もしあの地域が別の県に属していたら/九州
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- 誰も疑問に思わない。めでたし、めでたし。
- 「現実に福岡県じゃないの?」とか言ってるのは誰だ?
- そこの市外局番が「0920」だから、疑問に思わないね。
- 唐津-長崎間の高速バスは運転されない。
- 博多~壱岐~対馬の船便や航空便はもっと増便されるので、島の人も大喜び。
- 長崎~壱岐の便が存在しないので、壱岐空港は定期便のない空港になっていた(対福岡ではジェットフォイルに敗れているため)。
- 福岡県とあの国の結びつきがますます強く…
- 本当に「福岡市壱岐区」が誕生していたかもしれない。
- 壱岐島はそんなに違和感は無いが…。
- 唐津東~通寺浦の船便は増便している。
- 唐津~壱岐~対馬でトンネルを掘ろうという計画が出てくる。
- 佐賀県ではなく伊万里県のまま。
- 県の面積は非常に小さいが…ダメなら長崎県に合併していたか。
- 有明佐賀空港は別の名前になっていた。
- 九州新幹線は佐賀県を通らない事に。
- 長崎新幹線計画がこんなに揉めることはなかった。
- 福岡・長崎ブランドのおかげて地域全体のイメージは良くなった。
- 特急以外は肥前山口ですべての旅客系統が分断されている。
- 長崎新幹線開通後は、肥前山口より東はJRの運営,西は長崎県によって島鉄・MR含めた全県の在来線が3セク化されていた。
- 東部→福岡編
- ここでは北松浦(唐津)・三養基(鳥栖)・神埼・佐賀・小城(多久)を東部とします。
- 唐津は福岡地方(玄界地方)、それ以外は筑後地方(有明地方)の一部になっていた。
- 「福岡県唐津市」が福岡を代表する観光地となる。
- 福岡市民が観光地を尋ねられたらまず「唐津」というようになった。
- 福岡・久留米のベッドタウンというイメージが現状より強かった。
- 県庁を失った佐賀市の人口は市全体で10~15万人(=諫早・飯塚)程度。
- しかし柳川~佐賀間の通学需要があったので佐賀線は廃止されなかった。
- 一方久留米は拠点性が増し人口40万人程度(福山と同じくらい)。
- 車のナンバーは唐津が「福岡」、それ以外が「久留米」。
- 西部→長崎編
- ここでは西松浦(伊万里)・杵島(武雄)・藤津(鹿島)を西部とします。
- 佐賀県を代表する観光地の殆どが長崎ブランドとなるためもっと観光客が多かった。
- 佐世保周辺と合わせて長崎北部の周遊ルートになっていた。
- 武雄は県の交通の中心地となり人口が増えた。
- 長崎~佐世保を高速で移動するときに佐賀県内を通ることはなかった。
- 規模は小さいながら肥前山口も県内幹線の分岐点ということもありある程度発展。
- 佐世保都市圏が伊万里・武雄・鹿島に拡大し、佐世保がより大きな街になっていた。
- 車のナンバーは「佐世保」。
- 熊本市と島原市の間に海底トンネルか橋ができていた。
- 天草との間にもできていた可能性がある。
- 島原半島へのアクセスは熊本経由がメインとなっていた。
- 阿蘇山に加えて雲仙普賢岳も擁するため、熊本は火山の多い県というイメージがより一層強まる。
- 島原商業や国見が熊本県にあるため、九州における高校サッカーの歴史が大きく変わる。
- 長崎日大の全国大会出場回数が増えていたか?
- 小嶺忠敏は長崎総合科学大付属の監督に就任しなかった。
- 大津が史実ほどの強豪になれたか微妙。
- 南島原市出身の佐田の富士は、両国(長崎市出身)が師匠を務める境川部屋に入門していない。
- 旭化成は大分の誇りとなっていた。
- 宮崎県は坂道シリーズ不毛県となっていた。
- これも違和感なさそう。
- 「宮崎県には中小多数の県がある」が「鹿児島県には中小多数の県がある」に。
- 肥薩線は宮崎線を通っていない。
- 東国原英夫が宮崎県知事になることはなかった。
- 鹿児島県知事になっていたか。
- もしあの地域が1つの県だったら/九州#旧鹿児島県・旧都城県との違いは日南市串間市が含まれるか否かのみ。
- 信号機は樹脂灯器が増えていた(宮崎県で樹脂灯器は沿岸部限定設置なので)。
- 諸県地方・大隅地方を合わせた「都城」ナンバーができる。
- 1609年に薩摩に琉球が侵攻されるまでは琉球王国の一部でした。 しかし、その後も琉球文化は色濃く残り、戦後アメリカに占領されたときも沖縄と同時返還を望んで先に返還されたという経緯、さらに現在、道州制計画でも沖縄と1つの地域にする案があります。
- 沖縄県の県土は2倍近くに広がっていた。
- 人口も20万くらい増えていた。
- 奄美の人口減少もましだった。
- 以上の結果を踏まえ、沖縄の経済は少し向上し、もし沖縄戦がなかったらにあげられていることのいくつかは・・・・・・
- 奄美はこうなる
- 奄美市以外は沖縄県奄美郡になる。
- 史実の経緯だと「大島郡」じゃない?
- 旧名瀬市に沖縄県奄美合同庁舎が開設される。
- 奄美市以外は沖縄県奄美郡になる。
- ダイエーは奄美からも撤退していた。
- 跡地にサンエーがオープンする。
- 奄美は、言語的には沖縄方言に近いけど、文化的には鹿児島と沖縄の中間だよ。「琉球文化」に近い所だけ見て奄美を沖縄の一部だと言うのは覇権主義。
- こんなところで「覇権主義」と言うのはよくない。ここに書かれているのは「もし」だから。
- 琉球王国成立前は、有史以来、奄美と沖縄は各々別の統治領域だった。琉球が薩摩に侵攻されたように、奄美も琉球に侵攻された。沖縄に都合が良い琉球王国成立後の歴史だけを根拠にして、奄美を沖縄の舎弟扱いするのはいい加減やめてくれ。
- そんなの百も承知だし、それをいうなら宮古・八重山も同じ。宮古・八重山が琉球処分や戦後の占領政策で中国に取られなかっただけでもまし。
- 歴史も環境も市民の流動も全て無視で、食い込んでいるだけで他地域扱いされる町田市よりかはマシでしょ。
- というか、元々琉球だった沖永良部や与論と後に琉球に制圧された徳之島以北は分けて考えるべき。
- 奄美の高校が沖縄県代表として甲子園や国立、花園や総体等の大会に出場していたかも。
- 鹿児島から喜界島、徳之島、沖永良部島、与論島への航空便は存在しない。
- 与論島へは代わりに那覇空港からの便が多数飛び、本土からの客は那覇経由で行くのが一般的になっている(沖永良部も?)。
- 現実でも与論島と那覇空港を結ぶ便は存在する。
- 奄美空港が県内第2ハブ空港のような役割となり、喜界島、徳之島へは奄美空港で乗り継ぐかたちとなる。
- 鹿児島から奄美大島への便はさすがに存在する。
- 与論島へは代わりに那覇空港からの便が多数飛び、本土からの客は那覇経由で行くのが一般的になっている(沖永良部も?)。
- 県道の番号がひっ迫しかける。
- ただし主要地方道のみ。一般県道は大丈夫。そしたら本島の一部の県道の番号が変わっていた。
- 沖縄一高い山は湯湾岳になる。
- 龍郷、喜界、伊仙、天城、和泊、知名、与論は町昇格の人口要件(8000人)に届かず今でも村。
- このような経緯から平成の大合併で「沖永良部町(知名村+和泊村)」「南徳之島町(天城村+伊仙村)」が誕生する。
- 訂正 誤:南徳之島町 正:西徳之島町
- あるいは史実の徳之島町も含めて新設合併して「徳之島町」かもよ。
- このような経緯から平成の大合併で「沖永良部町(知名村+和泊村)」「南徳之島町(天城村+伊仙村)」が誕生する。
- 電力会社の管轄は沖縄電力になる。
- 奄美地方が「薩南諸島」と言われることはなかった。
- トカラ列島(十島村)の帰属でもめる。
- 奄美大島の国道58号に相当する路線は、330号前後の番号になっているかもしれない。
- それは無いと思う。恐らく史実通りに58号が指定される。
- A&Wやローソン、ファミマが奄美大島に進出している。
- 徳之島、沖永良部島、与論島、喜界島は微妙。
- 逆に奄美文化と鹿児島文化の近さが注目されていた。
- それでも沖永良部島、与論島は名実ともに「沖縄」だっただろう。
- 知名、和泊、与論は国頭郡の一部だった。
- それでも沖永良部島、与論島は名実ともに「沖縄」だっただろう。
- 泉重千代や本郷かまとが「長寿県沖縄」の象徴とされていた。
- だがギネス記録取り消しが平均寿命低下と重なって「長寿県沖縄」のイメージを損なってしまう羽目に。
- 石崎伝蔵さんの2歳年上の1884年生まれの114歳没説の判明により渡名喜元完さんの男性長寿日本一が疑われている事も。
- だがギネス記録取り消しが平均寿命低下と重なって「長寿県沖縄」のイメージを損なってしまう羽目に。
- 奄美が沖縄の一部になる事により、沖縄出身力士が増えていた。
- 3代目朝潮は沖縄出身となり、沖縄唯一の横綱になっていた。
- 沖縄返還が奄美と同時だったら有り得た。
- 奄美群島選挙区は沖縄選挙区に統合され、沖縄選挙区が1区と2区に分割された。
- 2021年現在は奄美群島の小選挙区は沖縄3区になっている。
- 沖縄ブランドのおかげで奄美の観光開発も現実より進んでいる。
- 鹿児島県の県鳥はマナヅルあたりになっていた。
- 沖縄県の県鳥がルリカケスになっていたかは微妙。
- 梅雨入りの区分などで奄美群島が奄美地方として特別扱いされる事はなかった。
- 沖縄地方とされていた。この場合、沖縄気象台管轄の名瀬気象台がある。
- 名瀬と名護が同じ県になるので間違える人が現実より増えていた。
- 奄美と沖縄が1つの県になるため、奄美・沖縄の世界自然遺産登録が現実より早まっていた。
- 南海日日新聞や奄美新聞の論調が現実より左寄りとなり、奄美は民主王国となっていた。
- 徳之島に電材プロト灯器は設置されなかった。
- 沖縄県の地域を北海道に例えると奄美=道南、本島地方=道央、宮古島地方=道北、八重山地方=道東になっていた。