もし東南アジア史が○○だったら
ナビゲーションに移動
検索に移動
ラオス・シーサーパンナ・シャン高原がタイ領のままだったら[編集 | ソースを編集]
ラーオ人やシャン人の言語は基本的にタイ語と方言程度の差しかありません。嘗てはシーサーパンナも含めてラオスやシャン高原がタイ領だった時代もありました。
- タイの人口は7000万人を突破し名実と共に東南アジアの大国としての地位を手に入れる。
- 夏季五輪誘致に力を入れたかも。
- ベトナム戦争では南側につきラオス東方の山岳地帯を越えて北部に侵攻。
- その結果、タイとベトナムは犬猿の仲となり、未だにベトナムのASEAN加盟は実現していない。
- いやヒョットしてタイの力を借りて米・泰・南越連合軍がハノイを陥落させて南が勝利したシナリオも・・・
- 痛み分けに終わったら北は中国の属国状態だったかも。
- と言っても中共の事か。
- その結果、タイとベトナムは犬猿の仲となり、未だにベトナムのASEAN加盟は実現していない。
ベトナムが中華王朝の領土のままだったら[編集 | ソースを編集]
ベトナム北部は1000年にわたって中華王朝の一部でした。その後呉朝が独立しなかった、または五代十国時代の十一国目として統一されていたら?
- 清仏戦争はそのままフランスによる清への侵略戦争になっていた。
- チャンパは独立を保っていた。
- 現代になってベトナム人(もとい中国内の京族)がチベット族の様な扱いを受ける。
- ベトナム語を書き表す手段としてクォックグーまたはその他のラテン文字表記はやはり採用されるが、中国語内で地名・人名を表すために漢字は引き続き用いられる。
- 京族(ベトナムの主要民族)は現実ほど多くない。もしくは完全に漢民族と同化してベトナム語も中国語の方言扱いされている。
- 安南省か交趾省になっていた。
- サイゴン(ホーチミン)周辺はカンボジア領のままだった。
- ベトナム戦争は無かった。
- 代わりにスーラト~バレシュワル間の南インドがインドから独立していた。
マレーシアやフィリピン南部もインドネシア領になっていたら[編集 | ソースを編集]
- シンガポールの独立は無し、と言うより独立出来なかった。
- 仮に無理やり独立した場合、東南アジア諸国で孤立化して貧国に・・・
- 現在のフィリピン南部に当る地域ではキリスト教過激派がモロ族に対してテロ行為を行ってる。
- 中央集権国家となるためジャワ島以外の不満が爆発する。
- やがて地方を中心に連邦制導入を求める声がでてくる。
- シンガポールが不衛生
タイがイギリスとフランスで東西分割されていたら[編集 | ソースを編集]
タイは外交努力と近代化政策により東南アジアの緩衝国としての地位を保ちましたが、嘗てフランスはタイをイギリスと東西に分割することを望みましたがイギリスがタイを英仏の緩衝国にしたい意向もありタイの植民地化は免れました
しかしここでフランスの意見が通ってタイが英仏で東西に分割されていたらどうなっていたでしょうか?
- フランス領東タイはラオス領になっていた可能性あり
- フランスは元からあった王国を保護領にする形で支配していたのでタイ東部が同一の区分に入ることはなかっただろう。
- タイの王制は東西に分割されていた時点で終焉していた
- チャクリー王朝はフランスの傀儡として残ったのでは。
- 同様に西部ではチェンマイを拠点とするラーンナー王朝が残されていた。
- イギリスは南部のみを直接支配する形になっていた。
- ラオスが史実通り共産化していたら東部領土奪回を目指すタイとの間で泥沼の戦争をやっていたかも・・・
- タイの経済発展は遅れていたかも知れない
- それどころか政治の混乱や内戦の発生により長らく経済どころではなかった。
- そもそも「タイ」ではなく「シャム」のままだった。
- 分割のラインはチャオプラヤー川(史実でも勢力範囲の境目とされていた)になっていた。
- バンコクの市街地は東向きに発展することになった。
- 現在も統一されていないような気がする…。
- 少なくとも戦後の東南アジア史が現実と大きく異なっていたのは確実。
- 第2次大戦で日本軍は英領シャム制圧にも兵力を取られることになっていた。
- 仏領東シャムはジュネーヴ協定でベトナム、カンボジア、ラオスと同時に独立。
- 独立後まもなく、社会主義志向のプリーディー派と強硬な反共のサリット派による内戦が勃発。
- サリットが勝利した場合、東シャムは開発独裁下で急成長を遂げる。
- 西シャムとの統一も平和裏に達成。史実と大差ない形になる。
- プリーディーが勝利した場合、東シャムは共産化。ベトナム戦争と前後してシャム戦争も勃発。
- 東側が勝利した場合、2000年代にタクシンが改革開放政策を実施。新興国の仲間入りを果たす。
- タクシンは西側のチェンマイ出身なので、東西分裂が続いた場合には東の指導者とはならない。
- 東側が勝利した場合、2000年代にタクシンが改革開放政策を実施。新興国の仲間入りを果たす。
- サリットが勝利した場合、東シャムは開発独裁下で急成長を遂げる。
- 独立後まもなく、社会主義志向のプリーディー派と強硬な反共のサリット派による内戦が勃発。
カンボジアでポル・ポトが大虐殺を行わなかったら[編集 | ソースを編集]
- カンボジアは今の中国並みに発展。
- カンボジア国内に地雷は存在していない。
- ポル・ポトの遺体がアンコール・ワットに安置されている。もちろん防腐処理が施されている。
- カンボジアの教育レベルは現実ほど悪くは無かった。
- 医療レベルも。
- 知的階層が皆殺しにされることがなかったため、中流階級がキチンと育っていた。
- 毛沢東路線の共産ゲリラはもう少しおとなしかった。
- よってネパールの王政崩壊がなかった可能性がある。
- カンボジアの伝統文化も大打撃を受けなかった。
- ポル・ポトは親ソ派になっていただろう。
- アルバニア派になっていた可能性もある。
- それだと経済発展できなくないか。
- アルバニア派になっていた可能性もある。
- その前に1970年のシハヌーク追放自体が無かった。
- 戦争で荒廃したベトナムは経済成長著しいカンボジアの属国状態となる。
- 歴史上クメール人の居住地域だったラオスの一部やベトナム南部を「返還」させ、中国から最も警戒される国となる。
- いや、中国の属国のままでベトナムとは対立していたと思われる。
- シン・シサモットやロ・セレイソティアらが健在なため、1980年代以降のカンボジアの音楽事情も史実とは異なっていた。
- ロ・セレイソティアは1990年代以降は日本でも活躍し、日本のNHK紅白歌合戦にも出場していたかもしれない。
- 猫ひろしはカンボジアではなくラオスから出場を目指していた。
- 元暴力団の某氏もカンボジアではなくラオスに行っていた。
ポル・ポト派のカンボジア統治が現在も続いていたら[編集 | ソースを編集]
- 今の北朝鮮よりひどい状況になってるかも。
- 国民のほとんどが読み書きすらできない状態になってるだろうね。書き言葉としてのカンボジア語は消滅しているかも。
- 「カンボジア」という国名が「北朝鮮」と同じようなイメージで語られる。
- 国連でもカンボジア問題の方が大きく取り上げられる。
- あんな苛政が現在まで続いていたら、はたして独立国家としての体裁を維持できているか疑問。今頃は隣国のタイかベトナムあたりに併合されている可能性が高い。
- 国民の割合は10代ばかりになっていた。
- 大人は全滅していたかも・・・。
- 間違えても猫ひろしが国籍をとるようなことはしなかった。
- さすがに朝日新聞もアジア的優しさなんてことは言わない。
- 刑務所国家と呼ばれるように。
- むしろ収容所国家と呼ばれる。
- アメリカから空爆を受けている。
- 地雷がさらに埋められ、まともに人が生活できなくなる。
- 何重にも埋められた分厚い地雷原の中で原始時代に逆戻りした人たちが細々と棲息している。
- 原始時代どころか、猿人時代レベルまで逆戻りしていてもおかしくない。
- そして「いつの間にか一人残らず死に絶えて無人地帯となったが、国際社会がそれに気づいたのは何十年も後」という終幕を迎えていたことだろう。
- 無人地帯になった後、ベトナムとタイに領土が分割されているか、中国の植民地になっていた。
- 原始時代どころか、猿人時代レベルまで逆戻りしていてもおかしくない。
- 何重にも埋められた分厚い地雷原の中で原始時代に逆戻りした人たちが細々と棲息している。
- ポル・ポト派の内紛と反政府派との争いで現在も内戦が続いている。
- インドシナ半島全体の経済がなかなか発展しない。
- やがて中国からでさえ見捨てられていただろう。
- 友好国は北朝鮮ぐらいになっていた。
- 「そして誰もいなくなった」
- 2000年代以後、「1970年代前半までカンボジアは欧米並みの科学技術大国だったが、それを脅威に感じたアメリカ・中国がカンボジアを滅ぼすためにポル・ポトを送り込んだ」という陰謀論が盛んに語られていた。
ベトナム・ラオス・カンボジアが一つの国だったら[編集 | ソースを編集]
- ベトナム戦争は勃発しなかった
- 史実通り勃発した場合南北痛み分けに終わった可能性が高い。
- 上記のように勃発しなかった場合現在は経済力の高い国になっている。
- 韓国の経済成長が遅れる。
- 史実通り勃発して南がフーコックに逃れた例もあり得る。
- 国名はどうなっていただろうか。
- 「インドシナ共和国」になっていたと思われる。
- 西側との国交樹立は史実のベトナムより早かった。
- 日帝が傀儡国を一つのみつくっていたらあり得た。
- その国が「もしあの国が今でも存続していたら/アジア」にあったかも。
- 首都はフエに置かれる。
東南アジア全域を一つの国が統一していたら[編集 | ソースを編集]
- 国名は「インドシナ共和国」または「東南アジア共和国」。
- 首都はバンコクに置かれる。
- 東南アジア全域をイギリスが支配していればあり得た。
- 中国・インドと合わせて、アジアの三大国と呼ばれている。
- 人口もインドに匹敵するほどにまで増加している。
- 冷戦時代は、反共の砦となっていた。
あの国が「漢江の奇跡」並みに経済成長していたら[編集 | ソースを編集]
全般[編集 | ソースを編集]
タイ[編集 | ソースを編集]
- 「天使の奇跡」と呼ばれていた。
- 1985年の万博に立候補していた。
フィリピン[編集 | ソースを編集]
- 「パシッグ川の奇跡」と呼ばれていた。