コンテンツにスキップ

島津製作所

島津製作所の噂

[編集 | ソースを編集]
  1. ノーベル賞
    • 田中さん。
  2. 明治までは仏壇屋
    • 今は計測機器関係が主力。メタミドホスの分析とかw
    • 厳密には島津源蔵(初代)がここを設立する前の島津家の家業が仏壇屋。
      • 島津源蔵自身も元々は仏具職人であり、その手先の器用さがここの創業につながった。
  3. 社のマークと会社の名前だと、九州が本社と勘違いされる。
    • えっ、違うの!?
      • じゃないけど、島津藩とは関係アリ。血縁はないけど、殿様を世話した礼として苗字と家紋を貰ったんだとか。
      • でも、島津家の御紋だしねぇ。「ちぇすとぉ」とは関係ないか。
    • 工場もなく、普通に福岡市に九州営業所があるだけ。
      • 名前の似ている島根に工場がある。
    • ちなみに鹿児島で観光事業や薩摩切子なんかをやってる島津興業はここの子会社とかではなく、島津の殿様の子孫の会社である。社章は同じく丸十字(こっちか本家だから当然だが)。
  4. オムロン村田製作所堀場製作所などは、かってはここの下請けだったが、今ではこれらの方が羽振りが良い。
    • でもやっぱり京都系企業といえば、老舗にはちがいない。
    • 上記の通り、ノーベル賞受賞で貫禄を見せつけた形である。
  5. 京唄子が芸能界に入る前にOLとして勤めていた。
  6. ローマ字表記が「SHIMADZU」なのがムズ痒い。
    • この表記も実は薩摩の島津家に由来する歴史的なもので、明治期の一流の英語教師からそう教わったとのこと。製作所のほうもこれに倣っている形である。
  7. 自衛隊のイーグルのHUDを作ったのはここ。
  8. 同じ京都に人形の「京都島津」もあるがここと直接の関係はないらしい。でもマークは同じ○に十。創業者が同じなんだとか。
    • この創業者は島津源蔵(初代)のことではなく、それ以前の仏壇屋時代の人物と思われる。
      • ちなみに京都島津の創業は1833年。島津製作所の創業は1875年。
  9. ジーエス・ユアサは元々ここの蓄電池工場が独立したもの。
    • 実際、GS YUASAの「GS」とは島津製作所二代目社長の島津源蔵(二代目)のイニシャルから取られている。
  10. かつては「標本部」という部門があり、これを3代目にあたる島津良蔵が独立させた「島津マネキン」が日本におけるマネキンの発祥。
    • 島津マネキンは戦時中に休止するも、戦後にはこの流れを汲む七彩、吉忠マネキン、ヤマトマネキンの3社が独立していったことで、京都がマネキンの一大産地となった。
      • 3社それぞれこことはゆかりのある会社だったが、そのうち島津良蔵が経営参加したのは七彩である。
    • 標本部では医学用の標本も作っていて、これも戦後に別途分離独立して㈱京都科学として存続している。
      • 京都科学の独立時の社長もやはり島津良蔵だった。
      • 現在では資本関係はないようだが、京都科学のルーツが島津製作所標本部であることは社史において重視されている。
  11. 中国による台湾侵攻前夜に低収益を理由に島津製作所が安全保障分野からの撤退を表明したことで業界全体にもっと予算つけてあげたほうがいいのではとなっている。
  12. 主力分野のひとつにX線機器があり、この分野については専門の教育機関を100年近くにわたり運営するほどである。