もし日本レコード大賞が○○だったら
ナビゲーションに移動
検索に移動
あの賞が継続していたら[編集 | ソースを編集]
童謡賞[編集 | ソースを編集]
第1回(1959年)から第15回(1973年)まで存在。
- 1977〜1979年あたりまでは、『宇宙戦艦ヤマト』、『銀河鉄道999』といった「松本零士作品」のアニメ主題歌がテレビ版、劇場版を問わず受賞していたかもしれない。
- 1980年代~1990年代頃から、アニソン賞に模様替えしていた。
- 表向きは「アニソン賞」だが、特撮ソングや、(幼児向け番組から誕生した)キッズソングも含まれていた。
- おそらく、1970年代半ば頃まではアニメと特撮は「テレビマンガ」として一括りにされていたので、その名残だろう。
- その場合、2009年には桜高軽音部「Don't say "lazy"」、2011年にはClariS「コネクト」、2013年にはLinked Horizon「紅蓮の弓矢」が受賞していた。
- アイマスの生っすかSP01(史実では企画賞受賞)もこの賞を受賞していた。
- 2014年にはキング・クリームソーダの「ゲラゲラポーのうた」が受賞していた。
- 2010年代中盤以降はLisaは確実に受賞していた。
- 2019年には「紅蓮華」、2020年には「炎」(史実では大賞を受賞)が受賞していた。
- 2010年には桜高軽音部の「GO! GO! MANIAC」、2015年にはUNISON SQUARE GARDENの「シュガーソングとビターステップ」かμ'sの「僕たちはひとつの光」、2016年にはRADWIMPSの「前前前世」がそれぞれ受賞していた。
- それでも2000年代後半まで深夜アニメは冷遇され、2chの実況スレでは「ハピマテを入れろ」「ハルヒはどうした」という書き込みが多かった。
- 1990年代はビーイングの楽曲、2000年代はポケモンの楽曲が多くランクインしていた。
- 1980年代は水森亜土の「ワイワイワールド」や杏里の「CAT’S EYE」、TM NETWORKの「Get Wild」といったジャンプアニメの主題歌が多く受賞していた。
- ジャンプアニメではないが、1984年には飯島真理の「愛・おぼえていますか」、1985年には岩崎良美の「タッチ」がそれぞれ受賞していた。
- 1990年にはB.B.クイーンズの「おどるポンポコリン」(史実では大賞を受賞)、1992年にはDARIの「ムーンライト伝説」、1993年にはのはらしんのすけ(矢島晶子)の「オラはにんきもの」、1994年にはWANDSの「世界が終るまでは…」、1996年にはJUDY AND MARYの「そばかす」、1998年には小林幸子の「風といっしょに」がそれぞれ受賞していた。
- 2000年にはハムちゃんずの「ハム太郎 とっとこうた」、2004年には五條真由美の「DANZEN! ふたりはプリキュア」がそれぞれ受賞していた。
- 2021年にはYOASOBIの「怪物」かOfficial髭男dismの「Cry Baby」、2022年にはAdoの「新時代」(史実では大賞候補にノミネート)、2023年にはYOASOBIの「アイドル」がそれぞれ受賞していた。
- ジブリアニメの主題歌も受賞していたかも。
- その場合、1989年には松任谷由実の「やさしさに包まれたなら」、1997年には米良美一の「もののけ姫」、2001年には木村弓の「いつも何度でも」、2008年には藤岡藤巻と大橋のぞみの「崖の上のポニョ」、2023年には米津玄師の「地球儀」がそれぞれ受賞していた。
- TBS系繋がりで、MBSの土6(現・日5)アニメの楽曲も受賞していたかもしれない。その場合、2003年には玉置成実の「Believe」かポルノグラフィティの「メリッサ」、2005年には高橋瞳の「僕たちの行方」、2010年には中川翔子の「RAY OF LIGHT」がそれぞれ受賞していた。
- 表向きは「アニソン賞」だが、特撮ソングや、(幼児向け番組から誕生した)キッズソングも含まれていた。
- 1976年には「およげ!たいやきくん」が、1999年には「だんご三兄弟」がそれぞれ受賞していた。
- さらに2002年には「おさかな天国」が、2007年には「おしりかじり虫」がそれぞれ受賞していた。
- 1997年にはV6が歌った『ウルトラマンティガ』のオープニング主題歌「Take me Higher」が受賞していた。
- あるいは(ポケモンショックが発生しなかったら)松本梨香の「めざせポケモンマスター」が受賞していた。
- 2017年には、三浦大知が歌う『EXCITE』(『仮面ライダーエグゼイド』オープニング主題歌)が受賞していたかもしれない(史実では、大賞候補にノミネートされていた)。
- 『(平成以降の)仮面ライダーシリーズ』は、特に『555』以降は歌謡曲・J-POP系の歌手が主題歌を担当している事が多いので、作品だけでなく、主題歌もヒットしていたら、大いに受賞の可能性もあっただろう。
- 2018年には、氷川きよしの『限界突破×サバイバー』が受賞していたかもしれない。
- 2019年にはFoolinの「パプリカ」(史実では大賞を受賞)か、前述に書いてあるようにLiSAの「紅蓮華」が受賞していたかもしれない。
- 1990年のB.B.クイーンズ、2019年のFoolin、2020年のLiSAは大賞ではなく童謡賞(あるいはアニソン賞)に回されていた。
- という事は、1990年のレコード大賞の「ポップス・ロック部門」は、サザンオールスターズの「真夏の果実」が受賞していただろう。
- 2024にはCreepy Nutsの「Bling-Bang-Bang-Born」(史実では大賞候補にノミネート)か、Mrs. GREEN APPLEの「ライラック」(史実では大賞を受賞)が受賞していたかもしれない。
- 後者が大賞に選ばれていた場合、この年の大賞はOmoinotakeの「幾億光年」かCreepy Nutsの「Bling-Bang-Bang-Born」が受賞していただろう。
大衆賞[編集 | ソースを編集]
第11回(1969年)から第19回(1977年)まで存在。第47回(2005年)に1度だけ復活。
- 1978年のピンク・レディー、1988年の光GENJI、1990年のB.B.クイーンズは大賞ではなく大衆賞に回されていた。
- だとしたら、ピンクレディーは史上初となる「2年連続の大衆賞受賞」になっていただろう。
- いや、ちょっと待て!1978年のピンクレディーが「大衆賞受賞」だった場合、レコード大賞候補からは外れていただろう(過去に第15回の大賞で、沢田研二の『危険なふたり』が大衆賞を受賞したため、大賞候補から外れてしまった事がある)。
- すなわち、「レコード大賞と大衆賞の同時受賞」はありえないので。
- 史実に反して、大衆賞が1978年以降も存在した場合、1978年の大賞受賞は山口百恵の『プレイバックPART2』が、1988年は長渕剛の『乾杯~NEW RECORDING VERSION~』が、1990年はサザンオールスターズの『真夏の果実』がそれぞれ受賞していたかもしれない。
- 1983・1984年は、わらべが2年連続で受賞していたかもしれない(詞や曲調が童謡風なので、童謡賞にしてもおかしくないが、「バラエティ番組から生まれたヒット曲」という事で、こちらに回されていただろう)。
- 「欽ちゃんファミリー」から誕生した歌手は、上記のわらべだけでなく、1981年のイモ欽トリオ、1983年の風見慎吾(現・しんご)は確実に受賞していただろう。
- 「欽ちゃんファミリーつながり」では、1988年は、CHA-CHAも確実に受賞していただろう。
- 「欽ちゃんファミリー」から誕生した歌手は、上記のわらべだけでなく、1981年のイモ欽トリオ、1983年の風見慎吾(現・しんご)は確実に受賞していただろう。
- 1985年は、とんねるずが確実に受賞していた。
- 1998年には、ポケットビスケット、ブラックビスケットの「ウリナリ勢」が仲良く受賞していた。
- 2000年には、藤井隆が受賞していた。
- 2001年には、吉本芸人によるユニットRe:JAPANが受賞していただろう。
- 2008年は100%の確率で羞恥心が受賞していた。
- 青山テルマのほうが可能性が高い(この場合、羞恥心は史実通り特別賞)。
- 2011年は「マル・マル・モリ・モリ!」で決定的。
- 西野カナかも。
- それは絶対にない。取るとしたら2010年だろうけどどう考えてもAKB48には勝てない。
- 西野カナかも。
- 2016年はピコ太郎の「ペンパイナッポーアッポーペン(PPAP)」が受賞していたか。
- 2014年はキング・クリームソーダあたりが受賞していたかも。
- 2018年は「U.S.A.」以外ありえない。
- 2021年は「うっせぇわ」
ヤングアイドル賞[編集 | ソースを編集]
第16回(1974年)にこれまでの童謡賞に代わって導入された賞だが、1回限りで廃止された。
- 1981年からわずか3年間だけでしたが、これとよく似た賞として「2年目のアイドル歌手」に贈られる「ゴールデンアイドル賞」があったのですが…。
- 1975・1976年はキャンディーズが、1977・1978年はピンク・レディーがそれぞれ2年連続で受賞していたかもしれない。
- 先述にもあるように、当時の「ヤングアイドル賞」が、80年代初期に存在した「ゴールデンアイドル賞」と同じく「2年目のアイドル歌手限定」の受賞方式だったら、キャンディーズは1974年に、ピンク・レディーは1977年に受賞するのが妥当だろう(史実では大衆賞受賞)。
- 特にピンク・レディーは、1976年のデビュー年は惜しくも最優秀新人賞は逃したものの、新人賞、2年目には大衆賞、3年目には大賞受賞と順当にステップアップしているので、史実でもそれなりに話題になっていた。
- 先述にもあるように、当時の「ヤングアイドル賞」が、80年代初期に存在した「ゴールデンアイドル賞」と同じく「2年目のアイドル歌手限定」の受賞方式だったら、キャンディーズは1974年に、ピンク・レディーは1977年に受賞するのが妥当だろう(史実では大衆賞受賞)。
- 1978年のピンク・レディー、1988年の光GENJI、1989年のWink、2011・2012年のAKB48、2017年・2018年の乃木坂46は大賞ではなくヤングアイドル賞に回されていた。
- 1980年代前半~半ば辺りからヤングアイドル賞からヤングが消えて、単なるアイドル賞に改名していた。
- 1984年はチェッカーズが確実に受賞していた。
- 1985年はおニャン子クラブの「セーラー服を脱がさないで」、1999年はモーニング娘。の「LOVEマシーン」が受賞していた。
- おニャン子クラブの歌手デビューは1985年なので、もし「ゴールデンアイドル賞」が1984年以降も存在していたら、1986年に受賞するのが妥当というところだろう。
- 1985年は、荻野目洋子、岡田有希子、菊池桃子、吉川晃司は確実に受賞していた。
- 1986年は上記のおニャン子クラブの他に、中山美穂、本田美奈子、芳本美代子も受賞していただろう(「ゴールデンアイドル賞」の受賞者は一人とは限らず、複数の受賞者が存在していた為)。
- 1987年は少年隊と西村知美がそれぞれ受賞していた。
- 1988年は光GENJIと酒井法子がそれぞれ受賞しており、特に光GENJIは史実の大賞受賞と合わせて、「二冠」を達成していたかもしれない。
- しかし、平成に入ったあたりから史実では「歌謡番組の衰退」、「バンドブームの到来」、「アイドル冬の時代」に突入するので、5〜6年ほどは、この賞は設定されず、安室奈美恵がブレイクした95年あたりから復活していたかもしれない。
- 2000年代以降、ジャニーズのアイドルグループやAKB48は確実に受賞していただろう。
ロングセラー賞[編集 | ソースを編集]
第21回(1979年)から第25回(1983年)まで存在。
- 1988年には長渕剛『乾杯 New Recording Version』が受賞していた。
- 2007年には秋川雅史「千の風になって」、2008年にはすぎもとまさと「吾亦紅」、2009年には秋元順子「愛のままで…」が受賞していた。
- ロングセラー賞は「楽曲」に与えられる賞であるため、外国曲であっても問題ない(はず)。
2部門制[編集 | ソースを編集]
第32回(1990年)〜第34回(1992年)は、歌謡曲・演歌部門とポップス・ロック部門の2部門に分けて各賞を発表していました。その後も2部門制が継続されていたら?
- 1993年のポップス・ロック部門大賞はTHE虎舞竜「ロード」かTHE BOOM「島唄」、歌謡曲・演歌部門大賞は香西かおり「無言坂」になっていたかもしれない。
- 1994年のポップス・ロック部門大賞はMr.Children「innocent world」、歌謡曲・演歌部門大賞は藤あや子「花のワルツ」になっていたかもしれない。
- 21世紀に入ったあたりから、歌謡曲・演歌部門大賞は氷川きよしが毎年のように受賞していた可能性が高い。
- 長良プロダクション会長の死去後はどうなっていたか?
- 氷川きよしのライバルは純烈あたりになっていたか?
- 長良プロダクション会長の死去後はどうなっていたか?
- 日本演歌歌謡大賞はなかった。
民放テレビ4大系列による同時中継が実現していたら[編集 | ソースを編集]
テレビ生中継が開始された第11回(1969年)では、NHK紅白歌合戦への対抗策として、TBSテレビが制作し日本テレビ・フジテレビ・NETテレビ(現:テレビ朝日)のネットワークに流して全国中継する計画がありました(詳細はこちらを参照)。この計画は各テレビ局の固辞により実現しませんでしたが、仮に実現していたら?
- 日本歌謡大賞は存在しなかった。
- 第12回(1970年)以後、在京キー局が輪番制で制作を担当していた。
- 途中から東京12チャンネル(現:テレビ東京)も制作に加わっていた。
- 21世紀に入ったあたりから、東京MXテレビも制作に加わっていた。
あの曲が大賞を受賞していたら[編集 | ソースを編集]
1950年代[編集 | ソースを編集]
- 1959年(第1回)
- 史実では「黒い花びら」(水原弘)が受賞。
- 黄色いさくらんぼ(スリー・キャッツ)
- 「お色気ソングが大賞」として話題になっていた。
1960年代[編集 | ソースを編集]
- 1962年(第4回)
- 史実では「いつでも夢を」(橋幸夫・吉永小百合)が受賞。
- ちいさい秋みつけた(ボニージャックス)
- 大賞の最終候補曲に残っていたそうです(当時は童謡にも大賞受賞資格があった)。
- ボニージャックスは、後年に出演したトーク番組などで、「他にヒット曲がないから、他人の歌で食っている」と、自虐的に語る事はなかっただろう。
- この年の童謡賞はなし。代わりに「いつでも夢を」が「歌謡曲賞」を受賞していた。
- 1966年(第8回)
- 史実では「霧氷」(橋幸夫)が受賞。
- 君といつまでも(加山雄三)
- 一般的には「この年を代表するヒット曲が大賞」と、順当な受賞とみられた。
1980年代[編集 | ソースを編集]
- 1987年(第29回)
- 史実では「愚か者」(近藤真彦)が受賞。
- 難破船(中森明菜)
- 中森明菜がレコード大賞史上初の大賞3連覇歌手となっていた。
- 1989年(第31回)
- 史実では「淋しい熱帯魚」(Wink)が受賞。
- 川の流れのように(美空ひばり)
- 歌手が大賞受賞時点で故人であることから、必然的に「受賞歌手不在の大賞」となっていた。
2010年代[編集 | ソースを編集]
- 2013年(第55回)
- 史実では「EXILE PRIDE 〜こんな世界を愛するため〜」(EXILE)が受賞。
- 恋するフォーチュンクッキー(AKB48)
- 一般的には「この年を代表するヒット曲が大賞」と、順当な受賞とみられた。
- LDHによるゴリ推し・買収疑惑が出ることもなく、槍玉に挙がることもなかった。
- その分、EXILEが紅白歌合戦で落選することもなく、現在に至るまで出場し続けていた。
- 2016年以降、LDH関連のアーティストがレコード大賞の各賞を受賞できないという、決別状態になることはなかった。
- AKB48の楽曲は売上に比例して評価が反映されていないと言われることもなかった。
- 過小評価されることもなかった。
- 2017年 (第59回)
- 史実では「インフルエンサー」(乃木坂46)が受賞。
- EXCITE (三浦大知)
- 『仮面ライダーエグゼイド』のオープニング主題歌という事で、「特撮ソング初の大賞受賞」になり、多くの特撮ファンは狂喜乱舞していただろう。
- またこの曲は、この年の「日本有線大賞」にもノミネートされていたので、史実に反してここでも大賞を受賞していたら、主題歌だけでなく、作品自体も大ヒットしていたら、『仮面ライダーエグゼイド』は、名実ともに「シリーズ最高の名作」になっていただろう(ちなみに史実の有線大賞受賞は、氷川きよしの「男の絶唱」だった)。
- 2018年(第60回)
- 史実ではシンクロニシティ(乃木坂46)が受賞。
- U.S.A.(DA PUMP)
- 一般的には「この年を代表するヒット曲が大賞」と、順当な受賞とみられた。
- 「洋楽カバーが大賞」として話題になっていた。
- 当然ながら乃木坂46に対する買収疑惑は起きていない。
開催年別[編集 | ソースを編集]
1988年の開催が中止されていたら[編集 | ソースを編集]
- レコ大に代わる、簡素な音楽祭が実施・放送。
- 反動で89年のレコ大が超豪華な祭典と化したかも。
- 実際に中止された「日本歌謡大賞」と同じように、その後数年で打ち切られることになる。
- あるいは現実よりも早く12月30日に放送日時が移動していた。
- ”自分の死によって日本の文化が損なわれるのは陛下自身の本意ではない”という意見が出て、”音楽の祭典”としてのレコ大の放送が中止になっても各賞の選定と発表は通常通り行われていた。
2018年の乃木坂46に対する買収疑惑がなかったら[編集 | ソースを編集]
- ゴリ推しとみなされることはなかった。
- 選考基準に対する批判が出ることもなかった。
- 日本歌謡大賞を復活させるべきという意見すら出なかった。
- DA PUMP「U.S.A.」の評価がよくなっていた。
- 「U.S.A」はカバーなのでむしろ米津玄師あたりかも。
- あいみょんの「マリーゴールド」かも。
- 2019年の紅白歌合戦では米津玄師とあいみょんが落選することもなかった。
- 2019年の紅白歌合戦の人選はもう少しマシなものになっていた。
- 「U.S.A」はカバーなのでむしろ米津玄師あたりかも。
- 西野カナが活動休止することもなかった。
- 西野カナの活動休止は結婚だと思われ。
- 三代目J Soul Brothersの二の舞になる事も無かった。
- 乃木坂46は楽曲の売り上げの割には代表曲がないとみなされることもなかった。
- 代表曲らしい曲があったらこのようなことはなかった。
現在でも大晦日に放送されていたら[編集 | ソースを編集]
- やがて次番組のCDTVスペシャルとともに年またぎ音楽祭りとしてまとめられていた。
- アーティストの負担が重くなる。
- 年忘れにっぽんの歌は現実通り収録放送に移行するはず。
- 紅白歌合戦が逆に収録放送になっていったかも。