もし桶狭間で今川義元が勝っていたら

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全般[編集 | ソースを編集]

  1. 織田信長がいないので、17世紀になっても戦国時代がだらだらと続く。
  2. やがて日本は生き残った数個の大名家に分割されるようになる。
  3. ウグイスが殺されないで済む。
    • ホトトギス……??
  4. 戦国大名はお公家趣味がスタンダード。
    • 戦国無双は全員が蹴鞠キャラで描かれウイイレのようなゲームになる。
  5. 今川義元死後、松平元康が今川家を乗っ取る。その後結局は徳川幕府になる。
    • 信長の引き立てのない家康が、単独で天下を取れただろうか……今川家は乗っ取れても、その後武田信玄に叩きつぶされていた可能性が高いような。
      • 武田信玄につぶされるかどうかは、今川義元と武田信玄とどっちが先に死ぬかにもよるな。
        • 全盛期の織田さえ相手じゃなかったら武田勝頼も強い武将だぞ。
      • 史実の信玄死亡の1573年で今川義元54歳。
    • それまでの管領とか三好・松永久秀とかみたいに実権を握ることならできるかもしれないが、名目上でも乗っ取るというのはちょっと難しい。少なくとも松平家のままでは無理。
      • 現実主義的な家康だから今川の元で重鎮としてそれなりの地位で満足してしまう可能性も、史実の本多正信のようなポジションになってたかも知れない
        • ちなみに家康の正室である築山殿は義元の養女という形にしての婚姻で、一応は今川の身内にあたるから出世の道は全く無かった訳ではない
          • 長男は「信康」を名乗らなかった。
            • 元服が義元の隠居・没後なら「真康」、当主在任中なら「元広」「元光」が考えられる。
    • どさくさに紛れて、織田・斎藤の遺臣をかき集め、そこそこの勢力をつけた可能性もある。
    • ポジションとしては龍造寺家に於ける鍋島直茂(筆頭家老・軍師)のような位置かな。
  6. 数十年にわたって今川氏は繁栄するが、17世紀始めに奥羽を統一した伊達政宗と戦うことになる。
    • そして中部または近畿地方で伊達政宗と毛利一族の天下分け目の決戦が・・・
      • その場合後の江戸ポジションが仙台か広島のどちらかになっていた。
    • 伊達政宗は史実の織田信長のような存在になるかも。
  7. スーパー戦国記みたいに信長に当たる人が天下統一を始める。
  8. 西日本では関西の半分と中国地方の大部分を支配した毛利氏と九州を統一した島津が戦う
  9. 武田信玄は義元の無能な息子である氏真が家督を継ぐ事も無いのでそのままフェードアウトしていた可能性もある
    • いや、時間差はあっても家督は継いでたでしょ。
      • 廃嫡されていた可能性も充分にあり得る。
    • 武田信玄は駿遠三に攻め入れないので北関東方面や信越方面への侵攻が増え、上杉謙信との抗争が増えたのではないかな?
  10. 義元は尾張を蹂躙後、上洛し、広大な領土を得て最強の戦国大名となるが氏真になって毛利、武田いずれかに滅ぼされる。
  11. コーエーの戦国シミュレーションゲームのタイトルが変わっていた
    • 織田家は宇都宮氏や里見氏なみのマイナー大名として扱われる。
      • 信長が早世補正でそこそこの強さになる。信秀がもう少し強くなっていたかも。
  12. 木下藤吉郎が日の目を見ることもなかったので、今日の大阪の発展はほとんどない。
    • 同様に、松平元康が関東に移封されることもないので、今日の東京の発展はほとんどない。
    • 当然ながら徳川幕府による清州越しもないので、名古屋は那古野という寒村のまま。
      • 愛知県最大の都市は岡崎になっている。
    • 400年後の現代における大都市は、静岡小田原京都あたりになる。
      • 首都は京都で現実の京阪神圏が首都圏といわれるようになる。大阪が川崎・神戸が横浜のような感じとなっていた。
      • 京阪電鉄は「京堺電鉄」となっていた。
      • ただ江戸も当時それなりの交通の要衝ではあったので、現実の仙台クラスの都市にはなっていた可能性はある。

織田信長が戦死していたら[編集 | ソースを編集]

  1. 少なくとも織田家は滅亡する。
  2. 織田家は信長の野望シリーズでも松平清康レベルの地方大名扱い。
    • そもそも「信長の野望」じゃないでしょ。
      • そこは後に統一した大名の名前になる。
  3. その後の家臣がどう動くかによるが少なくとも秀吉が天下を取ったりはしないはず。
  4. 家康が独立することもなかった。
  5. まあ織田以外は対して強くない斎藤と浅井、六角なので力任せに倒すことは出来るだろう。
    • ちなみに当時のこれらの家の状況は斎藤「当主早死に」、六角「観音寺騒動で大混乱+浅井独立」、浅井「ようやく六角氏から独立」と今川と単独で渡りあえる状況ではない。(浅井は朝倉の同盟込みである程度粘れるかも)
    • しかし兵農分離もできなかったのでそこからの進展は不明。
  6. 史実の松平清康みたいに「30歳まで生きていれば…」というif記事が多く作られる。
    • なお、チャクウィキなどでこの話題が出ると「父の信秀や兄の信広も先進的な思考を持っていなかったし、その子供も・・・」となる。
      • 「そもそも信長は所詮上杉謙信らと同世代だろ?無理無理www」
      • 「精々行けて尾張・三河・美濃あたりが限界じゃない?子の信忠や弟の信包らの器量次第だが。」
      • 「もしあそこで今川が負けていたとしたら、戦国時代今でも続いてるよwww」
        • 「そもそも負けるわけねーだろwwwwあのタイミングで勝てなかったわけだし」
        • 「筆頭家老の元康がドサクサに紛れて勢力広げそう」
      • 「氏真?まあまあ駿府を東海の小京都として繁栄させたのはいいけどあっさり元康に簒奪されたよね」
    • でも他の武将の評価とかを見ると、「尾張を統一した身の程知らずの信長が今川に突っ込んであっさり敗れる」くらいの評価になっててもおかしくない。特に今川が将軍になっていた場合は。
  7. しかし次代の氏真で今川家は瓦解する。

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