もしあの鉄道路線が開業していたら/茨城

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加波山鉄道[編集 | ソースを編集]

  • 高浜駅~柿岡~福原駅の計画だった。現在一部完成していた高浜~柿岡間の路盤は恋瀬川自転車道に転用。
  1. 高浜駅~柿岡までしか開業できなかった。
  2. 戦時中に関東鉄道に編入され同社の「柿岡線」となる。
    • その後鹿島鉄道に引き継がれ鹿島鉄道柿岡線となる。
      • 関東鉄道の支援打ち切りの時鉾田線の存続を優先させるために廃止もしくは分離されている。その結果鉾田線は史実とは違い現存。
  3. もし無事に全線開通していたら、カバがマスコットになってる。

霞ヶ浦鉄道[編集 | ソースを編集]

  • 玉造町駅~延方駅を結ぶ計画だった。
  1. 鹿島鉄道ともども関東鉄道に併合され、同社の霞ヶ浦線となっている。
  2. 分社化後は鹿島鉄道の支線となっている。
  3. 改正鉄道敷設法別表第42号に基づき国鉄に買収されているかもしれない。
    • その場合こちらが本線格となり玉造町駅~鉾田駅は支線となっている。
  4. 国鉄に買収されていない場合は鹿島線存続のため鹿島鉄道から分離、あるいは廃止されている。
  5. 玉造からかすみがうら、土浦に延伸していた。

筑波研究学園線[編集 | ソースを編集]

  • 土浦or荒川沖~花室バスセンター(現在のつくばセンター)~筑波大附属病院を結ぶ計画。土浦ニューウェイや花室トンネルがこの計画の名残と言われているが真偽は不明。
  1. 遅くても科学博の開催と同時に土浦~附属病院間が開業していた。
    • 後に筑波大学の北端まで延伸される一方、荒川沖や高エネルギー機構への延伸計画は凍結される。
  2. つくばエクスプレス開業まではつくば市への鉄道アクセス路線として重宝されていた。
    • 一方でTX開業後は名古屋の藤ヶ丘駅のように乗り換えの面倒さが問題視されるようになる。
    • TX開業に合わせて車両が新型に交代していた。
  3. 関東鉄道筑波線の廃止時期が史実よりも早まっていた。
  4. 普通鉄道だった場合、交流電化されていたかディーゼルで運行されてた。
  5. つくばエクスプレス開業後はつくばエクスプレスが乗り入れられるように工事されていた。
    • つくばセンターで切り離しを行い半分ずつ土浦、筑波大学に向かう。
      • もしくは快速系統は筑波大学方面に、各駅系統を土浦方面に送る。

ガイドウェイバスとして開業していたら[編集 | ソースを編集]

  • 土浦ニューウェイにガイドウェイバスを走らせる計画があったそうです
  1. 運営主体は関東鉄道になる。
  2. 筑波万博で使われた連接バスを改造して転用する案が出るが、費用の問題で頓挫。
  3. 花室トンネルもガイドウェイバスの路線になっていた。
  4. 川口町、桜町四丁目、田中町が駅扱いになる。

関東電気鉄道[編集 | ソースを編集]

  • 古河~岩井~谷田部を結ぶ鉄道計画
  1. 坂東市は鉄道空白地帯にならずにすんだ。
    • 坂東市は史実以上に発展していた。
  2. 戦時中に国鉄に買収され、土浦への延伸工事が行われていた。
    • 史実では未完成に終わった工事も完成していた。
    • 路線名は南筑波線か土飯線。
  3. 戦後土浦~江戸崎など沿線各所で延伸工事が行われている。

水戸電気鉄道(未成区間)[編集 | ソースを編集]

水戸電気鉄道線は、水戸以南、大きく弧を描き遠回りをする常磐線に対して、陸前浜街道に沿って水戸から石岡までをショートカットして結ぶべく建設された路線だった。しかし、水戸駅乗り入れを果たせず、路線も茨城町北部までしか開通出来ないままこの路線は廃止されてしまった。

もし水戸電気鉄道線が当初の計画通り石岡まで全通していたら、この路線の運命はどうなっていただろうか。

水戸-石岡間が全通し、かつ廃止されなかった場合[編集 | ソースを編集]

  1. もちろん水戸駅には乗り入れしている。
  2. 途中に出来た、陸軍吉田飛行場と何らかの形で関係を持つことになったと思われる。
  3. 茨城線・湊線・水浜線と一緒に茨城交通に属することになっていた。
    • 不要不急線に……
      • 不要不急線どころか吉田飛行場へ物資などを輸送する重要な路線として少なくともこの路線は残されたのでは。
  4. むしろ戦時買収されて常磐線の短絡線になっていたのでは?スーパーひたちが上野水戸間を1時間以内で走れているかも。
    • その場合の想定は以下戦時買収された場合で。
  5. 茨城町が発展し茨城市になろうとするが…。
    • 北茨城市同様、県内の他市町村からの反発で「東茨城市」あたりを名乗らされることに。

戦時買収された場合[編集 | ソースを編集]

  1. 戦時買収私鉄指定で国有化され、その後JR東日本に。
  2. こちらが常磐線の一部となり友部-水戸間は水戸線に逆戻り、石岡-友部間は「友部線」とでも改称される。
    • 友部線の交流電化は水戸線と同時期に実施。
    • 「水戸駅を通らない水戸線」が存在しない。
  3. 買収と同時に全線が複線化されていた。
    • 逆に石岡-友部-水戸間は資材供出の都合上単線化されていた。
  4. いくつかの駅は統廃合された可能性がある。
  5. 上述の通り上野-水戸間の所要時間が短縮されていた。
  6. 場合によっては岩徳線みたいに結局赤字ローカル線になったかもしれない。

戦後まで生き延びていた場合[編集 | ソースを編集]

  1. 常磐線の高速化によって収益が悪化していた。
    • なので優等列車を制定するなどして急場を凌いでいた。
  2. 宅地化の進展により、畑の真ん中にあった駅が住宅地の真ん中の駅へ。水戸・石岡方面への乗客増が見込める。
  3. 結局電化されなさそう。交流電化は金がかかるとか何とかで。
    • でもそれなりに輸送人員が増えたら電化されるかも。

延伸された場合[編集 | ソースを編集]

石岡より先へ延伸された場合
  1. 恐らく筑波方面への延伸になっただろう。
    • その場合、筑波鉄道と接続していた。
  2. 最近まで頑張っていれば、つくばエクスプレスと接続していたかもしれない。
    • また、乗り入れを行えれば都心方面へ進出していたかも……
      • 筑波高速度電気鉄道が開通していたら……でも軌間違うか……
  3. 多分科学万博のアクセス路として活躍してた。

東京電気鉄道[編集 | ソースを編集]

  • 千住-茨城県野田町(現:小美玉市)
  1. 常磐線の並行私鉄。
  2. JRの綾瀬・北松戸・南柏など昭和以降の新駅は開業しない。
    • 常磐線の複々線化は行われていない。
    • 電車特定区間は松戸まで。
  3. 千代田線への乗り入れは東京電気鉄道が行っている。
  4. 茨城空港へのアクセス路線になっている。
    • LCC用の空港なので有料特急は走らせない。
  5. 竜崎鉄道・筑波鉄道など後の関東鉄道となる私鉄群を傘下においていた。
  6. 水戸の百貨店は京成ではなく東京電気鉄道系列。
  7. 松戸で接続する新京成線の払い下げを受けていた。
    • 鎌ヶ谷方面からの乗客の半数は常磐線に乗り換えずに東京電気鉄道へ乗り入れて、千代田線を経由して霞ヶ関方面へ通勤する。
    • 新京成線は改軌されていない。
      • 北総線の新鎌ヶ谷以西も狭軌で建設される。
        • 新京成・東京電気鉄道・千代田線を介して都心に直結しているので、京成高砂-新鎌ヶ谷間は建設されない。