ざんねんな鉄道車両事典/私鉄

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全般[編集 | ソースを編集]

ワイドドア車[編集 | ソースを編集]

  1. 多扉車と同じく、ラッシュ時の切り札だったが、今や東京メトロ東西線でしか役割を果たしていない。
  2. 小田急1000形のワイドドア車は、後の改造でドアが開く幅が狭くなった。
    • しかし外側の扉口はそのままなので外から見ると半開きしているように見える、

東日本[編集 | ソースを編集]

定山渓鐡道2300形電車[編集 | ソースを編集]

  1. 東急7000系に似た外観を持つ車体とは裏腹に防寒の観点から固定窓を採用したため、夏場は気分が悪くなる乗客が続出し、ゲ○電と揶揄される始末だった。
    • 吐気用の袋も用意されていた。
  2. それゆえにどこも譲渡されなかった。
    • 足回りが旧型車の使い回しなのも譲渡されなかった理由らしい。

弘南鉄道1521系[編集 | ソースを編集]

  1. ラッシュ時の切り札として南海から8両を譲受したがほどなくして利用者が減少し輸送力過剰と判断され定期運用から外された。
    • 4ドアで冬場の車内保温に難があったことも運用から外される一因になった。
  2. 厳しい気候条件下で使用されていたため車体や機器の劣化が激しかったにも関わらず部品調達が困難だったため2008年までに全車廃車された。

京成AE100形[編集 | ソースを編集]

  1. 地下鉄乗り入れも視野に入れたが、都が消極的だったので乗り入れることはなかった。
  2. スピードアップの観点から2代目AEが登場するとシティライナーに転用された車両を除いて持て余し、廃車となった。
    • そのシティライナーも本数削減→廃止で結果的には全滅。先代のほうが機器だけ生き残る結果となった。
  3. 先代と異なり、主電動機や台車の流用すらなされなかった。

京成3500形[編集 | ソースを編集]

  1. 更新工事を全編成にする予定であったが、更新途中で思った以上に内部の腐食が進み途中で打ち切られ、新車置き換えへと舵を切られた。
    • 10両のみ存在したオールステンレス車両も更新工事の対象から外れ廃車へ。

京成3600形[編集 | ソースを編集]

  1. 先頭車がクハなので京急出禁。
    • 『ターボ君』と呼ばれる編成は先頭車がデハなので京急乗り入れ可能だが、そもそも京急直通運用に4,6両編成の運用が無いので、営業列車ではやはり入れない。
  2. 扱いずらさが災いしてか、先輩の3500形よりも早く置き換えられて今や風前の灯火。

京王6000系[編集 | ソースを編集]

  1. これまで京王の車両は引退後、他社に譲渡されることが多かったが、6000系は車体の長さが20メートルもあるのか、他社に譲渡されず大半が解体された。
  2. 鋼製なのが災いしてか、平成生まれの車両も含め早々と廃車に。
    • 同時期登場のステンレス車7000系には施されたVVVF化すらなされなかった。
  3. 電動貨車への改造車もあったが、こちらも部品の枯渇でデヤ900系に代替されあっさり廃車された。

京王7000系[編集 | ソースを編集]

  1. 前面貫通幌未設置であることが災いし、2021年の京王放火事件以降分割編成を中心に代替対象となり、前期車・後期車問わず廃車が進められている。
  2. 地下鉄対応車はなく、10両貫通編成ですら地下鉄乗り入れには非対応である。

京王8000系[編集 | ソースを編集]

  1. 他形式との併結は一切できない。
  2. 10両編成は元・分割編成だったこともあり地下鉄乗り入れ非対応である。
  3. サハ8564はクハ8814を事故廃車されたクハ8728の代わりに供出した関係で製造されたため、クハ8764の完全中間車化まで片側の貫通路が純粋な中間車ながら封鎖されていた。

小田急1000形[編集 | ソースを編集]

  1. VVVF車だが、他車との併結を考慮して電気指令式ブレーキを採用できなかった。
  2. ワイドドア車は2m幅のドアが特徴であったが、不便であったことから1.6mに狭められた。
    • 以降、2000形と3000形1次車では当初から1.6m幅のドアを採用している。
  3. 2014年から更新工事が開始されたが、8000形より更新費用が高くつき、98両が施工されたところで更新が打ち切りとなった。
    • 元からワイドドア車は対象外だったが、それ以外に62両が未更新のまま残ってしまった。
  4. 2020年より廃車が開始されたが、ワイドドア車に先立って1081F8両がサハ2両を残し最初に廃車されている。
  5. 6連のまま更新された車両は2022年現在皆無である。
    • それどころか2022年11月までに6連は消えた。
  6. 更新車は同系列同士、または3000形中・後期車の未更新車以外との併結ができない。
    • さらに一部編成には「編成禁止」のテプラが貼られ、箱根線での単独使用以外できなくなっている。
      • そしてその「編成禁止」を貼られた編成がワンマン化されるにあたり、電気連結器が撤去され今後編成禁止は恒久的に解除されない羽目になる。
        • なおそいつは小田急箱根3000・3100形(アレグラ)っぽい赤色にされる模様。

小田急9000形[編集 | ソースを編集]

  1. 奇抜なデザインが功を奏しファンからの人気は高かったが、複雑かつ精緻な制御装置を積んだ影響で運転現場・整備現場からの扱いが悪く5000形に先立って廃車が進められ、車齢35年足らずで全廃となった。
    • 例えば、3000形6連と本系列の4連が併結した10両編成は最も運転士から煙たがられたと言われている。

小田急10000形[編集 | ソースを編集]

  1. ハイデッカー構造がバリアフリー化の障害となり、7000形よりも先立たれてしまった。

小田急20000形電車 (RSE)[編集 | ソースを編集]

  1. ハイデッカー構造や、編成中ほどのダブルデッカー車がバリアフリーの障壁となり、上記の10000形と同じく2012年に引退した。
  2. 2014年に富士急行に譲渡された際は、短縮後の3両編成にダブルデッカー車が組み込まれなかった。これはダブルデッカー車の貫通扉が、片側は2階部分にしかないことも要因のひとつである (反対側は通常の高さに貫通扉がある) 。
    • これらはJR側の車両である371系にも同様のことが言える。まぁこっちは後年車椅子対応席が用意されたけど。

小田急30000形電車 (EXE)[編集 | ソースを編集]

  1. 観光輸送のみならずビジネス利用も考慮された仕様だったが、1996年のグッドデザイン賞は受賞したのに対して小田急ロマンスカーで初めてブルーリボン賞を逃してしまった (ローレル賞も受賞せず) 。
    • 一方で一説によると乗り心地に関しては歴代ロマンスカートップクラスと言っても過言ではないらしい。
    • 内装デザインを小田急百貨店に担当させたことも一因とされている。
  2. 順次EXEαへのリニューアルが進められており、EXEαの2本目からは窓側にコンセントが付けられているが、EXEαの1本目にはコンセントが付いていない。
    • 券売機や予約サイトではEXEとEXEαの区別がされていない。
    • 逆にEXEαへの更新は2年以上ストップしてしまい、未更新車の廃車の噂も出ている。
      • そして未更新車は後継車によりほぼ置き換えが確定となった。

小田急50000形電車(VSE)[編集 | ソースを編集]

  1. 車両の人気は高かったが、連節構造に加え車体傾斜装置など特殊な装備が多く、ホームドアにも支障したため登場からわずか17年で定期運用を終了することになった。

小田急電鉄 喜多見検車区の保存車両たち[編集 | ソースを編集]

  • 喜多見検車区には1形 (開業当初の車両) ・2200形・2600形・9000形 (初の地下鉄直通車両) ・3100形 (NSE) ・10000形 (HiSE) ・20000形 (RSE) が保存されている。
  1. いずれも、複々線開業に伴う運行本数増加により増えた車両の留置スペースを確保する目的で、一部車両が解体されることとなった。


小田急3000形[編集 | ソースを編集]

  1. 藤子作品をラッピングした車両があったが東京都から屋外広告物条例違反である旨指摘を受け運転中止となった。
  2. 試験的に防音カバーを装着していたが本格採用されず。
    • そのカバーも一部から変態カバーと呼ばれる始末。
  3. 前面もJR東の209系と近似の無機質なものになってしまった…。
  4. 一部からは冷房からのカビの臭いで不評である。
  5. 更新車は電気連結器を撤去されるなど、もはや小田急お得意の分割併合をなくすことが見込まれた仕様になった。
  6. 初期車は1000形の未更新車全廃以降、8000形4連以外との併結ができない。

京急600形(3代目)[編集 | ソースを編集]

  1. 1人掛けと2人掛けに切り替わるツイングルシートなる物を採用したが、結局使われないという理由で4次車でこの装備自体廃止となった。
    • その後オールロング化改装も受けることに。まあこれは2ドア→3ドア+オールロングというもっとすごい改装となった2000形の前例があるので一概に残念なわけじゃないけど。
  2. その後近鉄がロング⇔クロスシート変換システム(L/Cカー)を開発、混雑時にも対応できるクロスシートはすっかりそちらにお株を奪われた。
    • 京急もついに1890形でこれを採用した。

京急1000形(2代目の6次~14次車)[編集 | ソースを編集]

  1. 京急なのに赤くない。
    • 一応言い訳「ステンレスを赤く塗るのは無理」(先頭の赤い部分は普通の鉄)。
  2. 批判に晒されながらも9年作られ続けていたが、2015年ロールアウトの15次車は全面ラッピングでほぼ赤くなり、2017年ロールアウトの17次車ではついに全面塗装で赤くなった。
    • この際に「京急らしさを取り戻す」と公式が暗に認めてしまった。

東武1800系格下げ車[編集 | ソースを編集]

  1. 5050系置き換え用として特急形車両である1800系を通勤形に改造したが...。
    • お察しの通り特急形を通勤形にするのは無理があった。ドアが片側5ヶ所しかないため乗降に多くの時間を要し、遅延の常習犯に。
  2. そもそもこの車両は後継車が来るまでの繋ぎのために導入したものであり、8000形の導入であっという間にお役御免となった。

東武2000系[編集 | ソースを編集]

  1. 20m車の導入をしない東急と営団地下鉄日比谷線に屈して導入した18m車。
  2. 日比谷線乗り入れ終了後にMT比を変えて野田線に転属したところ、故障が多発して転属は一部をもって立ち消えとなった。
  3. 日比谷線内での火災事故で全焼した車両がある。
  4. 日比谷線を走った車両としては唯一の鋼製車。

東武5070系[編集 | ソースを編集]

  1. 野田線の高速化の妨げとなり、5000系列の中でいち早く淘汰対象になった。
  2. 他線区への転属も不可能だった。
  3. 結果として車齢20年を迎えた編成は皆無だった。

東武5700系20番台[編集 | ソースを編集]

  1. 当初は直角カルダン駆動だったが、あまりにもひどい故障に見舞われ、吊り掛け駆動に改造された。
  2. 同様の理由でモハ5800も吊り掛け駆動に改造され、東武から直角カルダンは全滅している。

東武10080系[編集 | ソースを編集]

  1. VVVF試作車かつ、1編成のみの存在であることも相まって、2005年の故障後2007年9月の機器更新まで長らく休車となっていた。
  2. 2015年にはリニューアルも行われたが、2022年頃から運用に入らず、2023年末に廃車された。
    • 10080系の廃車で伊勢崎線系統の地上線専用車からVVVF車の配置が一旦なくなった。

東武20000系[編集 | ソースを編集]

  1. 地下鉄日比谷線直通車両をリフレッシュするために導入した18m車。
  2. しかし日比谷線の20m車化が決定し、お役御免になる。日比谷線のためだけに導入したのに!!!
    • 25年も働いたからいいでしょ
    • のちに改造の上で宇都宮線に転属されたがその内容はこれまでの東武らしさをことごとくぶち壊している。
      • 5ドア車から改造した車両はドアを塞いだ跡がバレバレ。
        • これはいろはやフルーティアにも同じことが言える。
          • いずれもステンレス製ゆえパテ埋めができないので仕方ないところではある。
            • 逆にアルミ車体ながら塗装されている京阪8000系プレミアムカーはドアの跡は綺麗に埋められている。
  3. 03系にも言えるが、衝突事故にあった編成が存在する。
    • サリン事件でも被害を受けている。
    • 2025年12月現在、地下鉄サリン事件被災車の中で唯一日本国内で現役で運用されている。(28811号車→24421号車)
  4. 今や狭軌関東大手私鉄では貴重な18m3扉車なのだが、先頭車を東武内でほぼ使い切った為か地方私鉄への譲渡事例はアルピコ交通20100形のみ。
    • そんな20100形はVVVFがSiCになったが、東武に残った車両はGTOのまま。
    • 4社に譲渡された03系とは対称的。

東武30000系[編集 | ソースを編集]

  1. 東武が20m車10両編成で運転する半蔵門線に直通するために製造した車両。
  2. しかし当時10両編成を保守できる検車場がなかったため、6両+4両の分割車両にしてしまった!
    • 既に東上線には10両固定編成の地下鉄直通用9000系がいたのに、なぜ分割編成にした…
    • 当時はまだ半直運用はラッシュ時の輸送力増強程度にしか考えていなかったらしく、地上線の準急(いわゆる伊勢崎や新栃木発着の赤準急)にもつかせられるように6両編成と4両編成を分割できるようにしたというのも理由の一つ。
  3. 仕方がないので10両固定編成の50050系に置き換え。
    • 30000系のほとんどは東上線に転属してしまった。
      • そして東上線で10両固定化改造を受けたらしい。
  4. 同じような境遇の車両として小田急1000形と京急1000形1800番台が存在する。(これらの車両も地下鉄に乗り入れる分割車両だが、その分割構造のせいで乗り入れ先から出禁にされた)

東急5000系(初代)デハ5001号[編集 | ソースを編集]

  1. 言わずと知れた「青ガエル」のトップナンバー。東急で運用を退いた後は上田電鉄で使用され、引退後は東急に里帰りを果たした。ここまではいい。
  2. 2006年、渋谷区側の要請によりボディカットの上床下機器をすべて外されてハチ公口に展示される。保存というよりモニュメント扱い。
    • 土地柄故落書きやいたずらの標的にされることも多々あり、ハロウィンやポムポムプリン仕様にして何とか乗り切っていた。
  3. 最終的に一般人からは「ハチ公口というより青ガエルの前といったほうが通じる」ぐらいには定着したものの、2020年に渋谷の再開発により縁もゆかりもない秋田への移送が決定
    • 上記の通り渋谷のモニュメントとして考えればわりと筋の通った話であるが、保存車両として考えればとんだ転落車生である。
  4. 同じように金沢で保存されていた5200系のトップナンバーは「東急車輛産業遺産車両」として永久保存されている。どうしてこうなった。

東急2000系[編集 | ソースを編集]

  1. 3編成しか製造されなかったこともあり、東武非乗り入れ車両に。
    • そのため2003年以降日中の運転がほとんどなかった。
  2. 新デザインのカーテンを搭載していたが普通のものに交換された
  3. 2018年に大井町線転属。同時にIGBT化。
    • しかもそれから少しして9000系に編入。
  4. 2026年までに早期淘汰される。

東急6020系[編集 | ソースを編集]

  1. 登場から1年も経たないうちにQシート投入で編成組み換え・余剰車を出すという、臨機応変はおろか迷走を通り越してその時の気分で車両計画を決めてるのではないかと疑いたくレベル。
  2. 5両編成は6050番台に区分されたが、純粋な20番台は2本のみのためかなりの空き番号ができる始末となる。

京成AE形(初代)[編集 | ソースを編集]

  1. 成田空港の開業に合わせてスカイライナー用の車両として登場。しかし空港の開業遅れで運用開始が遅れ、さらに過激派に車両を焼かれるなど、散々な目に遭った車両であった。
  2. 成田空港駅が現在の位置にできるのに合わせ、AE100形が登場。初代AE形はあまり活躍できずに廃車となった。
    • 走行距離が短かったため、車体だけを通勤型のものに乗せ変えた3400形として生まれ変わっている。

営団03系[編集 | ソースを編集]

  1. 6000系みたいに特にラストランのイベントもなく、ひっそりと引退した。(まぁ6000系のラストランはあれだったからなぁ...)
  2. 譲渡車はそこそこいるが、逆にお流れになり解体されたものもいくらか存在する。

営団06系[編集 | ソースを編集]

  1. 21世紀の地下鉄車両の基本モデルとして位置づけられたが、1編成しか製造されず、6000系よりも先立たれてしまった。

営団07系[編集 | ソースを編集]

  1. 有楽町線にホームドアが設置されると特殊なドア配置が災いして早期引退となった。
    • だが東西線に転属しただけ廃車になった06系よりはマシ。

埼玉高速鉄道2000系[編集 | ソースを編集]

  1. 車両改修工事に伴いドア上にLCD画面が設置されたが、あくまで広告用なので行先案内は3色LEDのまま。
    • だが2020年に新型LCDに交換されることが決定した。

秩父鉄道2000形[編集 | ソースを編集]

  1. 元東急7000系だが、冷房化が難しいのと全長が短いせいで早期廃車となってしまった。
    • 事故以外で廃車になった7000系は本形式が最初である。

相鉄3000系[編集 | ソースを編集]

  1. 吊り掛け駆動からVVVF車に改造する際、日立製と東洋製のVVVFを混載し、現場からはやや扱いが悪かった。
    • 主電動機も異なったものを搭載した。
  2. 改造後の台車は形式上4種類ある上、実際は10両分全てが、細部が異なり別物という始末。
  3. 1998年に相模大塚駅で脱線した際、1系列1編成のみの存在だったことが災いしてあっさり鉄屑と化した。

相鉄新7000系[編集 | ソースを編集]

  1. 日立式電磁直通ブレーキを最後に採用した車両だったのか、東急やJRへの乗り入れ開始に伴い、VVVF車を含め全て早々と消された。

相鉄11000系[編集 | ソースを編集]

  1. JRへの乗り入れを想定していたが結局直通は後輩の12000系に任せて線内封じ込めとなった。
    • まぁリニューアルされたら直通する可能性はあるが。
    • そもそも編成単位の機器構成がE233や12000系と真逆らしいので編成の向きを変えないさせない限り、リニューアルしても乗り入れは厳しいかも...
      • 少なくともリニューアルの前段階で機器更新を行えば不可能ではないはずだが果たして……?(10000系の機器更新は長野で、リニューアル自体はかしわ台で実施)
  2. 車両番号の付番方法が独特である。

富士急行2000系 2002編成[編集 | ソースを編集]

  1. 2014年2月に引退する予定だったのが、引退記念イベントが記録的豪雪により中止となった。

富士急行5000形[編集 | ソースを編集]

  1. 地方私鉄の車両にも関わらず冷房を搭載するなど、意欲的な設計が評価されてローレル賞を貰ってるが、試作車のため2両編成1本しか造られず。
    • 増備するお金もなかったので、以降は他社からの中古車でしのいでいる。
    • 試作車ゆえ、保守部品に事欠くようになり、1000・1200形(京王5000系)よりも先に引退。
    • 試作車ではなく事故車の廃車補充。
  2. 晩年はトーマスランド号として過ごす。古参車なのにラッピングが派手すぎて風情もクソもない。
    • 保存車になったが、あのラッピングのまま保存するのは勘弁してほしい。

上毛電鉄800形[編集 | ソースを編集]

  1. 03系のうち、どこかの私鉄の注文流れを引き取ったという噂があり、700形の完全置き換えには至らなかった。
  2. 他の私鉄への譲渡車とは異なり、スカートは設置されていない。
  3. そもそも上毛電鉄は当初は新車で700形を置き換えるつもりだったのだが、色々あっていつ投入できるかわからなくなり03系を買ったという経緯がある。

東海[編集 | ソースを編集]

伊豆急行3000系[編集 | ソースを編集]

  1. 種車が209系であり、ただでさえ25年使用されて老朽化が著しいため長くは持たないと言われる。
    • より脆い川重製の初期車が未譲渡なだけ一応救い。
  2. 車内がロングシートベースのセミクロスのまま改修されず、景色が後ろ向きになるなどある意味701系に類似した境遇を辿っている。

伊豆箱根鉄道7000系[編集 | ソースを編集]

  1. JR直通の快速列車用として導入された車両。
    • が、直通の計画がお流れになってしまい、乗り入れることはなかった。
      • その際に一部をを指定席車にする予定だった。先頭車と後尾車は3ドアなのに中間車だけ2ドアなのはこの名残。
    • 直通計画が無くなったので、以後の車両増備は3000系で行われた。

静岡鉄道300形[編集 | ソースを編集]

  1. 静岡清水線の車両を1000形で統一した結果、製造から20年程で静鉄を追われる羽目に。
    • ただ車齢は低めだったのが幸いしてか全編成が福井鉄道へ譲渡。冷房搭載、セミクロスシート化により200形が担っていた急行運用を乗っ取った。
  2. しかし静鉄長沼工場製車両特有の薄い車体鋼板が災いして老朽化が激しく、200形より若齢であるにも関わらず元名鉄600V線区車導入により全廃された。
    • しかも同時期に引退した他の車両と異なりさよなら運転等は行われなかった。

大井川鉄道3000系[編集 | ソースを編集]

  1. 元小田急3000形(SE)を買い取り、ロマンス急行「おおいがわ」としてデビューしたが...
    • 客をSL急行に取られてしまい、僅か4年で運用から外された。
  2. 2代目は京阪旧3000系だが、どういうわけか自身よりも古い元南海21000系や元近鉄16000系よりも先に廃車になってしまった。富山に譲渡された仲間は健在なのに。

大井川鉄道6000系[編集 | ソースを編集]

  1. 初代は北陸鉄道6000系を譲受したものだったが、昇圧非対応の走行機器ゆえ電装解除されたため他の電動車と常に3連を組んだためワンマン化ができなかった。
    • しかもこの6000系、山中線廃止後に、6010系と共に石川総線に入線すると車両限界に抵触したため異電圧ながら当時の名鉄グループの大井川鐵道にやってきたという不遇っぷり。
    • 結果、より古い21000系が南海から入線すると、吊り掛け車の6010系より早く廃車解体された。
  2. 2代目は旧南海6000系だが、2020年7月に搬入されたものの、COVID-19と大水害の影響もあるのか、2023年初頭になってもまだ運用に就いていない。このまま全く稼働せず解体とならなければよいが。
    • どうやら6000系が積んでる超多段式バーニア抵抗制御が大井川鉄道の変電所キラーになりかねないとして動かそうにも動かせないからなんだとか
    • 2024年12月30日、ついに営業運転開始。

大井川鉄道16000系[編集 | ソースを編集]

  1. 事故や故障に見舞われてばかりなのか、より古い21000系を差し置いて廃車が進んでいる。

遠州鉄道30形[編集 | ソースを編集]

  1. 実に22年にわたり製造されたため、機器流用車や半室運転台構造、カルダン駆動車、新製冷房車、両開き扉など、傍から見れば雑多な種類が存在した。
    • 機器流用車は電制を持たない。
  2. 31-81編成は主電動機出力が小さく、他編成との併結もできず、末期は電制オフにする等の老朽化が進みより古いモハ21を差し置いて、51Fを投入する形で廃車に至った。
  3. 36 - 39Fは機器流用車の中でも当初は出力が低く、モハ36とモハ37に至っては当初から2個モータで0.5M1.5Tと極めて低性能であった。
    • 最終的に電動車は36-37および38-39で組成し、この2編成はパンタグラフの都合もあったのか31Fに次いで鉄屑と化した。
      • 一方Tc車は台車交換や冷房搭載で大半が長生きしたが、クハ88のみは台車の都合のためか新製車のクハ82と振り替えられ早々と消されている。

名鉄7000系[編集 | ソースを編集]

  1. 鉄道ファンや利用者の人気は高かったものの現場での扱いが悪かった。
    • 運転台が高すぎて他社に譲渡すらされなかった。
      • 運転台に入るのに側面にあるステップを2階まで登る必要があった。
    • 消費電力も大きかったそうだ。
    • 120km/h対応ブレーキ増圧工事の対象から外された原因の1つとも思われる。

名鉄1600系[編集 | ソースを編集]

  1. 空港アクセス特急を見越したものの、空港線開業時に登場した2000系がその役割を担ったため、当初の目的を果たすことは少なかった。
  2. 「パノラマsuper」とか言いながら、全然パノラマじゃない。
  3. しまいには特急政策の見直しにより要らない子となってしまい一部特別車化。その際ク1600は改造されず9年の短命に終わった。
  4. とにかく不具合が多い。1700系化されても。
    • 登場早々前面貫通幌をぶっ壊したのが代表。
    • そして2021年に引退…。登場後わずか22年という短命だった。

名鉄8800系[編集 | ソースを編集]

  1. 観光輸送に特化した特急車だが、それがアダとなり観光客減に伴い改造することになったのだが…
    • 窓割りとあわない座席が出現した。
    • 個室は残したものの、通勤には不評だったらしい。
  2. 足回りはパノラマカーの使い回し。そのため110km/hまでしか出せなかった。
    • 晩年にはかなりガタが来ていたようにも思う。
  3. これらが重なって登場から21年の短さで形式消滅。

名鉄6750系[編集 | ソースを編集]

  1. 21世紀初め時点で瀬戸線で最も車齢が浅かったが、4000系の投入が始まった際に吊り掛け駆動方式ゆえ足回りの煩雑さが災いして真っ先に代替対象となった。
    • しかも1次車より2次車のほうが先に淘汰された。
  2. 2次車はカルダン駆動化、電磁直通ブレーキ化にも当初より対応していたが、廃車まで実施されず、本線系統への転属もなされなかった。

名鉄モ800形(2代)[編集 | ソースを編集]

  1. デビューからわずか5年で廃線の為、故郷から追い出された可哀想な低床車両。
  2. その後豊橋や福井に移籍したが、後継で出た低床車両により劣勢となりニート化。
    • そして福井からは追い出された。
    • 一方豊橋の方は劣勢の主なポイントとなっていた井原のカーブが、通れるようになり。ニートを脱却し、福井から追い出された仲間を引き取った。
      • それでも車体長の関係で競輪場前の引込線には入れず、運用上の制約は残っている。
  3. ネット上だと初代の方が若干人気があるようで、地味。(最近はそうでもないが)
    • ほぼ豊橋における全面広告化で地味さを回避しているようにも思えなくもない。

名鉄7500系[編集 | ソースを編集]

  1. 機器が先進的すぎた結果他のSR車と併結できず、運用上での厄介者に。
  2. 特別整備が途中で打ち切られ、未施工車はそのまま廃車された。
    • ただ機器は1030系に流用されただけマシかもしれない。
  3. 残った車両もバリアフリー化に対応できないことから、7000系よりも先に廃車。
    • 低床なのが災いして逆段差ができるほどだった。
  4. 保存車、譲渡車はゼロ。7000系や7300系には保存車があったが……。

名鉄5700系[編集 | ソースを編集]

  1. ホームドアに対応できないことが災いし、2017年より置き換えが始まり2019年に全廃となった。
    • しかも廃車時期が遅れた関係で完全新製であるにもかかわらず機器流用は全くなされなかった。
      • 廃車された6750系への車体載せ替え計画も存在しなかったことが裏目に出た可能性もある。

養老鉄道7700系[編集 | ソースを編集]

  1. 譲渡時点で車体自体が製造から55年を超えている化け物で、譲渡後30年使用予定とされる。
    • 実際にはこれによって置き換えられる元近鉄車よりも古い。ステンレス車体なので老朽化の度合いは低いが。
  2. ここまでは良いのだが、従来の旧近鉄車より車体長が3m近く短くなり輸送力は減退気味。
  3. 当初3連は変電所容量の関係で1M2Tで運行されることがほとんどだった。
    • というか養老線は近鉄時代から1M2Tで運用されていた。
    • もっとも、600系の4両運用を実施したためなのか、それ以降2M1Tでの運用となっている模様。
  4. この30年使用予定が流れるという噂が絶えない。
  5. 東急から譲渡される両数の関係で元近鉄車全てを置き換えることはできなかった。

北陸[編集 | ソースを編集]

富山地方鉄道クハ90形[編集 | ソースを編集]

  1. 14720形と同時期に登場した18m級の両開き3扉車だが、マスコンがHL仕様だったため、14710形投入により車齢9年で廃車された。
    • そのせいで模型界隈では架空鉄道譲渡のネタにされることが多い。

富山地方鉄道10020形[編集 | ソースを編集]

  1. 冷房能力が弱かったがゆえワンマン化の対象から外れ、同時期の14720形より廃車が先行して進められた。
    • もっとも、完全引退自体は14720形と3ヶ月しか変わらないだけマシである。

富山地方鉄道14720形[編集 | ソースを編集]

  1. 1M1Tの抵抗制御車を地鉄が忌み嫌う噂が出回るようになった全ての元凶であり、1編成が冬場の立山駅で焼損し廃車に至った。
  2. そもそもが1M1Tのため、14780形等と同様、クハ170を併結した3両編成で運転された情報はない。

えちぜん鉄道モハ3001形[編集 | ソースを編集]

  1. 京福から移管された後、老朽化が災いして一度も営業運転に就かず、MC6001形に代替されてすべて廃車されている。

京福電気鉄道モハ5001形[編集 | ソースを編集]

  1. モハ5002は京福2度目の正面衝突事故の被災車となり、実働1年半程で廃車解体されてしまった。
    • 一方えちぜん鉄道に継承されたモハ5001改めMC5001は他のどの車両よりも新しいのが幸いしてか(今はki-boがいるが)2024年現在も稼働中。今となっては福井京福最後の生き残りとなった。

福井鉄道600形[編集 | ソースを編集]

  1. 輸送力適正化の為に単行で導入した結果、かえって乗れないと言われる羽目に。
    • 福鉄は名市交より黄電を6両譲受したが、最後の2両は両運転台にせず2両編成の610形として導入した。
    • その結果運用はごく限られたものになった。
  2. 2006年の低床化では一番車齢が低かったためか残りはしたものの、ついにニート化した。
    • そして601については200形より先に廃車となり伏木に送り付けられた。
    • しかし602は以降も残り、現在は自走こそしないものの事実上鉄道ミュージアムの展示物となっている。
      • その後運転台に機材を設置して運転シミュレーターに転用された

中国・四国・九州[編集 | ソースを編集]

一畑電車7000系[編集 | ソースを編集]

  1. 86年ぶりの新車であったが、投入理由は中古で導入する2両編成ですら電気を多く消費し勿体無いからであった。

広島電鉄5000形[編集 | ソースを編集]

  1. 日本で2例目になる100%低床電車だが海外製ゆえに故障が多く部品の調達が難しいことから共喰い状態での運用になっており現役で稼働しているのは5006・5008・5011の3本のみ。
    • 特に5007号は2009年から運用を離脱し荒手車庫の番人と化していたが2025年に廃車された。
  2. 2025年5月の夜に荒手車庫で電気設備の老朽化が原因で火災が発生、不幸中の幸い人的被害や電車の運行への影響はなかったが最悪全車使用停止にして駅前大橋線にも入れずに引退もある。
  3. 駅前大橋線の試運転で5008号が使用された。

西鉄303形・308形[編集 | ソースを編集]

  1. 西鉄に最後まで残っていた吊り掛け車だったが置き換え計画がままならず、宮地岳線部分廃止と運命を共にした。
    • むしろこの部分廃止が置き換え計画を阻害した原因という見方もできる。

西鉄600形(鉄道線用2代目)[編集 | ソースを編集]

  1. 貝塚線に移ったのは初期車・中期車だけで、後期車は全車解体された。
  2. 貝塚線での3連運用もとっくに終了し、現在は2両編成のみでの運用である。
  3. 製造から60年を経過した車両が存在するが、未だに置き換え計画がない。そろそろ休ませてあげて。
    • 置き換えも2025年から実施予定であり、実質313形315Fと似た経緯をたどることになった。
  4. 弟分の700形も早々に廃車されてしまった。

西鉄6000形・6050形[編集 | ソースを編集]

  1. 6000形は当時の変電所の都合により、平成に入ってからの登場でありながら回生ブレーキのない抵抗制御とされた。
  2. 電気指令式ブレーキ、電気連結器付きの廻り子式密着連結器を採用した関係で、5000形以前との併結はできない。
  3. 3連は2007年夏の改正で所定の6連運用がなくなった関係で、日中ニートレインの状態が続いている。
    • 日中運用は節電ダイヤや7000形と併結した5連等の代走に限られる。
    • 6000形の3連に至っては、2連の頃扱いづらかったため、3連化されたという複雑な経緯がある。
  4. 6050形は6157Fの製造の際に主電動機を流用すべく、4連の主電動機を1個ずつ、6156Fの主電動機を2個減らす改造を強いられたとされる。
    • 加えて6156・57Fの機器更新の際は1M2Tとされ、明らかに登場当初より性能が退化していることになる。
  5. モ6253は6053FがTHE RAIL KITCHEN CHIKUGOに改造された関係で余剰廃車に。
  6. 7000形との併結には対応しているが、営業運転で併結を始めたのは7000形の登場から20年以上経った2022年からとかなり遅め。

西鉄7050形[編集 | ソースを編集]

  1. 7000形の走行システムを踏襲している関係で後に登場した3ドア車3000形・9000形との併結はできず、常に2両ワンマンか重連4両で当初運用され続けた。
    • 6000形・6050形との併結には対応しているが、そもそもドア数が異なり営業運転において併結を行った実績がない。
  2. 2025年度以降の貝塚線転用が決まっているが、当初は1本が残る予定となっており、営業用車として残る場合は、上記の特性を考慮すると運用上の大幅な制約が危惧されていた。
    • しかし、残る1本も計画変更による転用が確定しこの制約は発生しない見込みとなったため杞憂で済むことになる。

西鉄8000形[編集 | ソースを編集]

  1. 1989年に登場したが、同じ年に登場した京阪8000系とは異なり、リニューアルもされずに2017年に全車廃車されてしまった。

関連項目[編集 | ソースを編集]