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もし廃藩置県が○○だったら

分割項目

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現在も府県と藩が並存していたら

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  • 元々府県は天領や旗本が新政府の直轄地に移行したものなので、史実でも府県と藩が並存していた時期があります。
  1. 早ければ西南戦争終結~帝国憲法制定、遅くてもGHQによる占領期に府県と変わらない行政区分と化してしまう。
    • 前者であれば「武家社会を屈服させた見せしめとして藩を残した」と言う俗説が出来ていたかもしれない。
    • 知藩事もそのまま藩知事に統一される一方、敗戦までは大名家にゆかりのある人物が就任し続けるのが暗黙の了解となる。
    • 版籍奉還は行われていたので知藩事は天皇陛下による任命制。
      • 江戸時代ほど厳密な世襲ではなくなり、幼少の知藩事は誕生しない。
    • 華族の一員として貴族院へ登院する必要があったので、国元と中央を行き来する参勤交代は継続。
      • 鉄道や蒸気船を用いたものになり、藩主と護衛数名程度の簡素なものになっていた。
      • だが、二年に一度の往復だった参勤交代が通常国会の度に行われ頻度は増える。
  2. 少なくとも沖縄は太平洋戦争まで藩のままだった。
    • 本土復帰時に琉球藩にするか琉球県にするかで少なからず議論が起こっていた。
      • 本土とは言い難いのに本土とは半分不適切だね。日本復帰と書いた方が良さそうな。
  3. 財政悪化で廃藩→県に移行する所も幾つかあったと思われる。
    • 藩境の整理を表向きの目的として、飛び地を国が買い取り隣県の一部にすると言うケースも多々あった。
    • 不祥事などによって藩を取り潰すこともあった。
  4. 史実の英領インド→インド帝国の「藩王国」と比較される。

旧藩の分割が行われなかったら

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  • 廃藩置県の際に行われた県の統廃合について、嘗ての加賀藩→現在の石川県+富山県のように分離された例や盛岡藩→北部は青森県に編入、等と言うように分離や、再統合が行われた例が多いですが仮に廃藩置県や県の再編の際に旧藩の分離が無く、統合のみで行われていたらどうなっていたでしょうか
  1. 大石川県が現在まで存続している
  2. 青森県は誕生せず、現実の青森県西部にある弘前県が存続する
    • 盛岡では県庁が遠すぎるので中部の三戸町が県庁移転の運動をしている
    • 現実には仙台藩から収公した仙南に南部藩を転封、跡地の下北半島・五戸・三戸に会津から斗南藩が転封されたが、この転封がなく両藩は即効取り潰し。
  3. 飛び地領の再編が進まずカオス。
  4. 豊後高田市は島原藩→熊本県と延岡藩→宮崎県の飛び地。
  5. 美作市東部は(明石藩→)兵庫県に編入。兵庫県が西に延びる。
南部藩
仙台藩
金沢藩
津藩
  1. 桜井市・天理市は三重県に。
紀州藩
徳島藩
薩摩藩
  1. 宮崎県南西部が鹿児島県に。
  2. 宮崎市内も高岡・倉岡は鹿児島県に。
  3. 鹿児島県から宮崎市に通勤通学する人も多数出現。
  4. 鹿児島県内であることを理由に南日本放送の中継局が建設され、宮崎で鹿児島のラジオ•テレビが視聴可能な状態に。宮崎放送は開局せず、テレビ宮崎はサガテレビの立ち位置に。

府の数が削減されなかったら

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  • 明治維新直後には箱館、神奈川、新潟、甲斐、奈良、渡会、長崎にも府がありました。
  1. 東京府と箱館府に関しては史実通りの歴史を辿るだろうから、現在では1都1道8府37県になっているはず。
  2. 「府=各地域の重要拠点」と言う定義が成立してしまうと、一部地域の対立が面倒な事になりそう。
    • 特に怪しいのは埼玉・千葉vs神奈川・山梨、福岡vs長崎辺り。
      • 山梨が府である事から、首都圏に入っている事に関してだけは違和感がなくなるか?
      • 道州制の州庁に関しても基本的には府庁がそのまま移行する事が考えられるが、九州に関しては長崎案と福岡案が真っ向から対立した状態になる。
        • 西九州と東九州に分割されていた。
    • 多くの都会化が進む県で府を目指す動きがあった。
  3. 政治権益の強さにもよるが、九州新幹線は長崎ルートが先に開業していたかもしれない。
    • 史実通りの九州新幹線は開業せず、大分県、宮崎県、鹿児島県の住民を福岡に輸送する東九州新幹線と、長崎方面の西九州新幹線の2つが開業していた。
      • 天草大橋が熊本港に向かって20km建設され、熊本県は長崎都市圏にはいっていた。
        • 島原鉄道が複線電化され、この橋を通って熊本に乗り入れ。。諫早からJRに直通。長崎と熊本を結んでいた。
  4. 旧国名は都道府県名に使わないという原則にのっとると甲斐府は「甲府」か「山梨府」になっている。
    • 中央線が複々線化し、甲府まで東京通勤圏になるほか、甲府がある程度独立した副都心になっていた。
      • 京王も甲府まで延伸していた。
  5. リニア新幹線は長野・岐阜・愛知(と静岡)以外は府を通ることに。
  6. 帝国大学は仙台ではなく新潟に、福岡ではなく長崎に、名古屋ではなく度会に置かれていた。横浜にも横浜帝国大学が置かれていたかも。
  7. 新潟は史実以上に発展し、地下鉄ができていた。
  8. 東海道新幹線は京都から奈良に向かい、奈良から大阪に向かっていた。
  9. 伊良湖から鳥羽に伊勢湾口大橋が架橋され、豊橋から分岐する東海道新幹線支線が乗り入れ、度会府に向かっていた。
  10. 箱館府と新潟府を結ぶ羽越新幹線が完成。
  11. 上越間で通勤が可能になり、群馬が新潟府傘下に。上越ブロックを形成。一方で甲府が長野と静岡を傘下にし甲信静ブロックを形成。

関連項目

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