もしあの船が保存されていたら
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日露戦争で活躍した戦艦三笠や北太平洋航路で活躍した氷川丸、青函連絡船や、巡視船宗谷を筆頭とした歴代の南極観測船は今でも保存され、在りし日をしのばせています。もし解体や戦没したあの船が保存されていたら。
日本の軍艦[編集 | ソースを編集]
大和[編集 | ソースを編集]
- おそらく軍事ファンの一番の聖地になっていた。
- 大和ミュージアムに保存されていた。
- アニメ『宇宙戦艦ヤマト』の新作ができる度に船内に出来ているであろう映写室で先行封切り上映されていた。
- というより呉市の博物館は大和がメインのものではなかった。
- 『宇宙戦艦ヤマト』の冒頭が変わる。
- 保存艦大和を改造する話になる。
- 解体を求めるGHQとの間で相当もめたであろう。
- そのやりとりが後に「その時歴史が動いた」あたりで取り上げられていた。
雪風[編集 | ソースを編集]
- 雪風保存会と三笠保存会が統合していた。
- 船内に終戦後この船で復員した水木しげるに関する展示コーナーがある。
- 戦闘妖精は別の名前になっている。
- 台湾の軍事関係者や軍事マニアも多く訪れそう。
信濃丸[編集 | ソースを編集]
- 日本海海戦の武勲艦同士ということで戦艦三笠と並べて展示される。
- 船内に戦時中この船に乗船した経験を持つ水木しげるに関する展示コーナーがある。
- 商船時代にこの船で日本に亡命した孫文や引き上げ船として使われていた終戦直後にこの船で復員した大岡昇平に関する展示もある。
- 船内には入れないかもしれない。大戦中、水木氏が乗船していたときの時点で既に激しく痛んでいたそうですから。
- もしくは部屋によって客船時代、漁業工船時代、輸送船時代という様に復元される。
長門[編集 | ソースを編集]
- 連合艦隊の旗艦として呉市のシンボルとなっている。
- 「涼宮ハルヒの憂鬱」アニメ化に伴い涼宮ハルヒファンの聖地と化す。
- そしてそんなアニメを知らない人達が「ホワイ、何故?」と首を傾げている。
- 恐らくこの中でもっとも後世に残される可能性が高かった戦艦だろう(もし原爆実験を全部耐え抜いたらこの節に書かれていることは現実になっていたことだろう…)
- 知名度は「大和」より元から高かった可能性が。
- 但し、捕鯨艦としての知名度も含まれていた。
- 太平洋戦争を題材にした映画の撮影で重宝される。
志賀[編集 | ソースを編集]
- 太平洋戦争に参加した日本海軍の戦闘艦で最後まで現存していた(1998年解体)。
本船の解体により、太平洋戦争に参加した日本海軍所属船は「宗谷」のみとなった
- 千葉市海洋公民館としての役割を終えた後、大改装を経て「記念艦志賀」となった。
- 艦の隣に展示施設ができていたかもしれない。
- 映画などのロケに使われていた。
- 2015年3月時点で『艦隊これくしょん』にも実装済みとなっている。
鳳翔[編集 | ソースを編集]
- 「世界初の正規空母」ということで日本以外からもマニアが見学に訪れていた。
- 各地の元軍港が誘致合戦を展開していた。
- 場合によっては日本以外での保存もありえた。
咸臨丸[編集 | ソースを編集]
- 「咸臨丸子孫の会」が管理運営を行っていた。
- 保存場所はどこになったのだろう?
- 候補:浦賀、清水、長崎
- 水運関係者の聖地になっていた。
- 当初積まれていた蒸気機関が復元されていたら登録文化財くらいにはなっている。
- 勝海舟が登場する大河ドラマのロケに使われる。
隼鷹[編集 | ソースを編集]
- 橿原丸に戻されていた。
- 戦後復興の象徴的扱いを受ける。
- 神戸あたりで保存されてる気がする。(郵船の創業航路的に)
- 動態保存は・・・難しいか。
- 豪華客船としての知名度の方が高かったと思われる。
- 今の郵船を見るに太平洋戦争を題材にした映画で使うのも難しそう。
- D.C.に出てきた船は三代目春日丸ではなくこの船になっていたかも。
伊号第四百潜水艦[編集 | ソースを編集]
- アメリカによる解析後にハワイで爆破されずスミソニアン博物館で展示されている
- 伊号第四百一潜水艦と伊号第四百二潜水艦も現存していた場合、どれか1隻は日本に返還され展示されている
- その場合、呉でおおすみと一緒に展示されている
その他の軍艦[編集 | ソースを編集]
サスケハナ号[編集 | ソースを編集]
- 黒船来航時にペリーが座乗していた旗艦
- 浦賀に展示されて観光の目玉となる。
- 日米関係の原点として米大統領が来日時、訪問することがたびたびあるかも。
- 史実を考慮すると引退してからしばらく放置されていたニューヨークでの展示になりそう。
ヴァンガード[編集 | ソースを編集]
- イギリス海軍最後の戦艦。
- 現実でも保存されている軽巡洋艦ベルファスト同様に博物館船として一般公開されている。
- テーマは「イギリス人と海の関わり」。
- 実戦にはほとんど参加できなかったのでこういったテーマの方がよさそう。
- 王族が海外に行く際によく利用したことが大きく扱われる。
- ベルファストではなくこちらがロンドンに保存されていたかも。
ジャン・バール[編集 | ソースを編集]
- 世界で最後に竣工した戦艦(フランス海軍所属)。
- フランス海軍の歴史だけでなく世界の戦艦史に関する展示も充実している。
- 保存場所はこの船が作られたサン=ナゼール。
- リシュリュー級戦艦の2番艦
貨客船(日本)[編集 | ソースを編集]
博愛丸[編集 | ソースを編集]
- 「蟹工船」ブームの中、今頃たくさんの人が訪れている。
- 一応病院船時代の展示もある。
ぶらじる丸[編集 | ソースを編集]
笠戸丸[編集 | ソースを編集]
- 当然ながら移民船時代の姿で保存されている。
- 保存場所は第1回のブラジル移民船として出航した神戸港か?
- 日伯親善を目的としたイベントがよく行われていた。
讃岐丸(2代目)[編集 | ソースを編集]
- 宇高連絡船で保存されるとしたらこの船だったか。
- 航路廃止後も観光船としてしばらくJR四国の手元に残っていた。
- 保存場所は宇野港になっていた。
- 塗装などは連絡船時代のものになっていた。
- 現役時代同様にデッキで讃岐うどんを売っている。
第二君が代丸[編集 | ソースを編集]
- 戦前に大阪と済州島を結ぶ航路に就航していた船。
- 強度などを考慮して陸上での展示になっていた。
- 場所は大阪市内のどこか。
- 内容は在日コリアンの歴史に関するものが中心。
- 毎年何らかの慰霊祭を行っている。
橘丸[編集 | ソースを編集]
- 戦前・戦後に伊豆大島航路で使用された船。
- 元町港で「伊豆大島水上歴史博物館」といった感じの名前の施設になっていた。
- 主な展示は観光などの大島と本土の関わり。
- 徴用されていたことについても少しは触れられる。
洞爺丸[編集 | ソースを編集]
- 1954年の洞爺丸台風のため、函館港近くで沈没したかつての青函連絡船。死者・行方不明者1155名という惨事となり、青函トンネル建設が具体化された。
- 記念船として函館に係留され、洞爺丸事故の慰霊室、館内の展示、青函トンネル建設の広報館として使用。
- 原型を尊重して復元されるが、水密扉は高性能のものに交換されている。
貨客船(海外)[編集 | ソースを編集]
オリンピック[編集 | ソースを編集]
- タイタニック号の姉妹船。
- 保存場所はサウザンプトンもしくはリバプール。
- ホテルやレストランとしての営業も行われていた。
- さすがに第2次大戦中は営業を中止していた。
- 1970~80年代に大規模なリニューアルが行われ完成当初の姿に戻された。
- この時点で運営がキュナードから別の法人に移された。
- タイタニックの姉妹船ということで映画「タイタニック」の撮影に使われた。
- 毎年タイタニックとブリタニックの沈没で亡くなった人々のために慰霊祭が行われている。
- 第一次世界大戦中の徴用時代に発生した、ドイツ潜水艦U-103との一騎討ちで亡くなったドイツ海軍将兵の慰霊祭も毎年行われている。
イル・ド・フランス[編集 | ソースを編集]
- 部分ごとに戦前、兵員輸送船時代、戦後と異なる時代の姿に復元される。
- 1956年のアンドレア・ドリア号衝突事故で多くの人々を救助したことは大きく扱われる。
- しかしとあるアメリカ映画で沈められかけたことへの言及はない。
- 解体場所が日本だったので日本で保存されていたかもしれない。
オイローパ[編集 | ソースを編集]
- 戦前はドイツが運航していたが、戦後は賠償としてフランスに引き渡され「リベルテ」として活躍した客船。
- 引退後にフランスが返してくれたら保存もありえたか?
- 場所はブレーマーハーフェンのドイツ海事博物館。
- 多くの船を保存しているが、現実では客船を保有していないのでちょうどよさそう。
- 水上機の発進に使われたカタパルトが復元されている。
- このカタパルトはドイツの客船特有だった。
- 一部はレストランやホテルとして営業される。
探検船[編集 | ソースを編集]
開南丸[編集 | ソースを編集]
- 白瀬矗が南極探検行の際に使用した船
- 白瀬南極探検隊記念館に乾ドックを作ってそこに展示。したがってかの地に模型は存在しない。
貨物船[編集 | ソースを編集]
出光丸(初代)[編集 | ソースを編集]
- 世界初の20万重量トンを超えたタンカー。
- 造船技術や石油に関する博物館のような役割を果たしていた。
- 原油タンクも見学できた。
- やけに不便な場所に展示されている気が…。
有馬山丸[編集 | ソースを編集]
- 船籍のあった神戸港での保存か。
- 横浜港の氷川丸と何らかの提携をしている。
- 「客船並み」と呼ばれた客室はレストランとして使われる。
- もちろん日本の貨物船の歩みが中心の展示である。
旅客船[編集 | ソースを編集]
水都[編集 | ソースを編集]
- 戦前に大阪市が運航していた豪華観光船。
- 無事に戦後を迎えられていたら大阪万博の頃まで現役だっただろう。
- 当初はどこかの川に浮かべる形で保存されていたが、のちに博物館の展示品となる。
- 大阪歴史博物館の目玉展示となっていた。
- 設備などは竣工時の姿に戻されていた。
ほびー6号[編集 | ソースを編集]
- 元大分空港行きホバークラフト。
- 日本で使われたホバークラフトで最も保存の可能性があったのはこの船か。
- トミカでも出るくらい有名だった三井造船MV-PP5最後の生き残り。
- 大分ホーバーフェリーの基地跡を丸ごと使った「大分ホバークラフト博物館」の中心展示になっていた。
- マニアが全国各地から訪れていた。
さんふらわあ[編集 | ソースを編集]
- 豪華カーフェリーのパイオニア的存在。
- 保存するなら鹿児島の谷山港で、ファンネルは中川マークに戻されていた。
- ホテルシップとして有効活用されていた。
- 実際に保存されていた「ORIANA」号と同じように、関西汽船ファンネルで別府観光港で保存もありえる。
漁船[編集 | ソースを編集]
第三日新丸[編集 | ソースを編集]
- 最後の商業捕鯨で使われた捕鯨母船。
- 下関で捕鯨専門の博物館になっている。
- 運営母体はマルハ。
- 船内にクジラ料理専門のレストランが設けられる。
- 近年になって反捕鯨団体などの関係者がやたらと来るようになってきた。
- いわゆる環境保護団体による嫌がらせが相次ぎ立ち入り禁止になってしまった。