もし横浜が開港しなかったら

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  1. いまだに横浜村、もしくは町、
    • 横浜町と混同する人多い。
      • 純・東京のベットタウン化。
    • 東京のベッドタウンとして発展はするが、規模的にはさいたま市・千葉市と同程度。
      • 史実よりも多摩・八王子・所沢・川越・大宮・春日部・柏・習志野市と比べられた。
    • 自治体名になることはなく、横浜村に当たる地区の町名として残る可能性があるくらい。
    • 横浜市に相当する大きさの市は生まれず、現市域は旧宿場を中心にいくつかの市に分かれている。
  2. あるいは神奈川市
    • 神奈川宿をもとに市街が形成されていった。
      • 小さくはないがあくまで数ある宿場町の一つなので県庁所在地になる(県が置かれる)可能性は低い。
    • 近くにある横浜村はここに含まれ、形は違えど神奈川の中に横浜があるというのは同じだったかも。
  3. 神奈川県ではなく、小田原県になる。
    • 県庁所在地は小田原市
    • テレビ小田原が昭和44年に開局する。
    • 二宮町は昭和合併時に消滅。
    • あるいは現実の川崎・横浜(戸塚・瀬谷・泉・栄のぞく)・三多摩で神奈川県。神奈川市はその県庁所在地。
      • そして多摩地区とまとめて東京府に編入。今は「東京都神奈川市」。
      • 形がいびつなため「武南県」として独立。埼玉県の武南高校や武南市構想は存在しないか、武央か武北になっていた。
        • 稲田堤は稲城市の一部だった。
    • 旧武蔵国のエリアは東京都になっていた可能性がある。
      • 川崎+南部除く横浜+町田市(堺除く)で神奈川県。
      • その場合、当該地域は武蔵知県事・品川県管轄を経て1871年に東京府になる。つまり東京都区部南部と同じ経緯をたどる。
    • あるいは多摩川以南の武蔵+三浦で鎌倉県、相模川以西+伊豆で小田原県。
    • 横浜港がない前提だとあえて武蔵三郡+相模で県を設定する理由がないため、小田原県の管轄は相模国のみで横浜も神奈川もそこには含まれていない。
  4. でも、旧東海道周辺はそこそこに発展。
    • 神奈川市、保土ヶ谷市、戸塚市に分かれている。
      • 神奈川と保土ヶ谷は横浜市街の形成による地位低下が起こらず、現実より拠点性のある街となっている。
        • ただし付近に横浜駅のような一大ターミナルは無く利便性では劣る面も。
  5. 神奈川市、保土ヶ谷市、菊名市などは東京のベッドタウンになる。
    • 菊名市は新幹線の駅も作られる。
      • でも、ラーメン博物館と日産スタジアムは存在しない。
    • 都筑市、田奈市が東急の開発で戦後急成長。
    • 21世紀になって神奈川・保土ヶ谷・菊名・鶴見・武蔵金沢の5市合併で政令指定都市「神奈川市」が誕生。
      • 横浜は60年代の合併で、川崎も90年代には政令市移行。
        • 横浜市は合併しなくても00年代までに政令市になるだろう。
  6. 外国人居留地が存在せず、山手は手付かずの自然が残る。
    • 中華街も存在しない。山下町は今も海になっている。
      • この場合中華街は東京の品川辺りにある
    • 元町家具も発展しない。というか元町商店街自体がないかも。
      • 当然ハマトラファッションも誕生しない。
      • 名ブランド「元町ユニオン」も。
  7. ランドマークタワーやベイブリッジは存在しない。
    • 飽和状態の東京港を支えるために、昭和中期までに神奈川港は誕生した。
      • 工業地帯が今でも残る川崎近辺に大規模な港が作られていたかもしれない。
    • 現みなとみらいエリアは殺風景な工業地帯のまま。
      • 首都圏第三空港の案に「神奈川国際空港」を作る案が出るも、羽田と離陸ルートが被りかねないので頓挫する。
  8. 石川町の女子高生天国はない。
    • 寿町の×××××地獄もない。
  9. 青江三奈が伊勢崎町ブルースを歌うことはない。
    • 五木ひろしの「よこはま たそがれ」、ダウンタウン・ブギウギ・バンドの「港のヨーコ・ヨコハマ・ヨコスカ」などもない。
    • 神奈川市などを歌った歌はポップス・演歌問わず多数誕生するかもしれない。
      • その逆で東京23区を批判する歌も多いかもしれない。
  10. 東急は鎌倉に線を引いていた。
    • 京浜急行は横須賀リゾート急行だった。
      • 根岸線がないので根岸と磯子を経由。東急は上大岡経由で鎌倉へ。
  11. 日本最初の鉄道は新橋-小田原間に開通した。
    • いきなり小田原が無理なら、53次の戸塚まで。
    • 国鉄神奈川駅は廃止されなかった。
      • 代わりに横浜駅が存在せず、史実の大湊線陸奥横浜駅が「横浜駅」を名乗っていた。
      • 線路が海を越えて横浜方面に向かうことがないので駅が別の位置にある。
    • 場合によっては、日本鉄道の方が先に開通していたかもしれない。
    • 横須賀じゃないかな。
  12. 戸畑鋳物が日産のルーツということで、日産の本社は北九州に置かれている。
    • 従って横浜に本社を置くこともなく、東京に本社を移転することもなかった。
    • 又、追浜工場もなく、プリンス自工と合併することもなかった。
      • 中村俊輔はサッカー選手になっていなかったかもしれない。
    • マリノスも北九州を本拠地にしていた。
      • 北九州市の人口は2020年現在も100万人以上。日産の本社を東京に移そうとするも,地元からの反発が強く頓挫。ただ,本社機能と関連会社の多くは,東京に移ったかもしれない。
        • プリンス自工は富士重工あたりと合併。そうなれば「スバル工業」に社名変更。
          • 横浜フリューゲルスはIT企業に身売りされて存続。
  13. 史実の横浜線は「神奈川鉄道」として開業し、南武線と同時期に国有化。現在は「JR神奈川線」
    • もしくは相鉄と合併していた。
      • 総武鉄道(2代目)の方が国有化されたかもしれない。その場合川崎-立川-拝島-高麗川-大宮-柏-船橋間は「東京外環状線」と呼ばれる。
    • 一方で生糸を港に運ぶ機能は八王子から南下する相模鉄道の路線(相模線)が担うことになる。
  14. 当然、横浜に「おしゃれな港町」というイメージは皆無。
    • 都民からは、「チバラギ」、「ださいたま」と一緒に「田舎奈川(いなかながわ)」と呼ばれていた。
      • 東京郊外の発展スピードは反時計回り。市川市が「おしゃれな町」として人気になる。東急と京成の立場が逆に。
  15. 新横浜駅が作られず、東海道新幹線が素通りして小田原まで直行。
    • あるいは川崎市内の武蔵小杉あたりに新幹線駅が作られた。
  16. 「横浜港」が陸奥湾沖に開港していたらそれを指していた。