コンテンツにスキップ

もし交流戦が○○だったら

独立項目

[編集 | ソースを編集]

1968年から実現されていたら

[編集 | ソースを編集]
  • 1967年オフ、東京オリオンズの永田雅一オーナーが1968年からの交流戦36試合導入を提案し、読売ジャイアンツの正力亨オーナーも西鉄ライオンズの本拠地・九州での読売新聞拡販に繋がるので賛同し、一時は実現の方向に向かいました。しかし、セ・リーグの一部球団が反対した他、正力オーナーの父親である正力松太郎氏が2リーグ分裂時の経緯から猛反対し、実現する事はありませんでした。もし、この時期に実現されていたら・・・・・・・・?
  1. ONをはじめとしたセ・リーグの主砲vsパ・リーグのエース、その逆などが見られていた。
  2. 黒い霧事件は避けられないが、それでもパ・リーグ球団のダメージは多少抑えられていた。

2001年から実現されていたら

[編集 | ソースを編集]
  • 1999年、2000年のペナントレース開幕前、オープン戦の一部の試合を、交流戦の実現へ向けた興業面での課題を検証することを目的とした試験的な大会として『プロ野球サントリーカップ』が開催されました。もし、この時期に実現されていたら・・・・・・・・?
  1. 巨人と日本ハムの同一本拠地対決が3年間だけ実現した。
  2. 松坂大輔のプロ初本塁打はさらに早まっていた。
  3. タフィ・ローズ、アレックス・カブレラはセ・リーグの狭い球場で試合出来たので、本塁打のシーズン記録を更新していた。
  4. 近鉄VS中日では、中日がリーグ優勝し近鉄が僅差で優勝逃した1988年の幻の日本シリーズを話題にされていた。

通常のレギュラーシーズンに組み込まれていたら

[編集 | ソースを編集]
  • MLBでは2013年シーズンよりヒューストン・アストロズがアメリカン・リーグに移籍したことにより両リーグ共に奇数の15チームとなったため、各節最低1カードはインターリーグが組まれるようになり、交流戦のような期間は設定されていません。
  1. NPBは12球団なので、2試合ずつ組み込まれる。
  2. 両チーム共マジック1で迎えた場合、他球場の結果如何では、同時に優勝する可能性がある。
    • その場合は、まずビジターチームが優勝セレモニーを実施し、その後ホームチームが実施する。ビジターチームのセレモニーは手短に終わらせる。

36試合で前期・後期に分かれたら

[編集 | ソースを編集]
  • 36試合制はペナントレースが2ヶ月も中断するため、間延び感があるという意見もありました。そのために前期・後期に分かれたら・・・・・・・・?
  1. 両リーグの優勝争いを繰り広げてるチームにとっては日本シリーズを見据えた戦い方もする。
  2. 1993年~1995年のJリーグのようにスポンサーを分けて実施するかも。
  3. 2023年現在も36試合制が継続されていたかもしれない。

冠スポンサーが日本生命以外だったら

[編集 | ソースを編集]

2005年の第一回大会以来、日本生命がセ・パ交流戦の冠スポンサーを担当していますが、もし別の会社がスポンサーだったらどうなるでしょうか?

サントリー
  1. かつての「サントリーカップ」からの地続き的な大会となっていた。
  2. 当然、優勝チームやMVPの選手には、サントリー製品が一年分進呈される。