もしあの球団がV9していたら
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1973年に巨人が決め、阪神タイガースファンが甲子園で暴動を起こしたというV9。ではもしこれをほかの球団が達成していたら?
- 巨人を凌ぐ人気球団となっていた。
- 文字通り東京を代表する球団となっていた。
- 神宮球場はドーム球場となり、所有もヤクルト球団自身となっていた。
- 東京六大学野球は東京ドームで実施。
- むしろ神宮第二球場が改装されプロ専用になっていた。
- 史実の神宮への移転時から推測するに六大学を神宮から追い出すようなことをすれば両者の間に相当な遺恨が残りかねない。
- いずれにせよ巨人とヤクルトの立場は逆になってた。
- フジテレビはヤクルト戦を全国中継していた。
- ジャイアンツは追われるがごとく、本拠地を移転する。
- 日ハムの場合と違って本拠地が違うんだからそれは流石にないでしょ。
- ヤクルトレディーの制服が球団ユニフォームを意識したデザインになっていた。
- 1992年からの場合、野村監督の退任→若松監督の就任も遅れていた。
- 野村監督が阪神や楽天でも監督に就いたか怪しい。
- 2001年のリーグ優勝・日本一が史実通りなら、前代未到のV10を成し遂げていた。
- マルハは業績を上げていた。
- TBSに身売りをしているはずもなかった。
- DeNAも球団経営と関係を持つことはなかった。
- ニチロとの経営統合ではなくマルハによるニチロの子会社化が行われていた。
- 今でも優勝のたびに全国でマルハ製品が品薄になる。
- TBSに身売りをしているはずもなかった。
- 三原監督はもっと長く監督を務めていた。
- 近鉄・ヤクルトの監督にはなっていない。
- ゆえに、この2チームの初優勝は下手すりゃ平成以降。
- 近鉄・ヤクルトの監督にはなっていない。
- あるとしたら1998年の優勝の勢いがそのまま続いた時くらい。
- 松坂大輔が横浜に入団していたら可能性としてはある。
- 「大ちゃんス打線」はそれなりの成果をもたらしていた。
- どちらにしろマシンガン打線は解体されているはず。
- 権藤さんの監督退任が遅れていれば可能性があった。
- 森祗晶の監督就任もなかった。
- 佐々木の大リーグ移籍もなかった。
- ので「ササキ様に願いを」の連載も引退まで続いていた。
- 阪神暗黒時代の成績がさらに酷いことになっていた。
- 「全チーム負け越し」も何度か経験している。
- 阪神のAクラス浮上→1985年以来の優勝が遅れていた。
- もしくはゲーム以外の事業や海外進出に成功しGAFAのようなビッグテックになっていればありえた。
- スマホ転換に大成功していた場合、そのマネーで野球に投資して成功するころあい、史実でも成績が上向いてきた2016年からの9連覇というのがありえそうだ。
- その場合、ラミレス監督は最高の名将としていまでも監督を続けていた。
- 8番投手は現代野球の常識として全球団が採用するようになっていた。
- その場合、ラミレス監督は最高の名将としていまでも監督を続けていた。
- 最初の数年は毎年、ホークスとの日本シリーズ。
- 「ITシリーズ」「今後はIT企業しか優勝できない」といわれていた。
- 比較で楽天が勝てないことが揶揄されていた。
- 史実では破れたものの健闘した2017年はホークスに勝っていたが、19年と20年の史実でのホークスの巨人相手の8連勝はベイスターズ相手の8連勝となっていた。
- 後半はオリックス相手の日本シリーズ。
- 「ITシリーズ」「今後はIT企業しか優勝できない」といわれていた。
- スマホ転換に大成功していた場合、そのマネーで野球に投資して成功するころあい、史実でも成績が上向いてきた2016年からの9連覇というのがありえそうだ。
- 広島の3連覇はなかった。
- カープは毎回CSで横浜に敗退していた。
- ヤクルトの連覇もなかった。
- 観客動員が増加しすぎてハマスタに入りきらなくなり、機会損失を防ぐために、またボールパーク構想のためにエスコンフィールドのようなスタジアムを山下ふ頭に立っていた。そしてみなとみらい線が延伸していた。
- 「燃えよドラゴンズ!」が毎年発売される。
- 日本人の朝食や弁当に海老フライは欠くことが出来ない。
- ゆで卵もお忘れなく。
- 「巨人・大鵬・玉子焼き」にちなんで「中日・白鵬・ゆで玉子」という言葉が誕生し流行語になっていたかも。
- 味噌カツも。
- ゆで卵もお忘れなく。
- 高校野球でも愛知県勢が現実より強くなっていた。
- ドラフト次第では藤王康晴や山﨑武司や堂上兄弟以外にも「地元の星」が多くいた。
- 1980年頃までに実現していた場合、名古屋オリンピックが実現していたかもしれない。
- 誘致失敗の原因は地元の反対運動と政府の油断だったため結局史実と変わらなかったのでは。
- やろうと思えば落合監督時代に実現できていたかもしれない。
- 落合監督就任1年目からの場合、12年まで続き退任が遅れていた。
- 某球団社長による「落合おろし」もあり得なかった。
- ダイエーホークスのように強すぎて年俸が払えなくなってまともな親会社に身売りしていたかも。
- 某球団社長による「落合おろし」もあり得なかった。
- 落合監督就任1年目からの場合、12年まで続き退任が遅れていた。
- 中日新聞社はドラゴンズ人気に物を言わせて関西へも進出しようとしていた。
- 大阪日日新聞あたりが買収されていた。
- もしくは連覇による選手年俸の高騰で経営破綻、道新の参加になっていた。
- ノリタケドームの建設は実現していたはず。
- あるいはナゴヤドームの開業が早まっていた。
- 高木守道監督や立浪監督の就任はあり得なかった。
- ミスタードラゴンズといえば落合になっていた。
- ナゴヤドームはホスピタリティーの面では史実通り批判されるが、パークファクターの面では批判されなかった
- むしろ他球団もナゴドのようなピッチャーズパークを作る方向での改修を目指した。
- 1999年からの場合、星野仙一の監督退任→阪神での監督就任が遅れていた。
- 70年代から常に、人気球団のトップは阪神だった。
- 巨人人気は元から余り高くなく、アンチ巨人の風潮もさほど盛り上がらなかった。
- よって巨人ファンのみならず、ヤクルトファンの数も減っていた。
- そしていずれは巨人とヤクルトの球団合併が行われる。
- 東京でのプロ野球中継は現実より早く衰退していた。
- よって巨人ファンのみならず、ヤクルトファンの数も減っていた。
- 巨人はすでに売却されている。
- 21世紀に入ってもプロ野球人気は低下しなかった。
- 阪神×巨人戦で地上波テレビ中継がないという事態にはならなかった。
- 野球ch、なんjでは巨人が特に大人気。
- 1985年からの場合、「暗黒時代」はなかったか到来が大幅に遅れていた。
- バブル時代に構想があった「阪神甲子園ドーム」が実現したかもしれない。
- 実現しなくても甲子園球場の大改修が早まった可能性もある。
- 岡田彰布は阪神で現役を終えていた。
- 「死のロード」などという言い回しは昭和のうちに廃れていた。
- 「阪神対西武」が日本シリーズの黄金カードとなっていた。
- V9期間の日本シリーズがほぼ毎年「阪神対西武」になっていた。
- パ・リーグが史実通りなら1989年に近鉄との関西対決が実現していた。
- バブル時代に構想があった「阪神甲子園ドーム」が実現したかもしれない。
- 大阪発祥の朝日新聞が露骨な阪神びいきに走っていた。
- 系列の日刊スポーツが現実以上、神戸発祥のデイリースポーツに負けず劣らずな阪神ファンになっていた。
- それでも阪神電車の塗装が白地に黒の縦縞に変更されるようなことはなかった。
- 史実で2015年に走っていた黄色塗装の車両の導入が早まった。
- 史実で2015年や2023年に運用していたようなタイガースラッピング車輌が現実以上のものになっていた。
- 連覇が続いている期間中、タイガースラッピングの車両が毎年運用されている。
- 史実で2015年や2023年に運用していたようなタイガースラッピング車輌が現実以上のものになっていた。
- 史実で2015年に走っていた黄色塗装の車両の導入が早まった。
- 阪神沿線の地価が現実より少しだけ高くなっていた。
- 2003年あるいは2005年からの場合、「Vやねん!」もないので岡田彰布の監督退任が遅れておりオリックスでの監督就任もなかった。
- そして2度目の監督就任時には史実以上にファンから歓迎されていた。
- 選手がFA宣言しても残留を認めていた。
- 江藤・金本・新井・黒田は引退まで広島でプレー。
- 阪神の暗黒時代は2009年現在も続いていた。
- 江藤は史実より長く第一線で活躍できた。
- 江藤・金本・新井・黒田は引退まで広島でプレー。
- 新広島市民球場はドーム球場となっていた。
- 1975年の初優勝からだったら、山本・衣笠以外にも永久欠番になる選手がいた。
- 最有力は北別府。
- 赤ヘルブームも現実以上のものになっていた。
- 「花咲じいさん」は「宮島さん」の替え歌という扱いを受ける。
- フロントと喧嘩する選手は皆無。
- 「ミスター」と言えば山本浩二、「長嶋」といえば清幸。
- 連覇開始の時期によってはユニフォームが赤くならなかった可能性あり。
- ドミニカ共和国以外にもカープアカデミーができていた。
- リーグ三連覇を果たした初年度の2016年から9連覇の場合、カープ人気が史実以上に上がっていた。
- 考えられるとすれば2006年の勢いがそのまま続いていたパターンか。
- 2016年シーズンの結果が史実通りだった場合前代未踏のV10を成し遂げていた。
- ダルビッシュも大谷もメジャーにいかず生涯日ハム宣言。
- 菅野も入団拒否しなかったかもしれない。
- 札幌ドームは野球専用になり、史実とは逆にコンサドーレが移転を迫られていた。
- エスコンフィールド北海道は開業しなかった。
- これで大谷や清宮と言った人気選手を史実通り引き当てていた場合、ネット上での日ハムへの憎悪は相当なものになっていたはず…。
- 巨人を凌ぐ人気球団となっていた。
- 文字通り東京を代表する球団となっていた。
- 札幌移転はなかった。
- 西武が札幌に行っていた。
- もしくは更なるファン獲得を求めて史実通り北海道に移転。
- いずれにせよ巨人と日本ハムの立場は逆になってた。
- 親会社のシェアも業界トップをいってたかも。
- リーグが違うから逆にはならない。あったとしても関係が対等になっていたくらい。
- ジャイアンツは追われるがごとく、本拠地を移転する。
- 流石にここまではいかずとも、東京ドームの使用云々で巨人と同等のレベルで融通を利かせられたかもしれない。
- 現実とは逆に巨人が札幌に移転したりして。
- 読売グループが東京から離れることは意地でもないだろうから、日ハムが移転していないなら上にある通り西武が札幌に移転しているか楽天が北海道にできるかのどちらかでしょ。
- 日ハム自身が後楽園or東京ドームを飛び出して関東のどこかに自前の球場を建設した可能性もある。
- となると鎌ヶ谷の1軍本拠地化→手狭かつ不便なので史実通り札幌に移転が濃厚か。こうなるとロッテが千葉に移転しなかった可能性も?
- V9といっても9年連続リーグ3位からの日本一だった。
- 同時期に9年連続リーグ優勝がソフトバンクで、CSの意義が問われる。
- 東京球場は解体されず、ジプシー球団になることもなかった。
- 巨人を凌ぐ人気球団となっていた。
- 東京を代表する球団となっていた。
- ヤクルト・日本ハムは、追われるがごとく本拠地を移転。
- どっちかが、フランチャイズを千葉にしていた。
- そして、千葉マリンスタジアムを本拠地にしていた。
- どっちかが、フランチャイズを千葉にしていた。
- もしくは仙台に残り続けて東北を代表する球団になっていた。間違っても川崎残留はない。
- その場合、後の球界再編問題で楽天は三木谷社長の出身地である神戸を本拠地にしていた。
- ヤクルト・日本ハムは、追われるがごとく本拠地を移転。
- 史実ほど入団拒否する選手が多くなかった。
- 韓国のロッテ球団もこのチームにあやかり「オリオンズ」になっていたかもしれない。
- 落合博満は中日や巨人、日本ハムに移籍せず、ロッテ一筋で現役を終えていた。
- 1988年の中日、1994年と1996年の巨人の優勝はなかった。
- 三冠王の達成回数も増えていた。
- 後に中日の監督に就任することはなく、ロッテの監督に就任し、黄金時代を築いていた。
- 村田兆治は通算300勝を達成できていた。
- 1989年に優勝していたらV9どころかV10を達成していた。
- 案外、パ・リーグ全体がしらけムードになっているかもしれなかった。
- プレーオフ復活を求める声が各方面から出ていた。
- デストラーデ・清原・秋山・工藤・石毛のうち数選手は引退まで西武にいたかも?
- 「ブライアントの4打席連続ホームラン」が脚光を浴びることは、それほど無かったかもしれない。
- 所沢市のマンホールのデザインにレオが採用されていた。
- 1985年からの連覇でV10を達成していたら、現実以上に巨人のV9と比較されていた。
- 当時の西武の監督がV9時代の巨人のメンバーだった広岡氏と森氏だったので尚更。
- 三原監督はもっと長く監督を務めていた。
- 大洋・近鉄・ヤクルトの監督にはなっていない。
- ゆえに、この3チームの初優勝は下手すりゃ平成以降。
- 大洋・近鉄・ヤクルトの監督にはなっていない。
- 九州を代表する球団になっていた。
- もちろん埼玉への移転もなかった。
- ホークスの移転先は神戸か堺だった。
- V10を逃した原因が黒い霧事件の場合は結局史実とそう変わらない運命を辿る羽目になっていた。
- 事件を何とかしのいでいたら早くとも80年代後半までは経営母体が西鉄のままだった。
- 可能性としては2008年or2014年に優勝出来ていてその勢いが続いたとしたらかもしれない。
- 吉田正尚と山本由伸のメジャー移籍がなければ、史実で合併初優勝した2021年から2029年まで続いている。
- 中嶋聡監督の退任も遅れていた。
- 吉田正尚と山本由伸のメジャー移籍がなければ、史実で合併初優勝した2021年から2029年まで続いている。
- 合併1年目からの場合、楽天の参入1年目からの場合と同様に「最強球団」として名を刻むことに。
- 合併当初の旧近鉄と旧ブルーウェーブを足して二で割ったデザインのユニフォームがもう少し長く使われていた。
- ネッピーとバファローブルの交代も遅れていた。
- 合併当初の旧近鉄と旧ブルーウェーブを足して二で割ったデザインのユニフォームがもう少し長く使われていた。
- オリックスが阪神を上回る人気球団になる。
- 当然身売りなどありえなかった。
- 逆に阪神が身売りに追い込まれていた。
- 当時の阪急がそこまで人気を得られていなかったことを考えるとそこまではいかなそうだし、遅くても阪神阪急HDの成立までには何かしらの決断がなされているはず。
- パ・リーグ人気が史実以上に低いものになっていた。西鉄や東映の身売りが史実より早かったかも。
- 当時の阪急がそこまで人気を得られていなかったことを考えるとそこまではいかなそうだし、遅くても阪神阪急HDの成立までには何かしらの決断がなされているはず。
- 逆に阪神が身売りに追い込まれていた。
- 阪急西宮球場は、ドーム球場になっていた。
- 対戦カードがほとんど変わっていないだろうから、結果的に巨人には5回とも勝っている。
- それこそV9の期間の日本シリーズの全てが巨人vs阪急だった可能性もある。
- 西本幸雄が「悲運の名将」と呼ばれることはなかった。逆に川上哲治がこう呼ばれていただろう。
- 西本監督の退任・近鉄での監督就任・近鉄の初優勝が遅れていた。
- 加藤は阪急で現役生活を全うした。
- ブレ—ビーの知名度が上がっていた。
- イチローは、生涯オリックスを貫いていた。
- もちろん、バファローズとの合併もなかった。
- むしろオリックス球団による完全な吸収合併として実現していたのでは。
- この場合ネッピーが現在までマスコットとして続投しバファローブルは誕生しなかった。
- そうなると分配ドラフト自体が無くなるので、創設当初の楽天の成績が史実以上に悲惨なことになる。吸収合併なら岩隈もオリ入りを拒否できないだろうし…。
- むしろオリックス球団による完全な吸収合併として実現していたのでは。
- 阪神への移籍選手が史実より少なかった。
- 1995年から続いており仰木彬監督の退任も遅れていた。
- 時期的にそのまま史実の2期の2005年まで続けていた。
- 藤井寺球場のナイター設備開始が早まった。
- 大阪ドームへの移転も遅れたかもしれない。
- 逆に早まっていたかも?
- 試合日の藤井寺駅には急行どころか特急さえ臨時停車していた。
- 大阪ドームへの移転も遅れたかもしれない。
- 1989年からの場合、仰木監督の退任が遅れるので野茂英雄の渡米もなかった。
- 渡米どころか引退まで近鉄でプレーするかも。
- 言うまでもなくオリックスとの球団合併は行われなかった。
- というかオリックスが楽天に球団を売却していた。
- もしくは横浜の身売りに名乗りを上げていた可能性も。結果楽天vsライブドアが楽天vsDeNAに置き換わる。
- というかオリックスが楽天に球団を売却していた。
- 近鉄が阪神タイガースをはるかに上回る人気球団となっていた。
- 阪神なんば線が史実より早く実現していたかも。
- 「○○.○○開幕。大阪のプロ野球いうたら阪神やない、近鉄やで!」と大書きされたポスターが近鉄の駅構内に張られ、電車内の中つり広告にされるだろう。
- 阪神なんば線が史実より早く実現していたかも。
- 中村紀洋は引退まで近鉄でプレーする。
- タフィ・ローズらも近鉄で現役を終えていた。
- 2003年に阪神との大阪対決が実現していた。
- ただし、日本シリーズ出場回数0回。
- これでソフトバンク以外すべてのパリーグチームが優勝していたらV9(笑)扱いされる。
- 日本シリーズも含めて、と考えればと2014年からが最有力。
- 2016年シーズンで日本ハムに11.5ゲーム差をひっくり返されることはなかった。
- 2018年、2019年も優勝できていた。
- 2022年に最終戦でオリックス相手に逆転されて優勝を逃すことはなかった。
- そもそもオリックスのAクラス入りも遅れていたかも。
- 西武ライオンズ同様、パ・リーグ全体にしらけムードが漂っていた。それどころかプロ野球自体の人気にも悪影響を及ぼしていたかも。
- むしろホークス主導の野球ブームが起きていた。東京MXでのホークス中継が高視聴率を記録しかつて巨人のような全国区の球団になっていた。
- 良くも悪くも西武ライオンズの黄金時代と現実以上に比較されている。
- 西武の黄金時代のメンバーだった秋山幸二と工藤公康が監督だった時代に連覇を続けていれば尚更。
- パリーグが毎回交流戦で勝ち越していた2010年代であれば、パリーグのクライマックスシリーズが実質頂上決戦と呼ばれていた。
- CS1stの勝者がCSファイナルでは別のリーグの優勝チームと対戦するたすき掛け方式のCSが導入されていたかも。
- そして文字通り、ホークスとパリーグ2位が文字通り日本シリーズになる。
- もちろんダイエーに売却されることはなかった。
- それでも難波の再開発のため、大阪球場は撤去され中百舌鳥あたりに新球場を建設していた。
- その場合、野球開催時には特急・急行が中百舌鳥に停車していたほか、南海のみならず地下鉄御堂筋線も臨時列車を運転して観客を捌いていた。
- あるいは堺市への移転計画が実現していた。
- 南海が阪神に匹敵する人気球団となっていた。
- 少なくとも大阪南部の人は南海ファンが多かったと思われる。
- 阪神への人気の一極集中は現実より緩和されていた。
- 淡路島や四国でもファンが増えていた。
- 南海電鉄の経営状態が現実より良くなっていた。
- 南海8000系はJR東のE231系ベースの車両にはならず、1000系をさらにグレードアップした車両になっていた。
- なにわ筋線が現実よりも早く実現していたかも。
- 土地柄、阪神よりさらにファンの野次が強くなっていたことが考えられる。
- 関西空港開港に伴うCI制定時にユニフォームの一新を行なっていた。チームカラーも青になっていたかもしれない。
- 93年制定のオレンジと黄色のマークが何らかの形で使われていた。
- 『あぶさん』がMBSあたりでアニメ化されていた。
- 連覇開始の時期によっては日本シリーズの組み合わせが毎年「南海対巨人」になっていたかも。
- それでも巨人には勝てない。
- 「4連勝しない限り南海は日本シリーズで巨人に勝てない」というジンクスがもっと広く信じられていた。
- それでも巨人には勝てない。
- 移転と同時にV9のときは、鷹頭ヘルメットは、今でも使われていた。
- 田淵監督は名将として扱われていた。
- 王さんが福岡に来なかったかも。
- 『がんばれ!!タブチくん!!』の続編が描かれていた。
- ダイエーは、まだまだこの世の春だった。
- 産業再生法の適用を受けることもイオン傘下に入ることもなかった。
- もちろんソフトバンクへの身売りもなかった。
- 経営危機の原因は親会社の出店手法や阪神淡路大震災なのでそこまで劇的に変わったかどうか微妙。
- 史実でダイエー初優勝だった1999年からの場合、連覇が途切れる2008年辺りまで身売りが遅れていたかも。
- 平和台球場は、大改修して今でも使っていた。
- つまり、平和台に屋根をかけたものが今日の福岡ドームになっていたかも・・・。
- 本拠地は現実通り福岡ドームで幻のツインドーム構想も実現していたという展開のほうがありそう。
- 平和台球場の閉鎖はホークスの移転前からの既定路線だった。
- 「若貴・ダイエー・生卵」が流行語になっていた。
- そもそもあの生卵事件など起こりようがなかった。
- 西鉄がかつてライオンズを持っていたことについて言及する機会はさらに減っていた。
- 史実のダイエー初優勝の1999年からの場合、王さんの監督退任が数年遅れていた。
- 参入からV9だった場合、"歴代"最強球団としてその名を刻んだだろう。
- 東北での野球の人気があがる。
- しかし白河の関を超えられず。
- 現実的に可能性としては、田中将大が2013年オフに渡米しなければ14年以降も連覇を果たせていたかも。