コンテンツにスキップ

もしあの鉄道路線が開業していたら/海外

台北市電(台湾)

[編集 | ソースを編集]

昭和初期に建設計画が持ち上がったが資金難により撤回された。

  1. 開業当初は内地のお古の木造車を使っていた。
  2. 当初計画にはなかった市東部や淡水河西岸への路線も計画される。
  3. 日本敗戦後は台湾電力あたりの持ち物になった可能性もある。
  4. 二・二八事件の際には車両や軌道などに大きな被害が出た。
    • 例:軌道の敷石がバリケードの材料に使われる。
  5. モータリゼーションや設備の老朽化により1970年代に廃止される。
    • 末期の電車はソウルや釜山の市電同様にアメリカのお古ばかりだった。

川漢線(中国)

[編集 | ソースを編集]
  1. 長江大橋の区間を除いて日中戦争までに完成していた。
    • 長江大橋の区間は文革までに完成していた。
  2. 三峡ダム建設により一部区間が付け替えられていた。

テヘラン-マシュハド間高速電鉄線(イラン)

[編集 | ソースを編集]

日本の協力で新幹線の技術を使って建設される予定だったがイラン革命により計画が消滅。

  1. イラン国鉄でも動力分散方式が広く取り入れられていた。
  2. 新幹線システムの輸出は史実より進んでいる。
  3. イスファハンやタブリーズへの路線も計画される。
  4. 「親日国イラン」を象徴するエピソードの一つとしてよく取り上げられる。
  5. イラン・イラク戦争で大きな被害を受けていた。
    • 下手をすると運行中の列車がイラク軍に攻撃されていた。

ヒジャーズ鉄道メディナ-メッカ間(サウジアラビア)

[編集 | ソースを編集]

第1次世界大戦の勃発により工事が中止された。

  1. 第1次大戦の勃発がもう少し遅れていれば間違いなく開業できていた。
  2. 両端がイスラム有数の聖地ということで第1次大戦でアラビアのロレンスに破壊された後も復旧できた。
    • 聖地巡礼に訪れるイスラム教徒の需要があるため他の区間のようにほったらかしにはされなかったはず。
  3. イスラム教徒以外の乗車は禁止されている。
    • そのせいでテレビ朝日の『世界の車窓から』にも登場できていない。
  4. 戦後にサウジ鉄道の他の区間と同じ1435mmへの改軌が行われる。
    • ヒジャーズ鉄道特有の1050mm軌間だといろいろ不便な気がする。
  5. メッカへの空と海の玄関口であるジッダへの路線が作られた可能性あり。

テン緬線(中国・ミャンマー)

[編集 | ソースを編集]

ビルマ(現ミャンマー)と中国雲南省の昆明を結ぶ予定だった

  1. 北京発仰光(ヤンゴン)行きの国際列車が存在していた。
    • ゲージが違うので途中乗り換えになっていたが、切符の上では一つの列車扱いになっていた。
  2. ミャンマーに対する中国の鉄道投資も盛んに行われていた。
    • 泰麺鉄道を中国主導で復活させる構想が出ていたかも。

ヨーロッパ

[編集 | ソースを編集]

超広軌鉄道(ドイツ)

[編集 | ソースを編集]

ナチスドイツが東ヨーロッパやロシアなどとドイツ本土を結ぶ目的で計画していた軌間3000mmの鉄道だが第2次世界大戦で敗れたため着工されず。

  1. 世界最大の列車としてギネスブックに登録される。
    • それでもナチスの亡霊呼ばわりされる。
    • 有効活用されていたら「アウトバーンと並ぶナチスの正の遺産」として有名になっていた。
      • 「ナチスは交通政策だけは優れていた」と言われるかも。
  2. いずれにしろ東西ドイツで分断。
    • 特に西側の部分はハブを失ってしまうため一部区間が廃止に追い込まれた恐れもある。
      • 西側の部分は東西冷戦中にいったん標準軌の高速鉄道(史実のICE)を建設するも、東西ドイツ統一後に東西幹線を中心に超広軌鉄道がパリおよびオランダまで建設される。
        • 流石にパリまでは開業できなかったんじゃないだろうか。在来線に乗り入れられるという優位性を持つTGVやICEがある以上、ヨーロッパの高速鉄道の標準規格もそちら側に移るだろうし。
          • おそらく超広軌鉄道がベルリン中央にターミナルを移転し、結果としてベルリンが東西の高速鉄道の結節点になっていたと思われる。
          • 超広軌鉄道のターミナルはベルリン、ハンブルク、ルール地方、ミュンヘン、カールスルーへ、アムステルダム、ロッテルダム、ハーグ、パリに分散配置。標準軌の高速鉄道は在来線に乗り入れられる特性を生かして短距離の系統特に南のヨーロッパへ向かう系統で威力を発揮。オランダの在来線は完全にローカル輸送に徹する。
  3. ミュンヘン駅が巨大化。
    • ベルリンのオストクロイツ駅なども巨大化していた。
  4. 現在の運行速度は時速300キロぐらい。
  5. 一方で、標準軌の路線網では、ドイツやオランダからの長距離国際特急列車が激減。全滅もありうる。
  6. ドイツやオランダ、ポーランドでは、標準軌の路線網のローカル転用が進む。
  7. ソ連が同じ規格のシベリア横断路線を計画するが建設中止に追い込まれる。
    • が、後年になってルートを史実のシベリア鉄道より北寄りのルートでウラジオストックまで建設、さらにベーリング海峡を海底トンネルでくぐってアメリカまで建設する。また途中で分岐してアフガン経由でインドまで建設される。
      • 流石にアメリカ大陸までは史実同様構想止まりになっていただろう。冷戦真っ只中に建設するわけにもいかないだろうし、何より工費が天文学的レベルになる。
        • 建設費用をアメリカとカナダにも負担させる。
      • インドまで建設されていた場合は史実の高速鉄道計画が存在しなかった。
        • この場合史実の貨物鉄道計画も存在しなかった。
        • 超広軌鉄道のインド国内での建設ルートにもよる。
  8. 「トレイン・オン・トレイン」の実用化がかなり早まっていた可能性あり。
  9. 日本の弾丸列車計画→新幹線にも何か影響があったはず。
    • 弾丸列車に関しては朝鮮・満州と線路幅を合わせたいという意図もあったから、せいぜい機関車の参考にしていたくらいではないだろうか。
  10. ドイツの東西分割を考えると、東側諸国が東ドイツの超広軌鉄道、西側諸国が標準軌(新幹線・TGVなど)の高速鉄道を採用していたと思われる。
    • 西ドイツは超広軌鉄道に見切りをつけて、史実通りICE用の高速新線を建設(一部区間は超広軌鉄道の路盤を流用)していただろう。
      • 超広軌鉄道が残ってしまう以上、ドイツ統一後にICEの高速新線を旧東ドイツ地域に延長する際に色々と問題が発生していた可能性あり。
        • 結局、少なくとも東西幹線については、東ドイツに合わせた超広軌鉄道がパリおよびオランダまで建設されるので、標準軌の高速鉄道は南へ向かう路線のみが史実通りに建設されていた。
  11. 標準軌の高速鉄道は、西側諸国の中でもフランス・スペイン・イタリアなど南のヨーロッパ諸国で採用された。
  12. 南北アメリカ大陸の場合、アングロアメリカが東側諸国に合わせた東ドイツの超広軌鉄道、ラテンアメリカが標準軌の高速鉄道を採用。
    • 中国も大陸側が東側規格、台湾が史実通り西側規格になっていたかもしれない。
      • 中国大陸も東南部は日本や朝鮮半島、台湾、東南アジア諸国との直通のため標準軌の高速鉄道を採用。
  13. 超広軌鉄道の建設時期にもよるが、サンフランシスコのBARTが世界一軌間が広い鉄道の座につけなかった。
    • 超広軌鉄道の建設がBARTの開業より後だった場合は、サンフランシスコのBARTが世界一軌間が広い鉄道の座についていたが、超広軌鉄道の開業によりその座を奪われる。
      • 見た限りでは普通に戦時中に建設できていたのが大前提だと思うのだが…。
  14. ドイツ側が戦争で逆転勝利し、なおかつ超広軌鉄道が開通した場合、シベリアやフィンランドや中央アジアやインドや北米北部などがドイツ志向を強めるため、対アメリカの戦後処理にも影響が出たかも。こうなった場合にも、中国や東南アジアや中南米やサハラ以南のアフリカは、日本志向が残るだろうが。
  15. クラフトワークが「ブライトシュプールバーン」というアルバムを作っていた。

トランスラピッド(ドイツ)

[編集 | ソースを編集]

2004年頃にベルリン-ハンブルク間を開業させることを目標としていたが予算の目途がつかず着工できなかった。

  1. 開業時期は06年のドイツW杯直前か。
  2. 当初は物珍しさもありけっこう利用される。
    • だが乗り換えの手間などを考慮すると現在は赤字路線か。
  3. フランクフルトやミュンヘンへの路線が計画されるが着工の見込みはない。
  4. 営業路線があるということでエムスランド実験線は史実より早く取り壊された。
  5. ベルリン側の起点は間違いなくベルリン中央駅。
  6. ICEと相互乗り入れできる車両の開発が一部で噂される。
    • ICEとは規格が異なる上に同じ空間に乗り入れることができない。
  7. 規格が全く異なるので、日本の超電導リニアとは他国への売り込みで競合する程度の関係になっている。
  8. 上述の超広軌鉄道が実用化されていれば、トランスラピッドのルートはベルリン―ハンブルク間ではなくドイツ国内の別のルートで建設されていたはずである。

アフリカ

[編集 | ソースを編集]

ダカール・ニジェール鉄道クリコロ-ニアメ間(マリ・ニジェール)

[編集 | ソースを編集]

フランス植民地時代にダカール港とニジェールを結ぶため計画された路線だが途中のクリコロまでしか建設されなかった。

  1. おそらくニジェール川に沿ったルートで建設される。
    • ニジェール川の水運は大打撃を受けていた。
  2. 開通時期はフランスからの独立直前か。
  3. マリ国内では世界遺産のあるトンブクトゥやガオと首都バマコを結ぶ観光列車が運転されていた。
  4. ニジェールのウラン鉱石を積んだ貨物列車が多く運転された。
    • 近年になって沿線住民への放射線の影響が心配される。
  5. 現在はマリ北部紛争の影響によりかなりの区間が運休中。

南北アメリカ

[編集 | ソースを編集]

トランジット・エクスプレスウェイ・レベニュー線(アメリカ)

[編集 | ソースを編集]

ピッツバーグで提案されていた新交通システム。スカイバスと称するバス車体に中央案内軌条を載せるという札幌市営地下鉄やVONAに類似したシステムだった模様。参考(英語)

  1. 予定通り1970年大阪万博のモノレールの代わりに会場内の交通機関に使用された。
    • 当初から路線が大阪空港まで延びていたら「大阪モノレール」は「大阪スカイバス(下記のようにスカイバスが新交通をさす言葉になっている為)」という社名になっていた。
  2. スカイバスと言えばこれをさしていた。
  3. 新交通システムやガイドウェイバスに影響を与えていた。
    • ポートライナーあたりがスカイバスになっていたかも。
    • モノレールの導入都市が少なかったはず。
  4. 同じ中央案内軌条のピーチライナーをスカイバスに改造する計画が上がるも諸事情で中止。
    • むしろ最初からスカイバスの規格だった。

オセアニア

[編集 | ソースを編集]

グレート・ウェスタン鉄道(オーストラリア)

[編集 | ソースを編集]

クイルピー-エロマンガ間などが未着工。

  1. たぶん旅客列車は運行されない。
  2. エロマンガという地名が話題になるかも。