L1011トライスター
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- ロッキード社唯一の旅客機。
- 軍用機のノウハウが随所に散りばめられていた。
- 唯一じゃないよ。「ロッキード・エレクトラ」というプロペラエンジンの旅客機も存在したよ。
- 正確には「ロッキード唯一のジェットエアライナー」ではないかと。
- 因みにエクストラは海自や米海軍で絶賛飛行中のP-3Cのベース。
- エレクトラよりもコンステレーションのほうがロッキードのプロペラ機として有名だと思う。
- 正確には「ロッキード唯一のジェットエアライナー」ではないかと。
- 名前の由来は3発のエンジンをオリオン座の三ツ星にかけたもの。
- 正直、最近までTry-starだと勘違いしていました。
- 中国語での表記はそのまま「三星式」。
- 旧新潟3区の皆さんにとって、非常に苦々しい記憶を持って覚えられている機体。
- こちらでもすでに黒歴史扱いか?
- 機材選定の経緯は伊丹空港の騒音問題&当初予定していたDC-10の悪い噂(AA96便ドア脱落)によるだから至極まとも。
- もしDC-10にしていたら、トルコ航空981便で使われた機材をANAが持っていたことになり、雫石で記録して以来の世界最悪事故レコードをANAが更新していた可能性もある。トライスターの場合以上の黒歴史だったシナリオも。
- 機材選定の経緯は伊丹空港の騒音問題&当初予定していたDC-10の悪い噂(AA96便ドア脱落)によるだから至極まとも。
- 苦々しい記憶どころか「記憶にございません」
- 就航当初は時刻表で特別なマークが付けられたり導入を機にスチュワーデスの制服が一新されたりとまさに期待の星扱いだった。
- 1995年の引退時もしっかり羽田空港でセレモニーが行われている。黒歴史だったらこうはなるまい。
- こちらでもすでに黒歴史扱いか?
- 搭乗ハッチが上下に開閉する仕組み。格好良かった。
- ギャレーが床下にあった覚えが。
- 底に行くためのエレベータがありました。
- エンジン開発のゴタゴタで、ロールスロイスは倒産し、その後復活して現在に至る。
- 飛行中に2基のエンジンがダウンする事故が連発。全日空は一時運行停止した黒歴史がある。
- イースタン航空(だっけ)ではバミューダトライアングルで全エンジンが停止するという事故もあった。
- 全日空のインシデントの際にはロッキードに「原因究明と対策が行われないと危なくて飛ばせない」と強く言ったおかげですぐ対策が実行された。
- 飛行中に2基のエンジンがダウンする事故が連発。全日空は一時運行停止した黒歴史がある。
- 最新鋭機のB787やA380でも不可能な、完全自動着陸ができる唯一の旅客機。手放しでも着陸可能とか。
- Aerosim社製のMSFS2004用の機体があるのだが、この完全自動着陸が実装されている。ほとんど視程0でもたしかに手放しで着陸できるが、着陸直後には、スポイラーとスラストリバーサーとランディングギアのブレーキの操作が必要だった。たぶん実機もそうしないと減速できないかも。
- 某漫画で地対空ミサイルを回避するという離れ業を見せた、そんなに運動性能高かったんだろうか。
- それはミサイルの性能に問題有では?
- 前述の事件で騒がれはしたが、NH史上重大事故を1回も起こしていない稀有な存在。
- エンジン2発フェイルという冷や汗物のインシデントはあったそうですが…。
- 同時期の競合機であるDC10やボーイング737.747などにいろいろ欠陥があったのと比較すると、この機材はまだ安全なものだった。
- しかし販売競争では一番先に脱落した。
- ロッキード事件のような賄賂工作を積極的に行ったが、後の祭りだった・・・。
- なお乗員の不注意が原因でワイドボディ機初の死亡事故を起こしたのはこの機種だったりする。
- しかし販売競争では一番先に脱落した。
- 左右のエンジンはDC-10等に比べ翼の外側に搭載されているが、トラブルがあった時はその内側にエンジンを追加して取り付けることが出来た。
- あまり売れなかったせいで中古機としてもあまり取引されなかった。
- 2016年時点で旅客機として飛んでいるのは中東のチャーター専門会社の数機だけ。
- そもそもライバル機のDC-10と違って、拡張性の無さが原因で現在のDC-10みたいに旅客型を貨物型に転用するのが難しかった。
- 企画段階からアメリカン航空が絡んでいたが結局1機も買ってくれなかった。
- よくロッキード事件で全日空が導入したと思われがちだが、実際は全日空の幹部がアメリカン航空のDC-10のトラブルを聞いてそれを危機回避するためやL1011のほうが静音性が優れていたため導入した。
- マクドネル・ダグラスは当時騒音問題が深刻だった伊丹空港での騒音測定において、逃げるような急上昇を行いANAに不信感を強く抱かせたという。国内線が主の当時のANAにとって、伊丹空港は正に生命線だった。
- 全日空初の国際定期便の機材に抜擢された。2機とも国内線仕様からの改造機だった。
- 一応、太平洋横断が可能。(3発機なんだから、それくらいできてくれ)