もしあの国が第一次世界大戦に同盟国側で参戦していたら
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ロシア[編集 | ソースを編集]
- 日露戦争後にドイツに接近していたら有り得た。
- 現在ではニコライ2世とヴィルヘルム2世の親密な関係が独露接近の背景になったとされている。
- それ以前に、ビスマルク外交が継承され三帝同盟が存続していた場合というのも考えられる。
- その代わりオスマン帝国の同盟国側での参戦が有ったか微妙。
- オスマンが連合国に付いていたら戦後南カフカスとクリミアはオスマン領になっていたかもしれない。
- イギリスの妨害さえなんとかできれば当初の目論見通り武装中立を保てていたかもしれない。
- 敗戦後、南カフカスと中央アジアはイギリスの委任統治領になっていた。
- 史実のドイツのように経済が疲弊し、結局敗戦時にロシア革命が勃発していた。
- そのロシア革命は共産主義革命ではなくファシズム革命になっていたかも。
- 共産主義革命だったとしてもボリシェビキではなくメンシェビキが中心になっていた。
- ドイツとロシアで同時に革命が起きたらこの時点で「東欧革命」と呼ばれていた。
- そのロシア革命は共産主義革命ではなくファシズム革命になっていたかも。
- 日本は青島・南洋諸島だけでなく北方戦線も抱えることになる。その場合、北樺太や沿海州に進出し、戦後日本による北樺太の領有と沿海州の中華民国返還が行われていた。
- むしろ沿海州も日本が獲得していたのでは。
- カムチャツカあたりもついでに獲得できていた。
- むしろ沿海州も日本が獲得していたのでは。
- ドイツが東側に戦線を抱えることなく西側に専念することになるため、パリは陥落していたかもしれない。
- それでも同盟国が勝つことはなさそう。
- 史実の第2次大戦同様にイギリス上陸を目指すがやはり失敗。
- うまく立ち回れば引き分けくらいに持ち込めていた。
- ドイツ帝国は大戦後も存続できていた。
- いくらなんでもロシアの戦力が加わるなら同盟国側が勝つだろう。この状況では英海軍の海上封鎖もあまり効果が無く、無制限潜水艦戦の実施に至らずアメリカ参戦を招くこともないだろうから英仏だけで対抗するのはほとんど不可能。フランスは降伏、イギリスは不利な条件での講和という形に落ち着く可能性が高い。
- 新彊やモンゴルで中華民国の軍勢と戦っていた可能性あり。
- そもそもロシアが中央同盟国側の味方だったらサラエボ事件が大戦に発展する理由が無いのだが。
- そもそもサラエボ事件自体起きておらず、事件を起こすような背景すらなかった。
- イギリスとロシアの対立が続いており、かつオーストリアが親英仏的であれば独露がセルビア、英仏がオーストリアを支援してサラエボ事件が第一次世界大戦に発展する。
イタリア[編集 | ソースを編集]
- ≒「未回収のイタリアが無かったら」である。
- あるいはフランス領のコルシカ島・ニッツァ(ニース)が「未回収のイタリア」とされていた。
- 代わりにオスマン帝国が同盟国側で参戦してなかった。
- 場合によっては帝国内で内戦が発生していた。
- 敗戦時にイタリアでの王政が廃止されていた。
- 社会は混乱を極めるので史実通りファシズム政権が誕生するが、侵略行為はしなかった。
- 代わりにユーゴを脅してダルマチアを割譲させていた。
- 国旗の真ん中にはファスケスが入っていた。
- 敗戦後、リビアとエリトリアはフランスの、ソマリランドはイギリスの委任統治領となり、第二次世界大戦後に信託統治領になっていた。
- エチオピアは侵略されずに独立を維持していた。第二次世界大戦では中立を維持するも、末期に史実のトルコやアルゼンチンなどと同様に連合国側で参戦していた。
- 本土のサルデーニャやアオスタあたりもフランスに奪われていた。
- オーストリアの南側が安全になっていた。
- イタリアは政治的にバルカン方面に主戦力を指向していた。
- 国際連盟の常任理事国はイギリス・フランス・日本に、四大国は前者にアメリカを加えたものになっていた。
- 南チロルは少なくとも第2次大戦まではオーストリア領のままだった。
- 同盟国側が勝利した場合はフランスからコルシカ島、チュニジアあたりを割譲されていた。
日本[編集 | ソースを編集]
- 日英同盟ではなく日独同盟を結んでいたら有り得た。
- 筋金入りの黄禍論者だったウィルヘルム2世(三国干渉の真の張本人でもあった)のドイツが日本と単独で同盟を結ぶのは考え難い。ありうるとしたら日英同盟成立に至る過程で提案された日英独三国同盟が成立していた場合だろう。当然その場合イギリスも日独国側に立つから両陣営の顔ぶれも大きく変わる。
- だったらそれ以前に日露戦争に負けて日本は欧米の植民地になってるはず。
- カイザーの黄禍論は対中華が強いしフランスと戦争するってなったら日本と組むかも。
- もしくはオスマン帝国と反露同盟を組んでて参戦が自然か。
- 日本の参戦に呼応して、アジアの欧米植民地が一斉に蜂起していた。
- 史実の太平洋戦争を踏まえる限りそれはなさそう。
- 敗戦と同時に、朝鮮・台湾は放棄し、朝鮮は中華民国の委任統治領に、台湾は中華民国の直轄領になっていた。
- 南洋諸島はイギリスの委任統治→信託統治領になっていた。
- 沖縄も中華民国の委任統治領に、小笠原もイギリスの委任統治領になっていた。
- 樺太・千島については日本も引き続き領有権を主張するものの、ソ連軍が勝手に進駐・占領し事実上ソ連領となっていた。
- 史実の太平洋戦争終結直後に似た出来事が第一次世界大戦直後に起こっていた。
- あくまで主戦場はヨーロッパ・地中海地域だったため日本はそこまで大した目には遭わなかったのでは。
- それでも日独同盟破棄、満洲権益の喪失、高額の賠償金支払いあたりは避けられなかった。
- 大戦末期に、外地の日本軍の掃討のために、連合国軍が毒ガスが使われる可能性がある。火炎放射器のほとんどない時代には有力な兵器なので。また、硫黄島や沖縄で、この時激戦が行われるかもしれない。
- 複葉機しかない時代だから、この戦争で日本の主要都市の大半が焼け野原になる事はない。ただし、代わりに大規模な艦砲射撃が日本本土に行われる可能性がある。また日本本土上陸作戦も行われるかもしれない。
- あくまで主戦場はヨーロッパ・地中海地域だったため日本はそこまで大した目には遭わなかったのでは。
- 国際連盟の常任理事国はイギリス・フランス・イタリア・中華民国に、五大国は前者にアメリカを加えたものになっていた。
- アジアの欧米植民地の独立時期は史実通りだった。
- 戦後日本と中国の立場が逆転していた。
- 北京(ひょっとしたら南京)五輪が1964年に、東京五輪が1976年辺りに開催されていた。
- 中国ではなく日本が共産化していた。
- ソ連が第二次世界大戦で枢軸国側に付いていた場合、沿海州が戦後に中国に返還され、日本は共産化せず、朝鮮戦争も起きないため、日本は緩やかに経済成長していた。
- 分裂しすぎて訳が分からない状態だった中国と中央集権体制が確立していた日本の立場がそう簡単に逆転するとは考えにくい。
- 徳島県の板東収容所に入れられたのはイギリス兵捕虜。
- だから、「埴生の宿」などのイングランド民謡や、「アニーローリー」「故郷の空」「蛍の光」などのスコットランド民謡が、日英相互で歌われ、演奏された。
- 大戦景気など起きるはずもない。
- ドイツやオーストリア向けの製品を作っても運ぶ船がほとんどロイヤルネイビーの餌食となり損害ばかり膨らんでいた。
- 中華民国では北京政府と南方系の勢力による本格的な内戦が発生していた。
- おそらく孫文も身を置いたであろう南方の政府が連合国寄り。
- 第1次大戦自体は終わっても中国だけまだ内戦状態だった。
- ロシアが二正面作戦を強いられて史実より早期に脱落する、アメリカの参戦機会も無いとなれば同盟国側勝利の可能性も十分にあるのだが。実際そのように推定する歴史家もいる。
- もしそうなった場合、日本は極東シベリアや東南アジアに広大な植民地を獲得できる。
- 欧米はヨーロッパ戦線で忙しいため、アジアに軍を回す余裕がなくアメリカも中立のため日本は連戦連勝そしてアジアの覇権国家へ。
- 史実では、日清戦争と日露戦争しか対外戦を経験していない、日本軍に、そういう意欲はあったのか?
- 第一次世界大戦時の日本の首相は、連合国側では、ドイツの皇帝ヴィルヘルム2世とともに、憎むべき敵として、徴兵や戦時公債の購入等のキャンペーン(プロパガンダ)の対象になる。アメリカでは、その人形をチャップリンがハンマーで叩く映画が作られた。また、敗戦後の日本では、彼らは「日本を勝ち目のない戦争に引きずり込んだ人物」とされ、それ以前の功績が評される事はなくなり、偉人伝の対象から除外される。
- 史実での第一次世界大戦開戦時の日本の首相は、大隈重信だったが、彼がこの時日本の首相だったら「立憲改進党などで自由民権運動に関わる事は、歴史の教科書に書かれない」「佐賀の七賢人から除外される」「早稲田大学は、敗戦後、連合軍の要求で閉校になる」などの事が起きるかもしれない。
- 早稲田大学が閉校になったら、同大学出身の著名人が出ないことで、その後の日本の文化史が相当変わるか?
- 早稲田大学が閉校を免れた場合、チャップリンの映画の学内での上映や、チャップリンを講義・入試での出題などで扱う事は、この大学ではタブーになるかもしれない。一方、ドイツ研究ではこの大学では日本屈指か?ドイツを裏切らなかった事でドイツでは朝野とも彼への評価が高まるので。
- 史実での第一次世界大戦開戦時の日本の首相は、大隈重信だったが、彼がこの時日本の首相だったら「立憲改進党などで自由民権運動に関わる事は、歴史の教科書に書かれない」「佐賀の七賢人から除外される」「早稲田大学は、敗戦後、連合軍の要求で閉校になる」などの事が起きるかもしれない。
スペイン[編集 | ソースを編集]
- カタルーニャ、バスク及びカナリア諸島は独立国となって、ガリシアはポルトガルに編入されていた。
- 西サハラ等のアフリカの植民地はフランスに編入。
- 1918年のパンデミックは「スペイン風邪」とは呼ばれなかった。
スウェーデン[編集 | ソースを編集]
- イエテボリ、マルメなどの南部地域はデンマークに割譲される。
- ラップランドは分離独立している。
- 王室は廃止され、共和国となった。
- 大河ドラマ「いだてん」のストックホルムでのロケは行われなかった。
- 市街地及び競技場が破壊されている可能性があるため。
- ノーベル賞の存続が危うくなる。
イギリス[編集 | ソースを編集]
- ロシアとの対立(グレート・ゲーム)が続いていたら対ロシアで参戦していた。
- インドからアフガニスタンを経由して北上し、ロシア中部へ進軍。
- 中東ではオスマントルコを支援・派兵し、カーフカスでロシア軍と戦闘に。
- エジプト・キプロスから北上し、ギリシャへ上陸、セルビア・ルーマニアへ侵攻。
- 日英同盟を結んでいた日本もイギリスに協調してロシアへ宣戦布告しシベリアへ出兵。
- あくまでアジアでの権益狙いでの対露参戦なのでフランスへの上陸作戦は行わず。
- イギリスが加われば中央同盟国が勝利し、独墺英日土勃が戦勝国として世界の中心になる。
中華民国[編集 | ソースを編集]
- 台湾奪回のため上陸部隊を送る。
- 満州・蒙古に日本とロシアの勢力を駆逐するため兵を送る。
- その勢いで中華民国は沿海州、外満州に兵を進める。
- ロシアは東西から同盟国の挟み撃ちに遭う。
- シベリア出兵を行ったのは日本でなく中華民国である。
- その勢いで朝鮮に兵を進め、日本を追い出す。
- 朝鮮は日本から独立し、中華民国の影響を受け「朝鮮民国」となる。
- 南は現在のベトナム・ラオス・ミャンマーに兵を進め、フランス・イギリスの勢力を駆逐する。
- さらにマレーにも兵を進める。
- 南シナ海でヨーロッパに向かう日本の商船を攻撃する。
- インドにも兵を進める。
- インド洋ではドイツと共同で連合国の艦船を攻撃する。
- 日本は中華民国に台湾を奪回され、沖縄が中国領となる。
- 対馬、壱岐、隠岐諸島は朝鮮領となる。
- 中国はロシアに奪われた旧清国領を回復。樺太も中国領となる。
- ここまで中華民国が勝利する前提で話が進んでいるが、当時の中華民国は弱いので敗戦し、満州や華北は日本に奪われ、チベットは独立するかと。
- 参戦経緯は二十一ヶ条要求拒絶→史実より20年早い日中戦争→香港や沿海州奪還のため英露とも開戦
という流れ。ロシア崩壊は少し早まるかもしれないが日本軍とインドの英軍による挟撃によって敗北。満州や華北を日本に、チベットをイギリスに割譲したうえ、連合国が保有する租借地の租借期限も大幅延長。