もし関門海峡が全部陸地だったら

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・・・潮の流れが変になる・・・。
  1. 当然、関門トンネルは存在しない。
    • 巌流島も存在しない。
    • 当然「九州」の名称は存在せず、本州の一部となっていた。
      • 五畿七道にならって「西海道(西海地方)」と呼ばれていた。
      • いや、関門地峡より西の事を島に見立てて、結局九州と呼んでいた可能性はある。
  2. 山口県は福岡県に併合されていた。
    • いや、福岡でかすぎでしょw
      • 北九州市と下関市の合併が実現していたかも。
    • むしろ北九州市をはじめとする福岡県東部が山口県となっていた。
    • 山口県の一部が福岡県に併合されていた。
      • 山口県の県庁所在地はもちろん北九州市。
        • 九州が本州になっていたので「北九州市」という名前自体が存在しなかった。
    • 下関市福岡になるのでは。
  3. 山口県西部が「長門」・「長州」と呼ばれることはなかった(穴門→長門は関門海峡に由来するため)。
    • 戦艦「長門」「陸奥」は「薩摩」「陸奥」になっていたかも。
  4. 門司と下関が港町として発展することはなく、山口県の中心都市は日本海側にあった。
  5. 鹿児島本線の始点は博多駅だったかもしれない。
    • むしろ山陽本線の一部になっていた。
    • 神戸から福岡ないし鹿児島までが、「山陽本線」と呼ばれていた。
    • 鹿児島までの場合、現実の日豊本線を含んで神戸~小倉~宮崎~鹿児島のルート。現実の鹿児島本線は山陰本線に組み入れられる。そして小倉では両線がいったん接する。
      • 建設経緯を考えると神戸~小倉~熊本~鹿児島が山陽本線となり、京都~松江~小倉~宮崎~鹿児島が山陰本線になっていた。
    • JR九州は存在せず、西海半島全域がJR西日本の管轄になっていた。
    • 西海半島の電化路線はすべて直流に。
      • むしろ関門トンネルがないので、岡山以西が交流電化だったかも。
  6. 明治維新後、運河が開削されて現在と同じ姿になる。
    • 無論鉄道・道路はトンネルではなく橋で結ばれていた。
  7. もちろん長州藩の名は存在しないが、それのみならず倒幕に積極的に関与する藩ともならなかった。
    • だとすれば、会津若松市の住民たちのトラウマも1つ減っていた。
    • 「長州藩」ではなく「防州藩」か?
      • プロレスラーの長州力(周南市出身)は「防州力」または全く別のリングネームを名乗っていた。
  8. 瀬戸内海沿岸都市はさほど発展せず、かわりに高知や志布志などが港町として栄えることになったかも。
    • 江戸時代は、現実の北九州市・下関市辺りの地峡を荷車に載せた物資が行き交うことになった(日本海側と瀬戸内海・太平洋側を結ぶため)。そのため始めは鉄道を敷設するも、やがて運河に(パナマと同じ)。
  9. 巌流島もないので、宮本武蔵と佐々木小次郎はどこで対決したんだ?
  10. 壇ノ浦もないので、平家滅亡の戦いはどういう名前になっていたんだ?
    • たぶん屋島で全滅していたか、薩摩・大隅辺りで最期を迎えたんじゃないでしょうか。
  11. 江戸時代末期に関門運河が建設されていた。
  12. 福岡が日本海側の県・都市というイメージが史実より強かった。
  13. 平清盛は音戸の瀬戸ではなくここを開削した。
  14. 山口県は正式に九州地方に属した。