ざんねんな鉄道車両事典/南海電気鉄道
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- 当時としては画期的な車体構造を持っていたが、和歌山軌道線廃止により車齢10年に満たないまま大半が解体。
- 伊予鉄道に譲渡された324→モハ81も車体幅の狭さと車体長の長さが災いし、冷房化されず1987年に廃車、1993年に解体されている。
- インバウンド対応改造を行ったあとは他編成との併結が不可能となっている。
- 1051F以外は加えてドアチャイムすら設置されなかった。
- インバウンド対応改造した割に6連が中心の為普通運用が多い(ただし6+2の8連運用は昔に比べて増えた)
- 高野線ズームカーの第2世代として登場したものの、橋本までの複線化が完成した後は大運転(平坦区間と山岳区間の直通運転)の減少や2300系投入により車両が余剰となり、一部が南海本線に転属した。高野線に残った車両も橋本以北の運用に入ることも多い。
- ズームカー伝統の17m車ゆえに、一般運用(特に南海本線普通車)においては一部利用者からは混雑すると不評。
- それ故2024年からついに支線運用が始まった。
- さらに本線普通車でワンマン運転を始める影響で高野線にカムバックする車両も出てきた
- 同年12月のダイヤ改正で本線運用は終了。
- それ故2024年からついに支線運用が始まった。
- ズームカー伝統の17m車ゆえに、一般運用(特に南海本線普通車)においては一部利用者からは混雑すると不評。
- 既存ズームカーとの併結の為電磁直通ブレーキ車としたが、相性が悪く結局追加増備で全て置き換えることになった。
- ただそのお陰で2200系2208Fが天空として山岳区間に戻った際には一般車に宛てがうことができた。
- 2001Fは観光列車GRAN天空になったが、改造車故窓の無い席がある。
- 端子電圧600Vで150kW級(200hp)の主電動機を搭載した関係で昇圧工事を蹴られ、昇圧前の1970年に全廃された。
- 同種の機器を使用した2051系は主電動機をMT40に取り替えられ、12001形は電装解除となり、2001形のDNAとも言える150kW級主電動機は昇圧後に全く引き継がれなかった。
- 高野線橋本以南での2両ワンマン運転用として登場し、当初は難波直通の快速急行としても運用されたものの、1-2列転換クロスシートのため座席数が少なく、後に定期運用において橋本以北に入ることはなくなった。
- 2200系・2230系の置き換えを目的とした増備はなされず、後に2000系を改造して対処された。
- 当然、2270系の置き換え用にも増備されることはなかった。
- 2000系が電磁直通ブレーキ車であるが故電気指令式ブレーキを採用できかった。
- とはいえ本形式が出た頃には近鉄がブレーキ読み替え装置を使ってたのでこっちでもこれを導入できそうだったのだが…
- 還暦をオーバーしても引退時期が何度も延期されている正真正銘の化け物で、最終的に引退時期未定とまでなってしまう始末。そろそろ休ませてあげて。
- 加えて未更新ながら後輩の6200系の一部を尻目にしぶとく生き残る羽目になった。
- 2018年時点では2023年度引退予定だったがコロナで8300系の増備が遅れ2025年度へ延期。
- その後本線普通車ワンマン化の関係で高野線に8300系を回す余裕がなくなりさらに延期され引退時期未定となった。
- 2018年時点では2023年度引退予定だったがコロナで8300系の増備が遅れ2025年度へ延期。
- 加えて未更新ながら後輩の6200系の一部を尻目にしぶとく生き残る羽目になった。
- 更新工事に合わせて台車を交換したが、これによって更新車と未更新車は併結できなくなった。しかし形式を変えなかった為運用面で苦労が生じたという。
- これが後年6100系が更新時に6300系になった理由になった。
- 純粋な6連は40年以上車体更新未施工のままである。
- 加えて4連がリニューアルされた経緯も制御装置やCPが編成内に1つしかなかったため。
- ついに6両編成が全車未更新のまま50年目突入確定、ステンレスは普通鋼より劣化スピード遅いし抵抗制御は電子機器使ってないからちゃんと検査すれば登場から廃車までずっと使えるからね。
- 還暦をオーバーした6000系を差し置いてついに廃車が出た。
- 6100系の台車交換及び車体更新で生まれた車両だが、流用元の台車や編成の構成がまちまちでそれ毎に車番を区別したため、付番基準が非常にカオスでわけがわからない状態になってしまっている。
- 台車に関しては新造した車両もある。
- 当初非冷房で後に冷房改造された昭和44年製造の1次車は2次車以降と異なり更新を受けずに2003年までに廃車になった。
- 但し台車は6300系に、主電動機は31000系に流用されている。
- ワンマン機器がツーマン運転操作時の邪魔になる関係で、一時期本線で代走を行う際は常に中間に封じ込められた。
- 5本のうち7191Fのみはめでたいでんしゃ化されず、やや中途半端である。
- 電機子チョッパ制御車の試験車だが、量産には至らず1編成のみに終わった。
- 後に足回りを交換したが、7100系の廃車発生品を流用した抵抗制御車となり、明らかに改造前より退化した。
- 南海初の界磁チョッパ制御車として登場したが、6連×3本が製造されただけで、後にVVVF化を含む更新を受けた際に6200系に編入され、50番台の車番となった。
- 4両編成は当初、制御装置が1ユニットしかなく保安上の問題で単独運用が規制されたが、製造本数が5本であり、1000系以降との車両との併結もできなかったため、1本が全く運用できず運用上の効率が悪かった。
- その後、サザン向けに12000系が製造された際に9000系を相方とした場合、冷房装置を別々に動かすため運用上の制約が少し緩和された。
- さらにその後リニューアルがなされ単独運用が可能となったどころか、8000系や8300系との併結も可能になり運用上の制約がほぼなくなった。
- その後、サザン向けに12000系が製造された際に9000系を相方とした場合、冷房装置を別々に動かすため運用上の制約が少し緩和された。
- 6両編成はリニューアル後も電気連結器が設置されず、8000系や8300系との併結が非常時以外できない。
- 3M1Tであったため、昇圧の際は単車昇圧方式が採用され、走行機器類一式がすべて交換となった。
- この関係で全電動車化もユニット方式化もなされなかった。
- 更新工事を行おうとした時点で後継車を新造したほうが得策と判断されたためか、車齢20年強で廃車された。
- 廃車後は先頭車がみさき公園で保存されていたが、野ざらしゆえに劣化が激しく、後に解体された。
- 1編成しかなかったため、冬季には車両検査のため「こうや」そのものが運休になっていた。
- 車体は後に登場した21000系と同一だが、旧式機器が災いし車齢15年程度で全車が運用を離脱した。
- 加えて22000系最終増備車が出たこともあったのか、新性能化すらなされなかった。
- クハ21201以外は復帰せずに廃車され、クハ21201も1986年の貴志川線3両運転廃止で廃車となり全滅した。
- そのクハ21201は廃車後に衝突試験に供されて原型を留めない状態で解体が行われた。
- 1990年代後半に更新で2200系に生まれ変わったが、当初は一部を高野線大運転に残す予定だったものの2000系との相性が合わず、最終的に撤退を余儀なくされた。
- その後1編成が「天空」として高野線に復帰している。
- 多くは支線に転用されたが、一部は更新されずに車齢30年足らずで廃車されてしまった。
- 譲渡車も熊本電鉄200形以降、銚子電鉄22000形まで全く出なかった。
- 7100系と同時期の製造であるにも関わらず、性能を21000系に合わせたため、コイルばね台車を装備している。
- そのためもあるのか、7100系よりも早い2025年に南海からは全車両引退。
- 便宜上大阪府都市開発・泉北高速鉄道時代の車両も含みます。
- 南海6100系をベースに製造されたが、セミステンレス製車体だったために早くも1990年代後半から2000年にかけて引退を強いられた。
- こちらも台車は6300系に流用され、冷房装置が高松琴平電鉄へ譲渡され同社の車両で再利用されている。