もし名鉄がドラゴンズ撤退後にパ・リーグの球団を買収していたら
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共通条件[編集 | ソースを編集]
- 初期の本拠地は尾張VS三河の構図より岡崎以東の愛知県内の都市
- 中日グループの報道が(当然)冷遇される
- 転機は1991年岐阜長良川球場への移転
- ドラゴンズで優勝できなかった、岐阜出身の高木守道を招いてリーグ優勝
- もしくは、同じく岐阜出身の森祇晶がリーグ優勝に導く
- 和田一浩(岐阜出身)は中日ではなくここに移籍していた。
- ユニホームはドラゴンズへの対抗とパノラマカーに倣いやはり紅色
- 敵投手が降板するとドケヨホーンの演奏。
- 広島との交流戦は「ダブルレッド」と命名。
- 2軍本拠地は阿久比グラウンド
1969年、オリオンズを買収していたら[編集 | ソースを編集]
- 1974年の日本シリーズが『名古屋血戦』と騒がれる
- 落合のトレードが『名鉄オリオンズ潰し』と叩かれる
- いや牛島が交換要員ということで名古屋では『天変地異』と騒がれる
- 94年限りでライオンズを追われた森が95年から監督就任、広岡GMもボビーもいない
- かといって黄金時代はライオンズと違い作れずじまい
- 小池は入団拒否しなかった。
1973年、フライヤーズを買収していたら[編集 | ソースを編集]
- 買収後、直ちに名鉄レッドソックスへ変更。ファイターズのニックネームは生れない
- 西崎が生え抜きの選手として、後に監督就任できる
- 大島は生涯中京地区で過ごしたので名鉄球団での背番号「11」は永久欠番(にしたい)
- 日本一経験の無い選手の永久欠番選手(という記録を作りたい)
1973年、ライオンズを買収していたら[編集 | ソースを編集]
- スカイブルーのライオンズは歴史上なくなる
- レオ&ライナのキャラもいない
- なんちゃってトラッキーのキャラ、縞模様がなくタテガミがついた位
- 日本シリーズはとことんドラゴンズを倒したので、愛知では無視できないが悪役扱い
- 清原はルーキーで本塁打王獲得、今頃無冠の帝王と呼ばれていない
- 86年当時どこの球場を本拠地としたかにもよる
- 松坂がボストンへ渡る前から赤い色のユニホームを着る
- ライオンズの福岡撤退が5年ほど早まっていた。(史実では1978年に撤退)
- 江川に「遠すぎる」と言われることはない。
1988年、ホークスを買収していたら[編集 | ソースを編集]
- 買収当時、弱っちいので中日がナゴヤ球場を東京ドームのように併用を認める
- 弱っちいままだったので1991年の転機は無かった
- 但し、岐阜放送などのバックアップもない
- 97年にナゴヤ球場が単独の本拠地球場となる
- ドラゴンズ2軍は瑞穂公園野球場
- 99年の日本シリーズは視聴率が名古屋地区のみ抜きん出ている
- 千賀滉大の指名順位がもっと上だった。
- 逆に中田賢一のFA加入はない。
1988年、ブレーブスを買収していたら[編集 | ソースを編集]
- ナゴヤ球場の併用を認められず、岡崎、豊橋、浜松などでホームゲームを行う
- 91年に岐阜長良川球場が完成し、ようやく定住本拠地として構える
- 鈴木一朗は悔しい表情を見せつつブレーブス入りを決断
- 95年、96年とリーグ優勝し、ドラゴンズに対して見せ付ける
- しかしというか、やっぱりマリナーズへと渡る
- 史実よりもブレーブスOBの影響力は薄まっていない
- 山田久志がドラゴンズの監督になることもなかった
2004年、バファローズを買収していたら[編集 | ソースを編集]
- 永久欠番「1」は消滅せず
- 梨田監督の退陣が少なくとも1年は延びる
- 猛牛マークが近鉄グループから名鉄グループへ移る
- 「こぐまの名鉄宅配便」から「うしのマークの名鉄宅配便」に変わる
- 球団名が”カブス(Cubs:子熊の意)”になっていたかも。
- 残念ながらバフィリードたちは移転の時点で引退(史実通り)
- 無論、本拠地は大阪から名古屋に移転しただろう。
- 但し、二軍は大阪のまま。
- 大阪に「カブスタウン」ができていた。