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もし島根県が分裂したままだったら

  • 1876年に4月18日に浜田県が島根県に編入された。
  1. 平成に入る前に参議院選挙で合区が導入された。
  2. 今頃は人口にかかわらず各県一人ずつ選出される(米国上院式)制度に変更されている。
  3. 憲法改正も実現できていた。
  4. 隠岐はどっちだ?
    • ちなみに当初隠岐は単独で隠岐県だったが後に浜田県となり、史実で浜田県と島根県が合併した時点での隠岐の帰属は鳥取県。

旧島根県

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  • 現在の島根県東部(旧出雲国)
  1. 左右どっちが島根でどっちが浜田?といわれている。
    • 現実の鳥取?島根?よりは少ないだろうが‥
  2. 竹島は日韓ではなく島根・浜田間で領有を争っている。
  3. 浜田県とは合併しないものの史実どおりに鳥取県を吸収合併(1876年8月)。
    • 石見地方の分だけ東西が短くて人口も少ないため、史実とは違い鳥取県が再度設置されることはない。
  • 現在の島根県西部(旧石見国)
  1. 松江より栄えていた
  2. 現在の可部線が伸びて浜田駅まで繋がる
  3. 客車寝台特急「出雲」は最後まで浜田発着だった。
    • 「石見」という寝台特急が運行されていたかも。
  4. 衆議院選挙の小選挙区の区割りでは浜田1県で選挙区となっていた。
    • 中選挙区制(1993年以前)では浜田県のみで1つのエリアで、小選挙区制(1994年以後)では浜田県は2つのエリアに分かれているだろう。
  5. 民放は1局しか開局しなかった、
    • 浜田県単独で、民放が2局か3局のエリアになっている。或いは、お隣の島根県と相互乗り入れをしている。
  6. 中国自動車道は建設されず、初めから山陰自動車道山陽自動車道が建設されていた。
    • 史実で中国自動車道が建設された時期に山陽自動車道が建設され、同じく山陽自動車道が建設された時期に山陰自動車道が建設された。
      • 1980年代前半に山陽自動車道が全通し、1990年代後半に山陰自動車道が舞鶴から浜田まで開通した。
    • 浜田自動車道の開通は、早くて2000年代後半になっていた。
    • 南北の両岸連絡高速道路のルートも、史実とは異なっていた。東から順に、姫路豊岡(播但自動車道)、岡山鳥取(津山自動車道)、尾道松江(三次自動車道)、広島浜田(芸石自動車道)のルートで、それぞれ建設された。
      • 両岸連絡国道も同じく、国道54号が尾道~松江、国道55号が広島~浜田のルートとなり、史実の国道55号以後の番号が1つ後にずれていた。
  7. 石州銀行は山陰合同銀行に編入されず、第二次大戦後も石州銀行が浜田県を拠点とする地銀になっている。
  8. 石見銀山を持つ事から、「キラリ、浜田県」が浜田県の観光キャッチフレーズになっている。
  9. 「石州新聞」という名前の県域紙も発行されている。
  10. 浜田から江津を経て三江線経由で広島や岡山を結ぶ優等列車が走っていた。