もし南樺太が日本領のままだったら/交通
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| とよはら | ||||
| 豊原 | ||||
| ● | Toyohara Тоёхара |
● | ||
| おおさわ Ōsawa Осава |
きたとよはら Kita-Toyohara Кита-Тоёхара | |||
| はんださわ Хандадзава | ||||
| 半田沢 | ||||
| ● | Handazawa | ● | ||
| ことん Koton Котон |
オノール Onor Онор | |||
- JR宗谷海峡線ができている。
- なので青函トンネルの路線の正式名称も「津軽海峡線」に(実際の正式名称は単に「海峡線」)。
- 航路の名前をそのまま引き継いで「青函線」「稚泊線」になっていたかもしれない。
- いや、龍飛崎と吉岡を結ぶから「龍吉(たっきち)線」、宗谷岬と西能取呂岬を結ぶから「宗能(そうのう)線」になっていた
- 寝台特急「北斗星」は宗谷海峡トンネルを抜けて豊原もしくは敷香まで直通運転されている。日本の鉄道史上最長距離を走る列車となる。
- 普通に札幌までかと
- 東京〜豊原間に寝台特急「白夜」が運転される。
- さすがに北斗星はそのままでしょう。その代わり、札幌~敷香間の夜行特急「多来加」が運行されている。
- 豊原から東京まで行く寝台特急も「北斗星」と同時に廃止されていた。
- ただしロシアから東京までいく列車は廃止されない。
- 豊原から東京まで行く寝台特急も「北斗星」と同時に廃止されていた。
- さすがに北斗星はそのままでしょう。その代わり、札幌~敷香間の夜行特急「多来加」が運行されている。
- 北海道新幹線が国鉄時代に完成していたかもしれない。しかも最終的には宗谷海峡を越えている。
- 樺太新幹線の愛称は、
- 最速-ひがさ→空気中の氷が太陽光に反射する現象「日暈」から。
- 速達-おおとり→鳥の「鳳」から。
- 各停-えぞ→北海道、樺太の旧称である「蝦夷」から。
- となる。やはり最速達は光系の愛称。
- 樺太の新幹線停車駅は泥川・留多加・豊原。
- 樺太雨竜にも停車していた。
- 大泊の住民が猛反対していた。
- 理由は大泊には地形上新幹線が通れないため。
- 新函館北斗みたいに線路を大泊側に曲げて「新大泊駅」を作るとか。
- どんなに曲げても亜庭湾が存在するためせいぜい千歳村の北部あたりを通すのが限界な上、亜庭湿原を通すことになるため環境保護団体や留多加の住民の反対に遭う。
- 理由は大泊には地形上新幹線が通れないため。
- 樺太新幹線の愛称は、
- 宗谷海峡トンネルにはカートレインの導入の検討されている。
- 事と次第によっては天北線は存続していた。
- 声問駅から海峡線が分岐していた。
- 宗谷地方は史実より繁栄するので、存続していた可能性が高い。
- 稚内空港駅ができていた。
- 樺太新幹線ができれば宗谷本線の一部区間が第三セクターになっていた。
- 名寄~稚内が「道北そうや鉄道」とかになっていた。殆ど貨物収入で食べており、2020年代には名寄~幌延の旅客列車が消滅(貨物専業化)の危機に陥る。
- 樺太新幹線が開通した場合、稚泊トンネル(宗谷海峡トンネル)は在来線と共用。
- 樺太新幹線の車両基地は留多加に建設されていた。
- 宗谷海峡線が開通するまでは「稚泊連絡船」が国鉄→JRによって運航。
- 戦後は砕氷設備付き客載貨車渡船(外観は洞爺丸型に準じる)が導入され、1960年代後半には青函連絡船の津軽丸型をベースにして砕氷設備を取り付けた船が導入されていた。
- 札幌駅でのスイッチバックはめんどくさいため、札幌駅、札幌貨物行きは海線経由、樺太方面行きが山線経由と住み分けられる。
- 千歳線の新札幌経由へのルート変更の際に千歳線と函館本線旭川方面を短絡するデルタ線が新札幌-厚別に建設され、樺太方面行きの旅客列車は新札幌に停車したうえでデルタ線経由に変更されていた。
- 樺太内の鉄道路線は国鉄に、さらに民営化後はJR北海道に。
- たぶん「JR樺太」

駅名標はこんな感じか? - 一筆書き切符が果てしなくなる。
- 関口知宏の最長片道切符の番組ではスタート地点が樺太東線の日本側最北の駅(半田沢?)に。
- JR北海道だとしたらそもそも社名が「北日本旅客鉄道(JR北日本)」だった。
- 史実の本社・函館支社・旭川支社・釧路支社のほかに豊原支社が加わる。
- 敷香支社もある。
- 樺太は北海道地方だからどうあがいてもJR北海道のままだろ。
- 「北海道地方」じゃなくて「北海地方」だから「JR北海」じゃない?
- 史実の本社・函館支社・旭川支社・釧路支社のほかに豊原支社が加わる。
- 国鉄時代は樺太総局・敷香鉄道管理局・稚泊船舶鉄道管理局が設置されていた。
- 樺太鉄道局がそのまま樺太鉄道管理局になるだけかもしれない。局歌は戦前の樺太庁鉄道歌を継続使用。
- もし北海道と樺太を管轄するJR北日本という括りになっていたら、エリアが広すぎるので、新千歳空港付近に、JR北日本とJR東日本の境界線が引かれていた。
- それだと複雑になりそう…
- 北海道新幹線は新函館北斗駅まで東日本の管轄だったかもしれない。
- JR北海道の管轄になったとした場合、リアル北海道のように廃止路線のオンパレードとなる。
- 下手したら樺太東西線以外残っていない。
- たぶん「JR樺太」
- 鉄道の名前が内地風になっている。
- 樺太東線→豊原本線。
- または樺太本線。
- 樺太西線→恵須取本線。
- おそらく恵須取までは開通するでしょう。
- または間宮本線。
- 樺西本線のほうがいい。
- 樺太東線→豊原本線。
- 宗谷本線は幹線のままだった。
- 大部分は電化、一部の区間は複線化されていた。
- 流石に電化はされず、道南の函館本線見たくなっていた。
- 新函館北斗~東室蘭も電化されていた。
- 単独維持困難路線になることはない。
- 大部分は電化、一部の区間は複線化されていた。
- 東北本線の豊原駅は「下野豊原」のままだった。
- 旧国鉄真岡線→真岡鉄道の真岡駅も「下野真岡」を名乗っていたかもしれない。
- 豊原・大泊各駅は解体され近代的な駅ビルに改築されていた。
- 真岡駅は史実通り解体されるか保存される。
- 豊原駅は高架化された。
- 真岡駅は史実通り解体されるか保存される。
- 南樺鉄道・南樺太炭鉱鉄道・帝国燃料興業会社内淵線は昭和中期に廃線になっている。
- 昭和末期に川上線が廃止されていた。
- いや、豊原市のベットタウンが広がった関係で丸山駅以南は存続。
- 栄浜支線はなぜか廃止されなかった。
- 大泊港駅は稚泊連絡船と運命を共にした。
- 樺太西線は恵須取から先は廃止されていたかもしれない。
- いずれにせよ北海道同様数多くの路線が廃止されている。
- 真久線は完成していた。
- JR樺太のコーポレートカラーは紫色あたり。
- 紫はJR総研だから、JR樺太は黄色かな?
- 「JR北日本」であれば、史実のJR北海道と同じ萌葱色。
- 客単価を上げるために函館や釧路から樺太まで乗りとおす企画が推奨された。
- 日本とロシアの仲が良ければ、日本唯一の国際列車が走っていた。
- 特急名は「ロパチナ号」
- 車掌「お客さん、国境ですよ。起きてください! このままじゃロシアor日本に行っちゃいますよ」
- 昭和末期までは国際貨物列車も運行されていたかもしれない。
- 宗谷海峡トンネルがある場合、ソ連崩壊後には、不凍港を欲しがるロシアが、毎年冬になると苫小牧や釧路へ大量のコンテナを送りつけてくる。
- 釧路に貨物列車を運ぶため、根室本線の富良野から十勝方面は原型とどめないまでにマッチョな路盤になっている。
- 長期間運休になることもなかった
- 出入国管理は半田沢駅で行われる。
- 日本最北端の駅も半田沢駅だった。
- 半田沢駅には免税店も置かれ、観光客で賑わっていた。
- 半田沢に駅ができたのは戦後になってからだから、ずっと日本領のままだったら最北の駅は古屯だと思う。半田沢は国境に近過ぎるし。
- 本線から分岐してアレクサンドロフスク・サハリンスキーに向かう鉄道も建設されていた。
- 北樺太の鉄道は1067ミリで日本のJRのお古が走っていた。
- しかし冷戦終結後、シベリア鉄道から大陸級車両で貨物列車を直通させようとする際のネックとなる。
- 鉄道ファンから「JRサハリン」「JR北樺太」などと呼ばれる。
- 北樺太と直通する鉄道は戦後完成するが、当初は旅客は扱わず貨物列車のみの運行だった。
- 豊原市内の旭ヶ丘にロープウェイがあったかもしれない。
- 帝国燃料興業会社内幌線は国鉄に編入されていた。
- 樺太東線は落合までは電化されていた。
- 電化時期は国体に合わせて1968年か。
- 落合~大泊間は通勤路線だった。
- 落合〜大泊間は普通、特急のほかに快速シティが運行されている。
- ICカード(おそらくKitaca)も導入されていたかも。
- 「宗谷」は樺太の特急列車の名前になっていた。
- 「鈴谷」の方がありえそう。
- 「間宮」とか「海豹」とかが名付けられていたかも
- 「鈴谷」の方がありえそう。
- 稚泊(宗谷海峡)トンネルはロシア(完成当時はソ連)が攻めてきたときにはトンネルを爆破できるように爆薬が、もしくはソ連兵を皆殺しにできるように海水か毒ガスを流しこむ装置があると都市伝説が流れる。
- 敷香駅には「樺太新幹線・敷香延伸の早期実現を!」という虚しい横断幕が掲げられている。
- 樺太新幹線は札幌駅-滝川駅-新旭川駅-比布駅-名寄駅-音威子府駅-幌延駅-稚内駅-大泊駅-新場駅-豊原駅-(以降、半田沢駅)か?
- 場合によってはJR樺太とロシア国鉄の協力でオハ新幹線も建設していたかもしれない。
- 半田沢駅~オハ駅だったりして。
- 敷香駅のスイッチバックを廃止しようとするも市街地から駅が離れてしまうと反対運動が起こる。
- 栄浜駅は宮沢賢治ファンの聖地になっていた。
- 石碑も立っていた。
- 豊原〜栄浜間で観光列車が運行されていたかも。
- 終戦の直前にルート変更されて廃止になった豊真線の豊原~奥鈴谷間が復活したかもしれない。
- 内恵線(内路~恵須取)が計画されるも未成線になるか、国鉄の民営化直前に特定地方交通線に指定されて廃止になっていた。
- 途中に白雲峡があるため、観光路線かしていた。
- 開北峠の勾配は恵須取方が急なため、こちらにもループ橋ができていた。
- 北樺太まで運行する国際列車にはロシア人女性のアテンダントが乗務して人気になっていた。
- 駅名を混同しないように他に同一の駅名がある場合は樺太名寄駅のように「樺太○○駅」と改称されていた。
- 紀勢本線の大泊は紀伊大泊になっただろうね。樺太の大泊の方が先だから。
- 豊真線は急勾配の区間が多いので大規模なルート変更が行われていた。
- 場合によっては留多加から川に沿って樺太清水へ行く迂回線が通っていた。
- 日本の海外鉄道ファンではロシア派もかなりの勢力になっていた。
- 樺太東線の北緯50度に「日本国 JR北海道・Российская Федерация РЖД」と縦書きで書かれた境界標柱が立っていた。
- 2007年に北海道同様、駅ナンバリングが導入される。
- 豊原駅を01として路線記号は樺太東線北豊原以北がS、大沢以南がO、栄浜支線がK、豊真線と樺太西線手井~上久春内がM、真久線と樺太西線久春内以北がEとなる。
- 宗谷海峡線と樺太西線明牛以南はナンバリング対象外。
- 豊原駅を01として路線記号は樺太東線北豊原以北がS、大沢以南がO、栄浜支線がK、豊真線と樺太西線手井~上久春内がM、真久線と樺太西線久春内以北がEとなる。
- 現実のサハリンの鉄道が1520mm軌間への改軌を進めていることからして、この場合は南樺太の鉄道が1435mm軌間への改軌を進めていることになる。なお、北樺太の鉄道は1520mm軌間への改軌となるため、樺太東線の北緯50度の南寄りに1435mm軌間と1520mm軌間との軌間不連続点が設置され、一方の北緯50度の北寄りには乗務員交代のためJR北海道とロシア国鉄の境界駅(ロシア国鉄管轄)が設置されていた。
- 本土と揃えるために1067mm軌間のままかと。北樺太はロシア領なので改軌される可能性はある。
- 1067mm軌間の消滅予定は史実通りかと。1435mm軌間と1520mm軌間との軌間不連続点は敷香に設置される。このため敷香には台車交換設備が設置される。
- 1067mm軌間の時代は日本や中国の中古の気動車や客車の溜まり場になっていた。日本からはキハ58系・キハ56系・キハ65形・キハ80系・キハ181系・キハ183系・キハ40系40・48形気動車や12系・14系・24系客車、中国からは中国国鉄21型客車が最後の活躍の場になっていた。日本型車両は車外にステップと手すりが設けられ、折戸ドアは引き戸ドアに改造されていた。まさしく國鐵樺太。
- 気候の関係で酷寒地向けの中古車両を受け入れていた。キハ22形やキハ24形、キハ56系、キハ40形100番台、キハ183系、オハ51系が第二の人生を送っていた。キハ22形は北海道だけでなく東日本(東北)からも受け入れていた。
- フリーゲージトレインはロシアの鉄道と樺太新幹線を直通するためとして研究されていた。
- 敷香を越えて南北直通する列車のため。
- 本土と揃えるために1067mm軌間のままかと。北樺太はロシア領なので改軌される可能性はある。
- 宮脇俊三の「最長片道切符の旅」の起点は確実に広尾線広尾駅ではなかった。
- 樺太連絡のため函館本線が線形改良され、山線がメインルートになる。
- 電化されていたほか、北海道新幹線札幌開業後も第3セクターで存続。
- 小樽~余市は普通にJRのまま残りそう。
- 電化されていたほか、北海道新幹線札幌開業後も第3セクターで存続。
- だいたいこんな感じになっていた。
- 宗谷本線は幹線になっていただろうが宗谷海峡線と天北線は津軽海峡線を見る感じ地方交通線だろう。
- 豊原空港が建設されていた。
- 勿論内際ハブ空港で、冷戦崩壊後は更に拡張される。
- 当然軍民共用で大規模な航空自衛隊の基地が併設されている。
- というよりは多くの地方空港と同じく新規建設ではなく日本軍飛行場の転用になるだろう。そうなると共用はあとから民間がやってくる形に
- 史実のホムトヴォ空港と同じく豊原大澤飛行場の転用となる。
- というよりは多くの地方空港と同じく新規建設ではなく日本軍飛行場の転用になるだろう。そうなると共用はあとから民間がやってくる形に
- 豊原空港線が乗り入れている。
- 大沢駅から分岐している、しかし空港が移転した場合は廃止されていた。
- 豊原空港の乗降客数は10番以内には入っていた。
- 羽田-豊原線には本土の幹線と同様にワイドボディ機が導入され、ジャンボジェット機も就航していた時期もあった。
- 大沢飛行場が豊原空港になるも、さばききれなくなれば移転する可能性もある。
- 移転した場合樺太新空港が出来ていた、関空に対抗して樺空(からくう)と名乗っていたかも。
- 樺太各地へ向かう特急列車はほとんどが空港駅を始発としている。
- 空弁は何ができるかな?
- 特製シャケ弁当かシャケの押し寿司あたりになりそう。
- ロシア極東だけでなくソウルや台北あたりからも便があった。
- 大沢は樺太内ローカル路線のみの発着となり、代わりに落合の大谷にある飛行場が改修拡大されて国際空港として使われる。
- 豊原空港を本拠地とするローカル航空会社が存在していた。
- 社名は「樺太航空」とかになっていた。
- エア・ドゥが樺太にも進出していたかも。
- エアー北海道が史実でもかなり後期まで存続し、エアドゥとソラシドの経営統合の辺りでまとめてリージョナルプラスウイングスの傘下され、こちらは会社的にもエアドゥに吸収される。
- 史実の北海道エアシステムが日本トランスオーシャン航空相当の規模になっている可能性も考えられる。社名は「北日本エアシステム」(仮称)
- 樺太自動車道が出来ている。
- 豊原市と真岡市を結ぶ豊真自動車道もある。
- 本斗と恵須取を結ぶ西樺太自動車道もある。ただし一部はA'路線か新直轄。
- 敷香空港や恵須取空港もある。
- もちろん航空自衛隊の基地と共用である。
- アレクサンドロフスク・サハリンスキーやオハ、ノグリキには大規模な港湾が建設されていた。
- 当然日本の支援で。
- 真岡港からロシアに向かうフェリーもあった。
- 不凍港ということで、内幌にも港が作られていた。
- 稚斗航路も冬期は重要なので国鉄に編入されていた。
- 宗谷海峡線は豊原から分岐して留多加を通り、亜庭湾にそって稚内を目指す。
- 道央自動車道が宗谷ICまで伸び、そこから樺太自動車道として開通。
- 青函トンネルに自動車道がないので、実現するとしたらユーロトンネルのようなカートレインかも。
- ユーロトンネルシャトルのようなタイプのカートレインを導入するため、消防法が改正され、一定の難燃化基準を満たせば燃料を入れたままの自動車輸送が可能に。
- これを基に本土のMOTOトレインやカートレインも史実よりは発展するが、トンネル部以外での新法適用が見送られ、今日では蟹田(または新中小国)~木古内の自動車輸送専用列車以外は消失している。
- ユーロトンネルシャトルのようなタイプのカートレインを導入するため、消防法が改正され、一定の難燃化基準を満たせば燃料を入れたままの自動車輸送が可能に。
- 管理は日本道路公団(JH)から東日本高速道路(NEXCO東日本)
- 北海道と樺太だけ「NEXCO北日本(本社:札幌)」の可能性も。
- さすがにNEXCOは西日本が沖縄までやってるところを見るとそれはなさそうだが…
- 北海道と樺太だけ「NEXCO北日本(本社:札幌)」の可能性も。
- 青函トンネルに自動車道がないので、実現するとしたらユーロトンネルのようなカートレインかも。
- 国道40号が敷香まで伸びてるかあるいは国道59号が豊原から敷香まで設定されていた。
- 国道40号は豊原までだろう。あと国道41号が豊原~敷香、国道42号が豊原~真岡~恵須取の間に指定されて、史実の国道41号以降の国道の番号がずれるかもしれない。
- 大泊港や真岡港から本州各地へ向かうフェリー航路が開設されている。
- 新日本海フェリーが舞鶴・敦賀・新潟から小樽を経由して真岡まで高速カーフェリーを運航していた。
- 北方四島が既に日本の実効支配地であったなら、太平洋フェリーが名古屋から、商船三井フェリーが大洗から珸瑶瑁水道と根室海峡を経由して大泊までカーフェリーが来ていたかもしれない。
- 東日本フェリーも倒産せずに存続していたかも。ただし、調子に乗って高速砕氷フェリーなどというものを作り、扱いきれずに自衛隊にリースに出す。
- ただし、大泊港がある亜庭湾は1月と2月に流氷が押し寄せてくるので、その期間はドッグダイヤによる減便も兼ねて北海道苫小牧港折り返しにされてしまうかも。
- 津軽海峡の最短区間大函航路のように稚内と西能登呂岬至近の港を結ぶ最短航路もあった。ただし本数はあっても2往復くらい。
- もちろん車のナンバーは樺太ナンバー?
- 豊原周辺だけ豊原ナンバーの可能性もある。
- 敷香ナンバーも存在したかも。
- 恵須取も敷香ナンバーなのでナンバープレートで「恵須取まで敷香ナンバーなのは違和感ある」とか言われる。
- 豊原支庁は豊原ナンバー(豊原運輸支局)、真岡支庁は真岡ナンバー(真岡運輸支局)になるとして、恵須取と敷香はどちらかにしか運輸支局が置かれず、片方の住民は不満を抱く。そしてご当地導入と共に独立。
- 大泊あたりがご当地ナンバーを導入する。
- 樺太航路のおかげで日本の砕氷船技術はかなり進歩している。
- JASグループ時代からHACが豊原まで運行していた。
- それどころか敷香まで運航している。
- 恵須取、敷香の各支庁管内の道路標識は史実の稚内や根室みたいにロシア語が併記されている。
- 樺太中にロシア語併記があっても不思議ではない。
- 逆に稚内・根室には無かった。
- 自動車は当然左側通行になっている。
- ロシア人が飲酒して、うっかり左側通行を忘れたら大変なことになる。なので飲酒運転は非常に厳しい。
- 日本のナンバーで北樺太も走れるのと同様、ロシアのナンバーでも南樺太を走れる。(史実の日韓と同様)
- 現実のサハリンも日本車が多いため、走っている車種はあまり変わらない。
- 敷香など国境に近い地域では北樺太から来たロシア車も走っていた。
- UAZやラーダなどの中古を北樺太から仕入れ、マニア向けに日本国内で販売する業者が存在する。反対に日本車をロシアに輸出する業者も多い。
- 春日峠や熊笹峠が走り屋スポットとなる。