もし名鉄がドラゴンズ撤退後にパ・リーグの球団を買収していたら

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共通条件[編集 | ソースを編集]

  1. 初期の本拠地は尾張VS三河の構図より岡崎以東の愛知県内の都市
  2. 中日グループの報道が(当然)冷遇される
    • 愛知県内で名鉄球団ファンというのは肩身が狭かった
    • 名古屋の財界では中日陣営と名鉄陣営が火花を散らし、それをなだめるトヨタ陣営
    • 名鉄資本も入っているここここはどうする?
  3. 転機は1991年岐阜長良川球場への移転
  4. ドラゴンズで優勝できなかった、岐阜出身の高木守道を招いてリーグ優勝
    • もしくは、同じく岐阜出身の森祇晶がリーグ優勝に導く
    • 和田一浩(岐阜出身)は中日ではなくここに移籍していた。
  5. ユニホームはドラゴンズへの対抗とパノラマカーに倣いやはり紅色
    • 敵投手が降板するとドケヨホーンの演奏。
    • 広島との交流戦は「ダブルレッド」と命名。
  6. 2軍本拠地は阿久比グラウンド

1969年、オリオンズを買収していたら[編集 | ソースを編集]

  1. 1974年の日本シリーズが『名古屋血戦』と騒がれる
  2. 落合のトレードが『名鉄オリオンズ潰し』と叩かれる
    • いや牛島が交換要員ということで名古屋では『天変地異』と騒がれる
  3. 94年限りでライオンズを追われた森が95年から監督就任、広岡GMもボビーもいない
    • かといって黄金時代はライオンズと違い作れずじまい
  4. 小池は入団拒否しなかった。

1973年、フライヤーズを買収していたら[編集 | ソースを編集]

  1. 買収後、直ちに名鉄レッドソックスへ変更。ファイターズのニックネームは生れない
  2. 西崎が生え抜きの選手として、後に監督就任できる
  3. 大島は生涯中京地区で過ごしたので名鉄球団での背番号「11」は永久欠番(にしたい)
    • 日本一経験の無い選手の永久欠番選手(という記録を作りたい)

1973年、ライオンズを買収していたら[編集 | ソースを編集]

  1. スカイブルーのライオンズは歴史上なくなる
  2. レオ&ライナのキャラもいない
    • なんちゃってトラッキーのキャラ、縞模様がなくタテガミがついた位
  3. 日本シリーズはとことんドラゴンズを倒したので、愛知では無視できないが悪役扱い
  4. 清原はルーキーで本塁打王獲得、今頃無冠の帝王と呼ばれていない
    • 86年当時どこの球場を本拠地としたかにもよる
  5. 松坂がボストンへ渡る前から赤い色のユニホームを着る
  6. ライオンズの福岡撤退が5年ほど早まっていた。(史実では1978年に撤退)
  7. 江川に「遠すぎる」と言われることはない。

1988年、ホークスを買収していたら[編集 | ソースを編集]

  1. 買収当時、弱っちいので中日がナゴヤ球場を東京ドームのように併用を認める
    • 弱っちいままだったので1991年の転機は無かった
    • 但し、岐阜放送などのバックアップもない
  2. 97年にナゴヤ球場が単独の本拠地球場となる
    • ドラゴンズ2軍は瑞穂公園野球場
  3. 99年の日本シリーズは視聴率が名古屋地区のみ抜きん出ている
  4. 千賀滉大の指名順位がもっと上だった。
    • 逆に中田賢一のFA加入はない。

1988年、ブレーブスを買収していたら[編集 | ソースを編集]

  1. ナゴヤ球場の併用を認められず、岡崎、豊橋、浜松などでホームゲームを行う
  2. 91年に岐阜長良川球場が完成し、ようやく定住本拠地として構える
  3. 鈴木一朗は悔しい表情を見せつつブレーブス入りを決断
    • 95年、96年とリーグ優勝し、ドラゴンズに対して見せ付ける
    • しかしというか、やっぱりマリナーズへと渡る
  4. 史実よりもブレーブスOBの影響力は薄まっていない
    • 山田久志がドラゴンズの監督になることもなかった

2004年、バファローズを買収していたら[編集 | ソースを編集]

  1. 永久欠番「1」は消滅せず
  2. 梨田監督の退陣が少なくとも1年は延びる
  3. 猛牛マークが近鉄グループから名鉄グループへ移る
    • 「こぐまの名鉄宅配便」から「うしのマークの名鉄宅配便」に変わる
    • 球団名が”カブス(Cubs:子熊の意)”になっていたかも。
  4. 残念ながらバフィリードたちは移転の時点で引退(史実通り)
  5. 無論、本拠地は大阪から名古屋に移転しただろう。
    • 但し、二軍は大阪のまま。
  6. 大阪に「カブスタウン」ができていた。