もしあの寺社仏閣が現存していたら
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高徳院大仏殿[編集 | ソースを編集]
- 史実での経緯を踏まえると現存しているのは15世紀ごろに再建されたもの。
- あるいは江戸時代に徳川将軍家の寄進により建設されたもの。
- 関東大震災でもかなり被害を受けていた。
- 鎌倉の大仏が現実のように酸性雨で変色することはなかった。
- 奈良の大仏同様の色になっていると思われる。
- それでも「武家の古都・鎌倉」の世界遺産登録をめぐる状況に変化はない。
- 鎌倉市の津波想定はそれほど高く設定されていない。
- 現実では「大仏殿が津波に飲まれた」という言い伝えをもとに10m以上を想定している。
谷中五重塔[編集 | ソースを編集]
- 放火心中事件が起きていないのが前提。
- 現在では幸田露伴の小説『五重塔』のモデルになったことを示す看板が建てられていた。
相国寺七重大塔[編集 | ソースを編集]
- 国宝指定は確実。
- 相国寺も世界遺産「古都京都の文化財」に含まれていた。
- 京都人の高層建築に対する抵抗感はある程度和らいでいた。
- その代わりこの塔より高い京都タワー建設がもっと揉めていた恐れがある。
- 「七重塔より高い建築物を禁止する」と明文化されていたかも。
- 同志社大学今出川キャンパスは、明治大学駿河台キャンパスのリバティタワーのような、ビルキャンパスに建て替えられていた。
- 同志社大学を遠まわしに表現する「七重塔の近所の大学」という言い回しが存在していた。
- 特撮や漫画などで京都が壊滅する際によく倒壊シーンが描かれていた。
- 候補:日本沈没(テレビ版)、ゴジラvsメカゴジラ、太陽の黙示録
法輪寺三重塔(初代)[編集 | ソースを編集]
- 飛鳥時代に作られた貴重な三重塔として新国宝に登録されたのは確実。
- 世界遺産「法隆寺地域の仏教建造物」にも含まれていた。
- 近年の最新技術を用いた調査で何らかの新たな事実が見つかっていた。
- 幸田文は生涯斑鳩とそこまで深い縁を持つことはなかった。
- 奈良交通が観光シーズンに法隆寺、法起寺とこの寺を結ぶバス路線を運行していた。
- 「斑鳩三塔めぐり」といったような愛称付き。
東大寺七重塔[編集 | ソースを編集]
- 間違いなく奈良県で一番高い建造物となっている。
- 100mという巨大さゆえ、遠くからでも目立っていた。
- 大仏殿とともに奈良観光の目玉となっていた。
- 間違いなく国宝に指定されていた。
- 大阪万博の古河パビリオンはこれを模したデザインにはならなかった。
- 現存しているものは江戸時代(18世紀前半か?)に再建されたもの。
金閣寺(初代)[編集 | ソースを編集]
- 勿論国宝のままだった。
- 足利義満像も残っていた。
- 三島由紀夫の小説はなかった。
- 水上勉の『五番町夕霧楼』もなかった。
- 八つ橋の「夕子」は発売されなかったか別の名前になっていた。
- 水上勉の『五番町夕霧楼』もなかった。
- 2層に金箔が貼られていなかった。
- ポケモンのジョウト地方にある塔は少なくとも「やけたとう」ではなかった。
- やけたとうは放火事件となった金閣寺がモデルなので、ポケモンの世界でも火災にあった設定はないであろう。金閣寺のモデルすらないかもしれない。
- 何らかのイベントで「創建当時の金色に輝く金閣」の模型が展示されていた。
- その分銀閣寺が影が薄くなっていたかも。
- 戦前から警備体制が厳しかった。
出雲大社本殿(古代)[編集 | ソースを編集]
- 高さについては諸説ありますが、平安期の本殿は高さ50~100mほどの高層建築だったそうです。
- 「日本の高層建築の元祖」として大きく評価されていた。
- 同時に「どのようにして建設したのか」と言う点についてもかなり研究が進んでいた。
- 少なくとも現代まで残っていれば尚の事神聖視されていたのは間違いないだろう。
- 国鉄大社線の大社駅の構造が史実と同じかどうか怪しい。
- 当時は本殿まで100m級の長さを誇る階段があったそうだが、一般客はおろか皇族でも入れないのは史実と変わりない気がする。
- 下手をすると階段の周りにすら入れなかったかもしれない。
- 何かと清水寺と比較される機会が増えていそう。
- 世界遺産に登録されていてもおかしくなかった。