もしあの年の万博招致が○○だったら
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- 大阪
- 紀元二千六百年記念行事の一つとして誘致したとされた。
- 開催地に選ばれていた場合
- 省線(→国鉄→JR)大阪環状線は開幕前に全通していた。
- 「「大大阪」にふさわしく万博が開かれた」とよく言われた。
- 「大大阪地下鉄行進曲」のように「大大阪万博行進曲」が開催記念としてつくられたかも。
- 大阪が舞台の連続テレビでこの万博が登場した。
- 戦争に巻き込まれなかったら開幕前に弾丸列車が開通したかも。
- クルーズトレインも実現した。
- 東京五輪と札幌五輪も開催された。
- 昭和恐慌がなかったらこうなっていたかも。
- 大阪は1970年の万博に立候補しなかった。
- 上海
- 開催地に選ばれていた場合
- 清朝が近代化に成功していたらこうなったかもしれない。
→もし1970年の大阪万博が○○だったら#史実とは別の場所が立候補していたら
- 仁川
- 光復(日本からの統治解放)40年記念事業の一環で立候補したとされた。
- 開催地に選ばれていた場合
- 中華人民共和国との国交樹立のきっかけになっていたかも。
- バンコク
- 遷都200年記念の関連行事一環で立候補とされる。
- 開催地に選ばれていた場合
- 本当に「ばんこく博覧会」だった。
- 「クルンテープ・マハーナコーン…」と正式に言える外国人が増えていた。
- 会場の立地区が日本の吹田市と姉妹都市になっていた。
- 1980年頃から「天使の奇跡」と呼ばれる高度成長に入った。
- 「タイ航空機爆破事件」が前年に起きていた。
- 関西文化学術研究都市
- ≒1970年の万博開催地が大阪ではなかったら、である。
- 開催地に選ばれていた場合
- 名称は「けいはんな科学万博」となっていた。
- 関西文化学術研究都市の開発が現実よりも早く進んでいた。
- メインアクセスは近鉄けいはんな線が1985年の時点で万博会場を経由して新祝園まで開通していた(史実では翌1986年に生駒まで開通)。
- JR学研都市線も万博に合わせて電化及び複線化が完成していた。
- 京都方面からのアクセスは近鉄京都線とけいはんな線を新祝園で乗り継ぐルートだった。
- 京都市営地下鉄烏丸線の竹田延伸及び近鉄との相互直通運転も万博開催と同時に始まった。
- 同年には阪神タイガースのリーグ優勝、日本一もあったのでそれと合わせて語り継がれていた。
- 1990年の花博はなかったか大阪以外で開催されていた。
- 花博はむしろ逆に首都圏で開催されていたかも。その場合、世界都市博は企画自体がなかった。
- 1985年8月に発生した日航機墜落事故でも万博に行く人がかなり巻き込まれていた。
- マスコミで彼らのエピソードも取り上げられていただろう。
- 神戸
- 開催地に選ばれていた場合
- 名称は「神戸科学万博」になっていた。
- 会場は恐らく西神ニュータウン。
- メインアクセスは神戸市営地下鉄西神・山手線で、1985年の時点で西神中央まで延伸されていた。
- 終了後は現実通りニュータウンになるが、一部が万博記念公園となり、パビリオンなどが一部保存されていた。
- 同年開催されたユニバーシアード神戸大会とともに神戸は大きく盛り上がっていた。
- 4年前に開催されたポートピア81が前イベントみたいな感じになっていた。
- 会場でも万博がPRされていただろう。
- 阪神8000系や山陽5000系は万博に合わせて登場したことになっていた。特に後者は登場が1年早まっていた。
- 同年は阪神タイガースが21年ぶりのリーグ優勝並びに初の日本一に輝いたこともあり、兵庫県にとっては最高の1年となっていた。
- この場合も1990年の花博はなかったか大阪以外で開催されていた。
- 花博はむしろ逆に首都圏で開催されていたかも。その場合、世界都市博は企画自体がなかった。
- 2025年現在に至るまで首都圏で開催された万博は皆無だった。
- 2027年の横浜花博が現実通りだった場合、史上始めて首都圏で開催される万博になっていた。
- ダイエーや川崎重工業など神戸に本社を置く企業がパビリオンを出展していた。
- 大阪
- 開催地に選ばれていた場合
- 恐らく南港が開催地に選ばれていた。
- 大阪市営地下鉄(現大阪メトロ)中央線の大阪港~コスモスクエア間は万博アクセスとして1985年3~4月に開業していた。
- 路線の反対側である深江橋~長田間と同時開業だった。場合によってはこの先の近鉄東大阪線(現けいはんな線)も同時開業していた。
- 中央線は万博輸送のためこの時に6両化されていた。
- ニュートラムも同時に中ふ頭からコスモスクエアまで延伸されていた。
- この場合も1990年の花博は国内だったら関西以外で開催されていた。
- インテックス大阪は万博のパビリオンとして建設され、終了後見本市会場に転用されていた。
- ATCや大阪府咲洲庁舎の場所も万博会場だった。
- その場合、ニュートラムの延伸区間は万博会場を見下ろす形になっていた。
- ATCや大阪府咲洲庁舎の場所も万博会場だった。
- 千葉ニュータウン
- 開催地に選ばれていた場合
- 名称は「千葉科学万博」となっていた。
- 北総鉄道は万博を前に京成高砂まで全通していた。
- 万博で稼ぎまくったことから、運賃も史実ほど高額にならなかった。そのため千葉ニュータウンは人気のニュータウンとなっていた。
- 万博対応で7000形がさらに増備されていた。
- 入場者数は史実よりも多く、2500万人くらいあった。
- 2年前に開園した東京ディズニーランドも万博と一緒に訪れる人でさらに賑わっていただろう。
- 上海
- 開催地に選ばれていた場合
- 文化大革命がなかったらこうなったかもしれない。
- 名古屋
- 名古屋市の市制100周年記念事業の一つとして立候補したとされた。
- 開催地に選ばれていた場合
- 史実で'89年に開催されたデザイン博は海外か日本の別の都市で開催された。
- 中部空港は開幕前年に名古屋空港の移転扱いで開港した。
- '05年の万博は海外で開催された。
- 同年開催された大阪花博も。
- むしろ05年の万博が大阪開催になっていたかもしれない。
- その場合、同年の阪神リーグ優勝は万博と合わせて語り継がれていた。場合によっては日本一になっていたかも。
- 2025年の万博は国内だったら福岡あたりで行われていた。
- 下記のように一般博になっていた場合、こちらが逆に特別博になっていた。
- 2年前に登場した近鉄のアーバンライナーが万博輸送に大活躍していた。
- 一部8連化は万博に合わせて行われていた。
- 2年前の夏季五輪招致失敗の雪辱を果たしていた。
- 名古屋めしは万博がきっかけで全国に知られていた。
- 名古屋で万博をやるのは初めてなので、史実の特別博ではなく一般博になっていたかも。
- 名古屋市営地下鉄名城線の環状化や上飯田線、あおなみ線は万博に合わせて史実より15年早く開業していた。
- その場合、名古屋市営2000系は数年早く登場し、場合によっては旧型の1000系列が環状区間を走っていた。
- 名古屋市営地下鉄名城線の環状化や上飯田線、あおなみ線は万博に合わせて史実より15年早く開業していた。
- 和歌山県橋本市
- 開催地に選ばれていた場合
- 会場は南海林間田園都市近くの丘陵地を造成して建設する。
- もちろん、メインアクセスは南海高野線で、万博までに橋本駅までの複線化が完了していた。
- JR和歌山線も奈良・吉野・和歌山方面からのアクセスとして活況を呈していた。
- もちろん、メインアクセスは南海高野線で、万博までに橋本駅までの複線化が完了していた。
- 南海2000系と31000系は万博に合わせて登場していた。
- 会場内ではご当地グルメである柿の葉寿司が売られていた。
- 橋本市の人口増加のペースが早まっていた。
- 関空の開港が早まっていた可能性もあり。
- その場合、関空から会場までのシャトルバスも運行されていた。
- 万博ついでに高野山に観光する人がかなり多かっただろう。
- 豊中市
- 1970年万博を成功させた隣の吹田市に対抗して立候補したとされた。
- 開催地に選ばれていた場合
- 会場は服部緑地。
- 内容は史実と同じく花博となっていた。
- アクセスは北大阪急行がメインで、西側を走る阪急宝塚線もサブアクセスとして機能し、曽根駅あるいは豊中駅からシャトルバスを運行していた。
- その一方で服部(現服部天神)駅には「当駅は万博会場への最寄駅ではありません」と注意書きが行われていた。
- 阪急宝塚線の豊中市内の高架化が万博前に早まっていた。
- 「ポールスター」こと北急8000形は万博需要に対応するため増備が早まっていた。
- 先代の2000形は万博終了とともに全廃されていた。
- 北急並びに乗り入れ先である地下鉄御堂筋線の10連化が万博前に早まっていた。
- 園内にある民家集落博物館もパビリオンの1つとして利用されていた。
- 梅田・難波・天王寺の大阪3大ターミナルや新大阪駅から乗換無しで到達できることから、入場者も史実よりも多く、うまく行けば3000万人くらいになっていた。
- 関西文化学術研究都市
- 開催地に選ばれていたら
- 近鉄けいはんな線は万博に合わせて整備されたことになっていた。
- 1986年に生駒まで開通するのは史実通りだが、そこから先万博会場を経て高の原あるいは新祝園まで1990年に開通していた。
- その場合万博で稼ぎまくったので、加算運賃は21世紀に入ったあたりで廃止されていた。
- JR学研都市線の全線電化や京都市営地下鉄烏丸線と近鉄京都線の相互直通運転開始も。
- 1986年に生駒まで開通するのは史実通りだが、そこから先万博会場を経て高の原あるいは新祝園まで1990年に開通していた。
- 建設場所にもよるが会場が奈良県と京都府に跨っていた。
- 学研都市の開発が現実よりも進んでいた。
- 京田辺市の市制施行も早まっていた。
- 神戸市
- 開催地に選ばれていたら
- 1981年のポートピア博覧会に続く神戸市内で開催される博覧会だった。
- 会場は西神南ニュータウンが有力。
- この場合神戸市営地下鉄西神・山手線の西神南駅は万博に合わせて会場最寄駅として開業していた。
- 神戸市営地下鉄3000形は万博に合わせて登場していた。
- あるいは六甲アイランドで、この場合は六甲ライナーは万博に合わせての開業だった。
- 万博期間中は阪神の特急、快速急行が六甲ライナーとの接続駅である魚崎駅に臨時停車し、その後は史実通り正式な停車駅となっていた。
- この場合神戸市営地下鉄西神・山手線の西神南駅は万博に合わせて会場最寄駅として開業していた。
- ダイエーが自社パビリオンを出していた。
- リバプール
- 開催地に選ばれていた場合
- 「ケルトの虎」は史実より注目された。
- 東京
- ≒もし1988年のオリンピック開催地がソウルでなく名古屋だったらである。
- あるいは世界都市博覧会が企画されていなかったら。
- 開催地に選ばれていたら
- 関東地方で開催される万博としては1985年のつくば科学万博以来20年ぶりだが、東京都で開催される万博としては史上初という事になっていた。
- 1940年の万博開催地に選ばれたにもかかわず戦争で開催中止になった過去があるだけに「65年ぶりの悲願達成」と言われていた。
- 会場は晴海あたりの埋立地。
- あるいは羽田空港の近く。
- 2016年・2020年の夏季オリンピックの開催地に東京が立候補する事はなく、2020年の開催地に選ばれることもなかった。
- むしろ日本では大阪または名古屋が立候補していた。場合によっては2020年の開催地に選ばれていた。
- 2020年の開催地が大阪だった場合、2025年の万博開催地は愛知県となっていた。
- むしろ日本では大阪または名古屋が立候補していた。場合によっては2020年の開催地に選ばれていた。
- 東京ジャイアニズムの影響で、史実の愛・地球博以上に全国ネットの番組でも大々的に取り上げられていた。
- 首都圏と言うこともあり、入場者数は少なくて4000万人、うまく行けば1970年大阪万博の約6422万人どころか7000万人を超えていただろう。
- 会場面積も540haと、万博史上最大規模になっていたかもしれない。
- ポケパークをはじめとしたサテライト会場も東京都内のどこかに設けられていた。
- AKB48の結成が史実より半年~1年早まっていたら、AKB48のライブが会場内で行われていた。
- 仮にAKB48の結成が史実通り12月8日だったら、「デビューがあと半年~1年早ければ、AKB48のライブも会場内で行われていただろうに…」と言われていた。
- AKB48自体、この万博でデビューしていた可能性も有り得る。
- 小田急の「VSE」こと50000形は万博に合わせてデビューしたことになっていた。
- それ故これのデビューが万博と合わせて語り継がれていた。
- 2023年の引退が現実以上に惜しまれていた。
- 東武~JR直通特急も史実より早く万博開幕を前に実現していた。
- 東京メトロ副都心線の開業(史実で2008年)が早まっていたかもしれない。
- 同年の「今年の漢字」は「愛」ではなく「博」になっていた。
- 2004年のセ・リーグは中日ではなく、ヤクルトか巨人が優勝していたかも。
- 千葉
- 開催地に選ばれていたら
- 関東地方で開催される万博としては1985年のつくば科学万博以来20年ぶりだが、千葉県で開催される万博としては史上初という事になっていた。
- ポケパークをはじめとしたサテライト会場も千葉県内のどこかに設けられていた。ただし、某ネズミのテーマパークが浦安市にあるのでポケパークは微妙なところだが…
- 同年のプロ野球パ・リーグはロッテが優勝したので、それと合わせて語り継がれていた。
- 場合によってはレギュラーシーズン2位ではなく、1位の状態で優勝していたかも。
- 2004年もAクラス入りできていたかも。
- 恐らく万博が気分を高揚させていただろう。
- 大阪
- 国内候補都市で開催地を愛知県と争っていた。
- 開催地に選ばれていた場合
- 1970年、1990年に続く大阪での万博開催だった。
- 1990年の花博から15年しか経っていないため「また大阪か…」という意見もあっただろう。
- 会場はこの時点で夢洲が使われていた。
- 地下鉄中央線の夢洲延伸も開幕を前に行われるが、現実と異なりOTS線として延伸していた。
- OTS社の業績も現実より良かっただろう。
- 万博終了後に改めて大阪港~コスモスクエア間も含めて大阪市交通局に移管されていた。
- JR西日本もまだイケイケだったことからJRゆめ咲線も万博開催を機に舞洲を経て夢洲まで延伸し、こちらが万博のメインアクセスとなっていた。
- 321系が大阪環状線にも投入されていた。その場合余剰となった201系が大和路線やおおさか東線、阪和線に転用されていた。
- 地下鉄中央線の夢洲延伸も開幕を前に行われるが、現実と異なりOTS線として延伸していた。
- 大阪市営地下鉄(現大阪メトロ)30000系の登場が5年ほど早まり、初投入は中央線になっていた。
- 一部の車両はOTS名義となっていた。
- 地下鉄今里筋線や阪神なんば線、京阪中之島線の開業も万博前に繰り上がっていた。
- うまく行けばなにわ筋線も万博を前に開業していたかも。
- 近鉄の「アーバンライナーnext」こと21020系は阪神乗り入れ仕様となり、万博開催中には尼崎、あるいは三宮まで乗り入れていた。
- 2008年夏季五輪の大阪招致はなかった。
- むしろ日本では東京が招致していた。
- もしくは1988年のリベンジで名古屋が招致していた。
- むしろ日本では東京が招致していた。
- 逆に2025年の万博が愛知県、あるいは福岡になっていた可能性が高い。
- 2008年の五輪が名古屋になっていた場合、2025年の万博は福岡・札幌・仙台のいずれかになっていた。
- その場合2020年(実際にはコロナで1年延期)の五輪が東京でなかった可能性が高いので、東京あるいは首都圏だったかもしれない。
- 前者の場合、史実と開催地が逆になっていたことになる。
- 2008年の五輪が名古屋になっていた場合、2025年の万博は福岡・札幌・仙台のいずれかになっていた。
- 同年のプロ野球セ・リーグは阪神が優勝したので、それと合わせて語り継がれていた。
- 場合によっては33-4もなく、ロッテを下して日本一にもなっていた。
- オリックスも優勝とまではいかなくともプレーオフ進出は果たしていた。
- 万博開催が後押ししていた。
- 同年4月にはJR福知山線脱線事故もあり、2005年は関西にとって良くも悪くも忘れられない年になっていた。
- その福知山線脱線事故の犠牲者にも万博に行く人が含まれていた。
- 普段の通勤通学客に加えて万博に行く客も乗っていたため、死傷者は現実よりも増えていた。
- マスコミで彼らのエピソードも取り上げられていただろう。
- 会場内でも黙祷が行われていた。
- 会場内にJR西日本の展示施設があった場合、事故を機に閉鎖か一時休業に追い込まれていた。
- その福知山線脱線事故の犠牲者にも万博に行く人が含まれていた。
- 1988年のオリンピック開催地がソウルでなく名古屋だったらこうなっていたかもしれない。
- 入場者数は少なくて3000万人、うまく行けば5000万人を超えていただろう。
- 2025年ほど高齢化が進んでいなかったこともあり、盛り上がりも大きかっただろう。
- 入場券を買ったりパビリオンを予約するのに複雑な万博IDを取得させることもなかった。
- 当日券の割合が多かっただろう。
- 2025年の万博より気軽に行けるようになっていた。
- 会場内の飲食店も現金決済が主体で、値段も安くなっていた。
- ポケパークをはじめとしたサテライト会場も大阪府内のどこかに設けられていた。
- 同年の「今年の漢字」は「愛」ではなく「大」か「博」になっていた。
- 「大」の場合は「大阪」以外にも福知山線脱線事故のような「大」事故があったため。
- 「阪」もありうる。阪神タイガースの優勝もあったので。
- 2004年の阪神タイガースはリーグ2連覇とまではいかなくとも、せめてAクラス入りは果たしていた。
- 代わりに当時史上最強打線と謳っていた巨人がBクラスに転落していた。
- この年が最後のシーズンとなってしまった大阪近鉄バファローズも優勝とまではいかなくとも、せめてプレーオフ進出は果たしていた。
- 恐らく万博が気分を高揚させていただろう。
- シャープがパビリオンを出展していた。
- 当時絶頂期を迎えていた液晶技術の見本市となっていた。
- 福岡
- 政府が愛知県に打診して断られたら第二の候補が福岡と神戸だったそうです。
- 開催地に選ばれていた場合
- ≒1988年のオリンピック開催地がソウルではなく名古屋だったら、である。
- 2005年のパ・リーグプレーオフはソフトバンクが制していたかもしれない。
- もちろん33-4もなく、阪神が日本一になれていた可能性もある。
- ソフトバンク元年をリーグ優勝で飾れていた。
- 福岡市の人口増加のペースが現実よりも早まっていた。
- 京都市や神戸市の人口を抜くのも早まっていた。
- 西鉄3000形は万博に合わせて登場していた。
- 福岡市地下鉄七隈線は万博に合わせて開業していた。
- ポケパークをはじめとしたサテライト会場も福岡県内のどこかに設けられていた。
- しかし福岡県西方沖地震の影響は避けられなかった。
- 最悪会場が被害を受け、開幕が延期されていた可能性もある。
- 同年の「今年の漢字」は「愛」ではなく「福」になっていた(福岡の「福」ということだが、それ以外にもJR福知山線脱線事故があったため)。
- 博多が有名だから「博」も有り得る。
- 2004年の福岡ダイエーホークスはレギュラーシーズンでは1位もプレーオフでシーズン2位の西武に敗退を喫するということはなく、福岡ダイエー最終年をリーグ優勝で飾れていた。
- 恐らく万博が気分を高揚させていただろう。
- 場合によっては中日がダイエー相手に5年前の雪辱を果たす形で日本一になっていた可能性もある。
- 愛知県は2025年万博の開催地となっていた。
- 博多うどんは万博を機に全国に知られるようになっていた。
- 資さんうどんなどの全国展開も早まっていた。
- 名古屋市伊勢湾岸
- 開催地に選ばれていた場合
- この場合も「愛・地球博」と呼ばれていた。
- メインアクセスはあおなみ線が担当していた。
- 金城ふ頭駅が万博期間中は「万博中央口」駅を名乗っていた。
- 同社は万博で稼ぎまくったため、史実のように赤字に苦しみ経営破綻することもなかった。
- リニモは万博と無関係にやや遅れて開業していた。
- リニア・鉄道館は万博のパビリオンとして開館し、閉幕後も恒久施設として残された。
- レゴランドは万博の跡地に建設された。
- 史実ほど環境問題で揉めることはなかっただろう。
- 神戸
- 政府が愛知県に打診して断られたら第二の候補が福岡と神戸だったそうです。
- 開催地に選ばれていた場合
- 神戸空港の開港が1年早まり、万博に間に合わせていた。
- 会場は恐らく西神ニュータウンあたり。
- アクセスは恐らく神戸市営地下鉄西神・山手線が受け持つが、三宮駅を改造して阪急神戸線との相互乗り入れが実現していた。
- 阪神なんば線の開通も4年早まり2005年3月だった。
- 同線には万博を前に新型車両が導入されていた。
- その分開業時から使われていた1000形の廃車が早まっていた。
- アクセスは恐らく神戸市営地下鉄西神・山手線が受け持つが、三宮駅を改造して阪急神戸線との相互乗り入れが実現していた。
- 名称は「神戸万博」だった。
- 1970年万博でも候補地に上がったことが蒸し返されていた。
- 入場者数は現実よりも多く2500万人くらいだっただろう。
- この場合も2025年の万博は大阪ではなかった。
- 恐らくこちらが愛知県開催になっていた。
- 同年のプロ野球セ・リーグは阪神が優勝したので、それと合わせて語り継がれていた。
- 場合によっては33-4もなく、ロッテを下して日本一にもなっていた。
- サテライト会場も兵庫県内のどこかに設けられていた。
- ポケパークではなく、ドラゴンクエストのテーマパークが設けられていたかも(サテライト会場がドラクエの生みの親である堀井雄二の出身地である淡路島に設けられていた場合なら尚更)。
- 京都
- 開催地に選ばれていたら
- 名称は「京都万博」だった。
- 会場は巨椋池干拓地あたり。
- 任天堂や京セラがパビリオンを出展していた。
- 前者は花札やテレビゲームをテーマにしていただろう。おそらくこれがニンテンドーミュージアムの前身になっていたかも。
- ニンテンドーミュージアムそのものの開業も史実より早まっており、場合によっては予約無しで見学できていたかもしれない。
- むしろニンテンドーミュージアムは万博のパビリオンとして開館し、閉幕後も恒久施設として残されていただろう。
- レボリューション(後のWii)がこの万博で初披露されていたかも。
- ニンテンドーミュージアムそのものの開業も史実より早まっており、場合によっては予約無しで見学できていたかもしれない。
- 前者は花札やテレビゲームをテーマにしていただろう。おそらくこれがニンテンドーミュージアムの前身になっていたかも。
- ポケパークをはじめとしたサテライト会場も京都府内のどこかに設けられていた。
- この場合も2025年の万博は大阪ではなかった。
- 恐らくこちらが愛知県開催になっていた。
- 京都市営地下鉄東西線は万博を前に太秦天神川~六地蔵間の全線が開通していた。
- 万博期間中は京都の主要観光地は大混雑になっていた。
- 札幌
- 開催地に選ばれていたら
- 名称は「北海道万博」だった。
- 万博前年の2004年における日本ハムの札幌ドームへの本拠地移転が万博と合わせて語り継がれていた。
- 2005年の日本ハムは優勝とまではいかなくともプレーオフ進出は果たしていた。
- 万博開催が後押ししていた。
- 2005年の日本ハムは優勝とまではいかなくともプレーオフ進出は果たしていた。
- 3月開幕だった場合、雪や寒さ対策が課題だった。
- 札幌市は2026年および2030年の冬季五輪に立候補しなかった。
- さっぽろ雪まつりでも万博がPRされていた。
- 地元出身のGLAYがテーマソングを担当していた。
- 大阪
- ≒「もし2005年の万博開催地が日本以外だったら」である。
- 開催地に選ばれていた場合
- 1970年、1990年に続く大阪での万博開催だった。
- 「大阪では20年周期で万博が開催される」というジンクスができていた。
- その一方で「また大阪か…」という意見もあっただろう。
- 「大阪では20年周期で万博が開催される」というジンクスができていた。
- 2025年の万博は海外で開催された。
- むしろ逆に2025年の万博が上海、日本だと愛知か福岡になっていた可能性が高い。
- 2年前の夏季五輪招致失敗の雪辱を果たしていた。
- それでも2008年のリーマンショックの影響は避けられなかった。
- 同年の「今年の漢字」は「暑」ではなく「大」か「博」になっていた。
- それでも同年のなつはかつてない猛暑だったので、真夏には会場内で熱中症で倒れる人などが出ていたかもしれない。
- 千葉ニュータウン
- 開催地に選ばれていた場合
- 成田スカイアクセスは万博に合わせて開業していた。
- 同年登場した新型スカイライナーは万博アクセス特急も兼ねており、会場最寄駅に臨時停車していた。
- そのため日暮里~空港第二ビル間36分運転は万博終了後に持ち越されていた。
- 北総鉄道の経営は史実よりも早く好転し、運賃値下げも早期に実現していた。2025年には新京成電鉄と同時に京成に合併されていたかもしれない。
- 同年登場した新型スカイライナーは万博アクセス特急も兼ねており、会場最寄駅に臨時停車していた。
- 釜山(韓国)
- サウジアラビアのリヤドに大差で敗れる。
- 「麗水の失敗を繰り返さない」と意気込んで開催される。
- 日本に非常に近いということもあり、日本人向けのツアーが展開されていた。
- プレゼン映像に使われた『江南スタイル』の人気が再燃するが、以前ほどの盛り上がりにはならなかった。
- K-POPとのタイアップも行われていた。
- 大阪万博の次に決まっていた場合、生野区鶴橋のコリアンタウンでは双方を盛り上げるイベントが開かれていた。
- あるいは2025年が大阪でなかったらこちらが当選していたかもしれない。
- 尹錫悦の非常戒厳が史実通り行われていた場合、万博の開催が一気に危ぶまれるだろう。下手したら大阪・関西万博よりも深刻な状況になり、開催中止と返上も視野に入れていたかも。
- もしくはユン大統領がご乱心せずになんとかうまくこらえていた。
- クイーンビートルの運航中止や、務安空港でのチェジュ航空の事故により、海路と空路でのアクセスが制限される。この場合は釜山までの直行便を作るか、仁川空港までKTXを伸ばして運転するかの手段が取られる。
- 関釜フェリーでの訪韓を推奨するだろう。
- 加徳島新空港の建設が早まる。
- BTSの政治利用も史実以上になっていた。
- HYBEとミンヒジンの紛争にもっと積極的、超法規的に政府が介入していたかもしれない。
- 韓国としては初の登録博となっていた。
- ローマ(イタリア)
- こちらもリヤドに大差で敗れる。
- バチカン市国にも万博のパビリオンが設置されていそう。
- 2026年のミラノ・コルチナ五輪との共同企画も出される。
- 2025年の大阪・関西万博でも次回の開催地として盛んにPRされていた。
- 大阪
- ≒2025年の万博開催地が日本ではなかったら、である。
- 開催地に選ばれていた場合
- なにわ筋線や大阪モノレールの東大阪市内延伸は万博を前に開業していた。
- 会場が現実通り夢洲だった場合、大阪モノレールは荒本駅で会場へのメインアクセスである大阪メトロ中央線に直通する近鉄けいはんな線と接続するので、ここで乗り換えて万博に向かう人が目立っていた。