなかったかも?
  5. 韓国と台湾の対面交通は右側通行に変更されず日本統治時代の左側通行のままだった
    • 日本と対面交通が同じになるので韓国自動車メーカーと日本の自動車メーカーとの結びつきは史実よりも大きかった
  6. 韓国大統領の公用車はヒュンダイ・エクウスが採用される以前はメルセデスベンツよりもキャディラックかリンカーンを採用する事が多かった
  7. 中国で文化大革命の際に紅衛兵が「左側通行に変えろ」などと言い出すことはなかった。
    • 沖縄ではそもそも終戦後右側通行に変更されず、ずっと左側通行のままだった。
  8. 現実より左側通行の国が多かった。
    • 大陸欧州の影響の強い国では右側通行、英米の影響の強い国では左側通行になっていた。

国内で混在していたら[編集 | ソースを編集]

  1. カナダでも仏語地域と英語地域で左側通行と右側通行で別れていた。
    • スコットランドがイングランドと同じを嫌って右側通行にしていたりとか。スペインのバスク地方なども。
  2. 自動車免許を取得するのにハンドル・通行共に左右両方で四通りの組み合わせを習得する必要がある。
    • 左側通行・右ハンドル車のみ、右側通行・左ハンドル車のみの限定免許が作られた。
    • 競馬のトレセンの様に教習場内のコースが左右可変仕様となっている。
  3. 日本では沖縄県だけが右側通行になっていた。
    • 7.30はなかった。