もしアメダスが○○だったら

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存在しなかったら[編集 | ソースを編集]

  1. 1970年代になっても測候所の新規設置が続く。
    • おそらく1970年代から1980年代にかけて八王子、浦和、大津、小田原あたりに設置される。
    • それらも1990年代後半以降に他の測候所と同じように無人化。場合によっては設立から数年で無人化される測候所もあった。
  2. 多治見や江川崎に観測所がないため、これらが日本一暑い街として有名になることは無かった。
    • 日本の最高気温記録は1933年山形→2007年熊谷→2018年熊谷→2020年浜松と変動していた。
  3. 陸別も日本一寒い街として有名になることは無かった。
    • 日本一寒い街といえば満場一致で旭川。
  4. 最低気温が30℃以上の「超熱帯夜」は2000年の富山が初の観測例だった。
  5. 2021年、2023年は40℃以上の観測がない年になっていた。
  6. 2019年5月26日の北海道の猛暑では帯広の38.8℃が最高気温だった。
  7. 県庁所在地であるさいたま市や大津市に観測所が存在しないままの場合、市役所から観測所設置の要望が出ていた。
    • 埼玉県で気象庁の天気予報が発表される場所は熊谷と秩父だけだった。
  8. その一方でアメダスの保守管理にかかる費用がなくなるため、地方気象台での目視観測は存続していたかもしれない。
  9. 気象観測自体が史実より一般市民から縁遠いものになっていた。
    • ウェザーニューズのように広く一般から気象に関する情報を収集する取り組みは流行しなかった。
  10. 真夏日などの観測地点数は史実の6分の1前後になっていた。
  11. 気象庁の歴代全国ランキングで官署に*が付くこともない。
  12. それでも区内観測所は廃止されている。
  13. 史上最多の1時間降水量記録は高知県清水の150.0mm。
  14. 消防署など気象庁以外の機関が行っている観測の知名度が上がっていたかもしれない。
  15. 天気予報の精度がそれほど向上することもなかった。

設置数が○○だったら[編集 | ソースを編集]

数は気象官署を含めたものです。

史実の半分(600~700か所)[編集 | ソースを編集]

  1. 史実で一つの離島に複数のアメダスが設置されているような場所にはアメダスは1か所しか設置されていなかった。
  2. 東京23区では江戸川臨海や世田谷のアメダスがなかったかもしれない。

史実の2倍(2600か所程度)[編集 | ソースを編集]

  1. 大半の市区町村にアメダスが設置されることになっていた。
  2. 関東では川越、伊勢原、立川辺りにもアメダスが設置されていた。

震度観測点並み(4300か所程度)[編集 | ソースを編集]

  1. 全ての市区町村にアメダスが設置されていた。
  2. 熱中症のニュースなどで、アメダスのない市区町村でどのアメダスをその地域の気温として扱うか迷うこともなかった。
  3. 気象庁が全てのアメダスを維持するには費用が掛かり過ぎていたため、アメダスの大半は市町村の管理となっていた。
  4. 全ての市町村の観測データがあるため、天気予報の精度もより向上していた。
  5. 40℃以上の気温の観測や日本の観測史上最高気温の更新もより頻繁になっていた。

設置があの時期だったら[編集 | ソースを編集]

区内観測所は除き、あくまで無人のロボット観測所としての設置時期を仮定します。

1950年代[編集 | ソースを編集]

  1. 当時コンピュータネットワーク自体が世界最先端の設備であっただけに、全世界から注目の的となっていた。
    • 世界各国から気象の関係者が視察に来ていた。
  2. 戦災の教訓から、人がいなくても観測が継続できるように設置されたものとされた。
  3. 当時アメリカ軍が統治していた沖縄と小笠原にはアメダスは設置されず、返還後の1970年代後半に設置されていた。

1960年代[編集 | ソースを編集]

  1. 無人で観測を行うアメダスが高度経済成長の象徴の一つとされていた。
  2. 伊勢湾台風の教訓からアメダスを設置したものとされていた。

1980年代[編集 | ソースを編集]

  1. 1978年の江丹別での-38.0℃の観測記録はないため、江丹別の知名度は実際より低かった。
  2. 1991年から2020年の平年値でようやくアメダスの観測値が30年分揃うことになっていた。
  3. 1986年春以降の設置であれば、ほとんどのアメダスの観測史上最低気温は現在より格段に高かった。

1990年代[編集 | ソースを編集]

  1. アメダスの設置がインターネット時代の到来の象徴とされていた。
    • 気象庁のホームページと併せて整備されていた可能性もある。
  2. 時期によっては気象庁のホームページに官署だけの気温が載っていることがあったかもしれない。

2000年代[編集 | ソースを編集]

  1. ウェザーニューズなどの民間気象業者が台頭する中、それへの対抗策としてアメダス設置が発案されていた。
  2. 2007年の多治見での40.9℃記録で初めてアメダスが大々的に注目されていた。

2010年代[編集 | ソースを編集]

  1. アメダスの設置はIoTの時代の象徴とされていた。
  2. 2013年の江川崎での41.0℃記録で初めてアメダスが大々的に注目されていた。
  3. アメダスに強化学習など最新式のAIシステムが採用されていたかもしれない。

2020年代[編集 | ソースを編集]

  1. アメダス設置と引き換えに地方気象台での目視観測廃止が進むこととなっていた。

あの要素を観測していたら[編集 | ソースを編集]

全ての観測所で気温・風・日照・積雪も観測していたら[編集 | ソースを編集]

  1. 史実で気温の観測所が海老名しかない神奈川県内陸部でも複数の観測値が比較できるようになっていた。
  2. さすがに南西諸島のアメダスには積雪計は設置されていないか。
  3. かつて旭岳に設置されていたアメダスで日本観測史上最低気温の-41.0℃を下回る気温を記録していたかもしれない。
  4. 青ヶ島や母島でも気温が観測されていたことになる。

設立当初から湿度も観測していたら[編集 | ソースを編集]

  1. 史実より多く湿度0%の記録が出ていた。
  2. 比較的近隣にあるアメダスでも、設立環境の違いにより湿度にはそれなりの差が出ていた。

気圧[編集 | ソースを編集]

  1. 気圧と体調の関係の話が史実より早く広まっていたか。
  2. 天気図の等圧線がより精密に描かれるようになる。
  3. 台風の中心位置も把握しやすくなっていた。

視程[編集 | ソースを編集]

  1. 霧や靄の定義が一般にも広まっていた。
  2. 航海者にとっては視程を知りやすくなりより便利になっていた。

有人観測[編集 | ソースを編集]

  1. 「無人の観測所」であるというアメダスの前提が崩れる。
    • アメダスは「Automated Meteorological Data Acquisition System」であるため、「アメダス」という名称にはなっていない。
  2. 実態としては小型測候所のようになっており、1、2人の気象台職員が常駐するだけになっていた。
    • あるいは観測業務を市役所などに委託していた。
  3. いわゆる桜前線の精度が上がっていた。
  4. 初雪も各アメダスで発表されるため、地域ごとの雪の降り方の違いがより明確になっていた。

地震[編集 | ソースを編集]

  1. 「Automated Meteorology and Earthquakes Data Acquisition System」の略でアメダスということにされていた。
  2. 1970年代の段階で計測震度に切り替えられ、観測点が増えていた。
  3. 日本海中部地震や北海道南西沖地震では震度7を観測していたかもしれない。
  4. 兵庫県南部地震でも地震直後に震度7が発表されていた。
    • 場所としては西宮、芦屋、豊中のいずれかか。
    • その後震度5と震度6が強弱に分割されるのは史実通り。
    • それでも地震計のさらなる増設はなかっただろう。
  5. 史実と比べると震度の観測点数が3分の1ほどなので、史実で震度7を観測したいくつかの地震は震度6弱や6強とされていたかもしれない。
  6. 青ヶ島や母島に地震計がなければ、鳥島や硫黄島辺りで発生する地震が史実以上に把握しにくくなっていた。
  7. 南鳥島にも地震計が設置されるが、南鳥島は安定した海洋プレート上にあるため有感地震は滅多に観測されなかった。
    • 下手すれば観測開始以降震度1が2、3回、震度2以上は0回だったかもしれない。

潮位[編集 | ソースを編集]

もちろん海沿いのアメダスに限ります。

  1. 波の高さの予報がより行いやすかった。
  2. 津波が観測される地点も多かったため、より防災に役立てられていた。
  3. 東日本大震災の際には宮城県江ノ島で最初に津波が観測され、速報されていた。

大気汚染物質(PM2.5など)[編集 | ソースを編集]

  1. 東京都などが独自に行っている大気汚染物質の観測はなかった。
  2. 長崎県の福江辺りが中国からのPM2.5を敏感に感じ取る観測所として重宝されていた。
  3. 21世紀に入ると一部の観測所では花粉の観測も開始していた。
  4. 全ての観測所で全ての汚染物質を観測するのはコストがかかるため、PM2.5を観測するアメダス、二酸化硫黄を観測するアメダスというように分担されていた。
    • ただし官署では全ての汚染物質を観測していた。