コンテンツにスキップ

もしあの鉄道車両が○○だったら/京阪電気鉄道

500形 (初代)

[編集 | ソースを編集]

車体更新時に大型化されていたら

[編集 | ソースを編集]
  1. 1700系と同様の車体となっていたが、当初から片開き3ドア仕様だった。
  2. 主電動機の絶縁強化は図られた。
  3. 全電動車構成となっていた。
  4. 廃車については史実通りだった。

600系 (2代)

[編集 | ソースを編集]

車体強度が冷房化に耐えうる状態だったら

[編集 | ソースを編集]
  • 車体強度により700系は1000系に改造された一方、600系は廃車と明暗を分ける格好になりました。
  1. 51両中37両が1000系10番台に改造された。
    • 700系も44両全車が1000系となった。
    • 残る14両は1800系に編入され、最終的に1900系と共用され2008年まで活躍した。
    • 1800系の余剰車体は一時的に600系・700系の余剰機器を利用して1983年まで使用された。
  2. 5000系に次いで置き換え対象となった。

53両全車が昇圧後も残留することになったら

[編集 | ソースを編集]
  • 1800系化から外れた39両も昇圧後に残留する場合について考える。
    • 上記と被るものの車体強度は史実通りと仮定します。
  1. 京阪1000系と同じ部品で高性能化されたが、非冷房のままだった。
    • 形式上は1000系10・20番台となっていた。
    • 690と691は例外として1000系の0番台を名乗った。
  2. 1983年まで残ったのは1800系改造用の14両だった。
    • この14両は史実通りの道を辿った。
  3. 4連6本、3連5本にまとめられた。
  4. 1985年に8両運転が開始された際、旧690と691は冷房化され1000系に組み込まれていた。
    • 以降、4連4本、3連7本の体制となったが、これを7連1本、6連3本、4連3本として運用した。
  5. 史実より6000系の投入数は少なくなったが、代わりに1987年から本系列が界磁添加励磁制御化されるとともに6000系と同一の車体に載せ替えられ、6000系の20番台あたりに形式変更されていた。
    • 一部新造を含め、1988年までに全車の更新が完了し1800系組より先に全滅していた。

700系 (2代)・1000系 (3代)

[編集 | ソースを編集]

一部4両固定編成で落成していたら

[編集 | ソースを編集]

史実上では7連6本、中間車2両の44両体制でした。

  • 更新後の1000系は7連6本の42両体制になっています。
  1. 5M2Tの7連、3M1Tの4連各4本の陣容となった。
    • 4連は2600系0番台と同じく前面に幌が付いていた。
      • 史実上では1000系への改造後に7連の前面幌は撤去されている。
  2. 44両全車が1000系に改造され、600系への編入・昇圧時の廃車は皆無だった。
    • ブレーキ方式がHRDのため4連は5000系とのみ併結が可能だった。
      • 1980年に置石事故で5554Fが被災した時には本系列との併結運転も見られた。逆に5000系の宇治線運用は現在に至るまでなかった。
      • 他に7連の不足時はサハ1両を抜いて4+3で運用することもできた。
      • 昇圧後に8両運転が開始された際にようやく1000系のみの4連+4連の運用を見るようになった。
  3. 車体更新時にも4連は4連のまま更新された。
    • この際に4連の貫通幌が撤去された。
  4. 10000系、13000系の製造数が少なかった。
    • 代わりに本系列がワンマン化された。
      • その場合、2600系30番台もワンマン化されていたかもしれない。
  5. 逆に新造時から7両編成の10000系が出ていた。

5000系に次いでそのまま代替対象となったら

[編集 | ソースを編集]
  1. 8000系も3000系または仮称18000系への代替対象となった。
    • そもそも8000系のリニューアルが見送られていたらあり得た。
  2. 13000系はコストカットのためまさかの5両編成で製造された。
    • 大阪側の普通・区間急行の4両ワンマン運転が早まってたかもしれない。
    • あるいは1000系の走行機器を流用して13000系と同様の車体を新造した車両が登場し、「11000系」を名乗っていた。
      • この場合、11000系には性能上ほぼ同一となる5000系からの機器流用版も存在した可能性がある。
  3. ホームドアは狭幅タイプとなった。

1800系 (初代)

[編集 | ソースを編集]

台車を空気ばね化されていたら

[編集 | ソースを編集]

金属バネ台車のまま残された結果全車が2代目へ機器流用ののち廃車に至りました。

  1. 史実上の1887は1900系に編入され、1885が代わりに1800系1882となった。
  2. 1800系で残った14両については1979年に昇圧改造の対象となり、6両が旧700系ベースの新製車体に載せ替えられた。
    • 後の冷房化に伴い4両が630型、2両が690型690・691の車体に載せ替えられた。
    • 当初は7連2本の予定だったが、1900系の再電装とそれに伴う編成替えにより1900系と合わせて7連1本(6M1T)、6連2本(4M2T)、5連8本(4M1T)の陣容となり、1881・82は1900系に編入された。
    • 6000系の製造数が2本少なく、代わりに旧600系のうち14両がカルダン駆動化され1000系として残され、後に6000系に編入となった。
  3. 機器類の関係で2008年の中之島線開業までにさすがに引退した。

1800系 (2代)

[編集 | ソースを編集]

別の車両が改造対象だったら

[編集 | ソースを編集]

史実上では631 - 636, 656 - 661, 684, 685が改造されましたが、他の車両が改造されていたら?

690と691
  • 旧2代目700系の、1000系化対象外になった2両。
  1. 684と685が対象外となり昇圧で廃車されていた。
  2. それ以外は史実通りで、1989年に車齢20年弱で2両とも廃車解体となっていた。
  3. あるいはこの2両のみ1800系全廃時に冷房化・付随車化・台車を空気ばね化され、1000系に編入されていた。
    • もしくは編入先が電動車のままで1900系となっていた。
旧600型
  • 631 - 636より強度が弱く、史実上では改造対象から外れた旧600型の601 - 622のいずれか。
  1. 前面形状がそのままだった。
  2. 史実より早く1800系自体が全廃されていた。
旧1881・1882
  • この2両は元1810系のため18m車でした。
  1. この2両だけ旧1800系では廃車にならず、新1800系に組み込まれていた。
    • 代わりに684・685が廃車になっていた。
    • 車番もそのまま使われていた。
  2. 外観は1900系の旧1810系車両と同じだった。従って片開き扉で両開き扉を有する他車とは異なっていた。
    • 但し車内は他車と同じグリーン系に変更されていた。
  3. 他の新1800系と同じく、1989年までに廃車されていた。
    • あるいは台車を空気バネ化されて1900系に編入されていた。
686 - 689のいずれか
  • 旧637 - 640で運転台撤去車となっていたいずれか2両。
  1. 684と685が対象外となり廃車された。
  2. 2両とも運転台を復活し、4連、3連各2本の陣営となっていた。
  3. 史実通り1989年に廃車された。

30番台がワンマン化改造されていたら

[編集 | ソースを編集]
  • 交野線ワンマン運転化の際本系列をワンマン化する構想があったようです。
  1. 同時に車体改修工事も行われていた。
    • ワンマン運転のため運転台部分は1000系と同様に新造されていた。
    • 制御装置などの走行機器はそのまま。
      • もしくはユニット方式化された。
  2. 7連×4編成が4連×7編成に組み換えられていた。
    • 不足する先頭車は0番台の廃車発生品を流用して先頭車化改造が行われていた。
    • あるいは、極端な車種変更を嫌って、4連、3連各4編成となっていた。
    • もしくは2200系の2380形を巻き込んで4連8編成体制となった。
  3. 10000系は当初から7両固定編成で登場していた。
    • 10000系増備までの間、0番台の中間に30番台の中間車を組み込んだ7両編成が見られた。
  4. 宇治線のワンマン化が行われた後はそちらでも運用されるようになっていた。
  5. 後に同様の改造を行った阪神5500系の武庫川線用車両と比較されるようになっていた。

3000系(初代)

[編集 | ソースを編集]

全て7両編成で製造されていたら

[編集 | ソースを編集]

史実では、6両編成5本、7両編成4本で投入されました。

  1. 8500形が3000系電車に編入されることはなかった。
  2. 1989年の鴨東線開業時点では8000系は現実以上にレアな存在だった。
    • 1編成しかない8000系を待つ人は現実よりも多く、その列車は大混雑となっていた。

3000系(2代)

[編集 | ソースを編集]

プレミアムカー連結がなかったら

[編集 | ソースを編集]
  1. 2021年の緊急事態宣言に伴う休日減便ダイヤにおいて休まされることはなく特急として運用されていた。
    • 同年9月のダイヤ改正では昼間に快速急行が設定されることはなく、15分サイクルに特急・準急・普通が各1本というシンプルなダイヤになっていた。
  2. 急行以下の格下げ運用が2021年以降も存在した。
  3. 13000系の6連が登場することはなかった。
    • 30番台は最初から7連で登場していた。
  4. 2022年に3000系が2度目のローレル賞を受賞することもなかった。

4両編成に短縮されていたら

[編集 | ソースを編集]
  • 現実には京橋駅への可動式ホーム柵設置に伴い本線運用ができなくなり2021年に廃車されました。
  1. 5000系の引退は現実より遅れていた。
  2. ワンマン化が行われ、交野・宇治線で運用されていた。
    • 3扉車として運用されていた。
  3. それでも余った中間車は廃車されていた。
  4. 5000系投入により余った13000系は中間車を増備して6連あるいは7連化が行われ、本線に転用されていた。

界磁チョッパ制御を採用していたら

[編集 | ソースを編集]
  1. 関西大手私鉄は全社界磁チョッパ制御を採用したことになっていた。
  2. 後期タイプ(6012F以降)はチョッパ装置にGTOサイリスタが採用され、補助電源装置もMGからSIVになっていた。
    • 前期タイプも含めリニューアルと同時にチョッパ装置がIGBTに更新され、補助電源装置も現実通りSIVに統一されていた。
  3. 8000系や大津線の600・700形も界磁チョッパ制御を採用していた。
    • 但し定速運転装置装備だった。
    • 旧3000系もリニューアル時に界磁チョッパ制御に改造されていた。

制御車の先頭車が存在したら

[編集 | ソースを編集]
  • 例に漏れず制御車はすべて制御電動車ですが、1000系や2200系のように、一部または全部の先頭車が制御車だった場合を考えてみる。
全般
  1. 8000系や7000系以降も先頭車が制御車の構成は踏襲された。
    • ただし、VVVFのユニット化はあり得ない。
    • 阪急にもこの構成が踏襲されている。
      • そもそも阪急6000系の先頭車が制御車だったらあり得た。
淀屋橋方のみ制御車だったら
  • ここでは2200系や2600系と同じ構成を仮定します。
  1. M-M-T-T-M-M-T-Tの構成となった。
  2. 13000系には電装解除車が発生しなかった。
    • その分、4両編成はM-T-M-TとM-T-T-Mの2種類の編成が用意された。
両端が制御車だったら
  • ここでは1000系と同じ構成を仮定します。
  1. 10000系になってようやく制御電動車が製造された。
  2. 付番規則は5000系と同じになっていた。

リニューアルの際VVVF化されていたら

[編集 | ソースを編集]
  1. 3000・13000系とは異なり、種車と同じ4M4Tの編成構成となっていた。
    • VVVF装置も4M1Cのものが採用されている。
    • その分モーター出力は低く抑えられていた。
    • おそらく阪急1300系・2300系の類型品が採用された。
  2. 駆動装置は中空軸平行カルダン駆動からTDカルダンに変更されていたため、台車関係の改造が行われていた。
  3. それでも6014Fと7004Fのトレードは行われなかった。

リニューアルの際7連に短縮できるようになっていたら

[編集 | ソースを編集]
  • 元々は8→7連に短縮可能でしたが、リニューアルに伴い補機を移設したことから編成短縮は不可能になりました。
  1. 2020年代に入って利用客の減少に呼応して一部が7連に短縮されていた。
    • 余った中間車は10000系の4→7連化に活用されていた。その際M車が不足することから一部は9000系に組み込まれ、9000系の元M車が再電装化されて10000系に組み込まれていた。
  2. 13000系の4連は電気連結器が取り付けられて重連に対応していた。
    • 朝ラッシュ時は8連で優等列車に運用され、昼間は4連×2本に分割して普通に運用されていた。

7004Fの組成変更が簡略化されていたら

[編集 | ソースを編集]
  • リニューアル時は他編成と形態統一工事がなされましたが、これがなかった場合を考えてみる。
  1. 7104はいずれにせよ7154への改番と編成位置の変更がなされ、7554と7654の間に挟まれた。
    • この関係で7504にSIVを設置されたのは史実通り。

7203Fが4連への短縮に対応していたら

[編集 | ソースを編集]
  • 当初から7203Fは中間車を抜いた4連への組成ができませんが、これができる構成だった場合を考えてみる。
  1. 編成構成は7850の位置に7900が挟まっている状態となった。
  2. 7201・7202Fの編成短縮時には流石に4連短縮ができない構成に変更された。
    • 7203Fの7853も9000系9605と組成変更され、4連短縮ができなくなった。

7203Fも当初8連だったら

[編集 | ソースを編集]
  1. 7203Fのみ7連化が大幅に遅れ、9005Fと同時期になった。
    • ついでに6014Fもリニューアルにより7連化・VVVF化され、10003Fも7連化されている。

3扉車で登場していたら

[編集 | ソースを編集]
  1. ベース車は6000系となり、窓割りの設計変更をこの時点で強いられた。
  2. 2000年代以降枚方市や樟葉などに停まるようになっても遅れにくくなっていた。
    • そのため、両駅での停車時間が短縮され、実質的に現実よりもスピードアップされている。
    • むしろ途中停車が増えるのが早まっていた。
  3. 阪急9300系のベースになっていた。
    • 2扉が検討されることもなかった。
  4. テレビカーは本系列で廃止されていたかも。
    • ダブルデッカー組み込みも怪しい。
  5. プレミアムカーに関しては新造車を組み込む形となり、余った車両は新造の13000系に組み込まれていた。
    • あるいはプレミアムカー導入に伴い新特急車を導入し、こちらはロングシート化などの格下げ改造が行われていた。
      • 3扉のため扉増設の必要がなかったため。
      • 13000系の導入数が少なくなっていたか、2200系などの旧型車両の置き換えが早まっていた。
      • 格下げにともない勿論緑系の塗装に変更される。
  6. 新3000系はこれの改良タイプだった。
  7. 9000系は登場しなかったかもしれない。
    • その場合、現実の10000系が9000系を名乗っていた。
      • 現実の13000系が10000系を名乗っていたかも。

VVVFインバータ制御を採用していたら

[編集 | ソースを編集]
  1. 恐らく7000系と同じ機器を使用し、これに定速運転が装備されていた。
    • 2010年代のリニューアルでIGBT-VVVFに更新されていた。
  2. 加速力が上がることから、途中停車が増えても遅れにくくなっていただろう。
  3. 旧3000系の機器は流用されなかった。

プレミアムカーが2階建て車からの改造だったら

[編集 | ソースを編集]
  1. 当然、追加料金不要のダブルデッカー車両は全滅。
  2. 3000系のプレミアムカーは2両化されない代わりに、こちらも2階建て車となっていた。
  3. 改造時に2ドアは維持され、窓割りの合わない座席は史実より少なかった。

座席を転換クロスシートに改造されていたら

[編集 | ソースを編集]
  • オールロングシートに改造されましたが、3000系に合わせた転換クロスとなっていた場合を考えてみる。
  1. 新塗装も3000系に合わせられた。
  2. 快速急行が失敗した都合により7連化と9100の電装解除は不可避。
    • 代わりに9603 - 05は7850と差し替えられ、6両目転換クロスの元祖が7200系にて実現した。
      • 10000系の7連化も7300, 7850, 9600を用いて実施。
  3. 窓割りの合わない座席が出た。
  4. パワーウィンドウの撤去が遅れる。

全編成の7連化が早々となされていたら

[編集 | ソースを編集]
  • 2026年時点でも7連化は10001Fと10002Fのみですが、10003F以降も早々と7連化されていた場合を考えてみる。
  1. おそらく10004 - 06Fは13000系20番台の中間車が7連化に供された。
    • 中間車を3両失った20番台は13700形の簡易運転台を撤去し4連固定となった。
      • 13000系30番台は当初から7連または4連とされた。
    • そのため、大阪側から2両目に元3000系の転換クロスシート車が連結されていた。
  2. 10003Fはしぶとく4連のまま残り、9005Fの7連化に伴い13000系同等の中間車を新製して7連となった。
  3. 10003F以降は7連化の時点で車内の案内表示機がLEDからLCDに変更されていた。

20番台の一部が4連化されたら

[編集 | ソースを編集]
  • 増備途上で20番台の一部を4両ワンマン専用車に改造するシナリオも不可能ではありません。
  1. 4本のみが4連化され、余剰中間車は10000系の7連化に充てられる。
  2. 13772と9605は13670形に改造し、13870形は新製した13670形に差し替えることで7連で残る編成のワンマン装置は撤去。

30番台が7連化されていたら

[編集 | ソースを編集]
  1. 3000系プレミアムカー組み込みに伴う余剰中間車は30番台(13031F~13036F)に組み込まれていた。
    • 30番台とはクロスシート車組み込みという意味だった。
  2. 2024年以降の4連増備は全て新造車で行われていた。
    • 車番は0番台の続きで13008F~13019Fとなった後、20・30番台との重複を避けて13041F~13043Fが与えられていた。

30番台が重連運転可能だったら

[編集 | ソースを編集]
  1. 先頭車の連結器が電気連結器付き密着連結器になっていた。
    • 京阪の車両としては旧3000系以来の採用となる。
    • 30番台の初期車は元々6連だったことから、4連化と同時に電気連結器の取り付けを行っていた。
  2. 朝ラッシュ時は4+4の8連で優等列車に運用し、ラッシュが終わると分割して4連で普通に運用する。
    • 場合によっては夕ラッシュ時~夜間も8連で運用する。
    • 朝ラッシュ時の4連運用がなくなっていたので、現実ほど評判が悪くならなかった。
  3. 先頭車の全長が中間車よりも20cm長いため、ホームドアもそれに対応していた。
  4. 6000系は一部が7連に短縮されていた。
    • 余剰の中間車は10000系の7連化に活用されていたが、M車が不足するため、9000系の元M車である9700形と差し替え、これを再び電装化して対応していた。