もし指名打者制度が○○だったら
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昭和50年からパ・リーグで採用された指名打者制度。もし○○だったら?を考えます。
現在までも全く採用されなかったら[編集 | ソースを編集]
- 門田博光は早く引退していた。
- 常時出場は出来ず、ホームラン王も取れなかったろう。
- 野茂や松坂辺りは日本時代に少なくとも1本はホームラン打ってたと思う。
- 実際松坂は交流戦(甲子園の阪神戦)で打ってるしね。
- トレイ・ムーアがもう少し長くオリックスに在籍していた。
- 2004年以降のオリックスの成績がもう少しマシになっていた。
- セパ交流戦で初めてホームランを放ったパ・リーグの投手はJPことパウエルではなくムーアだったかも。
- ライアン・ボーグルソンもオリックス移籍後現実以上に活躍出来ていた。
- 大谷翔平は投手としてプロ入りするも、どこかのタイミングで野手に転向していたかもしれない。
- むしろ代打の切り札としてでてきてそのまま登板するようになるか、先発ローテの休養日の間に外野手として出場していた。
- 外野出場と先発を同時にやっていればとんでもないWARを稼いで史実以上に称賛されていただろう。
- プロ入り当初同様投手と外野の二刀流で出場を続けており、二刀流に反対するOBが未だに多かったかも。
- 外野出場と先発を同時にやっていればとんでもないWARを稼いで史実以上に称賛されていただろう。
- 現実の金田正一みたく、登板日以外で代打の切り札として出場し続けていたかも。
- 結局本職投手の通算ホームラン数で金田氏を上回るが、現実ほど多くならない。
- もちろんホームラン王もあり得なかった。
- 結局本職投手の通算ホームラン数で金田氏を上回るが、現実ほど多くならない。
- むしろ代打の切り札としてでてきてそのまま登板するようになるか、先発ローテの休養日の間に外野手として出場していた。
- ドン・シュルジーよりも前に公式戦でホームランを放ったパ・リーグの投手が少なからずいただろう。
- デストラーデを一塁手で出場させるため、清原和博は完全に三塁手に転向していた。
同じタイミングでセ・リーグも採用していたら[編集 | ソースを編集]
- 王貞治はもう少し現役を続けられた。
- ホームラン数も上乗せされていたろう。
- 現実でも王の選手寿命を延ばすためにセでのDH導入が検討されていたような記憶がある。
- パが先に導入したため後追いでは格好がつかなくなりセでの導入が無くなったという経緯だったような気がする。
- 巨人は落合博満を手放さなかった。
- 97年の巨人は「一塁清原」「DH落合」で戦った。
- 結局広沢はトレードに出されるが、阪神ではなく中日か横浜だったかも。
- それはない。落合がDHを嫌っていたから他球団に移籍したであろう。
- 97年の巨人は「一塁清原」「DH落合」で戦った。
- 田淵幸一は選手生命を阪神で全うした。
- いや、あれはオーナーに嫌われ(ry
- 78年オフのヤクルトはマニエルを出さなくて済んだ。
- 従って翌年の広岡監督途中退任もなかった。
- 逆に79・80年の近鉄連覇はなかった。
- 原則として投手は打たなくても済むようになるので、「エースで4番」だった選手は投手と野手のどちらを取るか本気で迷う。
- あるいは高校野球などでもDHが導入され「エースで4番」というのが過去の概念と化していた。
- オールスター・日本シリーズは両リーグでの採用決定と同時に全試合でDH採用。
- 「新巨人の星」で飛雄馬はまずは指名打者として復帰。
- 遠藤一彦がクローザーに再転向しなかった。
- 槙原寛己の完全試合も達成できたかどうか怪しい。
- 76年に巨人に移籍した張本勲がDH定着。高田繁のサードコンバートは無し。
- 交流戦で毎年パ・リーグの勝率がセ・リーグの勝率を上回ることもなかった。
- 金本知憲の蔑称も減っていたかもしれない。
- セ・リーグ各球団で投手が打席に立つ時用の応援歌が作られることもなかった。
- 強いていうなら選手別応援歌CDのように球場で演奏されないテーマソングが作られるだけだった。
日本プロ野球創成期から採用されていたら[編集 | ソースを編集]
- 金田正一自身のホームラン数がゼロに近くなっていた。
- 「ワシはバッティングもやったるで!」と監督に談判し、自分が登板する試合は指名打者なしを押し通す。なので国鉄時代のホームランの本数は史実とほぼ変わらず。
- 巨人移籍後は川上監督に従って指名打者制を受け入れる。但し代打での起用は史実と同程度にあり。よって生涯のホームランの本数も史実とほぼ同じでは?
- 試合終盤の選手起用の関係で打順に入り、実際に打席に立つことがあったかも。
- 金田を打席に立たせるために、指名打者を守備につかせるということも珍しくなかったかもしれない。
- あるいは大谷のように、金田をDHに起用した可能性もある。
- 巨人時代も含め投打を両立出来ていたとしたら、後に大谷翔平の活躍で金田氏が現実以上に「元祖二刀流」と話題にされる。
- 川上哲治、豊田泰光あたりはこの制度をフル活用していた。
- V9時代の巨人打線がもっと強力になっていた。
- 土井正博は近鉄から太平洋(現:西武)に放出されることはなかった。
- 近鉄の西本監督は土井を放出した後に指名打者制がパ・リーグで導入されたため、「しまった」と思って後悔していた。
- この場合柳田豊獲得のために誰を放出していたのだろうか。
- 水谷実雄も広島から阪急にトレードされることはなかった
- 1984年の開幕戦でロッテの土屋正勝から死球を受けることもなく、現役生活は史実より長かった。
- 加藤英司も阪急に残留していることになるため、上田監督と確執が生まれることはなかった。
- 江夏豊がノーヒットノーランを達成できたか怪しい。
- 高井保弘はもっと早くからDHとして一軍に定着できていた。
- MLBでは1900年代から指名打者のアイデアが出ていたのでそこで導入されていればNPBにも取り入れられていた。
- 実際に1929年のスプリングキャンプでは試験的に取り入れられていたので可能性は小さくなかった気がする。
- 野球チームを「ナイン」と呼ぶ言い回しは誕生しなかった。
現在セ・リーグで採用されたら[編集 | ソースを編集]
- ラミレスや村田など守備が苦手な選手にフル活用される。
- 「ライト・ペタジーニ」というトンデモ起用はなかった。ファーストではゴールデングラブ賞の常連だったので、守備位置が被る清原がDHになってただろう。
- 阪神ファンは金本をDHにしてもフル出場記録は続けられる事になるのか調べてみた。
- 交流戦では「ダメ」と判断されたらしいですよ。
- 前田智徳は現在でもフル活用されるため、広島は現状よりも良い成績と思われる。
- 先発投手が投球に専念できるため、沢村賞がパ・リーグに偏らなくなる。
- 当然リーグごとに選別されることもない。
- それでも反対を唱える評論家やファンは一定数出てくる。
- 各球団で投手が打席に立つ時用の応援歌の廃止が早まる。
対象が投手限定ではなかったら[編集 | ソースを編集]
※ソフトボールではこのルールが採用されています。
- それでも投手の代わりに指名打者が起用されることが大半。
- 野手の場合は外野手に対象が多くなりそう。
- 特に普段レフト守ってる様な人ね。
- 投手の縛りがなくなるので、野村スペシャルが流行るかもしれない。
- ランドルフ、吉見先発時の横浜捕手陣(中略
- ポストシーズンの谷繁(中日)も対象かも
- 日本ハムの大谷には指名打者が起用されない。
- 2016年の大谷翔平の場合、登板日は大野や中島が指名守備になる。
- 大谷翔平でなくても、打てる投手の場合、遊撃や捕手が指名守備になるケースが増えていた。
- 2016年の大谷翔平の場合、登板日は大野や中島が指名守備になる。
- 国鉄スワローズで金田正一が登板する試合は野手の誰かが守備のみに。
- 80年代辺りの巨人なら、江川、桑田が登板する時の山倉が対象に。
- いわゆる守備固め要員の先発出場が増えていた。
- ソフトボールのDPやDEFO制度マジで合理的だから好き。
- ダイ・ハード打線の鳥越や、一昔前の駿太なんかはDEFOになっていたと思う。
- 川上やバンチ登板時の中村はDEFOだったかも。
- 中里もケガがなければ・・・。
- 本当はコンプライアンス問題のある立浪をDEFOにして干したいけど。
- もしくは関川が指名守備。いや、打撃無視していいならこの年から強肩の蔵本英智を指名守備スタメンでずっと定着させていたか?
- 中里もケガがなければ・・・。
- リエントリー制度もセットで導入されていたら、二刀流の投手の活躍余地がかなり大きかっただろう。一度中継ぎ投手に変えても、打順が回って来たら、一度限りリエントリーで二刀流投手を打席に立てられる。DP/DEFOと合わせれば戦略は無限大だ。
- 2003年のムーアであれば打てる投手だったが、藤本が指名守備になっていたかは微妙。この年は飛ぶボールで全員が打てていたので。
- 羽生田忠克も指名守備で出ていたかも。
- UZR分析が日本でも進歩した最近なら安達了一の不調時や中島卓也、龍空などが指名守備の対象に相応しいとされるか。
- 00年代までなら中堅手や捕手にも使われそうだが、守備指標が進化した10年代以降ならおそらく遊撃手になるだろう。
全守備位置が対象だったら[編集 | ソースを編集]
- アメフト張りの攻守完全分業となる。
- 攻撃専業チームや守備専業チームが出現する。この場合試合には、攻撃専業チームと守備専業チームとでペアを組んで臨むことになる。
- ペアの組み合わせは固定されず、組み合わせの妙も野球ファンの興味の対象となる。
- ペアを組む攻守両専業チームの監督同士の主導権争いも見もの。
- 試合の途中で両者が作戦を巡って揉めるシーンも出てくる。
- 攻撃陣については9人にこだわる必要がないことになる。最低限の人数は6人。打順飛ばしを容認すれば4人いれば回せる。
- とはいえチームの自由に任せる訳にもいかないので、ルールであらかじめ決めておくこととなろう。
- タイブレークはこれにしたほうが盛り上がるかもしれない。
試合途中から起用できたら[編集 | ソースを編集]
- 大谷先発試合ではDHを起用せず、降板後にDHを起用。
- 先発投手をスタメンに入れて、相手先発を確認の上DHを起用する。いわゆる当て馬。
- 当て馬起用を防ぐために、降板しない限り打席には立たないといけないとか、何らかのルール改正はされるだろう。
- 相手投手を見てから起用される指名打者ってのも、寂しい話ではある。
- 三原監督あたりが最初に思いついて実行し、その後ルール改正された。
起用が強制されていたら[編集 | ソースを編集]
- DH制を採用していない団体は、すべて採用するようになる。
- 高校野球とかでも強制採用になるため、打撃堪能な投手が激減する。
- 投手を違う守備位置につかせた場合でも、DHが消滅しないようになる。