もしあの鉄道車両が○○だったら/南海電気鉄道
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- 1000系は9000系との連結も考慮して設計されましたが、クーラーが異なるためか実際に連結は行われませんでした。
- リニューアル後も9000系との併結は行われていません。
- 9000系と連結されたのは2両編成と4両の1051Fだけだっただろう。
- 9000系4両及び6両+1000系2両という編成が見られた。
- 9000系の4連を持て余すこともなかった。
- 間違いなく編成美を乱していただろう。
- 9000系がリニューアル前でも8000系、8300系とも併結が行われていた。
- 2018年以降1051Fは高野線で活躍しています。
- 8300系4連1本と車両ごと交換される。
- 特急サザンプレミアムへの充当が常態化することになる。
- 車端部のボックスシートが賛否両論になる。
- あるいは8000系との共通運用が組まれることになる。
- 2024年春、本当に転属。
- 制御装置に1C8M方式の日立GTOインバータを採用しているため、2連単独運用ができないなどの制約が残っており、2300系の製造に繋がりました。
- 1995年製の5次車以降が東洋3レベルIGBT、1C2M×4になっていた。
- 2031 - 34Fのいずれかは東洋3レベルIGBTの試験に供され、最終的に2045・46Fの製造時に日立GTOをすべて転用し、東洋IGBT化された。
- 2300系は存在せず、代わりに本系列が早々とワンマン化された。
- もとい2連全部がワンマン化され、2200系列は早期に全滅している。
- 天空は当初より本系列4連からの改造になっている。
- 2007年より4連5本、2連2本が転属して運用されていますが、2024年のワンマン対応車の転用まで本線転属車が出なかった場合を考えてみる。
- 運用減で転属したのは6200系4連4本、6000系4連1本、2連2本だった。
- 6200系4連のリニューアルは早々と実施されたが機器更新されず、常に特急サザンの相方となった。
- この関係で10000系の一部が電気連結器付きの密着連結器に交換された。
- 当初計画ではその案もあったようです。
- 恐らく21000系第1・2編成のようなドア間転換クロス、車端部ロングシートになっていた。
- そのシート配置から行楽シーズンの臨時特急には優先的に運用されていた。
- 30000系が小原田車庫で脱線した際も史実通り特急の代走に運用された。
- 特急に運用される際は指定席も設定されていたかもしれない。
- それでもラッシュ時の混雑緩和のため増備車ではロングシート車も登場していた。
- 後に余剰となり本線に転用されることはなかった。
- 本線には6200系などが転属していた。
- 2300系については史実通り。
- 当初は一部を高野線用に残す予定でしたが、最終的には全て2000系に置き換えられました。
- 2000系の製造両数が減っていた。
- 余剰となった車両が本線に転用されることもなかった。
- その分8000系の製造両数が増え、泉北3000系の本線転用も多かったかもしれない。
- 熊本電鉄に譲渡されることもなかった。
- 余剰となった車両が本線に転用されることもなかった。
- 橋本までの複線化完成後に17m車の運用が減少すると史実通り支線に転用される。
- その代わり1521系が21世紀に入ってもしぶとく残っていた。
- 2300系の登場や観光列車「天空」への改造は史実通りだろう。
- 貴志川線には21000系が転用されていた。
- 和歌山電鐵に引き継がれるのも史実通りだが、老朽化のため2010年代に東急1000系か東京メトロ03系あたりに置き換えられていただろう。
- 車体更新の際、クハ6901がサハ6610に改造されて4両半固定編成が完全固定編成化されましたが、この改造が電動車になされて6100系や6300系のように6両固定編成が誕生していたら?
- クハ6901は運転台を撤去されず、6010Fは2両固定編成となった。
- モハ6001形の運転台撤去車であるモハ6041形、モハ6091形や6両固定編成向けのサハ6651形が登場し、これらが6両固定編成の中間に組み込まれた。
- すべての編成が6両固定編成に改造されたわけでなく、6両固定編成の登場は3本のみにとどまった。
- 上記モハ6041は6009→6047と6013→6043の2両、モハ6091は6014→6097の1両、サハ6651は6805→6657と、6807→6673、6808→6668の3両のみの存在で、6041-6657は6007F、6043-6673は6023F、6668-6097は6017Fに組み込まれた。
- 南海1000系0番台に4両固定編成が存在した。
- 後の置き換えの際、8300系にも6両固定編成が登場していた。
- 置き換えのプレスリリースでは南海6000系を「更新」としか書かれておらず、内装を新しくして使い続けるという噂がありました
- 一体何年使い続けるのか…。
- なお養老鉄道に同時期に製造された東急7700系が譲渡されましたが、製造から50年たつがあと30年使えるとのこと。
- 下手をしたら100年は持つ。
- 8300系は存在せず。
- その分本線への投入数が増え、7100系の置き換えが中断されることなく続いていた。
- 上手くいけば2024年現在7100系は加太・和歌山港線ワンマンとサザンの分を除いて置き換えられている。
- あるいは6200系未更新車を置き換えていた。この場合は6連の8300系が登場していた可能性も。
- その分本線への投入数が増え、7100系の置き換えが中断されることなく続いていた。
- リニューアル工事は9000系に準じる。
- 1編成がオレンジ系のマイトレイン塗装になっていた。
- さすがに戸閉装置は新品に交換されていた。
- まさかの車齢60年でVVVF化されるという珍事も起きていた可能性がある。
- ブレーキ方式は電磁直通ブレーキのまま残されていたと思われる。
- 7000系はない。
- 8000系(2代)投入が遅れていた。
- 下手したら史実の8000系が登場せず、8300系が8000系としてデビューしていた。
- 6100系も本線に投入されていた。
- そうなれば7100系もなかった。
- 南海の鋼製車は特急車を除き1960年以降投入されなくなっていた。
- 南海における緑色の電車のイメージは現実よりも薄くなっていた。
- 銀色の電車のイメージが強くなっていた。
- 下手をすると本系列や6100系辺りにも早々と緑帯が巻かれていた可能性もある。
- 22000系もステンレス車体になっていたかもしれない。
- 6100系と共にサザンの自由席車としても使われていた。
- 10000系は銀地に緑帯の塗装で登場していた。
- 台車交換後に6000系のままとした際に運用上かなり不便だったという報告があります。
- おそらく本系列が6300系を名乗っていた。
- 6100系は新6000系を名乗り、中間付随車はサハ6651形とサハ6751形に区分された。
- そして8200系のVVVF改造車が新6100系を名乗っていた。
- 史実上の6521Fや6200系50番台あたりが6300系を名乗っていた。
- 逆に運用上かなり不便だった。
- JR貨物で更新工事を受けた国鉄型機関車みたいに、車体かナンバープレートの色を変えて区別した。
- 6521Fの1編成のみ7100系由来のバーニア抵抗制御を搭載し、各車に制御器があるという噂もありますが、仮にこれが真実であり、これを活かして組成変更がなされていた場合を考えてみる。
- 6505Fが6507Fの中間車を組み込み6連化され、6507Fに6235-6236が組み込まれた。
- 製造時期を勘案した結果これが適切と判断できるため。
- 新6507Fと新6521Fは6100系と共通運用がなされ、6505Fは未更新のままとなった。
- 6509・11Fについては史実通り更新工事がなされた他、泉北高速鉄道の3519・21・23Fにも更新工事がなされた。
- 6000番台の番号に空きがなかったので、4000系になっていた。
- 関西私鉄の営業用車両としては初めて4000台の車番を名乗っていた。
- M車が4000形でTc車が4500形になっていた。
- 8200系の更新車も4050系か4100系となっていた。
- 編成の構成は8200系改造の6250番台と同一になっていた。
- M車の1両がT車化されることからこれは6950形あたりに改番されていた。
- 9000系より後に改造された場合車内はマイトレイン仕様となり、VVVFやモーターも9000系と同一品となっていた。
- 前面・側面の行先表示もフルカラーLEDとなっている。
- 7100系の更新は当初非冷房で登場した1次車には行われませんでした。
- 1000系の製造両数が少なくなっていた。
- あるいは7000系が史実より早く廃車になっていた。
- そもそも7000系の更新工事が見送られていたらあり得た。
- あるいは7000系が史実より早く廃車になっていた。
- 31000系の主電動機は新造で、初代8000系の6200系編入はGTO-VVVF化された上で行われた。
- 8000系の6200系編入は2001年頃だろうから、流石にIGBT-VVVFだと思われるが、南海では唯一の三菱IGBT-VVVFになっていた可能性も。
- 末期は6両固定編成で運用されていたことから、6300系と同じく一部車両の運転台が撤去されていた。
- それでも8300系の導入に伴い2010年代に入ると廃車が始まっていた。
- 少なくとも7103F以前と7105-7855のユニットは下記の車番重複回避目的で2025年の泉北線買収までに廃車された。
- 6300系の台車交換は新品で行われていた車両が多かった(泉北100系発生分は流用されるが)。
- 高野線特急車31000系のモーターは泉北100系から流用されていた。
- 上記の廃車を鑑みると泉北高速鉄道7000系との車番重複は南海買収時点で回避できた。
- 2次車の7123も残り、7199に改番されていた。
- 7161と7889が事故廃車となった際は残る2両が7157Fあたりと変則6両固定編成を組んだ。
- 2001年に更新されましたが、これより遅かった場合を考えてみる。
- 遅くとも2008年までに更新工事がなされた。
- それでも抵抗制御となったが、泉北高速鉄道3000系の廃車発生品が転用された。
- このため、仕様上は他の6200系と何ら相違点がなかった。
- 転用に当たっては橋本まで乗り入れのため抑速制動が追加されていた。
- あるいはこの編成がVVVF更新の試作車となり、以後ノーマルな6200系の更新に活かされた。
- 新8000系は9300系として製造され、史実の8300系が8000系を名乗った。
- 逆にチョッパ装置を早期に取り外された場合を考える。
- 抵抗制御ルートと全車電装解除ルートの2択が考えられる。
- いずれの場合も車体更新の同時施工は実施されなかった。
- 抵抗制御ルート
- 橋本乗り入れ開始直前の1992年頃に抵抗制御に改造されたが、泉北3000系のそれに準じた新品を用意された。
- 以降は他の6200系と同じ扱いとなる。
- 全車電装解除ルート
- 6200系のうち2編成が4M4Tの8両化を、1編成が2M2Tの4両化をなされ、残る先頭車も6両から抜いた中間車から4両編成を仕立てられた。
- この関係で8連は途中で南海本線送りとなり、一方で車体更新工事を受けた編成が2本多かった。
- E231系準拠のため2014年度で増備打ち切りとなりました。
- 2011年度増備の8006Fあたりからであれば考えられた。
- 乗降扉窓が角型となった。
- 車内の案内表示器もLCDとなった。
- 2017年頃まで増備が続き、2連も用意された。
- あるいは8012・13Fの製造が遅れた。
- 2015年頃の更新となりましたが、これより更新時期が早まった場合を考えてみる。
- 6200系4連の改造発生品、または7000系や泉北高速鉄道3000系の廃車発生品が転用されて抵抗制御となった。
- 9000系の更新時期も早まったが、こちらがVVVF化されたのは史実通り。
- 理由は電気指令式ブレーキのため。
- ただし、主制御装置等の仕様が史実と異なった。
- サザンと併結した10両固定編成が現れていた。
- 6両編成は本線系統に配属されていた。
- 高野線にも配属された場合、6200系を淘汰している。
- 泉北高速鉄道9300系にも6両編成が存在した。
- 2000系2連の支線区ワンマン化はなく、めでたいでんしゃ「かなた」も本系列から改造された。
- むしろ2000系2連は高野線向けのワンマン化改造を受け、同時にリニューアル・機器更新された。
- ワンマン対応車は制御器が1C2M×2となっている。
- 8300系2連との併結8両運用が見られた。
- 1000系2連との併結が見られたかは微妙。
- クハ9501の偶数車にのみ電気連結器が設置された。
- 1985年11月のダイヤ改正で特急「サザン」は8両編成で運行されていた。
- 急行も8両編成で運行されていた。
- 1989年11月のダイヤ改正で南海本線の特急は「サザン」で統一された。
- トイレも最初から完備していた。
- 当然ながら、10001F - 10003Fの中間車化改造はなかった。
- リニューアル化されて、2019年現在でも廃車されずに運行されていたかもしれない。
- ただ、併結相手である7000・7100系の車齢を考えると12000系への置き換えもおかしくはない。
- どこかのタイミングにおいて、一部の併結相手が3000系(あるいは6000系や6200系)に変更された。
- ただ、併結相手である7000・7100系の車齢を考えると12000系への置き換えもおかしくはない。
- リニューアル化されて、2019年現在でも廃車されずに運行されていたかもしれない。
- 場合によっては、中間車は1989年頃に登場していた可能性もある。
- その場合、10006F~10010Fの登場が史実よりも早まっていた可能性もあり得る。
- 9000系電車の投入も史実よりも早まり、特急「サザン」・急行の8両化が1988年10月頃に早まっていた可能性もある。
- 1992年7月の改正で南海本線の特急は「サザン」で統一された。
- 全列車が8両化されたのと同時に統一されていた。
- 12000系電車は近鉄21020系電車と同様に、リニューアル化に伴う不足を補うために導入されていた可能性が高い。
- リニューアルが完了したら車両が余るので、一部が高野線に転属し「泉北ライナー」に運用されていた。
- もしくは、10000系電車の一部が泉北高速鉄道に譲渡していた可能性もある。その場合、泉北高速鉄道所有の12000系電車が製造されることはなかったかもしれない。
- 最初から「泉北ライナー」向けに12000系電車が投入されていた可能性もあり得る。
- 全車座席指定の列車が今でも存続していたかもしれない。
- 11000系は存在せず、りんかんの一部も10000系が運用を担った。
- 当然、31000系との併結はできない。
- 中間車に改造される先頭車が史実よりも少なくなっていた。
- 2013年6月以降は新造された中間車が挿入されている編成のみが運行されていた。
- 昇圧は単車型で行われ、3M1Tも堅持となりました。
- 台車ごと交換され、主電動機はTDK-820系ではなくMB-3072系が採用された。
- 台車と2両分の主電動機は21201系の新性能化に充てられた。
- 元々サハが存在した関係で、主制御器は日立製MMCとされ、ユニット方式化された。
- この関係でモハ20001のパンタグラフが撤去された。
- 史実通り1985年に廃車されたが、台車と走行機器類一式が30000系第3編成の増備に充てられた。
- 11000系・31000系は存在せず、りんかん向けには10000系が投入された。
- 最後まで旧性能車のままだったため、昇圧時に一旦休車となり、1986年までにすべて廃車されています。
- 22000系の製造数が史実より4両少なかった。
- 21000系に形式変更された。
- 先頭車は地方私鉄行になっていた可能性がある。
- すべてが新造品ではなく20000系の更新発生品の一部が転用されていた場合、形式名と22000系の製造数はそのままとなり、2000系第1編成の投入で即座に廃車された。
- 史実上では一度も本線に戻らず散々放置された挙げ句クレーン試験に供され、1983年に廃車となっています。
- クハ21201と2両固定編成を組んでいた。
- むしろ電装解除されなかった。
- 貴志川線の3両運用は早期になくなっていた。
- 1986年時点では廃車されず、1995年の2270系転入で引退していた。
- 大阪府都市開発・泉北高速鉄道時代に全廃された車両も含みます。
- 後期車3本のみオールステンレス車体で、それ以外はセミステンレスとなっています。
- 2両編成と4両編成はVVVF化の餌食となった。
- 機器類は南海6200系VVVF改造車と同じになっていた。
- 南海への譲渡車も増えたどころか、史実より早く登場していた。
- 廃車された車両は現実ほど多くなく、9300系は登場しなかったかもしれない。
- 本線の7100系との重複回避のため、4000・4020系となっていた。
- 関西私鉄で初めて4000台の車番がお目見えしていた(但し営業車に限る。事業用車だったら過去に阪急に存在した)。
- 7100系の7121・7122→7119・7120への改番はなかった。