もし東北新幹線が1982年の時点で青森まで全通していたら
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- 東北本線盛岡以北の第3セクター化はなかった。
- 現時点でも東北本線は日本一の最長路線。
- 現実に2002年11月30日で廃止された夜行列車の廃止も無かった。
- でも、(実史で)2014年3月15日の寝台特急『あけぼの』廃止時に東北本線の寝台特急も廃止される。
- いや、いま日本一の最長路線は山陰本線。
- それは分かっている。「もし盛岡以北が第3セクター化されなかったら」東北本線が日本最長でしょ?
- 18きっぱーも困らせることも無かった。
- 現時点でも東北本線は日本一の最長路線。
- 青森行きの最速新幹線はやまびこ。はやて号は生まれなかった。
- 北海道新幹線開業時に北海道新幹線直通列車の愛称として使われていたかも(行先別に愛称を分けるため。)。
- むしろ青森行きがはつかり、盛岡行きがやまびこ、仙台行きがあおばとなっていた。
- 速達型が「はつかり」、各駅停車が「あおば」、「やまびこ」は「ひばり」などとともに愛称消滅していたかも?
- あるいは速達型が「はつかり」、各駅型が「みちのく」とか…、はないか。
- 「ひかり」、「あさひ」、「かがやき」等の様に速達タイプは光系の愛称になっていた。だとしたら速達タイプが「ほくと」(かつて上野ー青森間の寝台急行だった)、各駅タイプが「はつかり」か?
- ハヤテのごとく!ファンががっかりする。
- 八神はやてファンもがっかりする。
- いずれにせよ、東北新幹線に「はやぶさ」の愛称が使われることはなかった。
- 「はやぶさ」は九州新幹線の愛称となっていた。
- 八戸駅は2面2線の相対式ホームになっていたかも。但し通過線は設けられていた。
- 羽田-三沢、羽田-青森間の航空路線が打撃を受けていた。
- 新幹線のスピードアップが進んだ時点で廃止。
- それはどうだろうか、実史で2002年12月1日の八戸開業及び2010年12月4日の新青森(全線)開業で、「羽田-三沢」線は影響があったが、「羽田-青森」線は機体の小型化はあったが、減便などは実施されなかったから。
- 高速バスヨーデル号の開設が相当後になっていただろう。
- 弘前へは青森乗り継ぎが定着。
- 弘前駅や大館駅から特急又は快速「新幹線リレー号」が運行されそう。
- 実史で2010年12月4日の東北新幹線新青森開業時には、大館発着の臨時特急「つがる」が運行されているから、現実味はあったかも。
- 盛岡はもっと廃れていたかと。
- それでも秋田や大館、能代、岩手県三陸地方(特に盛・宮古など)への乗り継ぎ拠点として賑わっていたはず。
- 「羽越新幹線」や「奥羽新幹線」や「山陰新幹線」が今でいう「整備五路線」になっていた。
- 「山形新幹線」はなかったかもしれない。(全線が奥羽新幹線のルートのため)
- 現実の長野新幹線のように、山形まで開業した時点で「山形新幹線」の愛称を付ける。
- 「秋田新幹線」はフル規格で開業していた。
- 「山形新幹線」はなかったかもしれない。(全線が奥羽新幹線のルートのため)
- 予算捻出のため上越新幹線は未開業だった。
- 上越特急「とき」などがリレー号の役割を果たす。
- 181系から185系200番台に置き換えられる。
- 上越新幹線を建設させないために、越後の某元首相だけでなく、上州選出の有力政治家にも疑獄の嫌疑が及んだ。
- 中曽根康弘、小渕恵三、福田赳夫・康夫父子あたりがやられる?
- 場合によっては北陸新幹線の方が先に開業し、上越新幹線は新在直通のミニ新幹線となっていた。
- 下越・庄内・由利は史実以上に涙目。山形新幹線の陸羽西線延伸が具体化していたかも。
- むしろコンピュータ付ブルドーザーならどっちも強行したかも。その場合疑獄が及ぶのはry
- 東北、上越、成田新幹線の着工が最初に決まったのが終点が自民党三役の地元(東北が総務会長、成田が政調会長、新潟が幹事長)だったので青森県出身の自民党が大物だったらこうなっていないかもしれない。
- 上越新幹線の着工は史実通りで、むしろ成田新幹線は計画すらされなかったのでは?
- 上越特急「とき」などがリレー号の役割を果たす。
- 北海道新幹線の開業が早まる。
- その場合、羽田-函館/同ー千歳間の航空路線が縮小されるなどの打撃を受けている。
- 青函トンネルは当初から北海道新幹線として開業していた。
- 1988年に新函館まで開通、2002年に札幌まで開通していた。
- 具体的には2002年に新函館まで開通、2016年に札幌まで開通していた。
- 現実の1990年台末頃に運行されていたエアーニッポンの「仙台~青森線」の運行が無かった。
- 高速バスあすなろ号(青森⇔盛岡線)は運行されないか八盛号みたいに朝夕のみの運行、ブルーシティ号(青森⇔仙台線)は逆に現実より増便され各種割引も充実していた(現実は往復割引のみ)
- 新青森駅は史実より青森駅に近い場所になっていた。
- 東北本線側にできていたかも?
- 現実の小柳駅と青森駅の間位に設置か?
- あるいは青森駅に直接新幹線が乗り入れていた。
- 北海道新幹線が無ければ、可能性はあった。(事実、青森市側は新幹線駅を青森駅に併設する要望を国鉄に出したが、北海道新幹線の路線配置の関係で、実史の新青森駅が建設された経緯がある為。)
- 東北本線側にできていたかも?
- 現在建設中のルートで開業した場合、南部縦貫鉄道の廃止が無かったか…。
- 新幹線アクセス路線として機能しているだろう。但しレールバスは早期に廃車となり新型気動車が投入されている。
- 七戸十和田駅は南部縦貫鉄道の交点に設置されていた。
- こうなれば、南部縦貫鉄道は、野辺地・下北方面の短絡ルートとして認識される様になる(実史では、同じルートを行く場合、野辺地駅まで十鉄バスに乗り、野辺地駅でJR大湊線に乗り継ぐ形となる)。
- 新幹線アクセス路線として機能しているだろう。但しレールバスは早期に廃車となり新型気動車が投入されている。
- あのラップ歌手は「新幹線はあるけれど、結局搾取されるだけ!」と嘆いて、ニコ動でレイザーディスク以上に加工されている。
- 盛岡以北でも320km/h運転が可能な規格となっていた。
- 2011年3月には史実通り東京~新青森間に現実の「はやぶさ」のような速達列車が新設されるが、大宮以北のほぼ全区間で320km/h走行が可能だったため全区間の所要時間は3時間を切っている。
- 愛称は「はやぶさ」ではなく「はやて」あるいは「はつかり」となっていた。
- 史実通り「はやぶさ」への統合は行われていたかもしれない。
- スーパーはつかりE751系が登場しなかった。
- 東京駅での東海道新幹線との相互直通が実現していた。
- 埼京線も1982年に開業した。
- 103系を捻出するため山手線に201系が投入される。
- 盛岡以北も16両対応になっていた。
- 200系H編成(スーパーやまびこ)やE4系×2が乗り入れていた。
- 12両の200系やE1系も乗り入れていた。
- 「スーパーやまびこ」や「Maxやまびこ」の新青森行きが設定されていた。
- 後から開業する駅を除いて通過線が設けられていた。
- 200系に食堂車が連結されていたかもしれない。
- 200系H編成(スーパーやまびこ)やE4系×2が乗り入れていた。
- 東北本線の昼行電車急行の廃止が早まった。
- 臨時特急「ふるさと」は運転されなかった。
- 北福岡駅が史実より早く「二戸駅」に改称していた。
- もしそのままの駅名だったら川内並みにネタにされる。
- 大型の時刻表には東京から新幹線、新青森からシャトル列車、青函連絡船を乗りつぎ函館から道内各地に至るのりつぎ案内が掲載され、飛行機から若干シェアを奪っていた。
- 秋田市が、東北新幹線沿線の各都市と格差をつけられていた。
- 三陸はるか沖地震で八戸駅付近の高架橋に被害が出ていた。