もしJR東海が○○だったら

ナビゲーションに移動 検索に移動

JR中部だったら[編集 | ソースを編集]

  • JR東海は英語で「JR Central」と表記しますが、もし英語訳の通り「JR中部」だったら、いったいどうなるのでしょうか?
  1. 北陸の人は違和感を感じる。
    • のちにJR西日本から分離して編入。
      • 編入後、下のリンク先のような状況になること必至。
    • こっち同様、「JR中日本」という表記もありかと。
    • 西日本の新快速は一部を除いて米原止まり、もちろん琵琶湖線の区間も米原以南。
      • むしろ豊橋~敦賀までの直通運転する新快速が出来そう。
      • この場合米原駅構内は全てJR中部になるので彦根止まりでは?
  2. 広報に前田亘輝氏を起用。
    • 夏が一番もうかる。
  3. 北陸の国鉄車がなくなっていた。
  4. 「しR倒壊」と揶揄されることはなかった。
    • その代わり「しR厨悔」と揶揄されていた。
    • 一文字略称では「申」が使われる。
  5. 名古屋周辺部が中部鉄道事業本部の直轄になる。
    • 車両の所属標記が「海○○」ではなく「中○○」になっていた。
    • 静岡支社の他に長野支社・金沢支社もこちらに。
      • 飯田・中津川・高山・米原に支社境が置かれる。
  6. 管轄は現実のJR東海&北陸本線・七尾線・城端線・高山本線(猪谷~富山)・中央本線(塩尻~大月)・篠ノ井線・飯山線
    • エリア的に小海線・大糸線・信越本線の篠ノ井~直江津間も管轄かと。
      • 七尾線の和倉温泉〜輪島はのと鉄道に転換されることなくJRのまま存続し、のと鉄道は2005年の能登線廃止とともに会社自体が消滅していた。
    • 境界駅はこんな感じか
      • JR東日本
        • 熱海駅 (東)
        • 国府津駅 (東)
        • 大月駅 (東)
        • 越後川口駅 (東)
        • 直江津駅 (中)
        • (軽井沢駅)(東)→信越本線三セク化により消滅
          • 横川駅が境界じゃない?
      • JR西日本
        • 新宮駅 (西)
        • 亀山駅 (中)
          • JR中部を名乗るんなら木津か加茂じゃない?
        • 米原駅 (中)
        • 近江塩津駅 (中)
        • 東舞鶴駅 (西)
    • 氷見線は?
  7. 北陸新幹線(長野以北)もJR中部管轄となる。
    • もしかしたら、北陸本線は三セクにならなかったかも。
      • JR西日本に比べて資金面に余裕があるので、少なくとも敦賀〜富山間は経営分離せずにJRのまま存続している。信越本線の長野〜豊野間も飯山線との一体運用を理由にJRのまま。
    • 北陸開業後もサンダーバードは一部は富山まで乗り入れていたかも。
    • 普通に考えて高崎から先の全線では?旧信越本線は信濃追分から先が名古屋傘下の長野局の管轄だったし、横川か軽井沢が在来線の境界駅になっている訳だからその方が自然。
      • 実際似た例として北海道新幹線のこともあるし。
  8. 北陸3県&新潟(直江津以西)は、現実の静岡と同様に冷遇されていたかも。
  9. 名古屋市営地下鉄を買収し「名古屋チューブ」と改名する。
  10. 長野支社管内は313系と213系、北陸地区(金沢支社管内)には313系の交直流版である513系が入り浸る
  11. 北陸地区や長野地区の観光列車が存在しなかった。
    • 「露骨な冷遇」と叩かれていた。
  12. 北陸本線は直流電化されていた。無論普通列車は313系2000番台で決まり。
    • 北陸本線の電化は国鉄時代なのでそれはないのでは?上記にある通り313系顔の交直流電車513系が全線で主力車両として運転される。
  13. 信越本線横川ー軽井沢は会社が異なるため、並行在来線として廃止されなかった
    • 地形的に横川が境界駅になる可能性もあるし、仮に軽井沢が境界でも特殊設備が相当必要な横軽を存続させるとは考え難いと思う。
      • リニアの件もあるし下手に廃止したら反対が大きくなるから廃止しないと思う。

新幹線至上主義に走らなかったら[編集 | ソースを編集]

  • 「のぞみ」設定以降、新幹線至上主義に走ったJR東海ですが、もし、新幹線至上主義に走らなかったら?
  1. 空港連絡に積極的になっていた。
    • 武豊線の中部国際空港乗り入れが実現していた。
    • 静岡空港駅の開業が実現していた。
  2. イベント列車の運行は現在でも積極的に行われていた。
    • 「トロッコファミリー号」は廃止されなかった。
    • 参宮線にもイベント列車くらいは運行されていただろう。
  3. 「のぞみ」に自由席が設定されることはなかった。
  4. 編成・座席数の統一も徹底されなかった。
    • 東海道新幹線は現在でも車両のバラエティに富んでいた。
      • 九州新幹線直通列車の京都・名古屋までの乗り入れは行われていたかもしれない。さすがに東京まではないが。
  5. ゲーム、ビデオなど鉄道ファン向けの商品にも協力的になっていた。
    • 山陽新幹線の前面展望ビデオが新神戸駅で終了なんてこともなかった。
  6. 浜松工場以外の車両基地・工場の一般公開にも積極的になっていた。
  7. 機関車牽引の客車列車を全廃するということもなかった。
    • 高山本線などで蒸気機関車を使用した観光列車の運転も行っていた。
    • 電気機関車やディーゼル機関車の運転士の養成も行っていたかもしれない。
  8. =「もし東海が須田寛初代社長の退任後も須田路線を継承していたら」。
    • 佐久間レールパークや美濃太田の多くの保存車両が解体されてしまうこともなかった。
  9. 史実ほど静岡冷遇はされなかった。
  10. 在来線の特急用グリーン車は3列シートを採用し続けていた。
  11. 関西と名古屋圏の新快速の1本化も行われていたかも。
    • その場合、新快速が名阪間の移動手段として加わっていた。
      • その分近鉄特急の利用が減り、アーバンライナーは現実よりも早く全列車が津に停車するようになっていた。
        • 場合によっては大和八木駅も。
    • 名阪直通の新快速には現実のAシートである指定席車が必ず連結されるようになっていた。

静岡冷遇がなかったら[編集 | ソースを編集]

  1. それでも史実通りロングシート車が導入されていた。
  2. 211系にトイレが取り付けられていた。
  3. 静岡に快速が出来ていた。
  4. のぞみが静岡に停車していた。
  5. のぞみは小田原と静岡と浜松と豊橋の千鳥停車。多い時間帯は現実通り東京、品川、新横浜、名古屋、京都、新大阪にすることで、リピーターを確保。
  6. 東海が廃止されることもなかった。
  7. 「JR静岡」というネタは誕生しない。

観光列車に積極的だったら[編集 | ソースを編集]

JR東海はほかのJR各社とは異なり、観光列車の運行に消極的ですが(過去にはトロッコファミリー号やトレイン117などがあった)、もし、観光列車の運行に積極的だったら?

  1. 参宮線が残念な路線扱いされることはなかった(泣)。
    • 参宮線には近鉄に対抗する形で「しまかぜ」や「つどい」を意識した観光列車を運行していた。
    • 松坂牛に因んだグルメ列車を運行していた。
    • 急行「しま」(史実では2013年に運行された)は運行されなかった。
    • 快速「みえ」の指定席車にもキハ85形に準じたデッキ・化粧室付きでリクライニングシートの車両が導入されていた。
  2. 飯田線にはトロッコファミリー号やトレイン117の後継車両が登場していた。
  3. 身延線や御殿場線には富士山に関連した観光列車を運行していた。
  4. 同様に、アニメとのコラボにも積極的になっていたかもしれない。
    • 静岡地区では作者の出身者の縁でちびまる子ちゃんとタイアップしていた。
    • 伊豆箱根鉄道に対抗してラブライブとタイアップしていたりして。
    • 高山本線には「君の名は。」テーマの観光列車が登場。
  5. 経営体力はそれなりにあるので種別は快速クラスであり、料金設定もリーズナブルなものとなっていた。
    • 決して九州のように特急にすることはない。
  6. JR東日本の「TRAIN SUITE 四季島」、JR西日本の「トワイライトエクスプレス瑞風」のような超豪華クルーズ列車が出来た。
  7. 313系8000番台は観光列車に改造されて、御殿場線・身延線・飯田線・中央本線(塩尻-中津川)に投入されていた。

コーポレートカラーが青だったら[編集 | ソースを編集]

  1. 車両の帯が211系0番台シティーライナーみたいな塗装になっていた。
    • 特急型車両も新幹線100系…もとより371系みたいなカラーリングに。
  2. JR西日本のコーポレートカラーは茶色になっていたかも。
    • 「阪急のパクリ」呼ばわりされる。
    • 奈良線のラインカラーは違う色だった。

古い車両の更新に積極的だったら[編集 | ソースを編集]

基本的に旧型車の更新改造はあまり行わず早いうちに新車に置き換えるJR東海(ただし民営化直後に103系やキハ58などに規模の大きい更新をしたことはある)。もし更新改造を積極的に行っていたら。

  1. 113系等の内装が国鉄時代のままということはなかった。
    • 座席交換とまではいかなくとも、311系のモケットへの張り替えは行われる。
  2. 313系の投入数はおそらく現実の半分程度。
  3. キハ25はキハ40、11ではなくキハ58置き換え用となり、史実より数年早く登場していた。
    • そのキハ58は「みえ」のお古かもしれない。
      • 「かすが」は廃止までキハ58だったかも。
  4. 大垣-米原普通の主力は今も117系。
    • 飯田線では119系が現在も第一線で活躍中。えちぜん鉄道譲渡なんてありえない。
  5. 新幹線はスピードアップの観点から史実通りか?

在来線の自動放送導入に積極的だったら[編集 | ソースを編集]

JR東海では新幹線やワンマン列車では他社と同様に自動放送を用いているもののそれ以外の在来線列車に対する自動放送導入に対しては極端に消極的(それでも特急には導入しましたが)で、昨今では英語放送でさえも自動放送ではなく車掌や駅員に肉声で行わせています。しかしもし自動放送を積極的に導入していたら。

  1. 初期から積極的に導入されていた場合、在来線の放送も脇坂京子、ドナ・バークペアだった。
    • 史実では371系は脇坂氏とドナ・バーク氏による放送だったが、それ以外の特急は日本語は西村文江氏で英語放送も別人。

発足時点から車両の種類が少なかったら[編集 | ソースを編集]

現在は趣味的につまらなくなっているJR東海。ではもし発足時点で今ぐらいに車両の種類が少なかったラ?

  1. 新幹線は営業用は0系と100系、事業用はドクターイエローで現実と変わらない。
  2. 在来線は近郊型車両は113系・115系・117系・119系のみ。通勤型車両は一度も保有しない。
    • 特急型電車は381系のみ。急行型電車は保有せず急行東海はJR東日本持ち。急行富士川は国鉄時代に廃止。
      • 一般形気動車は1984年までにキハ40系列に統一。特急形気動車はキハ82系のみ。
        • 事業用車は電車と気動車1形式ずつ。機関車・客車・貨車は発足当初から保有しない。
  3. 佐久間レールパークも存在せずリニア鉄道館もなかった。したがって須田コレクションもなかった。
  4. 観光列車なんかあり得ない。
  5. JR東海は現実以上に趣味面でつまらなくなっていた。
  6. 後期国鉄型車両が東海に集中するためJR西日本・JR東日本のキハ58系・165系の全廃が遅れていた。
    • 国鉄型機関車・客車の減少も現実より遅れていた。