もしあの年のFIFAワールドカップで日本代表が○○していたら
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- 項目の追加時は、(おおよその)時系列順でお願いします。
- 「2002年日韓大会でトルコが優勝していたら」など、日本代表以外の項目は「もしあの年のFIFAワールドカップが○○だったら」にお願いします。
Jリーグが開幕する前、すなわちドーハの悲劇以前にもワールドカップ出場のチャンスは何度かあった。もし、そのチャンスをものにしていたら…。
- 初出場の時には空前のサッカーブームに沸きかえっていた。(Jリーグ発足時とは比にならないくらい)
- 時期によっては、他のマイナースポーツの日本代表が世界大会出場を決めたのと同程度の関心しか持たれなかったかも。
- Jリーグ開始前後あたりまでの日本は、国際スポーツ大会と言えば五輪とバレーボール以外ない、というぐらいの世間の認知度だから時期によっては野球の話題で完璧につぶされていた可能性大
- 時期によっては、他のマイナースポーツの日本代表が世界大会出場を決めたのと同程度の関心しか持たれなかったかも。
- 1986年までに出場していたらJリーグはなかったかもしれない。
- JFLが発展する形でプロリーグ化する、ただし企業名入りだったかも
- ↑日本リーグ(JSL)な。
- JFLが発展する形でプロリーグ化する、ただし企業名入りだったかも
- ラグビーファンを見下していた。
- ワールドカップバレーに対しても罵倒していた。
- 2002年W杯は日本単独で開催していた。
- 1998年までに少なくとも1勝は上げているだろう。
- それでも史実の韓国と同じように90年代までは全て1次リーグ敗退→初の決勝トーナメント進出は2002年の自国開催で、となっていた可能性も否めない。
- オリンピック>W杯という日本人の思想も変わっていた。
- 他のスポーツもまた同様。
- それでもドーハの悲劇は永遠に語り継がれていた。
- 1950年代に出場していたら街頭テレビに人だかりができていた。
- 当時、海外からの中継はできなかったから、街頭テレビではなくニュース映画では?
- 東西冷戦崩壊後のグローバル化の波にも上手く乗れた。
- 1962年までに出場していた場合、観戦ツアーはなかったかもしれない。
- 当時海外渡航は日本政府の許可が必要で、それも業務か留学に限られていた為。
- 初光酒造の「ワールドカップ」は違う名前になっていた。
- プロ野球の人気低下が史実以上だったかも。
- この大会は予選が無く、出場チームは全て招待されての参加でしたが、日本にも来ていたらしいです。
- どこのグループに入ってもフルボッコにされていた可能性は否めない。
- この大会に出場後、1998年まで60年以上ワールドカップ出場から遠ざかっていた。
- 仮に一勝でもしたら、日本のサッカー史、スポーツ史が大きく変わっていた。
- 戦争がなければ間違いなく初出場。
- その上1勝でもすれば、プロ野球との地位が変わっていたかもしれない。
- 1936年ベルリン五輪で五輪初出場初勝利を挙げた流れを引き継いで…。
- オランダ領東インドと並んでアジア勢初の出場。
- オランダ領東インドは日本の代替出場では?
- アジア予選として日本対韓国2連戦を東京・神宮外苑で行い、日本は1分1敗で敗退。これが「初のサッカー日韓戦」でもありました。
- 1952年ヘルシンキ五輪で五輪復帰を果たしたのに続く、戦後日本スポーツの国際舞台への復帰を示す出来事となっていた。
- 逆に韓国ではサッカーが冷遇され、東アジアの盟主となることもなかった。
- 韓国での野球のプロリーグの発足が早まっていた。
- 日本が東アジアの盟主となっていた
- メキシコ五輪銅メダリスト中心のメンバーで編成された。
- 釜本がW杯日本人初ゴールを決めていた。
- ネルソン吉村も早めに帰化して予選途中から加わる。
- 五輪みたいにアマチュア相手でないから苦戦する。
- ミュンヘン五輪にも出場していた。
- 日本リーグがプロ化。
- ただし現実よりは遅れていた。
- 朝6時に眠い目をこすってマラドーナの試合を見ることもなかった。
- NHK総合テレビで大勢がG帯の録画放送を見ていただろう
- 「キャプテン翼」の人気が急上昇していた。
- 仮にグループリーグで史実の韓国と同じ組み合わせ(アルゼンチン、ブルガリア、イタリア)の対戦になっていた場合は3連敗、或いはブルガリアに引き分けての1分け2敗という成績になっていた。
- 日本代表のワールドカップ初ゴールは木村和司or原博実or水沼貴史が決めていただろう。
- Jリーグブームがさらに加速していた。
- まだJリーグの単語すらなかった時代なので、影響は小さいのでは。
- コニカカップの注目度も上がったか。
- Jリーグカップでもコニカが引き続きスポンサー契約を結んだ。
- サッカー日本代表のユニフォームは初出場を果たしたという縁起が良い理由で青色から赤色に完全に変わっていたかも
- 日本代表はアメリカ大会では予選リーグ3戦全敗。
- それでもJリーグ開幕直後の熱気の中での初出場、という意味では盛り上がったのは間違いないしJリーグブームも史実よりは長続きしていたはず。
- 組み合わせ次第では勝つのは厳しいだろうけど1試合くらいは引き分けに持ち込めた可能性もありそう。
- 仮に予選リーグで史実の韓国と同じ組み合わせ(ドイツ、スペイン、ボリビア)での対戦になっていた場合は3連敗、もしくはボリビアに引き分けの1分け2敗が妥当な線だったか?
- 逆にサウジアラビアはグループリーグを突破したので、うまくいけば日本も突破していたかも。
- 実際にはちょうどW杯直前の時期にキリンカップで日本と同じく終了直前の失点で出場を逃したフランスと対戦し1-4で敗戦、ということを考えればドイツ・スペイン相手にも同じようなスコアか点差になっていたかな、と。
- もし史実通り2022年のカタール大会でドイツ・スペインと再びグループリーグで対戦、となり当時選手だった森保が監督だったとしたら引き合いに出され更に注目されていたはず。
- 仮に予選リーグで史実の韓国と同じ組み合わせ(ドイツ、スペイン、ボリビア)での対戦になっていた場合は3連敗、もしくはボリビアに引き分けの1分け2敗が妥当な線だったか?
- アメリカと同グループになれば勝った可能性があるのでは。
- 勝ち抜けなかったせいで、イラク代表は全員命がなかったかも。
- 「ドーハの悲劇」という言葉は韓国のものになる。
- 現実の日本とは別の意味で、永久に忘れない。
- 出場がほぼ絶望的だった韓国とは異なり、日本国内で「ドーハの奇跡」と呼ばれることはない。
- 韓国が日本に負けた10/25が「ドーハの悲劇」となる。
- 2024年のパリ五輪では韓国がオリンピック出場を逃したため、忠実以上にドーハの二の舞だと叩かれる
- キングは引退している。
- 全盛期で引退はないでしょ。ただし、W杯出場に満足して史実より早く引退している可能性はある。
- 少なくとも50歳を過ぎても現役、はなかったかなと。
- 全盛期で引退はないでしょ。ただし、W杯出場に満足して史実より早く引退している可能性はある。
- オフトが本大会でも指揮を執ったため磐田の監督は長澤和明がもう1年務めていた。
- 94年ナビスコ杯の決勝進出はなかったかも。
- オフトはW杯終了後磐田ではなく別のJクラブの監督に就任した可能性も。
- その場合はその後の磐田の歴史は大きく変わり、黄金時代もなかったかも知れない。
- もしかしたらこの時点で浦和の監督に就任(史実ではホルガー・オジェック)も?
- 日本人1号ゴールは三浦カズか福田正博がアメリカで決めていた可能性も
- 史実だとちょうどこのW杯の時期福田は怪我で離脱していたような…
- 結局3試合無得点に終わり史実通り次のフランスW杯でのゴン中山、になっていた可能性も>日本人初ゴール
- 鹿児島読売テレビ(1994.4.1開局)・愛媛朝日テレビ(1995.4.1開局)・琉球朝日放送(1995.10.1開局)・東京MXテレビ(1995.11.1開局)・岩手朝日テレビ(1996.10.1開局)・さくらんぼテレビ(1997.4.1開局)・高知さんさんテレビ(1997.4.1開局)はW杯初出場の瞬間に立ち会えなかった。
- ドーハの悲劇は1993年10月28日なので、これら7局の開局はドーハの悲劇より遅い。
- とちぎテレビ(1999.4.1開局)はジョホールバルの歓喜時点でもまだ開局していなかったため、フランス大会で日本が敗退していない限りW杯初出場の瞬間に立ち会えなかった。
- ワールドカップ初出場を決めたということで、マスコミでの扱いも大きく変わっていた。
- とくに、(史実で対イラク戦を中継していた)テレビ東京の知名度が史実以上にアップしていた。
- テレビ東京でのサッカー中継の回数も、史実より増えていた。
- とくに、(史実で対イラク戦を中継していた)テレビ東京の知名度が史実以上にアップしていた。
- バブル崩壊後の景気悪化も史実よりマシだった。
- ワールドカップに出場できなかった日本の名選手と言えばカズじゃなくてラモスだった
- 根拠としてラモスは当時の監督であるオフトとの確執とサッカー観の違いのため仮に本大会出場が決まっても代表を辞退するつもりだった
- 背番号10は澤登正朗あたりが着けていた。
- この他にもアジア予選の時とは何人かメンバーを入れ替えていたかも知れない。
- とりあえずゴン中山と福田は怪我により欠場か?
- 根拠としてラモスは当時の監督であるオフトとの確執とサッカー観の違いのため仮に本大会出場が決まっても代表を辞退するつもりだった
- カズも北澤も出場したのでフランス大会の時の監督だった岡田武史は史実ほどヴェルディサポーターに恨まれない
- 当然オリ10で唯一所属選手がW杯に出場したことがない(2010年南アフリカ大会現在)という不名誉な称号を得ることはなかった。
- 場合によっては次のフランス大会に出場できずアジア予選で敗退、という事態になっていたことも否定できないような気がする。
- 逆に史実通りに出場できれば1度出場した経験が生きて3連敗ではなくもう少しマシな結果になっていたかも。
- とりあえずその後の日本代表の強さは史実と同程度かもう1ランク上、という考えるのが妥当なところか?(少なくとも4年早くw杯の舞台を経験したからと言って単純に日本のサッカーの発展も史実より4年先に進んでいた、というものではない可能性大)
- 宇宙兄弟の南波六太の生年月日は別の日になっていた。
- 弟の日々人の生年月日も別の日になっていた。
- ヴェルディの弱体化はなかったか。
- プロ野球の斜陽を危惧する声は史実以上だった。
- 下手すると平成末期には卓球・バスケットボール並みの扱いに落ちていた。
- ラモス瑠偉は帰化人希望の星、延いては国民的英雄となり得たか。
- 最終戦までもつれずに出場決定していたら
- テレビ東京が48.1%の視聴率をとることはない。
- 地方で録画放送されることもない。
- どっちにせよ、W杯初出場決定試合は他局が中継していただろう。
- 予選リーグで敗退していたかも。
- 仮に、決勝トーナメントに進出していたとしても2002年の韓国みたく、4位入賞で終わってたかも。
- 最終戦前に敗退が決定していたら
- ワールドカップなど夢のまた夢
- よって、野球の人気は衰えないまま。
- ラグビー人気も衰えず。ブルームフォンテーンの悪夢さえなければだが。
- よって、野球の人気は衰えないまま。
- 2002年開催は韓国にさらわれた。
- この場合2010年以後に日本での単独開催が実現していた可能性がある。
- テレ東が視聴率を獲らなかったのは同じ。
- 少なくとも韓国には勝っていなかった。
- サウジアラビアかイランと1・2位争いをする形になっていた。
- サウジかイランのどちらかがB組入りしていたら、もう少し楽に予選突破できたかも?
- 実史通り2位通過なら、プレーオフの相手はUAEになっていた。
- ただし、イランがB組に入った場合は現実通りの可能性も。
- 山口素弘のループシュートは生まれなかった。
- 中田(英)の海外移籍がもう少し遅れていた・・・かも。
- 野人フィーバーは間違いなくなかった。
- ついでに母親が「野母(やぼ)」などと呼ばれてしまう事もなかった。
- もっと早く現役を引退していた。
- 2002年W杯開催権を返上。韓国単独開催となっていた。
- 日本代表は、2大会連続で本大会への出場権を逃す格好となっていた。
- 2大会連続以前に日本は当時は本大会出場を経験していなかった。
- 8大会連続が正解
- 「最終予選敗退」なら2大会連続でOK。
- 2大会連続以前に日本は当時は本大会出場を経験していなかった。
- ドイツ大会出場決定時の盛り上がりが現実以上に大きくなっていた。
- 史上初の開催国で本大会初出場という不名誉なことが現実化していた。
- 1930年のウルグアイや1934年のイタリアは?
- 第1回と第2回を出しちゃあいけませんぜ
- カタール国民は「日本の前例もある」と言い訳する。
- 1930年のウルグアイや1934年のイタリアは?
- ドーハの悲劇は史実ほど有名にならず、こっちの敗退のほうが有名になったかもしれない。
- その場合宇宙兄弟の南波六太の生年月日は別の日になっていた
- 2002年大会の開催権を返上→2002年も出場できず→2006年も…→未だにワールドカップ未出場でこれが現実化という可能性も。
- その場合サッカー人気は低いので「ドーハの悲劇」という言葉も史実ほど有名になっていない。
- アコム「むじんくん」CMのチャント星人シリーズ「サッカー編」は現実とは全く違う内容になっていた(この最終予選をモチーフにした内容だったため)。
- さすがに2002年に三浦カズが代表に呼ばれることもなく、代表に未練もなくなり、今頃スッパリと現役引退をしていた。
- 少なくとも日本のワールドカップ出場は21世紀までずれこむことになっていた。
- 2002年の日韓ワールドカップは決勝戦が韓国開催になっていた。
- 大陸間プレーオフで勝利してワールドカップ初出場を決めていたら「ジョホールバルの歓喜」が「メルボルンの歓喜」になっていた。
- 大陸間プレーオフで敗退した場合、「メルボルンの悲劇」は日本のものになっていた。
- 「ドーハの悲劇」以上に有名になっていた可能性も。
- その場合オーストラリアは6大会ぶりの出場となり、オセアニア地区からのワールドカップ出場が8年早く実現していた。
- マレーシアのジョホールバルという地名が日本人に知られることはなかった。
- イラン人に知られることもないので、マレーシア人しか知らないマイナーな地名に。
- 2006年のワールドカップで史実通り日本とオーストラリアが対戦していたら、このときのことも引き合いに出されて因縁の対決と言われた。
- 日本勢がほめたたえられたであろう。
- 少なくとも城彰二が帰国後に成田空港でファンから水をかけられることは無かった。
- 決勝トーナメント一回戦で、即撃沈。
- ルーマニアと対戦していただろう。
- クロアチアはグループリーグで敗退。
- もちろんシュケルが得点王に輝くことも無かった。
- 少なくともクロアチアとジャマイカには勝っていただろう。
- ジャマイカは初戦の相手なら勝てたかもしれない。カメルーンに勝って調子が出たように。
- 日本各地で暴動が起こる。
- 日本経済が暴落して東京オリンピック誘致も無し。
- ナベ○ネや徳○は大喜びした。
- 南アフリカ国民は「日本の前例もある」と言い訳する。
- 「外国人監督ではグループリーグを突破できない」というジンクスが生まれていた…かもしれない。
- その結果「日本代表の監督は日本人」が主流になるんだろうか。
- トルシエ監督の評価は更に高くなっている
- 韓国と共に日本はフィーバー化
- ただし和歌山の串本の人は残念がっていた。
- セネガル・韓国にも勝っていたらやっぱり道頓堀に飛び込み
- 日本が韓国に勝ったとたんにメガホン投げ入れやスタジアムでは帰れコールが・・・
- その場合、ヒディングが韓国で高い評価を受けていたか如何か微妙・・・
- 「ブラジルには当然負けていた」ってことか。ま、そりゃそうだよな。
- 日本が韓国に勝ったとたんにメガホン投げ入れやスタジアムでは帰れコールが・・・
- 日本の平均株価は1万5千円台とっくの昔に突破している
- 2008年の金融危機で暴落を起こしていたのは変わらなかった。
- イルハンは話題にならない
- ヴィッセルがイルハンを獲得しようと思わなかった
- アルパイのレッズ入りもなかった
- ハカンシュキュルの秒殺ゴールも生まれなかった
- 06年のワールドカップは優勝を目標にするも散々な結果に終わってジーコと川渕は戦犯に
- 宮城スタジアムがW杯規格から格下げされることもなかった。
- それ以降もベガルタのホームゲームで年数試合は使用されていた。
- 6月22日の準々決勝「セネガルvs日本戦」をTBSが生中継していた。土曜日午後8時半と在宅率の高い時間帯のキックオフということで、視聴率70%超えもありえた。
- 3.の通り「セネガルに勝利→ブラジルに敗北」で3位決定戦に進んでいた場合、6月29日にフジテレビが生中継した3位決定戦「韓国vs日本戦」でも同じことがいえた。
- 2002年の日本国内の盛り上がりは半端ではなかった。
- 同年では最大のニュースとなっていた。
- 同年の「今年の漢字」は「蹴」になっていたかも(現実には「帰」)。
- 同年では最大のニュースとなっていた。
- 2002年以降日本経済は好転し、2005年前後にバブル景気が再来していた。
- しかし2008年の世界金融危機で終息。
- 2010年以降、ワールドカップの日本単独開催が実現していた。
- 2011年に優勝したなでしこジャパンの代わりに国民栄誉賞をもらっていた。
- 次の2006年ドイツ大会でも決勝トーナメント進出を果たしていた。
- 6月30日にNHKが生中継した決勝戦の視聴率は記録的なものになっていた。
- 第14回NHK紅白歌合戦の81.4%(関東地区)を上回るビデオリサーチ史上歴代1位の数字を記録していた可能性すらあった。
- 欧州・南米勢以外では初のW杯優勝国となっていた。
- 一方韓国では暴動が起こるかも…
- オシムジャパンの誕生が早まっていたかも。
- あるいは岡田監督再招集も?
- 中田は予選終了後に引退。
- 案外現役続行もあった。
- ジーコ監督へのバッシングの嵐。
- サッカー人気低迷間違いなし
- 一部のサポーターによる川淵解任運動は無かった
- 決勝トーナメント一回戦で、イタリアに当たって、即、撃沈。
- とは言ってもオーストラリアはイタリアに善戦したのでうまく行けば勝っていたかもしれない。
- 少なくともオーストラリア戦では勝っていた。あとは史実通り。
- 最下位はオーストラリアだった。
- オーストラリアと日本の立場が逆になっていた。
- ナントの二の舞だと揶揄されていた。
- フランス大会では0-1で敗戦している。
- 自国開催以外での勝ち点も南アフリカ大会に持ち越しとなっていた。
- 「QBK」も史実以上に話題性や批判が大きくなり、柳沢は最悪引退に追い込まれた可能性も。
- 期待とのあまりのギャップで病むファンが続々
- 実史では、2009年6月6日に4勝2分で本選出場が決まったが、意外に6戦全勝で早々と本線出場が決まったか…。
- ジーコの二の舞になっていた可能性も否めない。
- 間違いなく、岡田監督解任運動が勃発していた。
- 解任運動以前に、即辞任するでしょ、普通。
- 大木武が後任となっていたと思うが、グループリーグで勝てたかどうか…。
- パラグアイ戦は当然ないので、パラグアイ代表から注目を集められることもなかった。
- 韓国はアジア唯一のベスト16勝ち残り国として、史実通り決勝トーナメント1回戦で敗れても史実以上に注目されていた。
- 日本サッカー協会は事業仕分けの餌食になっていた。
- 岡田氏がカタール代表監督のオファーを受けることもなかった。
- もともとそんなオファーはうけていない。
- 決勝トーナメント1回戦後に放送されるアニメが高視聴率を記録することはなかった。
- 実史通り翌年女子ワールドカップで優勝していた場合、「日本の男は情けない」という声がさらに強くなっていた。
- 男子サッカーの予算が大幅削減され女子サッカーに充てられた。
- 男子代表の地上波中継も中止された。
- 3連敗していたら
- オランダに敗れた時点で、デンマーク戦を待たずに岡田監督は更迭されていた。
- デンマーク戦の視聴率も現実より下がっていた。
- ただ、多くの日本国民は「ま、予想通りだったな」と冷静に受け止めていた。
- いや、ふがいない戦いぶりから暴動が起こっていた可能性もある。
- 日本の「暴動」なんて他国の「小競り合い」レベルでしょ。
- いや、ふがいない戦いぶりから暴動が起こっていた可能性もある。
- 大相撲の野球賭博問題がますます表沙汰になっていた。
- 下手すりゃプロ野球にも影響する。特に某球団は3選手どころじゃなかったかもしれない。
- 1勝1敗で迎えたデンマーク戦で敗れていたら
- 日本各地で暴動が起こった。
- 帰国時はファンから罵声などを浴びせられていた。
- 物品を投げ込まれた可能性も。
- サポーターによる大規模な犬飼・川渕解任運動も起こっていた。
- 「次のブラジル大会は予選で敗退すべき」なんて意見も・・・。
- 日本勢としては初のベスト8進出。
- 試合当日の日本国内の盛り上がりは半端ではなかった。
- テレビ中継の視聴率が60%を越えていたかも。
- 小森純は占い師に転身していた。
- 準決勝以後は史実通りタコのパウル君にお株を奪われた。
- ブラジル大会でのアジア枠が5に増えていた可能性がある。
- ヨルダンも初出場を果たしていた。
- 特番放送のため、パラグアイ戦後に放送される予定だったアニメは中止。番外編が1話減っていた。
- 「まどマギ」みたいに、一日で2話放送していた可能性もあったかも。
- 無論駒野はPKを成功させていた。
特に3次予選ではウズベキスタンに勝利できず、北朝鮮にも負けるという悲惨な結果。もう1戦の北朝鮮で負けていれば予選敗退になっていた。
- ザッケローニ監督は予選最終戦(最終予選敗退の場合はコンフェデ杯)終了とともに退任。
- 後任は誰に?
- 史実通りアギレになると思うが、下みたいに岡田の評価が相当に上がれば変な崇拝意識ができて再び岡田監督になる可能性もありそう。
- 後任は誰に?
- 2013年の東アジアカップ優勝もなかったかもしれない。
- 最終予選進出を逃していた場合、「平壌の呪い」がささやかれた可能性も。
- 史実でも、激しいジャパンバッシングにより0-1で敗れているだけに…
- 2006年の時なんか比にならないぐらい、日本サッカー協会は激しいバッシングにさらされた。
- 岡田武史の手腕(少なくとも2010年大会のやり方)が更に評価されていた。
- 「DJポリス」が流行語になることもなかった。
- メディアはこぞって「因縁の地、ドーハでの決戦」ということを持ち上げていた。
- 史実通りのスコアだと結局敗退するが・・・。(1勝1敗1分の勝ち点4。得失点差は-3でグループ3位)
- 仮に初戦を取って調子上がりの状態でギリシャ戦を迎えていたらもしかして勝利していたかもしれない
- 数的有利を生かして?。
- 1-0での勝利なら得失点差-2では?
- 総得点もギリシャと同一で、直接対決は引き分けのため抽選で2位or3位を決めることになる(フェアプレーポイントの導入は翌ロシア大会から)。
- 仮に初戦を取って調子上がりの状態でギリシャ戦を迎えていたらもしかして勝利していたかもしれない
- 第2戦の時点でグループリーグ敗退が決まっていたため、コロンビア戦の視聴率が下がっていた。
- 初戦の敗戦が史実通りの場合、グループCは第2戦終了時に日本とコートジボワールが勝ち点3で並ぶ。
- コロンビア戦は自力突破の可能性を残して臨むことに。
- 勝利なら自力、引き分けでも他力で突破できる計算だが…。
- 第3戦の結果が史実通りだったらコロンビアを除く3カ国が勝ち点3で終え、得失点差などでの争いとなる。
- 日本のギリシャ戦が1点差勝ちなら、得失点差は-3でギリシャと並び、-1のコートジボワールが2位で決勝Tに進出する。
- ギリシャが後半アディショナルタイムにPKを決めてコートジボワールに勝利しても、現実ほど劇的な展開として盛り上がることはなかった。
- 「世界で一番悲しいPK弾」と呼ばれたかも。
- ギリシャが後半アディショナルタイムにPKを決めてコートジボワールに勝利しても、現実ほど劇的な展開として盛り上がることはなかった。
- もしくはコロンビア戦の失点が少なくなっていた。
- 1-2での敗戦だったらコートジボワールと得失点差で並ぶが、総得点が少ないため結局3位で敗退した。
- コートジボワールvsギリシャが後半ATまで同点だった(=コートジボワールが勝ち点4で2位突破が濃厚な展開)ため、日本が同点or僅差で負けていたとしてもロシア大会のポーランド戦のように、試合終盤に攻撃を放棄することはおそらくない。
- 日本のギリシャ戦が1点差勝ちなら、得失点差は-3でギリシャと並び、-1のコートジボワールが2位で決勝Tに進出する。
- 少なくともコートジボワールとギリシャには勝って、2位でグループリーグを突破していた。
- コロンビア戦は史実通り負けていただろうが…。
- 良くても引き分けか
- コロンビア戦は史実通り負けていただろうが…。
- アジア勢で唯一のグループリーグ突破になっていた。
- 2位通過の場合、決勝トーナメント一回戦でコスタリカに勝って「ベスト16の壁」を突破していたかも?
- またはコスタリカの波に飲まれて敗退か?
- 準々決勝はオランダと対戦するため、前回大会GL第2戦のリベンジなるかと話題になる。
- 日本サッカー協会は激しいバッシングに遭っていた。
- 特に田嶋会長や西野監督が批判の的になっている。
- 代表選手では大迫や本田がバッシングに遭う。
- 「大迫半端ないって」や「本田とじゃんけん」は流行語にならなかった。
- 「ロストフの14秒」じゃなくて「ロストフの奇跡」になっていた。
- 次のブラジル戦は恐らく負けていただろう。
- ブラジルが準決勝でフランスに勝利し、決勝戦に進出していたかも。その場合、決勝戦でもクロアチアに勝って、4大会ぶり6度目の優勝を決めていただろう。
- 準々決勝のブラジル戦が日本時間7月7日の早朝(午前4時キックオフ)に行われたため、早起きして中継を視聴する人が多かった。
- 土曜日なので試合終了後は「二度寝」する人が社会人・学生を中心に続出した。
- 当然ながら日本勢としては初のベスト8進出、試合当日の日本国内の盛り上がりは半端ではなかっただろう。
- 視聴率も40%以上取っていたかも(史実では36.4%)。
- 3位はイングランドかブラジルになっていた。
- 準決勝でブラジルがフランスに勝っていたら、フランスの可能性もある。
- この場合、3位決定戦はイングランドVSフランスになり、共に優勝経験国のライバル対決として大注目されていた。
- 準決勝でブラジルがフランスに勝っていたら、フランスの可能性もある。
- 日本サッカー協会、特に森保監督は激しいバッシングを受けた。
- 次の監督は外国人になった可能性が高い。
- Abema TVにおける本田圭佑の解説は現実ほど話題にならなかった。
- 組み合わせ抽選時の前評判を跳ね返すことはできなかったと言われた。
- 韓国の解説者が謝罪することもなかった。
- 森保一は帰国後ただちに監督を辞任していた。
- 紅白歌合戦の審査員に選ばれることもなかった。
- 吉田麻也はこの時点で代表引退を表明していたかも。
- 長友佑都に至っては現役そのものを辞めていた可能性がある。
- 3連敗していたら
- 多くのマスコミや国民は「予想通りの結果」と感想を述べていた。
- 「ブラボー!」は流行しなかった。
- 第2戦のコスタリカ戦で敗退が決定したため第3戦の視聴率が下がっていた。
- 1勝1敗で迎えたスペイン戦に勝利していなかったら
- 「三笘の1ミリ」は話題にならず。
- 初戦のドイツ戦勝利が敗退フラグだったと噂される。
- 初戦でアルゼンチンに勝利しながら1勝2敗でGL敗退したサウジアラビアと比較されていた。
- 「ブラボー!」がぬか喜び的な意味で広まる。
- スペインが勝ち点6or5で1位となり、勝ち点4のドイツも得失点差で日本を上回るため2位で決勝トーナメントに進出する。
- 決勝T1回戦はスペインvsクロアチア、モロッコvsドイツの組み合わせとなる。
- いずれにせよクロアチアとモロッコのベスト8進出は変わらなかっただろう。
- 決勝T1回戦はスペインvsクロアチア、モロッコvsドイツの組み合わせとなる。
- ドイツは強豪国の意地を見せ、なんとかグループリーグ敗退だけは避けられた。
- コスタリカ戦の敗北が忠実以上に叩かれていた