もし東北新幹線が1982年の時点で仙台までしか開通していなかったら
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| せんだい 仙台 SENDAI | |||
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| ◥ | 白石蔵王 SHIROISHI-ZAŌ |
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- 長野行新幹線が開通する前に、仙台~盛岡間の工事に着手する。または、高崎~軽井沢、仙台~盛岡を開通させて、後に軽井沢~長野、盛岡~八戸か新青森まで二段階で開通させた。
- 延長開業の時期次第では、仙台〜盛岡間も最高速度が260km/hにされてしまう。
- 福島からの山形新幹線はともかく、盛岡からの秋田新幹線はなかった。あったとしても、山形新幹線の新庄から秋田へ延伸するコースであったと思われる。
- いずれにしても秋田に新幹線が来るのは史実より大幅に遅れていた。山形新幹線も仙台以北よりも後回しにされた可能性がある。
- 仙台以北の東北本線はすべて第三セクターになり、JR東日本は儲かるが東北地方は現実以上に廃れ、岩手の某国会議員の力により第三セクター化された東北本線をふたたびJR東日本の管轄にさせる。
- そもそもそのような力があるのなら第三セクター化自体回避できているのでは。
- 3セク区間があまりにも長大なため、JR貨物は羽越奥羽線へのシフトを強め、美味し国みやぎ鉄道?やIGRや青い森は経費節減のため気動車を投入していたかもしれない。
- 流石に全部はないと思う。少なくとも仙台近郊の仙台~小牛田間は国鉄(現JR)として残ると思う。
- それでも昼間の優等列車が多く残るため、仙台以南に比べ普通列車の本数は少なかった。
- 快速「南三陸」は国鉄時代に登場し、気仙沼の仙台志向が強まる。
- 1985年までに盛岡まで延びたら経営転換されない。
- 仙台までしか開通していない東北新幹線は現実以上に宇都宮や郡山に停車するようになりそれらの駅周辺は現実以上ににぎわう。
- 盛岡市の人口はまだまだ20万人を切っていた。
- 青森市、秋田市が盛岡市に差をつけられることが無かった。
- 仙台発着で青森・秋田に向かう特急が設定されていた。
- 仙台発秋田行きは北上線経由の「あおば」が復活し、新幹線の各駅停車タイプは「ひばり」の愛称になっていた。
- 田沢湖線ではなく北上線が電化されていた。
- あるいはJR東日本が特急形気動車を新造?
- 速達型「ひばり」各駅停車「みやぎの」かもしれない。
- 田沢湖線ではなく北上線が電化されていた。
- 「北斗星」の一部は新幹線接続を考慮したダイヤが設定された。
- 「はつかり」は「雷鳥」「しらさぎ」同様1985年まで食堂車の連結・連結を続けた。
- ちなみに仙台〜青森の運行距離は大阪〜富山より長い。
- 「やまびこ」は仙台〜盛岡の在来線特急として当面存続。
- 急行「くりこま」の格上げで本数を増やしたかも。
- 仙台発秋田行きは北上線経由の「あおば」が復活し、新幹線の各駅停車タイプは「ひばり」の愛称になっていた。
- 寝台特急「北星」の廃止が遅れた。
- 1985年以降は客車のテールマークと同デザインのヘッドマークが機関車に掲出される。
- 「あさま」と「あさひ」みたく列車名が紛らわしくなるので史実通り1988年春に寝台特急「北斗星」が運行開始したら遅くとも88年春までに廃止orはくつるに統合されたか!?
- 急行「もりおか」が特急に格上げされたかも。
- 特急「みちのく」も新幹線の仙台以北延伸まで現役であった。
- 山形新幹線開業前は仙山線が接続路線として重視される。
- 仙台口の容量逼迫や定時性が史実以上に問題視され、山形県の度重なる要請で複線化が本気で検討されていた。
- んーでも、あの区間は高速バスがクッソ強いからどうかなぁ。豪雪地帯だから冬は鉄道の定時性が期待できないし。
- 羽田−花巻の航空便廃止が遅れていた。
- むしろ今でも存在してる(東北新幹線の盛岡延伸後も割引切符などで対抗)。
- 北上操車場は開設されなかった。
- 盛岡貨物ターミナル駅の開業も遅れた。
- 代わりに九州新幹線がこの頃に博多~熊本間開業。
- 但し新鳥栖ではなく鳥栖、筑後船小屋ではなく羽犬塚、新大牟田ではなく大牟田、新玉名ではなく玉名に駅が設置されている。
- 2004年に熊本~川内間が開業。2011年に川内~鹿児島中央間の開業で全線開業。
- 川内~鹿児島中央間に新伊集院駅が設置されている。
- 2004年に熊本~鹿児島中央間が開業していた。
- 「Aひかり」の殆どが山陽新幹線・小倉から先は各駅に停車。
- 東北圏の仙台一極集中が強まっていたかも。
- 東西線は史実より早くできていた。地下鉄は2線とも5両編成になっていた。