もしあのスポーツ大会が存在しなかったら
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分割済み[編集 | ソースを編集]
総合大会[編集 | ソースを編集]
国民体育大会[編集 | ソースを編集]
- 高校総体もなかった。
- 「国体」と言えば満場一致で政治思想用語だった。
- 各競技の日本選手権への注目度がやや上がっていた。
- 一部の県では道路などのインフラ整備が史実より遅れていた可能性あり。
- 2002FIFAワールドカップの会場は大半がトラックのない球技場になっていた。
全国高等学校総合体育大会[編集 | ソースを編集]
- 現在も各競技団体はそれぞれで全国高校大会を開催していた。
- 特に屋外競技だと暑さを避けるべく時期を変えていた。
- 球技だとサッカーの「プリンスリーグ」のようなリーグ戦による大会が行われていたかもしれない。
アジア競技大会[編集 | ソースを編集]
- デリーかムンバイは'20年の夏季五輪開催地に選ばれていたかも。
- 広島は'88年夏季五輪開催地がメルボルンだったら'96年の夏季五輪に立候補したかも。
- その場合日本は'98年の冬季五輪開催地に立候補しなかった。
- ソフトテニスやセパタクロー、カバディ、武術太極拳などの知名度が下がっていた。
球技[編集 | ソースを編集]
FIFAワールドカップ[編集 | ソースを編集]
- オリンピックは勿論、年齢制限等無く他の競技と同じ様にサッカー世界一の国を決めていた。
- 野球のWBCも無かった。
- ラグビーワールドカップなども無かった。
- クリケットワールドカップも無かった。
- でもオリンピックの種目には野球、サッカー、ラグビー、クリケットなどがある。
- その上野球とソフトボールはロンドン以降も種目の一部に入ってた。
- Jリーグが出来たか微妙。
- ブブゼラが有名になったかも微妙。
- 冬季オリンピックの2年ずらしがもっと早くから実施されていた。
- 札幌市営地下鉄南北線の開業時期も現実と変わっていた。
- サッカーの世界での人気が現実より下がっていた。
- 現実のクラブW杯に相当する大会が第2次大戦後には誕生していた。
- この場合イングランドのクラブの参加が遅れていたような気がしてならない。
- サッカーの国別代表がポピュラーにならなかったかもしれない。
- 世界最大のスポーツイベントといえばもちろんオリンピック。
FIFAコンフェデレーションズカップ[編集 | ソースを編集]
- 史実より早い段階でクラブワールドカップがワールドカップのプレ大会に位置づけられていた。
- インターコンチネンタルカップ→トヨタカップが五輪開催年は開催しない世界柔道などのようにクラブワールドカップ開催年は非開催という条件で存続していた。
ワールド・ベースボール・クラシック[編集 | ソースを編集]
- オリンピックでの野球除外がなかったら現実になっていたかもしれない。
- 「野球日本代表」は今でもファンの妄想の中にしか存在していない。
- オリンピック野球のプロ解禁が史実通りなら別。メジャーリーガーは出られなくなるが。
- ヨーロッパやアフリカの野球への関心は高まらなかった。
- WBCと言えばほとんどの場面でボクシングの世界タイトルを指していた。
- IBAFワールドカップは2018年現在も開催されていた。
選抜高校野球大会[編集 | ソースを編集]
- 甲子園と言えば夏の選手権のみを指すことになるため、より神聖化される。
- 明治神宮大会が春開催になっていたかもしれない。
- 他競技の高校選抜大会もなかった。
- 毎日新聞社が高校野球に深く関わることはなかった。
- 現実では「21世紀枠」の対象となる高校の甲子園出場のハードルがより高くなっていた。
- 阪神タイガースのホーム開幕は大阪ドームではなく甲子園だった。
ラグビーワールドカップ[編集 | ソースを編集]
- オリンピックでのラグビー除外がなかったら現実になっていたかもしれない。
- 日本におけるラグビー人気も史実以下だった。
- むしろ上のようにオリンピックにラグビーが残っていればもっと人気出てただろう。
- ただし、出られるかどうかは不明(おそらく出場枠もワールドカップより少ないだろう)。
- むしろ上のようにオリンピックにラグビーが残っていればもっと人気出てただろう。
- ニュージーランドでもワールドカップと言えばサッカーの方を指していた。
ワールドカップバレーボール[編集 | ソースを編集]
- バレーボールの1964年東京オリンピック採用がなければあり得た。
- 日本におけるバレーボールは史実よりマイナーだった。
- もちろんバボちゃんは誕生しなかった。
- (オリンピック採用が史実通りなら)オリンピック出場権は各大陸選手権上位(大陸によって1~3ヶ国)に与えられ、次点の数ヶ国が世界最終予選に進む方式になっていた。
- バレーボール世界選手権がワールドカップに改称していたかもしれない。
- V6は結成されなかった。
- 嵐、NEWS、Hey!Say!JUMP、Sexy Zoneは結成されてもデビューの仕方が大きく変わっていた。
ウィンブルドン選手権[編集 | ソースを編集]
- イングランドではテニスはマイナースポーツとなっていた。
- 下手したらオリンピックでテニス競技が採用されなかったかもしれない。
- 全米オープンか全仏オープンが最高峰になっていた。
- 当然「ウィンブルドン現象」と言う言葉も生まれなかった。
- 経済界では代替用語の選定に苦慮していた。
- サタデースポーツやサンデースポーツも休止しなくて済んだ。
NFL[編集 | ソースを編集]
NFLの創始者と言えばジョージ・ハラスですが、彼は元々メジャーリーガーであり、ニューヨーク・ヤンキースに所属していました。しかし怪我のため野球を断念し、現在のNFLの前身となるリーグを創設しました。もし、ハラスが怪我をせず野球を続けていた場合、どうなっていたのだろう?
- いまもなおMLBが北米で一番人気のスポーツとなっている。
- アメフトは完全にアメリカのローカルスポーツとなっていた。
- アメリカでのサッカー人気も少しは高まっていた。
- 『アイシールド21』は連載はおろか企画さえ提出されない。
- AFLが覇者となりスーパーボウルを開くだけ。
その他[編集 | ソースを編集]
ツール・ド・フランス[編集 | ソースを編集]
- フランスにおける自転車競技の人気が下がっていた。
- パリの夏季オリンピックへの立候補回数がもう少し増えていた。
- 早ければ1960年に、他に1976年・80年辺りにも立候補していた。
大相撲九州場所[編集 | ソースを編集]
- 名古屋場所の本場所昇格が数年早まっていた。
- それでも年6場所制にはなっていた。
- おそらく多くの名力士を輩出してきた北海道で「札幌場所」が行われていた。
- この場合気候を考慮して札幌は7月、名古屋は11月の開催になっていた。
- 金沢はさすがに無理か?
世界陸上競技選手権[編集 | ソースを編集]
- 1980年のモスクワ五輪の西側諸国のボイコットがなければあり得た。
- 代わりに国際陸連主催のもう少し小規模な大会が行われていた。
- 「世界投擲競技選手権」「世界長距離選手権」・・・。
- 織田裕二のイメージにも影響があった。
アメリカスカップ[編集 | ソースを編集]
- 世界最古のスポーツ大会と言えば全英オープンゴルフ。
全日本新人王決定戦[編集 | ソースを編集]
- いわゆる4回戦ボーイにとっての最初の目標が消えていた。
- そのため、アマチュア経由でプロボクサーになる者が史実より増えていた。
- 場合によっては、アメリカのようにアマチュアで一定数の勝利がなければプロのライセンスが得られない仕組みになっていた。
- そのため、アマチュア経由でプロボクサーになる者が史実より増えていた。