もしあの授賞式が○○だったら
(もし日本歌謡大賞が現在も行われていたらから転送)
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新語・流行語大賞[編集 | ソースを編集]
1984年以前から発表されていたら[編集 | ソースを編集]
- 2015年の「トリプルスリー」や2016年の「神ってる」みたいな、流行ったかみたいな言葉がもっと多く発生していた。
- 戦時中あたりは、日本を賞賛する様な内容が多かっただろう。
- 流行語研究においてかなり有益な手掛かりになっていた。
授与者が別の企業・団体だったら[編集 | ソースを編集]
- 現実では自由国民社。
NHK[編集 | ソースを編集]
- 授賞式典はNHKホールで行われる。
- 式典の模様が総合テレビで放送されていた。
- 企業名・商品名はよほどのことがない限り選ばれない。
- NHK関連の賞だが紅白歌合戦や朝ドラのように民放でも普通に言及される。
- 審査はNHK放送文化研究所が担当。
電通[編集 | ソースを編集]
- 現在の名称が「電通トレンドワードアワード」のように横文字が入ったものになっている。
- 自社が絡んだものを優先的に受賞する傾向がはっきり見られる。
- ネット上などで「電通による世論誘導」として叩かれていた。
朝日新聞社[編集 | ソースを編集]
- 読者による投票がどこかで導入されていた。
- これは他の新聞社の場合にも言える。
- 現実以上に左偏向が問題視される。
- 下手したら、集団的自衛権(2014)→アベ政治を許さない(2015)→保育園落ちた日本死ね(2016)→フェイクニュース(2017)→ご飯論法or#MeToo(2018)が大賞になる。
- 審査委員長は朝日新聞社の重役が務めるのが慣例。
- 論説委員やANN局の有力なアナウンサーも審査委員に名を連ねる。
- 『知恵蔵』は現在でも紙で発刊される。
- テレビ朝日系で授賞式の模様が放送される。
- 朝日新聞社主催のワード・オブ・ザ・イヤーはなかった。
産経新聞社[編集 | ソースを編集]
- フジテレビ系で授賞式の模様が放送される。
- 1回は逸見さんが司会を務めていた。
- 現実とは逆に左派陣営から文句をつけられていた。
- 特に「行動する保守」「歴史戦」など産経の政治思想に近い言葉を選出してしまった場合。
- なぜか毎回一つは関西にちなんだ言葉が選ばれる。
中日新聞社[編集 | ソースを編集]
- 賞の名称としては「東京新聞新語・流行語大賞」になっている。
- 授賞式会場もおそらく都内。
- 必然的に選ばれる言葉には中京地区関連のものが史実より多い。
- 05年の大賞は「愛・地球博」になっていた。
- こちらもフジテレビ系で授賞式の模様が放送されるかもしれない(但し、東海テレビ制作)。
- 政治的傾向については現実と変わらないか、朝日新聞社の場合と同様。
岩波書店[編集 | ソースを編集]
- 政治的傾向については現実と変わらない。
- 学術関連の言葉が現実より選ばれやすい。
- 場合によっては受賞した言葉が『広辞苑』に多く記載されていたかもしれない。
日本生命[編集 | ソースを編集]
- 候補となる言葉は保険の契約者からの応募で選出。
- 審査は外部の有識者が行う。
- 第一生命のサラリーマン川柳はこの賞に対抗して始まっていた。
- 日生のCMで「新語・流行語大賞○○周年」がよく取り上げられている。
- サラリーマン川柳(第一生命)、創作四字熟語(住友生命)と並んで「生保三大世相イベント」と呼ばれていた。
存在しなかったら[編集 | ソースを編集]
- 現在スポンサーを務めているユーキャンのイメージに影響があった。
- 「新聞休刊日の前に最終面の広告を出す会社」としかイメージされなかった。
- 自由国民社の知名度が大幅に下がる。
- 一発屋芸人が凋落のリスクにおびえなくて済む。
- 別の会社が行っていた史実では消えてしまった流行語の表彰がこの賞の位置を占めていたかもしれない。
- 朝日新聞が行っていたもの辺りが最有力。
- 現代用語の基礎知識は休刊していた。
芥川賞・直木賞[編集 | ソースを編集]
運営出版社が違っていたら[編集 | ソースを編集]
角川グループ[編集 | ソースを編集]
- 芥川賞は「別冊カドカワ」、直木賞は「小説野生時代」またはメディアアファクトリーの「ダ・ヴィンチ」に載る。
- 角川春樹がいたら、映画化出来そうな本が入賞する。
- そして映画化とともにタイアップで受賞作を売る。
- 史実ほど角川グループはラノベに力を入れなかったかも。
講談社[編集 | ソースを編集]
- 芥川賞は「群像」、直木賞は「小説現代」に載る。
- 小学館や集英社同様、受賞作を積極的に映像化。
- 文化放送が受賞作の宣伝をしていた。
- 受賞作が子供向けにアレンジされて青い鳥文庫でも出版される可能性がある。
集英社[編集 | ソースを編集]
- 芥川賞は「すばる」、直木賞は「小説すばる」に掲載。
- 「芥川賞の受賞作を見ようと『すばる』を買おうとしたら間違って『小説すばる』の方を買ってしまう」ということが起こるかも。
- 「すばる文学賞」はなかった。
- 芥川賞は若手の作家が現実より数多く受賞する。
- 1作くらいは受賞作が『週刊少年ジャンプ』で漫画化されていた。
ローレル賞[編集 | ソースを編集]
当初から複数形式選定だったら[編集 | ソースを編集]
現在では普通に複数形式への受賞が当たり前になっていますが、当初はブルーリボン賞同様に1年度につき1形式のみでした。
- 京阪は少なくとも5000系は確実に取れた(史実の営団6000系とのダブル受賞)。旧3000系は微妙なライン。
日本レコード大賞[編集 | ソースを編集]
日本歌謡大賞[編集 | ソースを編集]
現在も行われていたら[編集 | ソースを編集]
日本歌謡大賞については、日本歌謡大賞を参照。
- 歌番組がバラエティ化することはなかった。
- 1995年度からは、(当時開局したばかりの)東京MXテレビが中継放送担当のローテーションに加わっていた。
- J-WAVEも加わっているはず。ただし、2000年頃から。
- のちにinterfmも参加していた。
- MXは開局当初地域密着ローカルニュース重視路線の編成を敷いていたから、放送ローテーションに入ったとしても21世紀以降になるんじゃないか。番組制作力も皆無だったし。
- J-WAVEも加わっているはず。ただし、2000年頃から。
- 2000年頃からは、アニソン部門が新設されていた。
- 司会者は下記の人物が担当。
- 男性=徳光和夫(これはほぼ確定と思われる)
- 高橋英樹の可能性もあり(俳優の高島忠夫が担当してたため)
- 女性=オスカー系(米倉涼子or上戸彩or菊川怜など)。
- 但し日テレ担当年は非オスカー系(例として藤原紀香or伊東美咲or山田優など)が担当するかも。
- 森泉の線もあり。
- 蛯原友里or押切もえが担当していたかもしれない。
- 但し日テレ担当年は非オスカー系(例として藤原紀香or伊東美咲or山田優など)が担当するかも。
- 日本テレビ担当年=羽鳥慎一or鈴江奈々
- フジテレビ担当年=高島彩or平井理央
- テレビ朝日担当年=藤井暁or堂真理子
- テレビ東京担当年=大江麻理子or大橋未歩
- 東京MXテレビ担当年は、MXテレビと資本関係があるTOKYO FMのアナウンサーが司会を担当していただろう(MXテレビが中継放送担当のローテーションに加わっていた場合の話だが)
- だとすれば大橋俊夫or小林賢or松本ともこ?
- 男性=徳光和夫(これはほぼ確定と思われる)
- 視聴率が低迷し賞の権威が失墜したレコード大賞と合併し、TBSがローテーションに。
- この際NHKもローテーションに加わり、7年に1度しか回ってこない番組になっていたかもしれない。
- NHK以外は系列外でネットする措置がとられた。全国32地域すべてで視聴可能となった。
- それでも、道東・道北ではテレビ東京の回が、沖縄県先島地方では2008年以前はテレビ朝日の回が視聴不可能。
- BSでサイマル放送が実施されていた。
- NHK以外は系列外でネットする措置がとられた。全国32地域すべてで視聴可能となった。
- TBS担当年は安住or小島慶子
- NHK担当年は紅白とは司会者を変える。
- MXが放送ローテーションに入った場合、その年の放送は東名阪の独立局&地方では系列外で遅れネットが妥当か。
- そもそもレコード大賞の権威は低下せず、現在も最高の音楽賞である。
- この際NHKもローテーションに加わり、7年に1度しか回ってこない番組になっていたかもしれない。
- その代わり、各局で主催されていた音楽番組(日本テレビ音楽祭→ベストアーティスト、FNS歌謡祭、全日本歌謡大賞→ミュージックステーションスーパーライブなど)は打ち切られていた可能性も。
- NHK参加ならこういうことになる可能性も。
- 日本ゴールドディスク大賞、JASRAC賞なども統合されていた。
- SMAPは1回ぐらいグランプリ取っていたと思う。
国民栄誉賞[編集 | ソースを編集]
あの時代から存在していたら[編集 | ソースを編集]
実際に誕生したのは1977年。ですが、もし国民栄誉賞が他の時代から存在していたらどうなったか。
明治・大正期[編集 | ソースを編集]
- 明治、大正期から存在していたとしたら第一号は東郷平八郎だった可能性も。
- 史実では受賞者は全て文化人なのでそれは考えにくい。
- むしろ国策の観点から軍人の受賞者が多くを占めていた可能性大。特に太平洋戦争中にも賞が残っていたとすれば尚更。
- 史実では受賞者は全て文化人なのでそれは考えにくい。
- オリンピックの金メダリスト(織田幹雄、南部忠平(以上陸上)、前畑秀子(競泳)ほか)にも授与されていたと思われる。
- 受賞するのはオリンピックの金メダリストか軍人ばかりということになりそう。
- その他候補:西竹一(ロス五輪馬術金メダリスト)、人見絹江(アムステルダム五輪陸上銀メダリスト)
- 人見絹枝は難しいかもしれない。現在でこそ女子スポーツの先駆者として高く評価されていますが、当時の彼女は今で言う南部虎弾や江頭2:50的なゲテモノ的存在として扱われる向きが強かったですから・・・・
- その他候補:西竹一(ロス五輪馬術金メダリスト)、人見絹江(アムステルダム五輪陸上銀メダリスト)
- オリンピックメダリスト、軍人以外の有力候補と思われる人物
- そもそも名称が「国民栄誉賞」ではなかった。
- 「臣民栄誉賞」とか?
- 「臣民」という言葉はあくまで法律用語だったので使用されなかったのでは。
- 当時の書籍などでも「国民」の方がはるかに多く用いられている。
- 「臣民」という言葉はあくまで法律用語だったので使用されなかったのでは。
- 天皇主権の観点から褒章の一部にさせられていたかもしれない。
- 「臣民栄誉賞」とか?
- 表彰対象に「国威の発揚」や「国家への多大なる貢献」といった感じの語句が入っていた。
- 政府からはあまり大したものが贈られなかったと思われる。
- 戦後GHQにより何人か剥奪されている。
- やはり天皇が授与する。
- 内閣の支持率どうのこうので利用されることはない。
終戦直後[編集 | ソースを編集]
- 第1号は古橋広之進選手か湯川秀樹博士(1949年)。
- 力道山は確実に授与されている。
- その他候補:双葉山、大鵬、長嶋茂雄、小津安二郎、円谷英二
- 追加:榎本健一、花菱アチャコ・横山エンタツ、堀江謙一
- さらに追加:白井義男、古今亭志ん生
- 王貞治氏は、この賞が設定された1977年に「受賞者第1号」になったが、史実に反してこの賞が終戦直後からに設定されていたら、「ホームランのシーズン最多記録」を更新した昭和39年に受賞していただろう。
- 金田正一も、受賞してもおかしくないと思う(勿論生前に)。
- 史実に反してこの賞が終戦直後から存在し、金田氏が現役引退後に受賞していたら、ロッテ監督時代の6回の退場記録もなく、おとなしくしていたかもしれない(但し、試合前のパフォーマンスは変わらず)。
- 当然、「ロッテと太平洋クラブの遺恨試合」も存在しなかったかもしれない。
- 史実に反してこの賞が終戦直後から存在し、金田氏が現役引退後に受賞していたら、ロッテ監督時代の6回の退場記録もなく、おとなしくしていたかもしれない(但し、試合前のパフォーマンスは変わらず)。
- 東海林太郎は確実に授与されていると思う(恐らく1972年の死の直後に)。
- 大鵬、長嶋茂雄は現実でも受賞したが、より早い時期に、大鵬の場合は存命中に受賞していた。
- 現在受賞者がいない分野からも(例:作家)受賞者が出ている。
- 小説家の受賞候補は吉川英治(1962年没)あたりか?
- すでに何らかの明白な受賞基準が存在している。
- 団体受賞第1号は東京オリンピックの女子バレーボール日本代表。
- その後9連覇を達成した読売巨人軍やアテネオリンピックの男子体操団体日本チームにも授与されていた。
- 札幌オリンピックの「日の丸飛行隊」も受賞していた。
- 内閣総理大臣顕彰は創設されなかった。
勲章だったら[編集 | ソースを編集]
- 「国民栄誉勲章」になっていた。
- 天皇が授与するようになっている。
毎年選出されていたら[編集 | ソースを編集]
実際には受賞者は不定期に選出されますが、毎年選出される方式だったら。
- 毎年年末に内閣官房長官あたりが記者会見して発表していた。
- 史実では選出がなかった年も受賞者が選出されていた。
- 1988年は鈴木大地、1994年は荻原健司、2008年は北島康介など、五輪メダリストの受賞が恒例になる。
- 美空ひばり・渥美清らは存命中に受賞していたかも。
- 史実に反して、美空ひばりが存命中に受賞していたら、作曲家の古関裕而氏は国民栄誉賞を没後受賞していたかもしれない。
日本アカデミー賞[編集 | ソースを編集]
放映権が日本テレビ以外だったら[編集 | ソースを編集]
全般[編集 | ソースを編集]
- 「名探偵コナン」が毎年ノミネートすることはなかった。
- 「Shall we dance?」や「ALLWAYS 三丁目の夕日」が賞を独占することもなかった。
- 第31回(2007年度)は、他の映画賞で全く相手にされてなかった「東京タワー」に軍配が上がることも無く、順当に「それでもボクはやってない」が総なめだった。
他地上波キー局だった場合[編集 | ソースを編集]
- フジテレビ
- 「オールナイトニッポン話題賞」の扱いが史実より良くなる。
- フジ製作の映画が各賞を総なめにしていた。
- 最優秀作品賞は第9回(1986年)「ビルマの竪琴」、第15回(1991年)「江戸城大乱」、第18回(1994年)「打ち上げ花火、下から見るか? 横から見るか?」、第22回(1999年)「踊る大捜査線 THE MOVIE」、第25回(2002年)「ウォーターボーイズ」、第29回(2006年)「THE 有頂天ホテル」。
- 司会は高島忠夫とフジテレビの女子アナが毎年担当。
- 放送時期は「FNS27時間テレビ」の一企画として夏か年末
- TBS
- アニメ作品賞がその他の賞扱いになる。
- テレビ朝日
- プリキュアの劇場版が毎年ノミネートされる。
- そこはドラえもんないししんちゃんだろ…だいたいプリキュアはABC制作だし…
- そんなこと言っていたら名探偵コナンだってytv制作だぞ。
- そこはドラえもんないししんちゃんだろ…だいたいプリキュアはABC制作だし…
- テレビ東京
- アカデミー賞の番販が各地で起こる。
- BSジャパンで同時ネットする。
- アニポケの劇場版が毎年ノミネートされる。
持ちまわり制だった場合[編集 | ソースを編集]
昔の日本歌謡大賞のように各民放で1年ごとに持ち回りで放送だったら?
- 日テレ単独より公平な審査になる。
- でも毎年ノミネートされる作品は民放各局の出資作品が多い。
- テレビ東京系のない地域はネットなどで確認せざるを得ない。
声優アワード[編集 | ソースを編集]
1960年代から行われていたら[編集 | ソースを編集]
06年末から始まった声優アワードですが、仮に大きく時代を遡って60年代から始まっていたのなら
- 第1回の最優秀部門に輝いていた声優は池田秀一
- それだと第1回は少なくとも1970年代後半以降に行われたことになるからあり得ない。
- ここは鉄腕アトム役の清水マリでは?
- パーソナリティー賞は「パックインミュージック」放送開始年の1967年度から新設される。
- その初代受賞者は「パックインミュージック」の木曜深夜(通称「金パ」)のパーソナリティーに就任した白石冬美。
- でも当時はアニラジなるジャンルが確立されていないだけに、彼女は軽~く10冠くらいは楽に達成していたであろう。
- 「JET STREAM」の城達也を忘れてはいけません。故に最初の10年間のパーソナリティ賞は白石4冠、城3冠、野沢那智(「パック…」での白石の相方)3冠くらいになるのでは?
- でも当時はアニラジなるジャンルが確立されていないだけに、彼女は軽~く10冠くらいは楽に達成していたであろう。
- その初代受賞者は「パックインミュージック」の木曜深夜(通称「金パ」)のパーソナリティーに就任した白石冬美。
- 上手くいけば塩沢兼人が10冠を達成していたか・・・それとも
- 大山のぶ代もなんかの賞を受賞していたのでは?
- 少なくとも2005年度の特別功労賞は間違いない。
- 1978年度の主演男優・女優賞は森山周一郎と田島令子。
- 第1回の受賞者発表及び授賞式は国産テレビアニメ「鉄腕アトム」開始の翌年である1964年3月上旬に実施。
- 歌唱賞は1966年度から新設。初代受賞者は『オバQ音頭』の曽我町子。
- 1967年度のキッズファミリー賞は新井勢津朗(ケロヨンの声)。
- 古谷徹は1968、1986、1987年に主演で受賞
- 神谷明は1975、1983、1984、1988年(もしかすると1985年も)に主演で受賞。
- 林原めぐみは1988年に助演(or新人)で受賞、1989、1995、1998年に主演で受賞。
- 緒方恵美は1994年に助演(or新人)受賞、1996年か1997年に主演で受賞。