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もしあの地域が別の時代に独立していたら

新疆ウイグル自治区(東トルキスタン)

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1910年代
  1. 辛亥革命による清朝崩壊後にモンゴルやチベット同様に独立していた。
    • 新疆省が設置されずに、藩王国のままだったら有り得た。
    • 独立にはロシア帝国の支援があり、そのためにロシア帝国の衛星国になっていた。
    • ロシア革命後のロシアの混乱によって中華民国に侵略されるもすぐに、中華民国の宗主権を否定し、ウイグリスタン人民共和国が出来て、ソ連の衛星国になっていた。
    • だが中華民国は史実のモンゴルやチベットと同様に独立を認めなかった。
    • 第二次世界大戦後、モンゴル同様に中華民国からも独立を認められた。
      • だが台湾に逃げた中華民国は再び独立を認めないようになり、国連加盟はモンゴルと同じ1961年で、日本との国交樹立は1972年だった。
    • 冷戦中の中ソ対立の時代にはモンゴル同様にソ連ベッタリの属国に近い衛星国状況になっていた。
    • 冷戦終結やソ連崩壊の直後にモンゴルと同様に民主化して、「ウイグリスタン共和国」になっていた。
      • 場合によってはカザフスタンやウズベキスタンなどと同様に社会主義ではない独裁体制になっていたかも。
  2. 中央アジア諸国と同様にトルコ系民族であること、特に言語的にはウズベク語に近いこと、トルキスタンの一部であることから、旧ソ連ではないのにも関わらず、中央アジアに分類されている。
    • この場合、モンゴルも中央アジアに分類される事がある。
    • 中央アジア諸国との関係が深くなっている。
      • 特に言語的に近いウズベキスタンとの関係が深くなっている。
    • モンゴルとの関係も深い。
    • 反中親露国になっている。
      • 親日国にもなっている。
  3. 国名は上記通り「ウイグリスタン」になっている。
    • インターネットドメインは「.uy」になっていた。
      • この場合、ウルグアイが「.ug」でウガンダが「.ud」になっていた。
  4. ウイグリスタン国内の鉄道の軌間は中央アジア諸国やロシアやモンゴルなどと同様に1520mmになっていた。
  5. 現在の国旗はトルコ国旗の赤い部分を青に変えたもの。

バングラデシュ

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1947年
  1. イスラム教の地域とはいえパキスタンとは離れているので同じ国というのは無理があると判断され別国家で独立していた。
  2. 日本での呼称が「ベンガル共和国」になっていたかもしれない。
  3. 国旗は史実と全く別のデザインになっていたはず。
  4. 少なくともパキスタンよりは豊かな国になっていた。

フィリピン

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1930年代
  1. アメリカ政府がもっと急いでフィリピンを独立させようとしたらできたはず。
  2. 史実でコモンウェルス時代の大統領を務めたマニュエル・ケソンが初代大統領になっていた。
  3. 独立したとしてもおそらく米軍が駐留していた。
    • 太平洋戦争では史実同様に日本軍に攻撃される。
    • 「東南アジアの独立国を攻撃して潰した」という事実が残るため日本のアジア解放という大義はさらに説得力を失っていた。
  4. それでも戦後の歴史にはあまり変化がないような気がしてならない。

東ティモール

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1976年
  1. フレティリン(東ティモール独立革命戦線)が左派でなければこうなっていてもおかしくなかった。
    • インドネシアによる武力併合は西側にも認められず撤退する羽目になっていた。
  2. 第1公用語がポルトガル語だったかもしれない。
    • それでも地元言語のテトゥン語の正書法確立も進んでいたはず。
    • 通貨も旧宗主国に倣い「東ティモール・エスクード」だった。
  3. 遅くともベトナムと同じくらいのタイミングでASEANに加盟している。
  4. 産油国ということもあり現在は中国が史実以上に接近している。

イスラエル

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1930年代
  1. うまくすればユダヤ人とアラブ人の対立が史実ほど激しくなかった。
    • しかし独立後に内戦の火種を抱える羽目になっていた危険性も高い。
  2. 欧州を逃れたユダヤ人の亡命先として大いに重宝された。
    • 政府もユダヤ人の勢力強化のため積極的に避難民を受け入れていたと思われる。
    • 杉原千畝の見せ場が消滅していた。
  3. アラブ人に配慮して国旗のデザインは中立的なものにされた。
    • ひょっとすると国名も「イスラエル・パレスチナ」だったかもしれない。

アルメニア

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第1次大戦後
  1. オスマン帝国によるアルメニア人虐殺がもっと騒がれていたら十分考えられた。
  2. 領土は現在のアルメニア共和国よりももっと広かった。
    • 少なくとも霊峰アララト山は領有できている。
  3. 史実に近い展開ならトルコ共和国の傀儡同然に成り下がっていたかもしれない。
    • この場合第2次大戦後に共産化していた可能性も。

ヨーロッパ

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クロアチア

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第1次大戦後
  1. 必然的に「ユーゴスラビア」という国は成立しなかった。
    • 少なくともスロベニアもこの段階で独立できた。
    • モンテネグロはおそらく史実と同様に独立に失敗している。
  2. バルカン半島での第2次大戦の展開がやや変わっていた。
    • ダルマチア地域を巡りイタリアと対立していたと思われるのでおそらく連合国入りしていた。
    • この場合セルビアとともにドイツ軍に抵抗し独ソ戦の開始を史実以上に遅らせていた。
      • 場合によっては欧州戦線が史実より早く終わっていた可能性も十分ある。
    • 少なくとも悪名高い「クロアチア独立国」は誕生しなかった。
  3. 第2次大戦後にチトー(ここの出身)が政権を握り共産化。
    • セルビアも史実通り赤化するがこちらはおそらくソ連べったりの体制。
  4. ソ連崩壊の前に何とか民主化に成功し大規模な内戦は免れた。
    • ただしセルビアとの領土問題は起きているはず。

ウクライナ

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第2次大戦後
  1. ウクライナ人にとって不名誉な称号「ソ連の頭脳」とは呼ばれることはなかった。
  2. 東西冷戦でソ連側に一時的に引きずり込まれる。
  3. 冷戦終結後には完全に民主化し、NATO加盟国・EU加盟国となる。
  4. 既にNATO加盟国なので、ロシアのウクライナ侵攻は起きていない。
  5. ポーランドと共に先進国の一員となり、東欧の経済大国になっているはず。

アフリカ

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エリトリア

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1950年代
  1. 少なくとも現実よりも少しはましな国になっていると願いたい。
  2. 当時米軍の通信基地があったためアメリカの影響下に置かれていたと思われる。
    • ハイレ・セラシエ皇帝もアメリカの介入を恐れエリトリアの併合を見送っていた。
      • その代わりソマリアへの介入を活発化させていた。
      • 仏領ソマリランド(後のジブチ)にも海港目当てで手を出そうとしていた。
  3. エチオピアが共産化した後はエリトリア・エチオピア国境が東西冷戦の新たな前線に。

北アメリカ

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1820年代
  1. 南アメリカやメキシコで起きた独立運動に触発されて独立戦争が起こっていれば有り得た。
  2. まかり間違っても完全独立が1982年までずれ込む事はなかった。
    • 上記の独立戦争の和平条約の段階で完全独立していた。
  3. 独立戦争でイギリスから独立しているので、イギリス連邦には加盟しなかった。
    • イギリス連邦王国にはならず、国旗にユニオンジャックが描かれていなかった。
    • アイルランドと仲良くなっている気がする。
    • 現在の国家元首は大統領。
  4. 第二次世界大戦までにイギリス系とフランス系の間での内戦を1度は経験していた。
  5. アメリカ合衆国に州として加入した可能性もある。
  6. アラスカはこの国の領土になっていた。