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もしあの鉄道車両がもっと長く使われていたら

  • 新規追加は国鉄・JRは車種別に形式が若い順に、私鉄は会社別(東から順)+形式が若い順にお願いします。

国鉄・JR

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  1. =欠陥がなかったらである。
    • =国鉄の労使紛争がなかったら、ともいえる。
  2. 国鉄末期まで運用されていた。
  3. DD51の製造数が減っていた。
JR東日本
  1. 事業用車として活用された。
    • 名鉄EL120と比較される。
      • 自社のEF60・EF64・EF65・EF81・ED75は史実より早く全廃できた。
        • 一部車両のJR貨物譲渡は現実通りあった。
    • 0番台の製造数がその分増えている。
    • JR東日本残存車は電車兼引用装備(連結器の双頭連結器への変更など)がされた。
    • 「カシオペアクルーズ」・「カシオペア紀行」の牽引にEF64・EF81が使用されなかった。
      • SL関連列車の牽引にも使用。
  2. 勿論2024年度事業用機関車全廃の発表はなかった。
    • キヤE195・GV-E197・E493系の導入もない。
      • DE10・DD11・DD16・DD51の置き換え用にDD200を導入していたかも(保安装置など一部機器類はEF510-500JR東日本車と同様に自社仕様)。
    • 国鉄時代から使用されたバラスト輸送貨車・レール輸送貨車の代替車にEF510-500・DD200自社保有車から制御可能な引通し線が設置される(プッシュプル運転にも対応)。
  1. 72系970番台同様に新性能化改造を受けていた。
    • 115系の区分番台が増える。
    • 静岡地区の増発に回され、113系に編入していたかもしれない。その場合、119系が一時的に運用されることはなく、足を引っ張る存在になってしまうこともなかった。
    • あるいは国鉄時代に奈良線の電化用として投入されていた。
  2. JR化後にインバータクーラーが設置された。
    • 新性能化改造と同時に冷房化されていたかも。
山手線
  1. 103系の誕生が遅れていた。
  2. 山手線のラインカラーはそのまま黄色になっていた。
  3. そのまま201系が導入される。
大和路線・おおさか東線
  1. 2019年以降も残っていた場合、おおさか東線新大阪延伸により新大阪駅まで乗り入れる姿が見られるようになっていた。
JR東海車
  1. 愛知万博輸送がラストランになっていた。
  2. 名古屋の103系の知名度が上がっていた。
  3. 鉄道模型での扱いが史実より良かった。
    • KATOから「ラウンドハウス」ブランドの商品として発売されることはなかった。
    • トミーテックは鉄道コレクションではなくTOMIXのハイグレード仕様で東海色を製品化した。
常磐線
  1. 令和になっても15連で爆走してた。
  2. 上野東京ラインに乗り入れてエメラルドグリーンの103系が品川でも見れた。
  3. 田町や浜松町でN700系と並んで爆走する103系が見れた。
東海道本線(JR東日本)
  1. 湘南電車という愛称はずっと消えなかった。
  2. 国鉄時代ならSM分離を境に2000番台がもっと増備され、0番台グループは房総や西日本地区に史実よりも早く転用されていた。
    • 2000番台の一部もロングシート化されていた。
  3. 211系は一応導入されたが史実よりも本数が少なかったかも。
    • ひょっとしたら211系やE231・E233系(C231・C233系?)でもJR東海所有の付属編成が登場したかも。
  4. 2階建てグリーン車2両の編成も増えていた。
横須賀線・総武線快速
  1. 2階建てグリーン車連結編成に統一されていたかも。
  2. ATOS導入後も普通に営業についていた。
  3. ひょっとしたら東海道本線よりも長く生き延びていたかも。
    • 東海道線にいたものが新車導入が史実よりも早く全て房総に移っていた。
  4. E217系との営業列車での併結運転が実現していたかもしれない。
  5. 1500番台を置き換えはE231系によって行われていた。
成田線(我孫子支線)
  1. 日中の常磐線乗り入れは史実ほど増えなかった。
    • E231系松戸車にスカ色のラッピングが施されることはない。
  2. 他の房総各線と同時期に211系や209系に置き換えられた。
東海道本線(静岡地区)
  1. JR西日本を見習って延命工事をしていた。
    • 一部は313系に準じた車内に改装されていた。
      • 体質改善の際にロングシートに改装されていたかも。
  2. 313系と同じドアチャイムが後付された。
関西本線・奈良線
  1. 0'番台、2000番台が春日色になって更に高速化されて車番に+5000を追加されていた。
    • 史実では存在しなかった春日色+鉄仮面の先頭車が出現した。
  2. 2000番台の9割は体質改善工事が施工され、その際にカフェオレ色になっていた。
  3. 単色化の際に春日色から抹茶色に塗り替えられていた。
  4. 奈良線で複線化事業の際に、本形式も103系と共に騒音の原因であるとして速やかな置き換えを環境省から命令されていた。
    • 故に103系同様に複線化完了より前に引退は迫られていたかも。
福知山線
  1. 新福知山色の800番台も魔緑に塗り替えられてしまった。

165系・167系・169系

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全般
  1. 直流急行型電車の全廃は遅く2010年代中頃まであった。
  2. ハロウィン電車には165系湘南色が使われた。
JR東日本車
  1. 2007年のJR東日本20周年の時にもリバイバル急行が走っていた。
    • 183系ととも臨時用に活躍。
      • 全廃は2013年ごろ。
  2. しなの鉄道の169系との連結もあった。
  3. 167系のなかには修学旅行色のリバイバル塗装になった車両もあった。
JR東海車
  1. 全廃は快速ムーンライトながらの定期運転終了と同時。
    • 快速ムーンライトながらに91・92号は登場しなかった。
JR西日本車
  1. 全廃は2018年の阪和線の新車導入時。
  2. 福知山線事故後は新車が出るまでの輸送力増強編成に使われた。
  3. 一部はJR西日本色になり後に単色になる。
  4. 宮原車の場合、ちくま・くろよんの運転終了が史実より遅かった。
  5. 115系のような切妻(食パン)の先頭車化改造車も現れた。
  1. 下降窓の保守がしっかりしていたらこうなっていた。
    • 同じく下降窓を採用している阪急や近鉄の電車と比べられることはなかった。
    • 205系まで下降窓導入が途絶えることはない。
    • 急行型のグリーン車の窓の2段窓化もなかった。
    • =「もし国鉄の労使紛争がなかったら」
  2. 185系が登場するまで活躍していた。
    • 185系は最初から回転クロスシートを採用していた。よって、「最悪の特急」と揶揄されることはなかった。
  3. 「あまぎ」に183系が導入されることはなかった。
  4. クロ157形は157系全廃後は最初から185系に組み込まれていた。
  5. 保存車両が存在していたかもしれない。
    • 私鉄に譲渡された車両もあったかもしれない。
    • グリーン車の一部がサロ110に改造された。
  6. 一部の先頭車は前照灯がシールドビーム化された。
全般
  1. =新幹線がスピード主義にならなかったらである。
  2. 史実で実現しなかった動態保存が実現していた。
    • 実物として残っていない車両も何らかの形で動態保存していた。
JR東海車
  1. 4列普通車指定席が史実より長く残った。
  2. 100系以降の新幹線にも4列普通車指定席が引き継がれる。
JR西日本車
  1. 100系の引退も史実より遅れる。
青梅線・五日市線
  1. 四季彩以外も生き残っていた。
  2. 四季彩の部品交換は中央線の廃車発生品を流用しての対応がなされた。
  3. 将来の置き換えはE233系の新車導入ではなくE231系の転属の措置に。
中央・総武緩行線
  1. E231系黄色帯は103系置き換え分の製造にとどまっていた。
  2. 205系ともども2010年頃まで活躍を続けた。
  3. 京葉線に201系が転入しない。
  4. 青梅・五日市線の103系は山手線205系の転用車で置き換えられる。
山手線
  1. 鉄オタから国鉄山手線と揶揄されていた。
    • JR時代に作られた車両の方が多いためそのように言う鉄オタを揶揄する鉄オタも出現していた。
  2. 6ドア車のモニターも撤去されることなく続いていた。
埼京線
  1. 相鉄線直通に伴い2018年末〜2019年頃にVVVFに改造されていた。
    • 内装もリニューアルし日光線のようなLCDがつけられていた。
    • リニューアルに伴い自動放送もつけられていた。
    • JR東日本は大規模リニューアルに消極的だからどうだろうか。VVVFが関の山じゃないかと。
  2. 6ドア車は最後まで残るかどうかは微妙。
全般
  1. =新幹線がスピード主義にならなかったらである。
  2. 新幹線食堂車・カフェテリア車の営業終了が現実より遅れて100系16両編成ラストランと同時だった。
    • もしかすると食堂車は日本の鉄道において今でも営業が盛んだったかもしれない。
X編成
  1. 整備が行き届いていたらもっと走れた。
  2. ラストラン時に2階建て車両のNSマークが復活。
G編成
  1. カフェテリアが史実より長く営業した。
    • 主に区間運転のひかりで営業。
V編成
  1. 東京-博多間運行のひかりの廃止が現実より遅れていた。
京浜東北線
  1. 6ドア車はしぶとく残った。
  2. 自動放送装置が後付された。
  3. 行先表示器のLED化も施工された。
  4. 座席のクッションの交換も行われていた。
南武線
  1. E233系の置き換え対象にはならなかった。
    • 8500番台は登場せず。
  2. 自動放送装置の設置対象にもなっていた。
京浜東北線
  1. 209系0番台がE233系1000番台に置き換えられた時点で自動放送装置が設置されていた。
    • 2013年ごろに中央総武緩行線所属車両共々更新工事が行われていた。
  2. E233系5000番台の製造分が増えていた。
    • 現在京葉線に一編成だけ残っている209系500番台の代わりにE331系が現存…は流石にないか。
  3. 武蔵野線の増発用としてE233系が新製投入されていたかもしれない。
  4. ひどい場合、山手線にE233系が増備され、京浜東北線に元・山手線のE231系が回ってきていた。
  1. 183系や185系を置き換えていた。
    • 踊り子にも導入されたら、平成の185系と揶揄されていたかもしれない。
  2. 「あかぎ」に転用されていた。
    • したがって、あかぎに651系は投入されなかった。
  3. そのうち大修繕により255系と同様IGBT-VVVF換装され、しばらく故障と戦う日々を過ごしていた。
  4. 小田急10000形の長野電鉄譲渡車が増えていた。
  1. 増備はかなわずとも今もひっそり京葉線で余生を過ごしている。
    • 209系500番台は完全に武蔵野線へ転用されていた。
  2. 故障が少なければ最低でもこうなっていた。
    • 経済の低迷さえなければ修理に着手することができていた。
  1. E353系電車は登場しなかったかもしくは、E257系電車を置き換えるために製造されていた。
    • 登場した場合、E351系電車は特急「あずさ」、「かいじ」、「富士回遊」、「はちおうじ」、「おうめ」で運用されていた。

785系NE1~5編成

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  1. さすがに3両編成に短縮して、史実で711系から気動車に置き換えられた室蘭本線室蘭~苫小牧間の普通列車用に転用されていた。
    • 編成短縮がされなければ、789系1000番台の予備車となっていた。
    • むしろNE501・502編成が格下げ転用されており、撤去された運転台を復活させていた(こちらの方が編成を分けやすいため)。
    • 気動車が捻出されるので一般形気動車の老朽化による不足は起きなかった。
      • この場合、キハ143形は他の非電化区間中心の運用に就いていた可能性もあった。
  2. 「旭山動物園号」に改造されていた可能性もある。

キハ01系

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  1. それでもワンマン運転は実現しなかった。
  2. 特定地方交通線廃止時まで使われていた。
  3. 国鉄の気動車がレールバス主体になったかは微妙。

キハ81系

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  1. JRにも引き継がれた場合、JR東海に引き継がれた。
    • したがって交通科学博物館→京都鉄道博物館には保存されなかった。
      • リニア鉄道館で保存。

キハ58系

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  1. ワンマン対応車が増えた。
    • 西日本では急行形で唯一体質改善工事が行われていた。
  2. 単色化の一環で首都圏色に塗られた車両が現れた。
  3. 西日本車もエンジン換装の対象となった。
    • 当然変速機は交換、エンジンはコマツ製の6D125系で、出力はキハ58のみ355ps×2、キハ28も330psとされる。

キハ82系

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全般
  1. JRにも多くの車両が引き継がれる。
  2. キハ82系車内チャイム(ブラームスの子守唄・乙女の祈り・鉄道唱歌(キハ82系バージョン)・枯葉)の知名度が高くなっていた。
    • キハ82系以外の国鉄車両でもキハ82系車内チャイムと同じ曲の車内チャイムが使われていた。
      • 場合によってはJR西日本辺りがキハ82系車内チャイムの電子音バージョンを作っていた。
  3. 各社でエンジン換装が実施された。
北海道
  1. JR北海道に多くの車両が引き継がれる。
  2. リバイバル運転に重宝していた。
  3. 食堂車の廃止も遅れていた。
  4. DMF13HZ系へのエンジン換装や新塗装化がなされた。エンジン換装後の出力は下手をしたら450ps。
ひだ・南紀
  1. キハ85系の登場が遅れていた。
  2. カミンズ製エンジンへの換装や、白地に橙帯への新塗装化がなされた。
山陰特急
  1. JR西日本もキハ82系を保有していた。
  2. コマツ製エンジンへ換装され、最高速度も110km/hに引き上げられた。塗色もキハ181のはまかぜに準じた新塗装となった。

キハ110系300番台

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キハ110系300番台は「秋田リレー」用として廃止後は格下げされることを前提に製造されましたが、もし、格下げ改造されなかったら?

  1. 「陸中」に転用されていた。
    • と同時に特急に格上げされていた。
      • JR東日本が地方交通線を主体とする特急の制定に意欲的だったらあり得た。
      • 快速「はまゆり」に格下げされることはなかった。
    • JR東日本は非電化特急が育たないといわれることもなかった。
    • 捻出した0番台は普通列車に転用され、キハ52・58系の置き換えに回していた。
      • 盛岡地区の冷房化が遅れることもなかった。
    • 「よねしろ」にも本形式が転用されており、同時に特急化していた。
      • ターゲットが通勤利用なので急行のままか定期券での利用もできるようにしていた。
  2. 史実の転用先である飯山線には新車で置き換えていた。
  3. 引退まで特急用で使うつもりだったら、窓割りの構造が若干変わっていた。
  4. むしろ0番台がすべて格下げ改造され100番台に編入された。

キハ130形

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  1. キハ40系に置き換えられる異例の事態はなかった。
  2. キハ40系の老朽化は問題にならなかった。
  3. そもそも日高本線など、海沿いの路線に投入されていなければあり得た。
    • 根室本線の滝川 - 釧路や石北本線あたりが妥当だったか。

キサロハ182形550番代

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  1. 「はまなす」に転用され、客車に改造されていた。
  2. 一貫して特急専用で使用された場合は「オホーツク」あたりに転用されていた。
    • 普通車個室は座席車に改造されていた。
  3. 1両のみニセコエクスプレスの増結に回された可能性もある。
JRで長く使われていたら
  1. 保線コストは高まっていた。
  2. 筑豊線以外でも冷房化、内燃発電機搭載はされていた。
  3. 電車、気動車化されても状態の良いものが残っていれば12系同様にSL列車の客車としても再活用されていた(こちらは当然レッドトレインのままで)。
  4. 12系と14系座席車の多くは大規模更新を受け,長期にわたり活躍できた。
  5. 運用の効率化を図る為にプッシュプル運転が導入され、運転台付きの改造車が登場していた

秩父鉄道

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  1. 編成の長さからラッシュ時の運用に重宝していた。
  2. 冷房化くらいはされていた。
  3. 7500系導入と同時期に置き換えられていた。

東武鉄道

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1720系と同種の車体に載せ替えられなかったら?

  1. 5700系を置き換えていた。
  2. 快速急行だいや・おじかの運用についていた。
    • 遜色急行扱いされることはなかった。
  3. 200系は7編成、250系は3編成の陣容となっていた。
    • 250系は当初から完全新造車として計画されていた。
    • いや、1700系も機器は1720系と同じだからこれは史実と変わらないかも。
      • 史実の1700系は更新からしばらくして台車や主電動機を交換しているが、車体載せ替えがなければ1720系と同一の機器に変更された可能性も低くなり、200系への改造対象に含まれたか怪しくなる。
  4. 東武は特急の分割・併結運転に積極的になっていた。

1800系通勤転用車

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  1. 館林地区のワンマン化が行われていなければこうなっていた。
    • 800、850系は存在しなかった。
  2. あるいは4ドア通勤型の車体へ載せ替えられていれば考えられた。
    • 車体は5050系・5070系あたりから流用された。
  3. 2010年代まで活躍していた。
    • 時期によっては20400型が館林地区にも投入されていたかも。

2000・2080系

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  1. 最終増備車くらいは生き残っていた。
  2. 2080系への改造数も増えていた。
  3. 2000系も他の鋼製通勤車と同じカラーリングに変更されていた。
  4. 短編成化の上、支線に転用されていた。
    • 3000系の置き換えに回していた。
    • その際下記の上毛電気鉄道譲渡が実現したかも。冷房化も下記のように。東武本体で2010年代前半まで現役かも。
  5. 2000系は8000系と同様に前面も改修されていた。
  6. 上毛電気鉄道には2000系が譲渡された。車内外のスペースの制約から,冷房装置は連結面に設置された(福島交通7000系と同じ)。
    • ↑は2010年代後半まで現役かも。その置き換え用に10000系2両編成が譲渡される。京王3000系は入線しない。
  7. 3000系列・5000系列は1990年代に全廃できた。

西武鉄道

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  1. 9000系は登場しなかった。
    • 10000系はVVVFインバータ制御で新造されていた(発電ブレーキ付)。
    • 代わりに2000系10連が増備され、有楽町線・副都心線直通を考慮して8500系に倣い8M2Tとなった。
  2. LED行先表示器搭載編成も登場。
  3. 末期は各駅停車専用車両になった。
  4. 分散冷房車もまだ生きていたかも。
    • あるいは171〜181F全編成が175F、177Fのスタイルに改造されていたかも。
      • 客ドア交換(3000系タイプへ)はそのグループにも施されていた。
  5. 多摩湖線の351系の引退も早まっていたかも。
  6. 黄色一色化は史実通り行われた。
  7. 総武流山電鉄以外への譲渡車が出た。
    • 伊豆箱根鉄道1300系や三岐鉄道751系は旧101系からの改造だった。

営団地下鉄・東京メトロ

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  1. 名古屋市営地下鉄250形のように一部車両が先頭車化され、6両編成3本が組成されていた。
    • 顔は02系を切妻にしたようなものになっていた。
    • 運転台機器は500形から流用していた。
    • 形式は2000系?
      • 02系置き換え用に登場した史実の2000系は12000系を名乗っていた。
      • 銀座線の2000形と重複するため、別形式になっていただろう。
  1. 名古屋市営地下鉄250形のように一部車両が先頭車化され、6両編成10本が組成されていた。
    • 顔は01系を切妻にしたようなものになっていた。
    • 運転台機器は2000形から流用していた。
    • 形式は1000系となっていた。
      • 01系置き換え用に登場した史実の1000系は11000系を名乗っていた。
  2. 非冷房のため、90年代後半に引退。
    • 引退後は琴電や日立電鉄、ブエノスアイレスに譲渡されていた。
    • 01系のVVVF車が史実より多く製造されていた。
  1. 01系要素を取り入れた鋼製の先頭車が製造され、6両編成2本が組成されていた。
    • 1500N形と違い、6で割り切れないため。

東京都交通局

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5300形(5327F)

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  1. 導入時から都営車による快特運用が行われていたら残っていた。
  2. 5200形と同じような扱いになっていた。
  3. 5500形が1本少なかった。
  1. 「=都電全廃の構想が存在しなかったら」。
  2. それでも車体更新は避けられなかったと見られる。
  3. 7500系の引退が早まっていた。
    • そもそも製造されてなかったのでは?。8000形の改善版の様な車両なので。
  1. 先頭車は車齢が若いので老朽化した中間車は代替新製されていた。
  2. 10両編成化されていた。

京成電鉄

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AE形(初代)

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  1. AE100形の製造数が減っていた。
  2. 3400形は登場しなかった。
  3. 2代目AE形の登場と同時期に置き換えられていた。
    • 史実の2代目AE形はAE200形を名乗っていた。
  1. 都が難色を示していなかったら都営地下鉄乗り入れが実現していた。
  2. シティライナーは廃止されなかった。

東京急行電鉄

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デハ200形

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  1. それでも玉川線・砧線廃止時に一部車両は廃車された。
  2. 代わりにデハ70形の一部車両が玉川線・砧線廃止時に廃車されていた。
  3. 塗装が緑一色になるため愛称が「ピーマン」あたりに変わっていた。
    • 屋根に付いていた標識灯も撤去されるためよりそれっぽい顔つきになっていた。
      • 青ガエルミニの方がありそう。
  4. 鉄道ファン団体などによる貸し切り運転ではこの形式が指名されることも多かった。
  5. 特殊な構造が災いし300系登場までは生き延びられなかったと思われる。
    • 最後まで運用されていた編成は引退間際にデビュー当時のツートンカラーに戻されていた。

現役車両ですが、東横線に残留し続けていたら?

  1. 副都心線に乗り入れない運用についていた。
    • サークルKステッカーならぬサークルFステッカーが張られていた。
    • どちらにせよ相鉄直通開始までには2020系の東横線版(4020系?)によって置き換えられていた。
  2. 大井町線への転出に際して持て余した中間車に廃車が出ることはなかった。
    • よって、8090系が玉突きで廃車になることもなかった。
      • むしろ大井町線に6000系の5連版が大量投入され8090系は廃車となった。
  3. 5050系の製造数が減っていた。
    • その分、5000系は当初の予定通りの本数で製造されていた。
  4. そもそも、東急は東横線の車種統一に力を入れていなかったらこうなっていた。
  5. 2000系は2020系投入で8連化され東横線に転用されていた。
    • ただし、9020系に形式変更されたのは史実通り。
    • こちらも相鉄直通開始前後で置き換え廃車となった。
  6. 西武譲渡は時期を逸してあり得ない。
    • 代わりに小田急8000形の譲渡数が増え、1000形更新車や3000形あたりも譲渡対象となった。
    • 2020年代中盤の運用離脱なら史実通りかも。
      • 5連に短縮されていないため、こちらが6連を組んで国分寺線に入った可能性もある。

小田急電鉄

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  1. そもそも台車をTS-818とTS-814に取り替えられていたらあり得た。
  2. 吊り掛け駆動のまま冷房化がなされた。
  3. 晩年にはVVVFの1000形や、電気指令式ブレーキの3000形との併結が見られた。
  • 通勤車への改造がなかったら?
  1. 準特急廃止後もそのままの形で急行に転用されていた。
    • 箱根湯本行き急行にはこの形式が使われていた。
  2. 2400形は2ドアクロスシートで製造されていた。
    • 史実における東武6000/6050系のような存在になっていた。
  3. いずれにしろ、ラッシュ時には不向きな構造なので1980年代に入ると淘汰の対象になっていた。
    • 多摩線で余生を送ったかも。
    • むしろセミクロスシートのまま富士急行に譲渡され、5000系と比較されていた。

長野電鉄

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  1. =木島線が廃止されなかったらである。
  2. 冷房化、ワンマン化くらいはされていた。

名古屋鉄道

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5000系・5200系

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  1. 冷房化できたら残っていた。
    • 5000系の場合同じ湘南2枚窓で冷房化した南海ヒゲ新・丸ズームと比較されることもなかった。
      • 路面電車用クーラーで冷房化。
        • 1998年から廃車がスタートとして2000年に全廃。
          • 5000系・5200系を先に廃車しなければならないため名鉄7000系・7500系の廃車が遅れていた。
  2. 5300系は登場しなかった。
  1. そもそも完全新車だったらあり得た。
  2. リニューアルが行われた。
  3. 座れる通勤電車がブームになると松井玲奈氏が「日本一豪華な座れる通勤電車」と言っていた。
  4. ほかの編成が一部特別車になる中で異彩を放っていた。
  5. 名鉄の特急政策の見直しが行われるとデラックス料金が復活。
    • 内装も登場時以上に豪華になった。

1000系全車特別車編成・1600系

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  1. =特急政策の見直しがなかったら、である。
    • あるいは1600系のみについてはそれ自体がミュースカイに改造されていたら、となる。
  2. 当然、5000系(2代目)と1700系は存在しない。
    • 5000系が登場しない代わりに3300系が更に増備されていた。
  3. 西尾線や津島線では今でも昼間も特急が走っている。勿論全車特別車で。
    • 犬山線や河和、知多新線の特急も今も多くが全車特別車。
  4. 輸送力増強のために1600系は4両に増結されていたかも。
    • 増結中間車はモ2150に準じた仕様とされた。
      • 流石に1600系車両は2021年に廃車され、代わりに2000系の赤白版へと残る3両を差し替えられた。
  5. 1000系は2015年頃よりリニューアルが始まっていた。
    • 内外装は1200系と同様のものになっていた。

3700系 (初代)

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  1. 名鉄の通勤型車両は20m4ドアが主流になっていた。
  2. 当車両がはいれるよう改良工事が行われた事により、キハ8000は国鉄と規格を合わせることができた。
  3. 100・200・300系の車両番号が大きく違う。
  1. かつての3400系(いもむし)のように動態保存車両として1編成だけ残されていた。
    • できるだけ登場当初の姿に近づける復元が行われていた。
    • 基本的にはフェニックスエンブレムを掲出して走行するが、たまに逆さ富士行き先表示器を取り付けたりその上で白帯を巻いたりしていた。
  2. 本線で運転される機会は多くなかった。
    • 津島線や広見線、各務原線が主な運用線区となっていたか。
    • 運行は土休日や長期休暇期が中心となる。
  3. 場合によっては往年のミュージックホーンを鳴らすこともあった。
  4. そもそも5300系のように界磁添加励磁制御に改造されていたら考えられた。
  1. 「5000系の製造数が5本減」「5700系が早期廃車」「電磁直通ブレーキのままVVVF化」のいずれかの状況となればあり得た。
  2. 瀬戸線では使用できるわけがなく、4000系への置き換え後、直ちに本線転属となった。
  3. 3300系の製造数が3本、9500系の製造数が2本少なかった。

名古屋市交通局

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3050形3159H

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  1. 中間車2両は流石に廃車となり、4連化されて上飯田線予備車に転用された。
  2. 2021年の3300系による小牧線代走はなく、3159Hが担った。
  3. 当然、前照灯のLED化、機器更新、車内案内表示器のLCD化の餌食になる。

近畿日本鉄道

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  1. 冷房化・後にカルダン化していた。

800系・880系

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  1. 冷房していたら残っていた。
    • 名鉄5000系と同様、同じ湘南2枚窓で冷房化した南海ヒゲ新・丸ズームと比較されることもなかった。
      • バス用クーラーで冷房化していた。バス用クーラーは三重交通・奈良交通の廃車バスからの発生品。
      • 860系と同様、ワンマン化していた。
      • 800系として残った編成も冷房化。
      • 820系として残った編成も820系時代に冷房化。
      • それでも800系は2001年に全廃。880系は2002年には全廃。
        • 同時に史実で1993年まで820系として残った車両が2002年に伊賀線に転属。
          • 廃車理由は5820系・9820系・9020系の増備が進んだのが理由。
          • 860系の置き換え時期も2014 - 17年頃になり、東急7600系・7700系による置き換えに切り替えられる。
  1. B更新でロングシート化あるいはL/Cカー化が行われていた。
    • あるいは4ドアながら転換クロスシート化を受け、初の4ドア転換クロスとして世間から注目された。
  2. 2021年現在も現役。
    • 廃車は2410・2430系と同時期あるいはそれより後になっていた。
    • あるいは5820系大阪線・名古屋線投入時に2410系や2430系が廃車されていた。
  3. 主に伊勢方面への長距離急行に運用されているが、2両に1ヶ所トイレがあるので団体用としても重宝されていた。
    • あるいは2410・2430系とトレードしてトイレ付き編成の増加を図っていた可能性もある。
  1. 恐らく界磁位相制御車に改造されていた。
    • あるいはVVVF制御に改造されていた。
  2. 8000系列と完全に共通運用となり、奈良線への入線も果たしていた。
  1. 両端4両しか残らなかった。
    • そのうえ大規模改造の末10400系に編入されていた。
    • モ10001も貫通化改造を受けていた。
  1. 30000系は登場しなかった。
  2. アーバンライナー登場とともに置き換えられていた。
    • したがって、アーバンライナーに2階建て車両が連結されていた。
  3. 2000系は完全新造車だった。
  4. 1980年代初頭にリクライニングシート化などのリニューアル工事が行われていた。
    • 同時に前面・側面の行先表示器取り付けも行われている。
    • 冷房装置も先頭車はサニーカーと同じものが屋根上に設置され、2階建て中間車の冷房も高性能で小型軽量のものに交換されていた。
  1. 冷房化が可能だったら残っていた。
  2. 18200系は20100系の補充用の団体用だった。
    • したがって18400系の18409Fの団体用格下げはなかった。
    • 楽は登場しなかった。
      • 15200系登場と同時に廃車。
  1. さすがに高性能化改造くらいはされていた。
  2. 18400系とともに廃車となっていた。
  3. 南大阪線6800系の台車・モーターと交換して伊賀線へ投入し、同線に有料特急が設定されそれに運用されていた可能性もある。
  1. 2001年まで残っていた。
    • 10100系と同様、前面・側面の行き先表示機取り付けが行われていた。
    • 座席もリクライニングシートに交換されている。
  2. 1980年代に2回目の更新工事が行われ、中間運転台の撤去が行われていた。
  1. 2002年まで残っていた。
    • 12000系・12200系・18400系の廃車はその後だった。

12000系・12200系・18400系(特急マーク車両)

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  • もし特急マーク車両が遅くまで残っていたら。
  1. 2004年まで持ちこたえた場合、21020系か22000系がもっと多く製造された。
    • 末期は阪奈特急・京奈特急・京橿特急メインで運用。

京阪電気鉄道

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1800系(初代)

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  • 1800系(2代)への改造がなかったら
  1. 昇圧直前まで使用されていた。
    • 昇圧で6000系に置き換えられていた。
      • その分6000系の製造両数が増えていた。逆に2600系30番台は減っていた。

1800系(2代)

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  1. 1900系と同時期に冷房改造されていた。
    • 1900系・2200系と同じく制御装置の1M8C化などの改造が行われていた。
  2. 最終的には7連×2本に編成替えされている。
  3. 廃車は2000年代になってからだった。
    • 代替車両としてこれが実現していた。
  4. 6000系の製造両数が2編成減っていた。
    • 京阪におけるVVVF車の導入が少し遅れていた。
    • 6000系顔の7000系や7000系顔の6000系は登場しなかった。
  • 格下げ改造が行われていなかったら?
  1. 3000系の製造数が減っていた。
    • 増発用の1次車で終わっていた。
  2. 特急時代に冷房化されていた。
  3. 8000系登場により置き換えられていた。
    • 置き換えられた1900系は富山地方鉄道に譲渡されている。

2200系2380形

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  1. 2200系の8連は現在に至るまで存在している。
    • あるいは経年が近い2600系30番台に組み込まれ、こちらが8連化されていた。
  2. 代わりに6000系のうち何編成かが7連化されていた。
    • 余った中間車は新造の13000系に組み込まれるか10000系の編成替えに使われていた。

3000系(初代)

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  • 8000系導入後も継続使用される予定でした。
  1. 流石に見劣りは否めないので大規模な更新工事が行われていた。
  2. 富山地方鉄道、大井川鉄道への譲渡車はなかった。
    • 富山地鉄へは阪急2800系が譲渡されていた。
  3. 2008年まで使用され、今頃は2代目3000系に置き換えられていた。
    • 2代目3000系はむしろ、特急用として製造された。したがって快速急行には9000系が充てられていた。
    • もし一部が2021年まで残っていた場合、同年に50周年を迎えることができた。
      • 恐らくヘッドマーク取り付けなどのイベントが行われていただろう。
  1. ≒可動式ホーム柵が導入されなかったか、あるいは導入が遅れたか、である。
  2. 需要の減少によりいずれは5ドアの使用を中止し、3ドアに固定されていた。
    • それとともに本系列限定運用が解かれ、他の7連と共通運用になっていた。
  3. 2200・2400・1000系の廃車が早まっていた。
    • 本系列が引退してホームドアが設置されるにあたっても、1000系も引退していたため、開口部は現実ほど広くならなかった。
  • 現役車両ですが、ロングシート改造がなかったら?
  1. 快速急行に充当されていた。
  2. 2代目3000系は導入されなかった。
    • 13000系が2008年頃導入される。
  3. 一部の車両が10000系に編入されることはなかった。
  4. 中之島線開通に伴う塗装変更ではこの車両は青系の塗装になっていた。
    • 2010年代後半にリニューアル改造が実施され、扉間は1列-2列の転換クロスシートに交換されていた。

阪急電鉄

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  • 電装解除や6000系への編入がなされずチョッパ制御を維持していた場合を考えてみる。
  1. そもそも4M4Tの時代に駅間距離の短い宝塚線に転用されていたらあり得た。
    • VVVF試験車は7000系7022Fの7022によりなされた。
    • 能勢電鉄は当然出禁で、星特運用には入れなかった。
  2. 1980年以降に3編成ほど増備され、7000系の増備数が3編成少なかった。
  3. 2250Fは1992年頃に量産化改造を受けた。
  4. 2008年以降にはリニューアルの対象となり、全編成がチョッパ制御のまま素子のIGBT化がなされた。
  1. 前面・側面の電動式方向幕取り付けや車体内外の更新工事が行われていた。
    • 特に前面は6000系と同タイプになっていた。
      • 電気式ブレーキがこの際導入。2000系列・2300系以降の更新工事で導入される。車番変更は避けられない筈。
        • 完全に中間車化された車もある。
  2. 2300系と同じく界磁チョッパ制御に更新されていた。
  3. 2300系の引退が早まっていた。
    • 2300系更新車の数が少ない。
  4. 富山地鉄への譲渡話は出なかった。
    • 1990年頃に引退が進めば実現したかもしれない。
  5. 格下げ改造がなかったら6300系は登場しなかった。
    • 6300系は6000系同様の車内外で登場した。6330系ではなく,7300系8両編成が1編成多く製造された。
      • ↑走行機器は別会社製。
  6. 8300系登場とともに置き換えられ、8300系はオール転換クロスシートで製造されていた。
      • 8000系転換クロスシート車も現実以上に造られた。8300系列のオールロングシート車両はそれでも存在か。
  7. 2001年頃に引退していた可能性が高い。
    • 1980年代のうちに定期特急運用から外れたであろう。
  8. 6300系電車と同様に嵐山線で運用されていた。
    • そうならず廃車になった車も多い。1990年頃に引退が進めば。
    • その代わりに、京都線・千里線では、史実よりも早く7両編成or8両編成で運行されていた。
      • 1990年頃に京都本線・千里線の普通車の8両運転が開始される。優等列車の10両編成の本数は現実より多い。
  1. 前面が6000系と同タイプに改造されていた。
  2. 3000系の引退は史実より早かった。
  3. 21世紀になって5000系と同様のリニューアル工事が行われていた。
  4. 能勢電鉄に譲渡されていた可能性もある。

6300系(6330F)

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  1. 「京とれいん」にはこの編成が改造されていた。
    • 7300系と同性能なので、最高115km/h運転も可能になっていた。
    • それでも余剰となった中間車2両は京とれいんへの改造と同時に廃車されていた。
  2. もしかしたら、「京とれいん」の2編成目として、史実より早く導入されていた可能性もある。(実史では、7000系から捻出)

阪神電気鉄道

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3801・3901形(第1編成)

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  1. =脱線事故がなかったらである。
  2. 8701・8801・8901形がもう1本登場していた。
    • 7890・7990形電車は登場しなかった。
      • 武庫川団地に保存された赤胴車は7861形だった。
    • 電動車が不足するので、一部のTc車が中間車化と同時に電装化されていた。場合によってはVVVFインバータ制御の試作車となっていたかも。
  1. もし阪神・淡路大震災が発生しなかったらである。
  2. 恐らく1990年代末~2000年代初頭まで使われ、5500系あたりに置き換えられていた。

5311形(5313・5314)

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  1. 5700系導入まで運行され、5700系導入による廃車第1号となっていた。
    1. 5700系の製造本数が1本増加し、アレグロブルーの塗装は5500系のリニューアル完了をもって消滅していた。
  1. 8523Fとともに2020年以降直通特急運用に充当されていた。
    1. 2000系の置き換えは5131形・5331形・5001形置き換え完了後となっていた。
      1. 阪神最後の赤胴車となり、武庫川線用に転用される計画も浮上していた。

南海電気鉄道

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20000系電車

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  • 当初は更新工事を実施して、延命を行う予定でしたが、30000系電車の新造により、断念しました。
  1. 30000系電車の登場は史実通りだが、予備車として、臨時列車や30000系電車が定期検査を受けているときに運行されていた。
  2. 1999年に31000系電車の登場を機に廃車となっていたか。
  3. みさき公園に設置されることはなかった。
  4. そもそも21201系が全車休車のまま温存されていたか、早期に機器更新となっていたらあり得た。
    • 20000系の機器類が30000系と同一品に更新され、代わりに余剰機器が21201系の機器更新に転用されていた。

大阪市交通局・大阪メトロ

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  1. 2024年以降も生き残っていた場合、北急箕面萱野駅への乗り入れも果たしていた。
    • チョッパ制御の1116F以前のみ30000系に置き換え、VVVF改造された1117F以降は継続使用だった可能性もある。その場合御堂筋線用30000系は31612Fまでで打ち切られ、1117F以降は2025年以降に400系ベースの車両で置き換えられていた。
  2. ホームドアやTASCにも対応していた。
  3. 中央線20系の方が先に引退していた。
    • 30000A系や400系の登場が早まっていたかもしれない。
  1. 車内は御堂筋線の10系同様のリニューアルが行われていた。
    • 中央線のラインカラーに合わせて座席は緑系となっていた。
  2. 前面にVVVFのシンボルマークが付いていた。
  3. 30000A系は登場しなかった。
    • それでも400系の登場は史実通り。
    • 2025年の大阪・関西万博閉幕後にまとめて廃車されていた。
      • 昭和60年製造の2602F〜2605Fは400系に置き換えられて万博前に廃車。平成元年製造の2606F・2607F・2631F〜2639Fは万博閉幕後にまとめて廃車。
      • 2601Fの転属による玉突きによる廃車は史実通り。
    • 谷町線の新20系は全てリニューアルされていたか、数年遅れで400系の谷町線バージョンに置き換えられていた。
  1. 制御装置のIGBT-VVVFへの更新が行われていた。
    • 同時に車内へのLED案内表示器の取り付けも行われていた。
  2. 民営化後も使用されていた。
  1. 内装更新と同時に標識灯を下部に移設していた。
  2. 115km/hに対応できないことから2008年の阪急9300系増備と同時期に60000系が用意されその際に全廃となった。

西日本鉄道

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