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もし阪神・淡路大震災が発生しなかったら

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  1. その前に、「埋立地で液状化」とか、「ビルが横倒し」とか、「高速の橋脚が折れた」と言ったものを知らないまま過ごしているだろうと思われる。
    • まじめに語ってるよ…
      • その真面目に乗っかると、結局のところ事前準備をどれだけしても、起こってしまった出来事の後から気付かされることがあるという教訓話になる。
    • 未だに高速道路の橋脚が地震で折れるのは外国での話と思われている。
      • 日本における地震による橋脚の倒壊は、未だに1964年の新潟地震での昭和大橋の落橋のイメージが強かった。
    • 液状化が知られるようになるのは東日本以降。
    • ビルの倒壊については、凌雲閣と百尺規制を忘れてはいけない。
      • 1964年の新潟地震の県営川岸町アパートも忘れてはいけない。
  2. 震度表記は1~7の7段階のままだった。
    • 東南海地震への対策が今のように進んでいなかった。
    • しかも観測方法は震度計での観測ではなく、気象庁の職員の感覚による観測のまま。
      • 東日本大震災発生後、ようやく9段階になる。
        • むしろMM震度階級に変更された可能性も。「MMは国際標準だからそれに合わせるべき」という理由で。
      • 緊急地震速報の導入は2010年台になっていた。場合によっては東日本大震災後かも。
      • 観測の結果、栗原市は激震指定を免れた。
        • 当初の最大震度は6だった。
  3. 女子高生のルーズソックス大流行は1年早くなっていた(史実は1996~1998年がルーズソックスの全盛期だった)。
    • ファッションの流行は基本的にはデザイナーが意図的に生み出すものだから、震災とは無関係だったのでは。
  4. 新潟の中越地震が史実以上の扱いを受けている。
    • 福岡県西方沖地震も。
    • 熊本地震も。
    • 芸予地震も。
    • 北海道南西沖地震も。
    • 直下型地震に対する認識が現実よりも甘く、大地震と言えばプレート境界型地震のことを指したままだった。
      • 首都直下地震について言及されるのがもっと遅れていた。
        • 首都直下地震はプレート境界型でもあるけど。
    • 2018年の大阪北部地震での被害がもっと大きくなっていた。
    • 上記の中越地震等もそうだが、2011年の東日本大震災の被害も更に大きくなっていた。
      • 首都圏でも建物の倒壊が相次いでいた。
        • 鉄道の高架などの倒壊なども多数発生していた。
          • 阪神大震災をきっかけに耐震強化や防災対策が本格的に意識された側面はあるが、無いなら無いで別のどこかの地震で同じような風潮が生まれてただろう。
            • あるとすれば2004年の新潟中越地震か2011年の東日本大震災あたりか?
    • 三陸はるか沖地震が全国的に記憶されていた。
  5. 神戸まつりは現在に至るまでずっと5月開催だった。
  6. 新長田駅近くの鉄人28号のモニュメントは作られなかった。
  7. 神戸ルミナリエは開催されなかった。
  8. 神戸市長田区のご当地グルメである「そばめし」や「ぼっかけ」がブレイクするのが少し遅れていたかもしれない。
    • 「いかなごのくぎ煮」の知名度も全国区にならなかったかもしれない(阪神・淡路大震災で支援してもらったお返しに贈ったのが普及のきっかけの1つだったので)。
  9. 小林一三の生家は現存している。
    • 史実通り宝塚ファミリーランドが閉園した場合、故郷の山梨県に移築されていたかもしれない。
  10. 毎年12月に行われている「今年の漢字」の発表は1995年の時点ではなかったかもしれない。
    • そもそも「今年の漢字」自体存在しなかったかもしれない。仮にあったとしても2001年以降かも。
    • 仮に史実通り存在したとしたら、地下鉄サリン事件の「毒」になっていたかもしれない。
      • その場合早くも3年後の1998年に同じ漢字が複数回選出されたことになっていた。
  11. このアナウンサーは史実ほど有名にはならなかった。
  12. 羽生善治は王将を獲得して史実より前に将棋タイトル七冠独占を達成していたかも。
    • 対戦相手の谷川浩司が「自分が震災にあっていなければとられていたかもしれない」みたいな趣旨のことを言っていたので。
  13. 史実で阪神大震災が発生した日に淡路島で生まれた照強は注目されなかった。
  14. 関西学院大や神戸女学院大、甲南大の偏差値低下は史実ほどひどくならなかった。
    • ダイエーの経営難が史実ほどではなかったので、流通科学大学も。
      • 関関同立は厳しいが産近甲龍くらいのレベルにはなっていた。場合によっては「産近甲流」と呼ばれていた。
    • 関関同立は関東で言う早慶上智に匹敵するレベルとなっていた。
  15. 王子動物園にパンダが来ることはなかったかも。
    • 王子動物園にパンダが来たのは震災からの復興という意味もあったので。
  16. 神戸市の人口が福岡市に抜かれるのが現実よりも遅くなっていた。
    • 2010年代後半の時点でも抜かれていないかも。
    • 川崎市も。
  17. 1月17日が「防災とボランティアの日」と呼ばれることはなかった。
    • 代わりに10月23日か3月11日辺りが防災とボランティアの日になっていただろう。
      • 9月1日(関東大震災)も有力候補では?
  18. オウム関連事件の捜査が史実よりも前倒しになっていたかもしれない。
    • 上九一色村のサティアンは被災地域から外れているものの、全国的な震災の混乱が捜査に影響した可能性は排除できない。
    • 結果、地下鉄サリン事件は史実よりも前倒しになっていたか、計画する間がなく実行されずに済んだかのいずれかに転ぶ。
      • サリン事件が発生した場合、ワイドショーなどのオウム関連ニュースの取り上げ方は史実よりも大々的になっていた。
  19. 1995年のトップニュースはオウムによる地下鉄サリン事件になっていた・・・のか?
  20. 非政府組織のピースボートが、災害支援を取り組むこともなかった。
    • その場合、一般社団法人のピースボート災害支援センターも設立されなかった。
  21. 当然ながら宇田学の戯曲「ORANGE」もなかった。
  22. 当然ながら日本で発見された小惑星に「兵庫」、「神戸」と名付けられることもない。
  23. 失われた30年がなかった可能性が高かったことから、2019年における天皇の生前退位はなかったかもしれない。
    • 昭和→平成までと同じく天皇陛下崩御→改元となっていた。
    • 但し天皇陛下も高齢であることから、皇太子が摂政宮として執務を代行していた可能性が高い。
    • 「上皇」という言葉は歴史の教科書で出てくるくらいになっていた。
    • 阪神タイガースも平成のうちに日本一になれていた。
      • 史実通り2021年に東京オリンピックも開催出来ていた場合、夏季オリンピックも開催出来ていた。
    • 京アニ放火事件、新型コロナ、ロシアのウクライナ侵攻は平成の出来事になっていた(いずれも史実通り発生したらの話だが)。
      • 2024年の能登半島地震も平成の出来事になっていた。
  24. 広域火葬計画が東日本大震災、新型コロナまで史実より進められることもなかった。
  25. 宝塚映像が廃業することもなかった。
  26. 被災者生活再建支援法が公布・施行されることもなかった。
  27. もしかしたらここに書いてあるいくつかの人物ももう少し長く生きていたかもしれない。
  28. 21世紀になってから発生した凶悪な事件の多くは発生しなかったかもしれない。
  29. 1000人のチェロ・コンサートも日本で開催されなかった。
  30. 淡路島の日仏友好のモニュメントは無事完成していた。
  31. ここに書いてある1990年代後半以降のいくつかの作品も史実より世に出なかったかもしれない。
  32. ここにも書いてある1990年代後半以降のいくつかの事件も史実より起きなかったかもしれない。
  33. 播磨町も史実より人口が増加しており、2020年代には市制施行していたかもしれない。
  1. ベイブレードも史実よりヒットしなかったかもしれない。
  2. たまごっちも史実よりヒットしなかったかもしれない。
    • その場合、デジタルモンスターも誕生していなかった。
  3. リボルテックも史実よりヒットしなかったかもしれない。
  4. ソニーのaiboも史実よりヒットしなかったか。

アニメ・漫画・その他書籍・雑誌

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  1. 涼宮ハルヒもなかったかも??
    • 確かにあの作者は阪神大震災で人生が変わったといっていたな。
    • To Heartの保科委員長もないと思われる。
    • らき☆すた」や「けいおん!」も流行ってない。またけいおん!は紬の中の人が変わってた。
      • 仮にアニメ化されたとしても当然こうなっていた。
      • らき☆すたのこなたの中の人も別だったかも。また、放送内容のハルヒ言及・パロディー部分は全部別の何かに置き換わっていた。
        • ケロロやフルメタルパニックあたりのカラーが強まって、「ふもっふ」は古泉一樹ではなくらき☆すたの誰かの迷言に。
      • けいおんは京アニではなく、ひだまりスケッチと同じくシャフト制作になっていたかも。この場合でも史実ほどヒットしたかどうかは微妙なところか。
    • ハルヒがなかった場合、深夜アニメも含めたその後のテレビアニメの歴史は大きく変わっていただろう。
      • その場合、深夜アニメの数は史実ほど激増することはなく、深夜アニメの放送が盛んになることもなかった。逆にゴールデンタイム(特に民放キー局)でのアニメ放送は今でも盛んだった
        • その場合、史実で深夜枠で放送されたアニメのいくつかは全日帯で放送されていた。
    • 京都アニメーションも史実ほどメジャーな存在になっていなかっただろう。
    • 当然エンドレスエイト事件もなかっただろう。
      • この場合でも、自己言及的表現は00年代のネットも含めたトレンドだったから、タイムループもののどれかが同じことをやっていた気がする。
    • 作品を鑑賞した感想だが、阪神・淡路がないからと言って即ハルヒが生まれなかったというのは曲論だと思う。
      • 閉鎖空間や神人は確かに震災の影響を受けていると思う。だが、ハルヒその子の持つ本質的な欲求は、誰にでもあるものだからこそブレイクしたのではなかろうか?
        • そして誰にでもあるものだからこそ、震災とは関係なくハルヒはいずれは生まれたと思う。
          • 問題は、閉鎖空間・神人の設定が変わった後にできたストーリーでスニーカー大賞を受賞できたか。
            • 受賞、少なくとも入賞していればアニメ化にも結びついた可能性は高いが、賞を逃していれば上にあるようにアニメの歴史そのものが大きく変わっただろう。
    • (同じラノベであるが)「はたらく魔王さま!」の鈴木梨香が幼少期に阪神淡路大震災に被災した経験があったという設定が付けられる事もなかった。
  2. 「ズッコケ三人組」で稲穂県南部地震が設定されることはなかった。
  3. 当然ながら児童文学作品「地球が動いた日」もなかった。
    • そのため、アニメ映画にもならず、寿美菜子は声優にならなかった。
  4. 漫画「監察医 朝顔」も違うストーリーになっていた。(主人公の山田朝顔が、阪神・淡路大震災で母を亡くしたという設定なので。)
    • その場合、テレビドラマ「監察医 朝顔」での東日本大震災によって母が行方不明という設定もなかった。
  5. 地下鉄サリン事件もなかった場合「新世紀エヴァンゲリオン」も史実以上にヒットしなかったかもしれない
    • 当然ながら、新劇場版は制作されない。
    • パチンコやパチスロになることもなかった。
    • その場合、「魔法少女まどか☆マギカ」、「進撃の巨人」、「鬼滅の刃」、「呪術廻戦」、「SPY×FAMILY」、「チェンソーマン」、「リコリス・リコイル」もなかったかもしれない。
      • というかエヴァに影響された作品の多くは存在していないか、あったとしても設定が大きく変わっていただろう。
    • 「ロスト・ユニバース」もなかったので、ヤシガニ事件は起こらなかった。
      • そもそもエヴァ放送終了後以降、テレビアニメやアニメ映画がそこまで量産されることはなかった。
  6. 漫画家の木村紺も被災することもないので漫画「神戸在住」の作中でも触れられることもなかった。
    • その場合、違うストーリーになっていた。
  7. 漫画「あるいとう」の主人公、玉田くこの母を喪ったという設定が付けられる事もなかった。
    • その場合、違うストーリーになっていた。
  8. ここに書いてある1990年代後半以降のいくつかのアニメ作品も史実以上にヒットしなかったかもしれない。
  9. 当然ながら貴志祐介の小説「十三番目の人格 ISOLA」もなかった。
  10. 当然ながら横山秀夫の小説「震度0」もなかった。
  11. 当然ながら柴田哲孝の小説「GEQ」もなかった。
  12. ここに書いてある1990年代後半以降のいくつかの漫画作品も史実以上にヒットしなかったかもしれない。
  13. 声優雑誌も史実より多く発刊されなかったかもしれない。
    • その場合、編集長だった古林英明、本誌編集長だった渡邊隆史が角川書店へ移籍することもなくボイスアニメージュが一時的に休刊しなかったかもしれない。
  14. 月刊OUTも休刊しなかったかもしれない。
    • その場合、Magazine MEGUもなかった。
  15. もしかしたらここに書いてある1990年代後半以降のいくつかのアニメ作品も史実以上にヒットしていたかもしれない。
  16. ここに書いてある1990年代後半以降のいくつかの漫画作品も史実以上にヒットしていたかもしれない。
  17. ここに書いてある1990年代後半以降のいくつか雑誌も史実以上に休刊しなかったかもしれない。
  18. ここに書いてある1990年代後半以降のいくつかの漫画作品ももう少し長く放送していたかもしれない。
  19. 「勇者シリーズ」ももう少し長く放送していたかもしれない。
  20. ガンダムシリーズがMBSに移管されることはなく、今でもテレビ朝日系で放送されていたかもしれない。
    • その場合、「ガンダムSEEDシリーズ」もテレビ朝日系で放送されていた。
    • それでも「機動戦士ガンダムユニコーン RE:0096」の放送は史実通り。
    • それでもプロジェクトの「UC NexT 0100」の展開は史実通り。
  21. アニメーション制作会社のグルーパープロダクションも倒産しなかったかもしれない。
  22. アニメVも休刊しなかったかもしれない。
    • その場合、Lookerもなかった。
  23. 電撃G's文庫も休刊しなかったかもしれない。
  24. ここに書いてある1990年代後半以降のいくつかの作品も史実よりアニメ化されなかったかもしれない。
  25. 古典文庫も休刊しなかったかもしれない。
    • その場合、吉田幸一の死後は別の人物が発行していたかもしれない。
  26. 芸文社のネオジオフリークも休刊しなかったかもしれない。
  27. アサヒグラフも休刊しなかったかもしれない。
  28. 村上春樹の「神の子どもたちはみな踊る」もなかった。
  29. ガンプラのMGも史実よりヒットしなかったかもしれない。
    • その場合、その後のガンプラの売り上げにも悪影響が出ていたか。
      • その場合、HGUCなどもなかったか。
        • RGも。
        • その場合、2017年以降のバーザムショックもなかった。
      • その場合、ガンプラが2020年代以降に転売ヤーに狙われることもなかった。
        • その場合、ガンプラも2020年代以降に品薄になることもなかった。
          • その場合、バンダイが工場を増設することもなかった。
  1. ゲーム「桃太郎電鉄」の「大地震カード」が「スーパー桃太郎電鉄DX」から廃止されることもなかった。
  2. 地下鉄サリン事件もなかった場合「ポケットモンスター赤・緑」も史実以上にヒットしなかったかもしれない
    • その場合、「デジタルモンスター」、「どうぶつの森」、「妖怪ウォッチ」などもなかったかもしれない。
      • そもそもコンピュータゲーム原作のアニメは史実より少なかった(ポケモン以前はゲーム原作アニメはヒット作品がほぼ皆無に等しい状態だった)。
    • その場合、コミックボンボン休刊することはなかった
      • ボンボンに追い撃ちをかけたのがポケモンである為。
    • それでもNINTENDO 64以降の任天堂の家庭用ゲーム機、「スーパーマリオ64」以降のマリオシリーズ、「時のオカリナ」以降のゼルダシリーズが作られるのは史実通り。
  3. ここに書いてある1990年代後半以降のいくつかのゲーム作品も史実以上にヒットしなかったかもしれない。
  4. ここに書いてある1990年代後半以降のいくつかのゲーム作品も史実以上にヒットしていたかもしれない。
  5. ゲーム会社のヘクトも倒産しなかったかもしれない。
  6. ゲームソフト開発会社のコンパイルも解散しなかったかもしれない。
  7. ゲーム会社のSNKも倒産しなかったかもしれない。
    • その場合、プレイモアは設立されず、SNKプレイモアは存在しない。
    • その前にアルゼに買収されることはなかったかもしれない。
  8. ゲーム会社のセガは21世紀以降も家庭用ゲーム機の製造を続けていたかもしれない。
    • その場合、他社へのゲームソフト供給を解禁することはなく、マリオ&ソニックシリーズもなかった。
    • それでもマイクロソフトの家庭用ゲーム機戦争への進出は史実通り。
  1. 当然ながらJFNC制作の防災ミニ番組「防災インデックス〜その時のために」もない。
  2. 当然ながらシェルタースタジオ117もない。
  1. 映画「メモリーズ・コーナー」も制作されなかった。
  2. 映画「れいこいるか」も制作されなかった。
  3. 映画「すずめの戸締まり」のストーリーも変わっていた。
  4. 映画「男はつらいよ 寅次郎紅の花」も違うストーリーになっていた。
  5. 映画「22年目の告白 -私が殺人犯です-」も違うストーリーになっていた。
  6. ここに書いてある1990年代後半以降のいくつかの映画作品も史実以上にヒットしなかったかもしれない。
  7. 記録映画会社の岩波映画製作所も倒産しなかったかもしれない。
  8. ここに書いてある1990年代後半以降のいくつかの映画作品も史実以上にヒットしていたかもしれない。

スポーツ

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  1. オリックスが優勝しても世間の反応が薄かった。
    • てか優勝できなかったと思う。あの時は皆「ファンのために」って思いながらやってたから。
      • ならヴィッセルのJ昇格もなかったかも。
        • むしろダイエーがメインスポンサーから撤退しなかったことでヴィッセルのその後の歴史も大きく変わっていたはず。
          • 「神戸讃歌」も誕生しなかった。
            • あったとしても、「俺達のこの街に お前が生まれたあの日 どんなことがあっても 忘れはしない」のような歌詞にはならなかっただろう。
          • ヴィッセル神戸の初優勝も早まったかも。
      • ダイエーの暗黒時代脱出が史実よりも早く、「生卵事件」も起こらなかったかも。
        • リーグ優勝や日本一も史実より1~2年早かった。
      • 優勝できなかった場合、イチロー人気だけが先行したままだったかも。
      • 1995年のプロ野球は渡米した野茂英雄が現実以上に話題となっていた。
        • 当初予定されていた選手会会長の岡田彰布と野茂の対談が実現し、結果次第では野茂は近鉄に残留はできなくとも国内の他球団で引き続きプレーしていた。
      • 暗黒時代真っ只中の阪神がもっと悲惨だったかも。
        • むしろ親会社である阪神電鉄は震災被害で野球どころではなかったという側面もあるので、同年の成績は現実よりも良く最下位ではなかったかも。阪神電鉄の経営も史実よりは良かった可能性もあるため、暗黒時代も早く脱していた。
          • その場合1999年あたりに優勝を果たしていたかも。
          • その場合1995年と2001年は中日、1996年は横浜、1998~2000年は広島がそれぞれセ・リーグ最下位になっていた。
      • 1995年のパ・リーグ優勝はロッテのものになっていたかも(ちなみに90年代のうちにAクラスに入ったのは95年が唯一)。
        • さらに、セ・リーグ勝者が史実通りヤクルトだった場合、鳥類同士の日本シリーズが20年早く実現していた。
        • その場合、2005年のリーグ優勝は10年ぶりという事になっていた。
      • 1996年もオリックスは優勝できず、この年のパ・リーグ優勝は日本ハム西武のものになっていた。
    • 2004年の球界再編で現実とは逆に近鉄がオリックスを吸収合併していたかも。
      • 近鉄の経営状態が史実よりも良かった可能性があるため。
    • 西武の黄金時代が現実より長続きしたかもしれない。
  2. 関西経済が現実よりも好調だったことが考えられるため、2008年の夏季五輪は北京ではなく大阪になっていたかも。
    • その代わり、2020年の夏季五輪は東京ではなくイスタンブールか北京になっていたかもしれない。
    • 日本全体のバブル崩壊からの立て直しも前倒しされていた。
    • 大阪で五輪が開催されたら、その後の万博は大阪ではなく福岡で開催されていた。
  3. 阪神甲子園球場のリニューアル工事はなかったか遅れただろう。
    • バブル崩壊前後まで計画があった、「甲子園ドーム」が実現していたかも?
  4. 神戸拳闘会も閉鎖されず、関西ボクシング界も史実と異なる様相を呈していた。
    • 長谷川穂積を始めとする神戸近辺のジムに所属したプロボクサーも何人かは神戸拳闘会に所属していた。
  5. プロゴルファーの古市忠夫が、プロゴルファーとして身を立てることもなく「東洋カメラ店」の経営ももう少し経営していた。
    • 日本プロゴルフ協会(PGA)主催のプロテストに史上2番目の年長で合格することもなく史上最年長でPGAのゴルフインストラクター資格を取得することもなかった。
    • そのため、平山譲が小説「ありがとう」を出さず、映画化されることもなかった。
  6. Jリーグブームはもう少し続いていたかもしれない。

政治・経済

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  1. 無論、神戸の地盤沈下は無かった。
    • ただし復興事業による好況も無かった。
    • 2017年現在、神戸市の人口は福岡市に抜かれていない。
      • 川崎市にも抜かれなかった。
    • 神戸というより関西経済の地盤沈下が抑えられていた。
      • 現実ほど東京に一極集中することはなかった。
      • 大阪都構想はなく、日本維新の会は結党されなかった。
        • むしろ維新を結成するまでもなく圧倒的な賛成で都構想が実現していた。
          • それも維新の修正案のような不自然な区割りではなく、自然な区割りで大阪都主導で各区の特色を生かした開発が行われた。
    • トリドールホールディングスは本社を東京に移すことはなかった。
  2. ダイエーが経営破たんする事はなく、ましてやイオンの傘下になる事はなかった。
    • 当然Kiss-FMは独立局のまま。
    • 逆にイオンがダイエーの傘下に入っている。
      • むしろジャスコの段階で買収されていた。
      • イオンとダイエーがショッピングモールの進出を巡って全国各地で競合していた。
        • ダイエーの「ショッパーズモール」が全国にできていた。
    • ドリーム観光は現在でもダイエーグループ内にあり、新歌舞伎座の難波から上本町への移転もなかった。
      • 横浜と奈良の両ドリームランドの閉園もなかった。
    • ヴィッセル神戸のメインスポンサーから撤退することもなかった。
    • その後も極端な経営悪化が無ければ、福岡ダイエーホークスのソフトバンクへの売却も無かったかもしれない。
    • 三宮の「ダイエー村」は健在。ただビルは老朽化により建て替えられているかも。
      • 現実のダイエー三宮駅前店は現在もプランタン。
        • プランタンは今もダイエーグループである。
          • 現実のイオン甲子園店もプランタンのままか、ダイエーに業態転換されてもイオンへの店舗譲渡はなく、2017年5月に食品売り場を除いて閉鎖されることもなかった。
          • プランタンなんばは閉店せず、大阪におけるビックカメラは別の場所に出店していた。
      • 2010年代に入って同じ場所で建て替えが行われていた。
    • マイカルが史実通り経営破綻していた場合、ダイエーがマイカルを吸収していた。
    • ダイエーのマークが現実のものに変わることはなく、今も半月マークが使われている。
    • 球団を手放すこともなかった。
    • ローソンは今もダイエー傘下だった。
      • 関西では今もコンビニと言えばローソン。セブンイレブンは現実ほど増えなかった。
        • JR西日本のHeart-inもセブンイレブンにはならず、東日本のNEWDAYSや東海のBellmartと同じような独自のブランドになっていた。
    • 流通科学大学の偏差値も現実より高く、2022年現在産近甲龍と摂神追桃の間くらいにある。
    • トポス千林店の閉店もなかった。
      • 「トポス」という業態はダイエーのディスカウントストアとして今も存在していた。
      • 店舗の老朽化もあるので2010年代に建て替えられている。
    • 待った。ダイエーの破綻はバブル期の放漫経営のツケなので、大地震に襲われないにしても遅かれ早かれだった側面は否めんぞ。
      • 震災による阪神間の店舗閉鎖もないので、自力で経営再建出来ていたかも。
      • 史実通りダイエーが破綻しイオンに吸収されていた場合、ダイエーの名前は平成のうちになくなっていたかもしれない(震災の時できるだけ店を開けて営業したダイエーへの恩義がブランドを残したと言われているため)。
    • 星電社も。場合によってはジョーシンと並ぶ関西有数の家電チェーンとなり、兵庫県外にも積極的に店舗展開していた。
      • それだけでなく中川ムセンやニノミヤなど在阪家電量販店の衰退もなかったかも。
        • これらの企業同士で経営統合し新たなブランドが誕生していた可能性もある。
    • カネテツデリカフーズも。
  3. 平成不況真っ只中とはいえ、自衛隊の入隊希望者は、そんなに増えなかった。
    • むしろ平成不況は現実ほど深刻にならなかっただろう。
  4. 釜山港は発展しなかった(神戸港が壊滅した為、貨物が釜山に流れたため)。
    • それでも高雄・香港・シンガポールの港は大震災がなくてもそれなりに発展していたが。
      • 上海の港も。
  5. 兵庫県知事が「関東大震災で・・・」なんて不適切発言をする事はなかった。
    • 村山富市の「なにぶん、初めての経験でもございますし…」という発言も無く、村山内閣は史実よりは長く持ったかもしれない。
      • 社会党政権も史実よりも長続きし、社会民主党への党名変更もなかった。
        • 場合によっては社会党政権が定着し、自民党は解党あるいは分裂していたかも。この場合新進党→民主党も最終的に社会党に合流していた。公明党も社会党と協力体制にある。
          • その場合小泉政権も誕生せず、様々な規制緩和もなかった。郵政民営化も行われず。
            • 大学の設置基準緩和もなかったので、大学の数が必要以上に増えることもなく、21世紀になって閉校する大学も少なかった。
              • その結果大学進学率は21世紀になっても30%くらいで推移し、経済的に苦しい家庭の子は高卒で就職していた。
                • 奨学金を駆使してまで大学進学に拘る学生はほとんどいなかった。奨学金も給付型がメインで、日本学生支援機構が学生ローンと言われることもなかった。
            • 当然ながら現実ほど新自由主義は浸透せず、竹中平蔵の知名度も低かった。
          • 恐らく土井たか子はいずれ首相になれていただろう。その場合日本初の女性首相が誕生していた。
            • 彼女は神戸出身なので関西にとってはプラスになっていただろう。さらに震災からの復興にも尽力し、現実以上に神戸は早く復興できた。
              • 2008年大阪五輪招致にも積極的に取り組んだだろう。
        • その場合個人情報保護法は施行されていなかった可能性がある。
          • 長者番付の廃止もなかった。
          • 2022年7月の安倍元総理暗殺もなかった。
            • その場合、2020年代前半の出来事と言えば、新型コロナ、ウクライナ侵攻、能登半島地震。
            • 当然ながら旧統一教会問題もなかった。
              • その場合、被害に遭った信者が立ち上がることもなかった。
                • 当然ながらその被害に遭った信者も社会問題になることもなかった。
              • その場合、法人等による寄附の不当な勧誘の防止等に関する法律もなかった。
            • それでも岸田文雄の新型コロナ、ウクライナ侵攻、能登半島地震の対応は史実通り。
              • 岸田文雄襲撃事件は史実通りか。
            • その場合、政治資金パーティー収入の裏金問題は隠蔽されていたかもしれないもしくは史実より判明も遅れていた。
            • その場合、安倍派5人衆もなかった。
          • プライバシーや肖像権保護のため、テレビにぼかしやモザイクがかかるケースは現実よりも減っていただろう。
            • 必要最低限に止められていた。
        • 少数野党になっていたのは社会党ではなく自民党だったかもしれない。
        • 失われた30年も早くに終息していた。
          • 不寛容社会になることはなかったかもしれない。
        • 社会党は自民党と連立を組んでいたことや新党さきがけとの合流騒動で揺れていたので、どのみち衰退していたのでは。
          • 1997年に橋本龍太郎政権が誕生。その後は史実通りになっていた。
  6. 六甲ランドAOIAは1995年以降も営業を続けた。
    • しかし不況で客足が遠のき、21世紀初頭に閉鎖。
      • USJの開業による影響される。
  7. その後の日本経済の低迷は史実より緩和されていた。
    • 第2次ベビーブーム世代の就職がやや楽になっていた。
    • 橋本政権による「9兆円の負担増」はなかった。
      • 消費税の3→5%への増税も1997年の時点では行われず、早くとも2000年代半ばにずれこんでいた。場合によっては2014年まで消費税率は3%だった。
        • あるいは史実より10年遅れて2007年だったかもしれない。
    • もしかすると2000年代半ば~後半あたりに「第2次バブル景気」が起きていたかもしれない。
      • それでも2008年のリーマンショックか2011年の東日本大震災で再度崩壊していたと思われる。
    • 日本のGDPが中国に抜かれることもなく、その中国の経済成長は史実より遅れていた。
    • つまり、2017年には日本が50年連続GDP世界第2位を維持達成していた。
    • ウクライナ侵攻もなかったかもしれない。
      • もしくは史実以上に早まっていた。
      • その場合、兵庫県がその震災から復興した経験を生したウクライナ支援検討会を設置しなかった。
      • その場合、諸物価の上昇はなかったか現実ほどではなかった。
    • 少なくとも2008年のリーマンショックあるいは2011年の東日本大震災まではバブルの余韻を残していた。
    • バブル崩壊後のデフレ不況もなかった。
      • 21世紀に入っても給与、物価ともバランスよく上がっていた。
  8. 「株式会社神戸市」とも呼ばれる神戸市の開発行政はその後も続いていた。
    • その後もさまざまなイベントを開催していた。
    • オリンピックに立候補していた可能性もある。
      • 震災後の日本経済が史実より好調だったため、2008年の夏季五輪は神戸になっていた可能性もある。
        • 現実通り2020年東京五輪が開催された場合、2025年の万博開催地が神戸だった可能性もある。
  9. 成人の日は移動祝日とはならず、今でも小正月である1月15日のまま。
    • あるいは1月の第3月曜日になっていた。
    • ハッピーマンデー制度そのものがなかったかも。
  10. 神戸阪急ビル東館が登録有形文化財になっていた。
    • あるいは阪急百貨店梅田店と同時期に高層ビルに建て替えられていた。
      • ビル建て替えと同時に阪急三宮駅を地下に移設し、神戸市営地下鉄西神・山手線との直通が実現していたかも。
        • むしろ阪神快急が板宿で地下鉄と直通したかも。
          • その場合近鉄電車が西神中央に乗り入れていた。
    • 阪急西宮ガーデンズができたことで売り場面積の縮小・最悪の場合は食品売り場を除き撤退もあり得る。
  11. 第3次ベビーブームも有り得る。
    • 少子高齢化がもう少し遅れていただろう。
    • 第2次ベビーブーム世代以降の結婚率が現実よりも高くなっていた。
  12. 三宮にあるそごう神戸店が阪急百貨店に移管されることはなかった。
    • そごう時代の売上が京阪百貨店守口店を下回ることもなかった。
    • というか、そごうの経営破綻はなかった。
      • 西武百貨店やセブン&アイホールディングスと経営統合されることもなかった。
        • 西武百貨店が関西から撤退することもなかった。
  13. 北浜にあった三越大阪店の閉店が遅れていた。
    • 阪神大震災で建物が損傷し、店舗面積を縮小したのが閉店の要因だったため。
    • 恐らく2011年の大阪ステーションシティオープンまで持ちこたえていた。
  14. コナミの本社が東京に移転することはなく、今も神戸に置かれていた。
    • トリドール(丸亀製麺の運営会社)も。
  15. 首都圏一極集中が忠実する程は進まなかった。
    • テレビ番組も東京ジャイアニズムが進行することはなかった。
      • 東京周辺の県が関西や中京圏よりも頻繁に取り上げられることもなかった。
    • 京阪神資本や西日本資本の東京進出や本社東京移転は史実ほど進まず、また東京資本や東日本資本の関西進出も史実ほど進まなかった。
      • ヨドバシカメラやビッグカメラ、ヤマダ電機は関西には出店しなかったか、出店が史実より10年以上遅れていた。
        • その場合、ヨドバシ梅田は存在せず、あの場所にはかつて噂があったように三越が進出していた。
      • 兵庫の地場家電量販店であった星電社がヤマダ電機に吸収合併されることもなかった。
      • 神戸において町の電気屋といえば未だに三菱電機三洋電機のどちらかの系列。
        • 三洋電機と松下電器の合併もなかったことからパナソニックの系列店は少ないままで、ましてや東芝や日立などの関東系は影すらもなかった。
          • 三洋電機が旧本社を手放すこともなかったので、守口市役所は旧庁舎の位置で建て替えていた。
    • 東北地方、新潟県、長野県、静岡県の人口減少率は史実より緩やかだった。
      • 東北地方、新潟県、長野県、静岡県の人口減少率の高さは2000年代の東京一極集中の影響であるため。
  16. ケータイやネットの発達は史実より5年ほど早かっただろう。
    • スマホも2000年代初頭に誕生していた。
    • Wikipediaも20世紀末(だいたい1997~1999年くらい)に誕生していた。
  17. Microsoft Windowsも史実以上に利用者数も少なかった。
  18. 機関の人と防災未来センターも設立されなかった。
    • HAT神戸の開発もなかったため、阪神の岩屋・春日野道両駅の利用客は現実よりも少なかった。
      • 両駅の改良工事も行われなかったか、史実より遅れて2010年代以降に行われていた。
        • その場合、旧春日野道駅の狭いホームを近鉄車両が徐行して通過する光景が見られた。
  19. 被災宅地危険度判定も創設されなかった。
  20. 田中康夫が「神戸震災日記」を出さなかった。
  21. 神戸市で共産党は与党を離脱することなく、オール与党体制が続いた。
    • 震災後の神戸市長選挙でも現職を推薦していた。
  22. 貝原俊民が2001年に任期途中で兵庫県知事を辞職しなかった。
    • 2002年に任期満了で退任していた。
    • その場合、井戸敏三や斎藤元彦の兵庫県知事の任期が1年ずれていた。
      • むしろ斎藤知事が就任することはなかっただろう。
  23. 当然ながらクラシックカーのパレードのポンテ・ペルレもなかった。
  24. ここに書いてある1990年代後半以降のいくつかの企業も史実以上に合併しなかったかもしれない。
  25. 大阪高知特急フェリーも自己破産しなかったかもしれない。
  26. ここに書いてある1990年代以降のいくつかの企業も倒産しなかったかもしれない。
    • 21世紀に入ってからのパナソニックの凋落もなかった。
      • 門真や茨木の事業所を縮小、廃止することもなかった。
      • 三洋電機も新潟中越地震で被災した後自力再建できていたかもしれない。
  27. 2ちゃんねるも史実より普及されなかったかもしれない。
    • その場合、ニコニコ動画もなかった。
      • それでもYouTubeの設立は史実通り。
        • その場合、YouTuberも史実より早く誕生していた。
      • pixivもなかったかあったとしても史実より遅れていた。
      • ここに書いてあるいくつかの事は現実のものになっていた。
      • その場合、「チャージマン研!」や「真夏の夜の淫夢」は現在まで知る人ぞ知る程度の知名度だった。
    • その場合、犯罪予告を書き込んで逮捕される人もほとんどいなかったことから、2000年の西鉄バスジャック事件や2008年の秋葉原事件は起きなかったかもしれない。
    • その場合、アスキーアートも史実ほど有名にならなかった。
  28. ジュンク堂書店の全国進出はなかったかもしれない(全国進出のきっかけが震災だったため)。
    • その場合現在に至るまで関西ローカルの存在だった。
    • 阪急がブックファーストを展開することもなかった。
    • 旭屋書店は今も関西を代表する書店で、TSUTAYAや紀伊國屋書店の系列下に入ることもなかった。
      • 梅田の本店や京阪百貨店守口店の書籍売り場から撤退することもなかった。

玩具・フィギュアメーカー

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  1. ツクダオリジナルも倒産しなかったかもしれない。
    • その場合、株式会社パルボックスへの商号変更もなかった。
  2. ブルマァクの新社が設立して、事業を再開しなかったかもしれない。
  3. 鉄道模型メーカーの乗工社も破産しなかったかもしれない。
  4. バンダイのプレミアムバンダイとタカラトミーのタカラトミーモールもなかったか。
  1. みのり書房も解散しなかったかもしれない。
  2. 出版社のビブロス、碧天舎も経営破綻しなかったかもしれない。
  3. 勁文社も経営破綻しなかったかもしれない。
  4. 出版社のスパイスも倒産、廃業しなかったかもしれない。
  5. ソニー・マガジンズもコミック事業から撤退しなかったかもしれない。
  1. 嘉門達夫は「怒りのグルーヴ」をリリースしなかった。
    • 「怒りのグルーヴ」の原曲は震災前からあった(1993年発売『NIPPONの楽しみ』収録)。「『震災篇』は存在しなかった」というのが正確。
  2. SMAPが1995年1月20日放送の「ミュージックステーション」で「がんばりましょう」を歌うことはなかった。
  3. 松任谷由実の曲「命の花」がシングルとして発売されていた。
  4. 平松愛理が「美し都〜がんばろやWe love KOBE〜」をリリースしなかった。
  5. 1995年1月に来日公演を行ったKISSがバンド側の意向で炎の演出を控えたり、チャリティー・ダイヤルを設立することもなかった。
  6. 平松愛理の「南町から」もなかった。
  7. 楽曲「満月の夕」もなかった。
  8. 浜田省吾の「我が心のマリア/恋は魔法さ」もリリースされなかった。
  9. 天野正道の吹奏楽曲「おほなゐ 〜1995.1.17 阪神淡路大震災へのオマージュ〜」もなかった。
  10. GLAYのベストアルバム「REVIEW-BEST OF GLAY」、宇多田ヒカルのアルバム「First Love」も史実よりヒットしなかったかもしれない。
    • その場合、オリコン史上最大の売上は今でも「およげ!たいやきくん」だった。(シングルは今でも1位だが。)
  11. 当然ながら音楽ユニットのWITH YOUもない。
  12. 楽曲「しあわせ運べるように」もなかった。
  13. ここに書いてある1990年代後半以降のいくつかの歌も史実以上にヒットしなかったかもしれない。
  14. ここに書いてある1990年代後半以降のいくつかの歌も史実以上にヒットしていたかもしれない。
  15. 岡本真夜の「TOMORROW」は現実ほどヒットしなかったかもしれない。
    • あるいは別の歌がデビュー曲になっていた。

関連項目

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