もしトランスカイが今でも存在していたら

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もしトランスカイが今でも存在していたら[編集 | ソースを編集]

  • 南アフリカ共和国の人種隔離政策(アパルトヘイト)の結果誕生したが、同政策の撤廃により消滅した。
  1. 史実では傀儡国家のはずが南アと仲違いした(1978)が、この時期に東側陣営などが後押ししていれば存続できた可能性が高い。
  2. 事を荒立てる前に密かにソ連と接触。南アと断交行宣言する直前にソ連軍を引き入れる。
    • 気付いた南アが鎮圧しようとしたときには国境線がソ連軍に固められてしまい、動きがとれなくなる。
    • コソボアブハジアと違って、宗主国からむりやり独立させたわけじゃなく、形式上既に独立を承認しているので、「内政干渉」という言い訳は通用しない。
    • 空爆などで報復した場合は、南ア対トランスカイ(実質上ソ連軍)の全面戦争になる。
      • 当時の南アは密かに核武装していたので、下手すると核戦争になりトランスカイどころか南アも全滅。
  3. トランスカイ領内にソ連の軍事基地ができる。
    • 大西洋とインド洋を結ぶ戦略的な要衝にソ連の軍港ができ、アメリカは焦りまくる。
  4. 西側諸国は猛反発。アメリカ等の拒否権のため、国連には加盟できない。
  5. それまで傀儡国家として無視してきたブラックアフリカ諸国の姿勢は微妙。
    • 親東側諸国は即時承認するが、親西側の国は南アの傀儡からソ連の傀儡に代わっただけとして無視を続ける。
  6. アフリカ連合AU(当時はOAUだが)には辛うじて加盟できる。
    • AUの議決は拒否権なしの多数決が原則のため(当時のブラックアフリカ諸国は東側寄りの国が多かった)。
  7. 他のバンツースタン諸国も同様な動きを見せるが、同じ轍は踏まないぞ!とばかり南アに鎮圧される。
  8. このストーリーだと、ソ連崩壊(1991)から南アのアパルトヘイト撤廃(1994)までが最大の存続の危機。
    • 後継のロシアも軍事基地を失いたくないから支持を続けるだろうから、どうにか首の皮が繋がる。
  9. 1994年以後には南アも承認するので、西側諸国も拒否の大義がなくなり、国連加盟も実現。
    • それでもロシア軍の基地が残った場合は、アメリカだけは最後まで抵抗する。
      • 妥協策として、米軍もしくは南ア軍にも駐留を認める(キルギス方式)。
    • けじめを付けるために、いったん独立を「なかったこと」にして、旧体制に復帰した上で改めて住民投票して再独立というケースもありうる(ジンバブエ方式)。
      • この頃にはトランスカイ国民としてのアイデンティティも確立しているので、圧倒的多数で独立賛成に。
      • 他のバンツースタン諸国も見習うが、独立派が多数を占めるのはクワズールーだけで、シスカイベンダは南アへの復帰を選び、ボプタツワナボツワナとの統合を選択する。
  10. レソトは現在も南アに囲まれていなかった。
    • レソトは南アを経由しなくても貿易路を開けるので、史実ほど南アに依存していなかった。
  11. 「カイ川のあっち側」などという南ア目線の国名は、早々に改称される可能性が高い。
    • 「コーサランド」または、それのコーサ語(どういうのか知らない)での名称になる。
  12. 南アフリカの黒人はアパルトヘイト撤廃後には南アフリカとトランスカイの二重国籍に。